兆し

「起きなよ、つぎ移動だよ」


机を抱くようにし、教科書を帽子がわりに被って寝ていた僕はその声に目を覚ます。


「めずらしいね。呆れてたよ、先生。じゃ、はやく来なよ」


親切なクラスメートはそう声をかけ、外に待つ友のもとに向かった。


「…」


一限目から三限目まで熟睡を果たした頭は割りと澄みわたっていた。

まわりの主を失った机をみて心の隅で薄情な友人達への文句を考える。


「でも、寝すぎたな。放っておいたのも優しさか…」


準備を済ませ移動をしながらそう思い直す。


ここもとの眠気の猛襲は異常だ。


僕以外の参加者が揃った教室に気恥ずかしさを隠さず入りながら、身体の異変に思いを馳せる。

この高校三年生の7月という部活も受験も恋も最高潮を迎える時期が、僕の体を作り替えようとしているのだろうか?

人並みに部活をし、人並みに進路に悩み勉強をし、人並みに先程の声かけに甘酸っぱい残滓を感じている程度の僕をだ。


確かに、最近になり子供の頃にもった夢の情動が僕をより掻き立てるような感じを受けたが、それは目先の巨悪を煙まくための正常反応かと思っていたが…


「進路も受験も、意外と嫌なもんだな」


「当たり前だろ。でも範囲終わってるからって寝過ぎだぜ。志望もきめてないんだろ?」


独り言のつもりが口に出ていたらしい。

隣に座る友人(起こしてくれなかった)が呆れながらそう返す。

お前は俺を起こしてから発言しろ。


「あぁ…なんも決めてないなまだ。まぁアウトドアサークルとかあるとこがいいんだけどな」


「そんなんいくらでもあるだろ。ちゃんとオープンキャンパスとか行く準備してんのか?」


「あー」

「やってないな。大学の事も調べてないや」


「お前なぁ…」


『そこ、静かにしなさい』


頭の寂しい教諭は身軽からか鋭い声で軽快に指摘をとばす。

二人で小さく「はい」と返事をしながらいたずらっぽく笑い、目をあわす。


そんな日常が僕の横を通りすぎ、動く歩道は有無を言わさず僕を運ぶ。おそらくレールは僕の夢とは全く違う先に繋がっていることを自覚しながら。


ジグッ


それを、確認する度にお腹の底の灯火が僕を微かに焼いていた。

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歩く人 もりやま @ridden

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