少女の冬

 デスクに頬杖をつき、ラジオの音声に耳を傾ける。ブランケットを膝にかけているが、寒い。

 ラジオからは毎年聞くような、おなじみのクリスマスソングが流れている。

 町はイルミネーション。恋人達の季節。


 はぁ、と声に出して大きく溜息をつく。


 高校生活最後の冬休みだってのに、あたしはなんて退屈な時間を過ごしているのだろう。

 周りの友達はきっと楽しんでいる。望美はこの夏出来た彼氏と今でも続いているし、美智子は相変わらずモテモテで、芸能プロにスカウトされたとか言ってたし、綾乃ちゃんはまた二人ほどに告白されていた。

 なのに、あたしの生活は一体、なんだんだ!


「……あゆみさん?」


 いつの間にか帰ってきていた仁君が、不満そうなあたしの顔色を窺ってくる。


「どうしたんですか、眉間に皺なんか寄せちゃって」


「……退屈」


「ハイ?」


「退屈なんじゃー!!」


 思いっきり叫ぶ。


「な、なんですかいきなり」


「全然仕事来ないじゃないの! 幸運堂! これなんでつぶれないの? てか仁君はどうやって生活してんのよ。収入源はどこなの」


 イヤイヤをしながら手足をばたつかせる。


「はぁ、姉が異世界連合の組織に入ったおかげで前より生活は楽になってますけど」


 仁君がきょとんとした顔でなんか悲しいことを言ってる。


「なら、暖房器具くらい新しいの買ってよ! ストーブ壊れたままじゃない。こっちゃ身も心も寒いんじゃー!」


 がおー、である。獅子のごとく叫んでやる。


「あ、じゃあ新しい毛布持ってきますよ」


 バカか、こいつ。そういうことじゃないでしょ。なんなのよ。


「馬鹿、そういうことじゃないの! 蓑虫見たく毛布に包まれてろっての? 暖房っていってるでしょ!」


「もう、あゆみさんはいつもそうです。ないものねだりばっか言って。暖房も無ければ、仕事もありません!」


「何を自信満々に言ってんのよ!」


 仁君も最近はあたしに対して言葉を荒げるようになってきた。最初に会ったときよりも感情的になったというか、距離感が縮まったというか。


「じゃあ、もう今日は帰っていいですよ」


 なんだその面倒臭い奴を追い返したい、っていうのがバレバレな表情は。


「いいもん。ちゃんとシフト通り七時までいますよー」


 へそを曲げてやる。プイッと横を向き、スマホを弄る。


「……でも、その今日はアレですし、無理していてくれなくても大丈夫ですよ」


「は? 何が?」


「だから、あの、今日はクリスマスイヴじゃないですか。その、会いたい人とかいるんじゃないですか?」


 思わず仁君の顔を覗く。


「……馬鹿にしてんの?」


「なんでですか」


「彼氏なんていないし!」


「……知ってますけど」


「やっぱり馬鹿にしてたんじゃないの!」


「いや、そういうわけじゃないですけど……」


 なんなのよ。急によくわかんないこと言い出して勝手に理解できない空気を醸し出して、一体何が目的なのよ。


「じゃあ、予定とか無いんですか?」


「予定?」


「はい」


「ないわよ」って、あれ?


 これって、もしかして遠まわしにあたしのことを誘ってたりすんの?

 いやいやいや、無い無い無い。無いっしょ。

 考えてみれば、ここ数ヶ月、仁君と二人で幸運堂をやってきた。

言い争ったり、助け合ったり。

 でも、そんな恋愛的な甘い空気的なそんな雰囲気になったことなんて一回もなかったし……。

 もしかして、あたしが仁君の気持ちに気付いてなかっただけ?

 いやん、罪な女じゃないのあたし。


「どうしたんですか、顔が赤いですよ?」


「べ、べ、別になんでもないわよ。で、何? 予定がなかったらなんだっての?」


 意識して無いのに口調がきつくなっちゃう。ついでに何故か仁君の顔を直視できない。


「風邪とか引いちゃいました?」


 とか見当違いな心配をしてくる仁君。


「だ、大丈夫よ。それより、予定が無かったらなんだってのよ」


「天宮司さんのバーで簡単なクリスマスパーティをするみたいなんで、一緒にどうかなぁって思いまして」


 何故か二人黙る。

 これは……どっちだ? ただのいつものメンバーの集まりなのかな? それとも……。


「いや、予定とかあるなら、全然大丈夫です。一人で行きますから」


 トントン書類を机で整えて、話を終わらせようとする仁君。


「だから予定なんてないって。そうね、たまには天宮司さんにも会っておきたいし、妖怪関係の仕事の話ももらえるかもしれないし、行ってみようかしらね!」


 そうだよ。情報収集のために行くんだよ、あたしは。別に仁君と一緒だって何とも思わないんだしね。

 そう自分に言い聞かせている間も、なぜか頬が熱くなっていた。


「そうですか。じゃ決まりですね。あゆみさんと一緒にいけてよかったです。あんまり異世界の人たちと話すの得意じゃないんで、あゆみさんがいれば心強いです」


 そんな理由かい! ああ、恥ずかしい。仁君如きに動揺させられてしまうなんて。

 あたしの人生はいつもこう。勘違いで、おっちょこちょいで。

 はぁ。いやになるなぁ。


 人間、根本的なことは変わらないっていうの本当かな。あたしはずっとおっちょこちょいな人生を送り続けるのかな。


 それも人生。なんて思えたら楽なんだろうけど、抵抗したいなぁ。


「どうしたんですか? 珍しく真面目な顔して」 


 仁君が失礼なことを言ってくる。


「あたしだっていろいろ悩むこともあるの!」


「へえ。でも下手の考え休むに似たりって言いますし、あゆみさんはあんまり頭使わない方がいいんじゃないですかね。その方が……僕は好きです」


「ば、ば、ば、馬鹿! 何言ってんのよ!」


「え?」


「な、なんでもない!」


 なんでもないもん!なんでも!!


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