第3話 思い出

 それはある満月の晩のことだ。

 竹林の奥にある小ぢんまりとした場所に立つ木組みの一軒の家。中は八畳ほどで狭いし、トイレは外にあるせいで不便極まりない。

 まだ数カ月しか住んでいないが、湿気は多いし、暑いし、正直城下町に行ってそこで住めそうな場所を探した方がいいのではないかと思ったのは一度や二度のことではない気がする。

 だがそれでも少女――かぐやは、今の暮らしに言い知れぬ充実感を感じていたのは間違いないことだ。


 その夜はいつにも増して暑く、寝苦しくて寝れなかったのを覚えている。

 両隣で安らかな寝息を立てて眠る育ての親――おじいさんとおばあさん。

彼らを起こさないようにかぐやは静かに家を出て、トイレではなく、家の裏にある洗濯物を干すちょっとした広間へと足を向けた。


 そこはおじいさんが汗水流して整備した唯一竹の生えていない場所だ。それは洗濯物を干すためにわざわざおじいさんがおばあさんのために作ってあげたものだそう。

 そしてここはかぐやが来てからもう一つの意味を成している。


「ふぅ……、いい風ですね」


 そこには竹で作られた椅子が三つ置いてある。

 これももちろんおじいさんが作ったもので、かぐやが過ごした時間の中で、おじいさんとおばあさんと他愛もない話をしてゆっくりとした時間を過ごした場所だ。

 ここでよくおじいさんは――


『かぐや、お前はワシらの生きがいじゃ。生まれてきてくれて、本当にありがとのう』


『もう、おじいさん。またそんなこと言うんですから。何度も言ってますが感謝をするのは私の方ですよ。こんな私を拾って、大切に育ててくれたんですから』


『ほぉ、ほぉ、ほぉ、ほんとにかぐやはええこじゃなぁ』


 暑いは日はよく洗濯物が乾くのを見ながらおじいさんの昔話や時折こんなしんみりした話をしたものだ。

 とても幸せだ。

 静かで竹しかないが、それでもこの時間はかぐやにとって掛けがえのないものなのだ。


 だが、ふと時折かぐやが悲しくなることが一つだけある。

 それは――この幸せが永遠には続かないということだ。


 かぐやは満月を見ながらふと自分の運命の書を懐から取り出し、それを開いてみる。

 そこにはかぐやという少女の今までの、そしてこれから起こるであろう未来の運命が記載されている。

 そのことに疑問はない。もちろん内容を疑うようなことも。

 それが自分の人生なのだと、なぜかそう納得できてしまうのだから。

 生まれた赤子が歩けるようになって、それに対して自分が疑問に思わないのと一緒だ。

 だが、だからと言ってその人生に何も感情が沸かないないわけではない。


 自分の人生ながら幸せの反面、少し悲しいものだと思う。

 読んで見ての率直な感想はそういうものだった。

 だから時折、こうして寝付けない日は一人ここに来て少しでも思い出を味わおうとしている自分がいる。

 思い出を懐かしんで、噛みしめて、例え最後が悲しい結末でも今だけはこの幸せを謳歌したいから……思い出だけは色あせないから。否――思い出を色あせさせないためにこうしているとも言えるかもしれない。

 かぐやは両手を静かに組み合わせると静かに満月を見つめて、


「願わくば……私のことでおじいさんとおばあさんが悲しみませんように……」


 かぐやは叶わぬ願いだと知っていても、その小さな願いを月に祈る。

 皮肉にも自分が帰るべき場所に……静かに。


「……あと一カ月。そろそろ『あれ』を準備しなくてはいけませんね」


 祈りを終え、再び運命の書に目を落とすかぐや。

 その一文に書かれた月に帰る前にやるべきこと。

 そう、それはこの物語を終わらせるために絶対に必要な重要なアイテムと呼べるものだ。


「帝様に献上する――『不老不死の薬』を作らないと……」


 月明かりに照らされたかぐやの顔はどこか寂し気にそう語るのだった。



✬✬✬✬✬



「――やさん! ――かぐやさん! ――目を開けて!」


「ん……うぅ……ん?」


「良かった! 目を覚ましたわね。私のこと分かる?」


 ぼんやりとする視界と頭。

 徐々に自分が気を失っていたんだと理解する中、目の前でとても心配そうな顔したレイナの顔が見えてかぐやは静かに口を開いた。


「レイナ……さん? 私、ゆ……め……。夢を……見てました。たった数カ月だけど、とても懐かしくて、色あせてほしくない……大切な思い出の……幸せな夢を……」


「夢……?」


 レイナがかぐやの声に反応した時だった。

突然、つー……っと、かぐやの頬にひと雫の涙が伝う。

 当然、その唐突な涙にレイナは訳が分からずあたふたし始める。だがかぐやの涙が止まる気配はない。


「お嬢、かぐやさんに何したんだよ」


「姉御がかぐやさんを泣かせるなんて」


「違うわよ! 私はただ意識を失ってたから呼びかけただけなの知ってるでしょ!」


「まぁまぁ、落ち着いてレイナ。それより、かぐやさん身体の方は平気。どこか痛いところとかある?」


 タオとシェリンがレイナをからかい、レイナがぷんすか怒るのを横目にエクスがかぐやの顔を覗いてそう聞く。

 するとかぐやは力なく小さく頷いた。

 

「はい……、身体の方は平気です。エクスさん、ここはどこですか?」


 弱弱しい姿は大丈夫というには心許ない感じのかぐやだが、辺りを見渡し、エクスたちの応答にもしっかり答えられているので、ひとまずは大丈夫だろう。


「ここは商店街から少し離れた場所だよ。あの後、かぐやさん急に意識を失ったから、ひとまず落ち着けるところに移動したんだ」


「そうですか……。またご迷惑をおかけしてしまいましたね」


「かぐやさんの気にすることじゃないわよ。あれは状況が状況だったし、仕方ないことだわ」


「だな。俺たちも全員無事だし問題ねぇよ」


「そうです。ただ、なぜあそこ一帯だけあんなに大量のヴィランがいたのかは謎ですが」


「ヴィラン? あの化物たちのことですか?」


 シェリンがぽろりと溢した言葉にかぐやが小首を傾げる。

 成り行きとはいえ、おじいさんを襲った奴らの名前が出てきて少し戸惑っているようだった。

 しかしこれ以上、隠していてもむしろ危険なだけだし、隠しきれるものでもないと判断したのか、レイナは静かにかぐやに事情を話し始めるのだった。



 ✬✬✬✬✬



「なるほど。それであなたたちは私と同行したいと言っていたのですか」


「ごめんね。なんだか結果的に利用するような形になっちゃって」


「いえ、助けていただいてる身ですし、大丈夫ですよ」


 レイナが今までの経緯全てというわけではないが、掻い摘んで大まかなことを明かすと、意外にも冷静にそれを受け入れてくれたかぐや。

 真っすぐで誠実な彼女ならおじいさんのために私も協力する、などと言っても不思議はなかったが、流石にあんな目にあえばそれは無用な心配だったらしい。

 するとそんなかぐやにエクスはふと彼女にこんな質問を投げかけた。


「あの、かぐやさん。さっき気を失ってた時にかぐやさんが口にしていたことを少し聞いてもいいですか?」


「え? 私気を失っている間に何か言っていたんですか?」


 それはエクスだけではない。レイナもタオもシェリンも聞いたかぐやの言葉だ。

 寝言のようなものだが、その彼女の言葉から色々重要そうな単語が出てきたのだ。


「うん。実はかぐやさん、『不老不死の薬』とか、『幸せ』とか、『月に願った』とか、色々うなされるように言ってたんだ。特に気になったのは『不老不死の薬』。それは帝にかぐやさんが最後に渡すものだよね?」


「はい。つい最近、それを作りましたから。あの竹林の奥にある家に置いてありますよ」


 その言葉を聞き、しばし思案するエクス。

 するとタオがぽつりとこんな言葉を溢した。


「へぇ、不老不死か。ある意味そいつは人間のロマンだな」


「タオ兄、不老不死に興味あるんですか?」


「んー……ないな、俺は。なんか死ぬことがないってのは、生きている気がしなさそうだろ? まぁ、実際にそうなったわけじゃないし、そういう奴も見たことないから想像の範疇(はんちゅう)だが」


「そう……なんですか……?」


「ちょっとタオ! 今のは少し不謹慎よ」


「わ、悪い。そういう意味で言ったんじゃないんだ。そうだよな、これからそいつを送るってのに。すまん。今のは忘れてくれ」


「い、いえ……、気にしないでください」


 そんな少し不穏な空気になる中、いつもなら宥めに入るエクスは未だに思案して、商店街の方向を見ていた。


「どうしたの、エクス? 先からずっと何か考えてるみたいだけど」


「うん、ちょっと気になったことがあって。でも、まずはおじいさんのいる病院に戻ろう。かぐやさん、やっぱり少しだけ体調が悪そうだし」


「い、いえ、私は別に少し疲れただけなので――」


「――そうね。でもかぐやさん、無理はダメよ。気付いてないかもしれないけど、顔色やっぱり少し悪いもの。一応お医者様に診てもらった方いいわ。それが疲れから来るものでも」


 かぐやの言葉を遮り、レイナが真剣な眼差しでかぐやを見つめ言う。

 その言葉に少し戸惑いがあるが、すぐにこくりと頷くかぐや。

 レイナの言う通り、恐らくは疲れから来るものだろうが、一応医者に診てもらった方がこちらも安心できるというものだ。

 それに――、


 ――あの商店街に戻ることもできないしね。


 あの大量のヴィラン。

 数の暴挙と言ってもいいあれは、切り抜けた今でもよく帰ってこれたとエクス自身思っているぐらいだ。

 もしあのヴィランがノーマルタイプのものでなかったらと思うと本当に背筋が凍る。


「そんじゃ、さっさと戻ろうぜ。あのヴィランどもが追ってこないとも限らねぇし」


「ですね。武器を見れなかったのは……心残りですけど」


「あはは……、まぁ、それはまた今度っていうことで」


 こうしてエクスたち一行は再び病院へと向かう。

 その帰路に奴らが待ち構えてるとも知らずに。



 ✬✬✬✬✬



 それはあともう少しで街に着こうと言う時のことだ。

 見渡しが決していいとは言えない両脇を林で覆われた一本道で、奴らの薄気味悪い声はその一帯に木霊する。


「「「クルルゥ……クルル……」」」


「おいおい、またか?」


「まさか先回りされた?」


「そんなことより皆準備して! どこから来るか分からないわよ!」


 かぐやを取り囲むようにしてエクスたちが周りを警戒する。

 いつものように空白の書に導きの栞を挟み、エクスたちの姿がヒーローに変わる。

 するとシェリンが突然、林の向こうを指さして、


「あ、姉御……あれなんですか……」


「え――?」


 林の奥の方だろうか。

 シェリンが指さした方には何か二つの赤い光が浮かんでいるのが見えた。

 もう既に日はほぼ沈み、夜の気配が漂うせいか、林の奥は真っ暗だ。しかしそこにぽつんと怪しく光る何かが浮かぶ。


 何かは分からない。

 しかしそれを見た一行が同時に思ったのは、いい予感ではなく、悪い予感なのは間違いない。

 そしてその赤い二つの光はゆらゆらと揺れ、やがてその姿を林の中から完全に晒しだすのだった。


「あれは……メガヴィランかよっ」


 タオの発言でそれが何なのかはすぐに分かった。

 普通のヴィランとは明らかに格が違うオーラを放つそいつは、各想区に絶対一体はいると言っても過言ではないメガヴィランという存在だ。


 街で見かけた武士のような白銀の鎧を着た普通の人間よりも二回り以上大きな体躯。歩くたびに甲冑がガシャガシャと音を放ち、エクスたちの心臓が危機感から早鐘を打ち出す。

 あの赤く光っていた二つのものも、メガヴィランの異質な瞳ならば納得のいくものだ。


「かぐやさん、絶対に僕たちの側を離れないでください」


「は、はいっ」


 かぐやも他のヴィランと一線を画すとすぐに悟ったのだろう。エクスの言葉に力強く答えてくれた。


「もったいぶってもられねぇな、こいつは」


「ですね。タオ兄、行きますよ」


「あぁ。お嬢と坊主はかぐやさんを守りながら雑魚を頼む。あいつは――」


 そう言って、タオとシェリンは懐からもう一枚の導きの栞を取り出す。

 それを空白の書にそれぞれが挟み込むと、するとその姿がまた別な姿に変わり、タオが得物である巨大な身の丈ほどある斧のようなハルバートを、シェリンが歪な文様の入った漆黒の剣の切っ先をそれぞれメガヴィランに向け――


「――俺たちがぶっ倒すっ!」

「――私たちが倒しますっ!」


 タオが大柄な狼男の姿をした――野獣ラ・ベットになり、シェリンが左右非対称の紫紺の瞳と海色の瞳を持つ黒髪の凛とした赤い服装の女性――赤の女王にその姿を変え、言い放つ。

 そしてその姿に変わったと同時に戦いは始まった。


「行くぞ、メガヴィランっ!」


 タオがハルバートを片手で軽々と振り回し、即座にメガヴィランに急襲を掛ける。

 メガヴィランの方もそんなタオにすぐに反応し、足に力を入れるとまるで闘牛の如き突進で応戦する。

 そしてハルバートと鎧が激しくぶつかった瞬間、二人の間に激しい火花が散った。


「――ぐっ!? 意外に力があるじゃねぇか」


 力は拮抗した。

 お互いが全力で相手の力を力で相殺し、その場で睨み合う形になったのだ。

 そこへ、


「タオ兄っ!」


「応っ!」


 すぐさまシェリンがその大剣で足が止まったメガヴィランに斬りかかる。

 しかし、メガヴィランもさすがに一筋縄ではその攻撃をくらってはくれない。


「――クルルッ!」


「のわっ!?」


「くっ、避けられましたか」


 シェリンが大剣を振り下ろす前に片手でタオの持つハルバートを弾き飛ばし、後方に退くメガヴィラン。

 対してシェリンの大剣は空を斬りながらメガヴィランがいた地面に深々とその刃を突き立てる。


「ちっ、今ので決まったと思ったんだけどな」


「仕方ないです。次の連携で決めますよ」


 再び構え直すタオとシェリン。

 メガヴィランもそんな二人を見て再び、ラグビー選手のように身体を低くして構えた。

 そして――、


「――クルルルルルルルっ!」


「ハアァァァアアっ!」


 再びメガヴィランが突進を仕掛ける。

 しかも今度の突進は構えも入った分、先ほどのものよりも明らかに威力がある。

 だがタオもここが勝負どころだと分かった上で突っ込んだのだ。

 無策なわけがない。

 タオは突進が当たる寸前で必殺技を繰り出す。それは倒すためではなく、目的は――


 ――目的はてめぇの足を完全に止めることだなんだよっ!


 刹那、鼓膜を破るほどの咆哮が放たれる。

 それは野獣ラ・ベットの必殺技――怒れるビーストの咆哮だ。

 それをまともに至近距離で喰らったメガヴィランは、感覚としては頭を鈍器のようなもので思いっきり殴られたのと同じような感覚に陥ったことだろう

 その突進が一瞬で勢いをなくし、タオがすぐさま横に飛び退いたことにより、支えもなくメガヴィランの身体が倒れる。

 それでも余った勢いで地面を抉りながら突進が継続されてるのは、それだけ威力のあった攻撃だったのは間違いない。

 だがそんなヴィランの進む先には大剣を振り翳(かざ)したシェインが待ち構える。

 そして――


「これで――終わりです!」


 大剣が重力も乗せて一気に振り下ろされる。

それは深紅の炎を纏った紅蓮の一閃。

赤の女王の必殺技――スラッシュ・レッドだ。

 メガヴィランの身体が一瞬で炎に包まれ、続き大剣により両断される。

 シェリンを起点に身体が綺麗に真っ二つに両断されたメガヴィランは、後方で黒い靄のような光に包まれ、軽い爆発を起こしながらその姿を消滅させる。


「流石だな」


「タオ兄こそ」


 二人はニッと笑い合い、そしてすぐに残りの残党を倒しにエクスとレイナに加勢しに行くのだった。

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グリムノーツ ~月夜に願った小さな幸せ~ @kottu

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