少年の冬 エンディング
日常とは、奇跡の連続である……という話を聞いたことがある。
本当にそうなのであれば、人生とはどんなにつまらない毎日であっても、非日常の集合体であることになる。
それを退屈と思うか、新鮮と感じるかは自分次第だ。
自分の人生を幸福に導くのか、退屈な人生へと導くか、その境目は自分自身が「気づく」ことが出来るかどうか、それだけなのだ。
気づくということは、自分以外の世界を何一つ変えることなく、全てを変えることが出来る方法なのだ。
では、逆に、悪魔や天使が日常的に現れる僕のこの非日常な毎日も、気の持ちようで平凡だと言い切ることも出来るのではないか?
……なーんて、考えたりしたけど、やっぱ無理だなぁ。
平凡になりたいよ。と溜息をつくが、何をしていても腹は減る。テストは来る、悪魔も天使も妖怪も来る。
あゆみさんが働きだして早三ヶ月、たった三ヶ月で随分幸運堂も変わった。彼女といるのはストレスも溜まるが、まあ嫌でじゃないし、続けてやってもいいかなともちょっとだけ思ってる。
父が遺したこの幸運堂は、傾きながらも沈まぬ小船の様に、小波なんかでも大いに揺れながら、それでも今のところは航海を続けているわけだ。
「——邪魔するでぇ」
玄関が開き、聞き覚えのある声がした。あのゆるい関西弁。天宮寺さんだ。
「天さん! この間はありがとう。素敵なパーティーだった」
あゆみさんが立ち上がる。先日のクリスマスパーティー。天宮寺さんのバーで行われたそれは、いろんな世界の人が集まってきてとても盛り上がった。
あゆみさんを誘ったのはもちろん、仕事のコネを作るためでもあるけど、それだけじゃなかった。本当はあゆみさんと、もっといろいろ話したかったけど、パーティーが大騒ぎになってしまったので、それも出来ずじまいだった。
……べ、別に彼女のことはなんとも思ってないんだけどさ。
「おお。あゆみもおったんか。おおきに。楽しかったな。」
無邪気な笑顔を見せる天宮寺さん。
「で、せっかくやからってことで、仕事の依頼持ってきたったで!」
「本当!? 嬉しい!」
目を輝かせるあゆみさん。
「ほら、入ってきいや」
天宮寺さんが手招きする。
遠慮がちに敷居をまたぎ人影が現れた。
人間の少年ほどの身長。新緑の柔らかい木の葉で編んだような暖かそうな外套。つばの広い大きなヒマワリの帽子。一見すると人間のように見えなくもないが、外套から伺える手や帽子に隠れる顔は明らかに丸太か枝か、ともかく要するに『木』であった。
根っこのような足で器用に歩いてきて、僕たちにぺこりと頭を下げる。
「あの、私、緑人界のパキラレアンと申します。ぜひ、我々に手を貸してくださる方を紹介していただきたいのです」
少女のような幼い声。あ、これはまたあゆみさんの好きそうな感じのファンシーな異世界人が来たなぁ。
横を見ると、犬人を初めて見た時のように目を輝かせるあゆみさんの顔が見えた。
「きゃーー!! かわいい! どうぞどうぞ! 汚い部屋ですけど、遠慮しないでください! ささ、お仕事の依頼は幸運堂の秘蔵っ子、細波仁が承ります! さ、どうぞこちらへ」
どこのインチキ営業マンだよ、というくらい慇懃にあゆみさんがゴマすりの手で依頼人を呼び込む。
面倒だなぁ、と辟易する僕の横で、テキパキとデスクを片付け、植物人間を案内するあゆみさん。
僕なんかいなくても、あゆみさんだけでこの仕事やっていけるんじゃないかと、思うくらい、彼女は愛想もいいし、評判もいい。
まったく、本当に変な人だ。せっかく普通に暮らしていたのに、わざわざこんなへんてこな商売をやろうとするんだから。
もういっそ、彼女にこの仕事預けて逃げ出しちゃおうかなぁ。
そんな誘惑に心を揺らしながらも、僕が依頼人に顧客情報の取り扱いやら成功報酬の金額やら、事務的な話を始めると、あゆみさんはウンウン、と頷きながら何も分かっていないくせに僕の隣で偉そうに腕を組み始めた。
若干、目障りなのだが、これは毎度のことだ。
そして、重要事項等の説明が終わり、いざ紹介契約を結ぶととなると、あのポーズが出る。
「——というわけで、こちらの書類に署名と判子を頂きましたら、すぐにでもパキラレアン様のご依頼のお話に入らせて頂きたく思います」
僕が伝え、依頼人が枝の手にペンを持ち書類に署名を始める。脇目であゆみさんを見る。
ほら、もう板についた彼女のお決まりポーズが出る頃だ。
「どうか、よろしくお願い致します」
判子を押した依頼人が頭を下げる。
僕が書類を受け取るより早く、待ってましたとばかりに、やる気に満ち溢れたあゆみさんは両手を広げた。
そして、得意げに微笑んでいつものように元気に叫んだ。
「ようこそ!幸運堂へ!」
終。
ようこそ!幸運堂へ! ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango
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