語り部

夢には理由が付き物である。

キャプテン翼に憧れてプロを目指したり、ドラマの主人公にあてられて検事を夢見る人もいる。


大それた夢をもった僕にも、それをもったなりの理由がある。


8つの頃だった。僕は語り部と出会った。夢の語り部と。


僕の住む町は寺社仏閣が多く、その中でもとりわけ家に近い山の上にある葛原神社というところによく遊びに行っていた。


そこに彼はいた。名前は覚えていないが、名乗っていた気がする。

学校で噂になり、怖いもの見たさで僕も彼を見に行ったのが初対面だった。


初夏にも関わらずみすぼらしい茶焦げたマントをはおり、スナフキンのようなつばの広い三角帽を深く被り、無精髭の生やし無頼然とした彼は実年齢より年寄りにみえた。


「嘘みたな話を本当に見てきたみたいに話す人がいる」


耳にしたときはその噂に理解が及ばなかったが、彼の話を聞いて合点がいった。


彼は語った。機械の人間が生きる星を、魔法使いの国を、人と獣が寄り添い生きる森を、植物が支配する都市を、そして天使の舞う空中庭園、果ては凍てつく地獄を。


子供達は彼の夢想に魅せられ、目を輝かせ話を聞いた。僕もその一人で、人一倍虜になった少年だった。


彼の話はバリエーションに富み、実体験のような凄みがあり、数十(もしかすると数百)もの子供を沸かせた。

が、子供の興味とは残酷なもので、一月もすれば話を聞く者は僕しかいなくなっていた。


僕しかいない舞台でも彼は語り、遂には互いに語り合う友となった。

彼が夢想の世界を語り、僕もその世界を巡る夢を語った。


止めどなく続く彼の話に僕は没頭し、彼に憧憬を抱いた。

だが、夢の時間は突如幕を下ろす。


夏休みもおわり、キンモクセイが香り始める季節になったころ、いつも通り彼のいる葛原神社に僕は向かった。

通常僕を待っているはずの彼はそこにいなかった。


待てども待てども、彼は現れず。日も傾き母の怒気を頭の片隅に感じながら僕は待っていた。


日も沈み、月がよたよたと登り始めた頃、彼は現れた。


「おじさん、遅いよ」


寄りかかっていた狛犬から離れながら言った。


「で、今日はなんの話する?昨日の燃える海の話の続き?」


門限を破り少し興奮していた僕は、彼に催促をした。だが、


「悪いなぁぼうず、もういかなきゃなんねぇみたいだ」


9つになる直前の僕でもすぐに理解がした。

不思議と悲しさは無かったが、ソロリと寄ってきた寂しさはいま思うと現実という悪魔だったのだと思う。


「そっか…どこにいくの?最後に教えてよ」


自然と受け入れる自分に驚きながら、僕は問う。


「わかんねぇな。気ままにいくさ」


「そっか…そっか…」

「ねぇ」


彼らしい答えを胸中で反芻したのち、一つの問いを投げ掛けた。


「僕も、見れるかな?歩けるかな?おじさんが見たものを」


「…」


短くない沈黙が彼を覆った。


「ボウズは才能あるぜ。ただ俺が見たものを見たってしょうがないだろ?」


「…」


「夢の続きでまた会おう。果てで待ってるぜ」


押し黙る僕にそう語りかけ、手を差し出す彼。


下を向き鼻を少し啜りながら僕は彼の手をとった。


「またな、ボウズ」


直後、まばゆい光が辺りを包み、顔を上げた時には彼の姿はなかった。


鮮烈すぎる彼の記憶のせいか、その後の事はよく覚えていない。


彼が去ったのちの僕は平々凡々な日々を過ごした。人一倍彼の夢想にのめり込んだことが無かったことかのように。


しかし、僕はしっかりと覚えていた。彼の話を、彼の眼の光を、彼の世界を、そしてお腹の底から燻る熱と手に残った冷たい感触を。

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