第2話 蟻のような大群

「ふぅ、ひとまず落ち着いたわね。一時はどうなるかと思ったわ」


 レイナは軽く息を吐きながら身体を壁に預けて気持ちを落ち着ける。

 顔色を見る限り、先ほどの出来事はかなり堪えたみたいで、疲労の色がメンバーの中で一番濃い気がするのは気のせいではないだろう。

 何といってもおじいさんの命を繋いだ立役者なのだから。

 一方、医者を呼びに行くことしか出来なかったエクスもまるで数日間を一気に過ごしたような感覚で、一息つき緊張感が抜けると自然に椅子に座ってしまった。

 タオもシェリンも流石にやつれて見えるのは仕方がないだろう。


 そんなエクスたちが現在いる場所は、竹林を抜けた先にある城下町のとある病院の廊下だ。

 あの後、エクスとタオ、道案内役のかぐやはすぐに医者を呼び、おじいさんはこの病院に運ばれ、何とか一命くをとりとめた。

 正直、おじいさんの生命力は今考えると驚くべきことだと、ここにいる誰もが思ったことだろう。


 そんな中、ふとエクスが廊下の窓から外を見ると、そこにはあれだけ緑一色の景色から一変、基本石造りの街並みに、広場には噴水があったり、また人々でとても賑わっており、活気があって、とても過ごしやすそうな印象がある美しい景色が広がっていた。

 しかしかぐや曰く、この城下町は帝が治める国の中心地らしく、当然国の重鎮が集う場所でもあるため人々の中には武士のような甲冑を身に纏った少し物騒な人たちがちらほら見えるのも事実だ。

 そのせいか少しだけ緊迫感というか、張り詰めている感じがしないでもない。


「それでこの後どうするですか?」


 ふとエクスとは反対側の椅子に座るシェリンが、放心状態にあったエクスたちを現実に引き戻す。

 そしてその問いに答えたのはレイナだった。


「そうだね。まず今までのことを踏まえて整理しようか。皆も気付いてると思うけど、この想区の主役は『かぐや』さんなのは間違いないよね」


 そのレイナの言葉にエクスたちが同意を示すように頷く。

 レイナはその同意を確認し、さらにこう続けた。


「となると、カオステラーの候補はまず単純に考えればこの国の帝かな」


「ですね。かぐやさんのこの運命の書を見る限り、可能性は高い気がします」


 レイナの言葉に付け加えるようにシェリンが懐か一冊の本を取り出す。

 それはかぐやが持っていた運命の書だ。

 泣き叫ぶ彼女が懐から落としたのをシェリンが回収し、付着した血をある程度ふき取り、読む分に問題ないくらいには綺麗になっている。

 それをシェリンは一言「ごめんなさい」、と言ってから中身を開いてかぐやという一人の少女の物語を掻い摘みながらではあるが読み始める。


「むかしむかし――」



 ✬✬✬✬✬



 ――むかしむかし、あるところに竹取の翁と呼ばれるおじいさんとその妻であるおばあさんが住んでいました。

 ある日、おじいさんはいつものように竹を取りに行くと竹林の中に一際輝く竹を見つけたのです。

 おじいさんがその竹をそっと切ると、中には小さな美しい少女がいました。

 おじいさんはその子を連れ帰り、かぐやと名付け、おばあさんと育てます。

 そしてかぐやはほんの数カ月でみるみる大きくなり、それはそれは美しい絶世の美女に成長しました。


 そんなある日、かぐやとおじいさん、おばあさんの前に帝が現れ、帝はかぐやに自分と婚姻してくださいと頼みに来ました。

 帝は大変心優しい方でしたが、かぐやは婚姻には踏み切れません。

 彼女は実は月の住人だからです。

 次の十五夜の月の日にはかぐやは月に帰らなければいけないのです。

 彼女はおじいさんとおばあさんと別れるのを何よりも悲しみます。そして帝との別れも同じくらいに。


 やがてその日は訪れ、彼女を迎えに月の使いが現れ、帝とおじいさん、おばあさんの抵抗を振り払い帰ってしまうのです。

 残された帝は悲しみました。

 そこで帝はかぐやから貰った『不老不死の薬』を山頂で焼き、その煙をかぐやのいる天に昇らせるのでした……。



 ✬✬✬✬✬



「なんだか悲しい話だね。結局、この想区での物語は誰も幸せにならない……」


「嘆いても仕方ないだろ、坊主。それがストーリーテラーが定めた運命だ。それとも空白の書を持つ俺らなら運命を変えられるが、そうするか?」


 シェリンがかぐやの運命の書を読み終えると、エクスが少し悲し気な表情を浮かべてそんな感情を口にする。

 しかしタオはそんなエクスに少しきつい言い方でこの想区の運命を捻じ曲げるかを問うた。


 ストーリーテラー――

 それはエクスたちにとって既にヴィランやカオステラーと同じくらい聞き慣れた単語だ。

 この想区と呼ばれる区画で、物語の運命を定めるいわば作者または語り部のような存在。

想区に住む住人は皆、このストーリーテラーに運命を定められた存在なのだ。


 そしてこのストーリテラーが定めた運命に異常をきたし、運命が混沌に呑まれたのがカオステラーという存在だ。ヴィランが元はこの想区の住人だというのはこのカオステラーに運命を捻じ曲げられたからなのだ。


 そしてエクスたち四人が持つ空白の書は運命を定められているわけではない、言わば特殊な存在。

 そして特殊故にエクスたちにはストーリーテラーの定めた運命を捻じ曲げることができる力がある。

 しかしそれは――


「いや……それはしないって肝に銘じたから――僕はしないよ」


 エクスはかつてこことは違う想区――シンデレラの想区でレイナに空白の書を持つ者は運命を変えられると言われ、一瞬、そのことに喜びを覚えたことを決して忘れはしない。

 そして同時に運命を変えるというのはそれなりの代償を伴うのだ、ということも。

 シンデレラの想区でレイナはエクスに、主役であるシンデレラの運命を変えれば、彼女はその時点で主役ではなくなると言った。

 それがどんな意味を持つのかは考えたくはない。

 踏み込んではいけない、そんな気がして例え変えられるとしても変えないとあの日肝に銘じたのだ。

 だから今回のタオのその言葉にも、言いよどむことなく否定できた。


「ま、それならいいけどな」


「うん。それじゃあ、コホン。話に戻るけどかぐやさんの運命の書を読む限り、帝がかぐやさんの想いを遂げるために運命を捻じ曲げたって考えるのは可能性としては高いよね?」


 レイナの提案に皆が頷き、賛同する。ただ一人を除いて……。


「エクス?」


「あぁ、ごめん。ちょっと気になってたことがあって」


 レイナの提案にエクスだけは賛同ではなく、かといって否定するわけでもない悩んだ顔をしていたのだ。

 するとエクスは次にこう続けた。


「ねぇ、レイナ。カオステラーの気配が遠のくって言ってたよね? それって確かなの?」


エクスの言葉にその場にいた全員が呆然とする。

数秒間の沈黙が流れ、その空気を破ったのはシェリンだった。


「エクス、姉御は確かに時折、いえ、かなりの頻度でポンコツな時がありますが、カオステラーの気配を感じ取ることに関しては今までの想区でも分かる通り確かなものですよ」


「ぽ、ポンコツ……!? ちょっとシェリン、それはどういう――」


「――別にレイナを疑ってるんじゃないんだ。ただ僕たちにはレイナがどんな風に感じているかが分からないから、『遠のく』っていう言葉通りに受け取るべきなのかと思っただけだよ。それに今考えれば、たぶん帝はカオステラーじゃない気がするんだ」


「ほぅ……、坊主が名推理をするか」


「うぅ……そこまでのものじゃないよ。ただ、帝がもしカオステラーならこの町はヴィランでもっと溢れてていい気がしない? 僕たちがこの想区に来てからヴィランに出会ったのはあの竹林だけでだし。なにより帝が仮にカオステラーだとしたら、一番近くにいる分ヴィランになる人は多いはずだよ。警備はちらほら見えるけど、もっと町が騒がしくなっててもいいなじゃないかと思うんだ」


 エクスの言葉に三人が顔を見合わせながら静かに頷く。

 確かに窓から外を見れば警備のための武士が町の住人にちらほら混じっているが、見る限りヴィランがいそうなわけでも、かといって警備が厳重なわけでも、住民がなにか怪しく動く気配もなさそうだ。


「それじゃぁ、エクスは誰がカオステラーだと思うの?」


「それは――」


 エクスが一拍間を置くと、三人は食い入るようにエクスを見つめる。

 どんな答えが返ってくるのか、どんな名推理が繰り広げられるのか、三人が期待の眼差しを――


「――僕にも分からないや」


「「「んなーっ!?」」」


 三人が一斉にその場でこけて期待の眼差しが一気に覚めて、失望の眼差しに変わる。


「何なんだよ! 一流の名探偵みたいな推理を序盤まで繰り広げておいて、最後は凡人に戻るなよ!」


「そうですっ。思わずどんな答えが出るのが期待してしまったじゃないですか」


「あ、あははは……ごめん」


「ま、まぁ、いつも通りのエクスということね」


 一つのオチが付き、少しだけ笑いが込み上げる一行。

 するとそんな最中、エクスの座る椅子の横にあった扉が重苦しい木が擦れる音を立ててゆっくりと開き、中からかぐやが姿を現した。


「あ、かぐやさん。おじいさんは?」


「はい、まだ意識を失っていますが一命は取り止めましたし、大丈夫だと思います。すみません、あなたたちには迷惑ばかりかけてしまって。それと助けてくださり、ありがとうございました」


 病室から出てきたかぐやの目の下は少しだけ赤くなって腫れていた。

 本当はおじいさんの側に居たいのだろうが、わざわざ律儀にお礼をしに来たらしい。

 かぐやという女性は見た目の美しさだけでなく、こういう律儀で真面目さも兼ね備えた人なのだとエクスたちは感心するしかない。


「あの……かぐやさん、これ」


 そんなかぐやにシェリンが横から一冊の本を渡す。

 それはかぐやの運命の書で、今は少しだけ血で汚れ、彼女に嫌な記憶を思い出させるものになってしまっているかもしれない。

 現にかぐやはその運命の書を震えた手で受け取った。


「あ、あのかぐやさん。その……一つ提案があるんだけどいい?」


 それは意外にもエクスからの言葉だった。

 もちろん先の話でエクスが策を立てていたなんて誰も知らない。提案が何なのか誰も聞いていない。

 するとエクスは、


「おじいさんが目覚めるまで、かぐやさんとなるべく同行させてもらえないかな?」


 その言葉に一行はただ唖然とするしかないのだった。



 ✬✬✬✬✬



「で、どいうつもりなの?」


 皆の疑問を代弁したのはレイナだった。

 突然の申し出に当然タオもシェリンも驚いたことだろう。

 だがエクスにはこのとき、皆を納得させるだけの理由があった。


「うん、まずは勝手なことをしてごめん。でもこの方がカオステラーをすぐに見つけられると思ったんだ」


「おいおい、坊主。お嬢の感覚でも曖昧な上に、さっき坊主自身でカオステラーが誰なのか分かんないって言ったばっかじゃねぇか。それをどうするつもりなんだ?」


 タオが少しだけ呆れたような表情をする中、エクスは至って真面目に、


「うん。まず、かぐやさんと同行しようって言ったのにはカオステラーがどんな理由でかは知らないけど、かぐやさんの運命を捻じ曲げようとしてるんじゃないかなって思ったからだよ」


「なぜそんな風に考えるですか?」


「それはおじいさんだよ。竹林でヴィランと闘ってた時、やけにかぐやさんを――ううん、正確にはおじさんを襲おうとしてなかった?」


 エクスの問いに三人は首を傾げて、賛同はしなかった。

 だがあの時エクスは確かに不思議に思ったのだ。


「僕が駆け付けてきた時のことを思い出してよ。レイナもタオもシェリンも僕に向かって叫んでたでしょ? なのにヴィランはこっちに向きもしなかったし、僕がジャックになって攻撃を仕掛けた時も不意打ちみたいに一体目は簡単に倒せたんだ。そこからは乱戦になったけど、一撃目を入れた僕にヴィランが一斉に飛びかかってくることはなかったはずだよ」


 そう、あの時レイラはそれをすぐに危惧してエクスの援護に回ったのだ。

 だがあれだけの数、今考えれば一斉に襲われてエクスが大怪我、または命を落としていても不思議はなかっただろう。

 今改めて自分の行いがどれだけ危険だったんのか考えると背筋がぞっとする。


「まぁ、確かに言われてみればそんな気もしなくはないけど……」


「まぁ、それを根拠にして動くよりは、お嬢の遠のいた気配に近づけるように動いた方がよくないか?」


「私もタオ兄とレイナの姉御に賛成です」


 当然――

 たったそれだけの理由では説得できないのはエクスもこれまでの旅の中で十分に分かっていることだ。

 だが、まだ話には続きがある。


「うん、それだけの理由なら僕もタオと同じ意見だよ。でもよく考えてみてよ。あのおじいさんがなんであの時――助かったのか」


 その言葉に三人は押し黙るしかない。

 確かに不思議な現象だったのだ。

 素人目から見ても分かる明らかな致死量の出血。傷もよくは見なかったがあれだけの血が流れるということは、それだけ深い傷なのは間違いない。

 なのにあのおじいさんは突如出血が止まり、命まで助かっている。

 余りにも現実離れしていたせいか、レイナもタオもシェインも知らず知らずのうちに目を背けてしまっていたのだ。


「なるほどね。確かにあのおじいさんが、もしかしたら何かしら絡んでる可能性は高いかもね。私の感じるカオステラーの気配もやっぱり遠のいたままだし。分かったわ。私はエクスの意見に賛成よ」


「んー……、まぁ、お嬢がいないとどうにもならんしな。いいぜ、俺も賛成だ」


「うん、そういうことなら私もです」


「ありがとう、皆。あ、もういいですよ、かぐやさん」


 皆の意見がまとまり、エクスが病室のドアをノックしてそう言う。

 かぐやには悪いが、おじいさんのことも絡むため、席を外しておいてもらったのだ。


「あ、あの、それで私はどうしたら……」


「普段通りに――とはいかないと思うけど、とりあえずおじいさんの側にいて、外出するならそれに僕たちも付き合います。僕たちがまたあの怪物に襲われないように二人を警護しますから」


「本当に……何から何まですみません」


 ぺこりと頭を下げるかぐや。

 相変わらず、一挙一動が清楚で洗練されたそれはお姫様を連想させる。


「そんなに畏まらないでください」


「そうそう、私たちも目的があってのことだから、かぐやさんが気にする必要はないわよ」


「はい、重ね重ねありがとうございます。――私は……幸せです」


「ん? かぐやさん、今最後なにか言った?」


「え? いえ、何も言ってませんよ」


「そう……。ま、まぁ、何か困ったことがあったら気軽に言って。僕たちのできる範囲でだけど協力するから」


 エクスはお礼を言われた後、かぐやが誰にも聞こえない声で何かを言った気がしたが、本人が何も言ってないと否定し、次のかぐやの言葉で疑問は完全に消えた。


「あの、早速お願いなんですが、おじいさんに早く元気になってほしいので花を飾りたいのですが」


「そういうことなら丁度いいです! 丁度新しいアイテムを補充しなくていけなかったので!むふぅー」


「え? え? シェリンさんが急に変な人に!?」


「あぁ、かぐやさん驚かなくてもいつものことだぜ。こいつは大の武器マニアだからな。いつものことだ」


「い、いつも!?」


「さぁ行きましょう。すぐ行きましょう。今すぐ行きましょう! かぐやにも教えてあげます。武器の素晴らしさを!」


 相変わらずの武器マニアが発動し、普段無表情のシェリンの瞳がキラキラ輝く。

 各想区の武具屋などを見るのは彼女にとってはある意味至福の時なのだろう。

 まるで子供のようにかぐやの手を引き、歩き出すシェリンにエクス、タオ、レイナは静かに手を合わせて、


「「「ご愁傷さまです」」」


「え、えぇぇえっ!? 皆さん助けてくださいよ~っ」


 という、かぐやの悲鳴も空しく、二人の姿は廊下の曲がり角を曲がって完全に消え去る。

 今日のシェリンの餌食にならずにすんで、三人はほっと静かに胸を撫で下ろすのだった。



✬✬✬✬✬



「ジャイアント・ブレイブっ!」


「黒魔法ネイキッドメモリーっ!」


「アイアン・ロイヤリティっ!」


「スケエルの怒りっ!」


 片手剣を古い放たれる強力な斬撃、溜め込まれた力を一気に開放して空を穿ちながら放たれる刺突、光り輝く無数の魔法が敵を弱体化させ、雷の魔法が三発敵を打ち抜く。

 しかし建物の脇からまた次々とヴィランが這い出してきて、


「坊主! そっちに行ったぞ!」


「私が援護するわ!」


「タアァァアッ!」


「タオ兄、後ろです!」


 現在、エクスたちはヴィランと激戦中だった。



 ✬✬✬✬✬



 事の発端は掻い摘んで話そう。

まず病院を出た五人はそう遠くない場所で開かれていた色々なアイテムが売られた商店街へと向かった。

 初めて来る場所というだけあり、シェリンだけでなく、実はレイナもタオもエクスもそれなりに楽しみにしていたものだ。

 しかし、いざ着いてみるとそこは――、


「病院からそう離れてないのにいきなり静かな場所に出たな」


「というか……静かすぎない?」


「うん。人の気配も感じないわ」


「え……武器ないんですか……?」


 タオの隣でキラキラさせていた瞳が一瞬にして虚ろな目に変わるシェリンはさておき、まず着いてみての感想は“静か”の一言だった。

 そこに広がった光景は人の姿は一人も見受けられず、それどころか気配すらない状態だった。

まるでこの商店街の区域だけが、無人であるかのようだ。

 しかしここでかぐやが――


「う、うそ……なんで人がいないんですか? いつもおじいさんと竹を売りに来るときは賑わってるはずなのに……」


「だろうな。現に数分前までは人が居たんだろうぜ」


 混乱するかぐやを他所にタオが一つの建物を指さす。

 そこには果物がたくさん置いてあり、さらにその奥には湯気が立ち上る淹れたてのコーヒーが置いてあった。


「つまりこれは――」


「クルルゥ……クルル……」

「……クルル……クルルゥ……」

「……クルウゥ……クルルルゥ……」

「クルルゥ……」


 レイナが言う前にそいつらの声はあちこちから聞こえ始める。

あの薄気味の悪いヴィランの声が商店街のあちこちから――



✬✬✬✬✬



「ちっ、数が多すぎる!」


「弱音を吐いてる暇はないわよ!」


「分かってます! でも」


「くっ! このままじゃ、まずい!」


 それは言うなれば大群とでも言えばよいだろうか。

 商店街のあちこちから聞こえたヴィランの声に嫌なものを感じるのはいつものことだが、今回はそれが普通の数ではない。

 例えるなら蟻だ。

規則性があって動いている、という点を除けば、大群で獲物を仕留めるのに質よりも量で勝負を仕掛けてくるようなそんな感じだ。

 ヴィランにも色々なタイプがいるが今いる大半はノーマルタイプというか、ヴィランの中ではシンプルな二足歩行の一番弱いタイプだ。


 しかし、弱くても数が揃えばそれはもはや暴挙だ。

 メガヴィランという普通のヴィランよりも各上の強さを誇るヴィランがいるが、それを複数体相手にした時と同等か、それ以上の苦戦を強いられている。


「とりあえず、突破口だけでも開くぞ! かぐやさんを守りつつ、撤退だ!」


「余計なのは倒さず、最低限ね!」


「簡単なことじゃないですよ!」


「でも、やらなきゃ……いけないんだ!」


 切り捨て、突き刺し、吹き飛ばし、弱体化させ、徐々に突破口が開け始める。

 だがここでかぐやが――


「幸せ……幸せを……幸せって……幸せは……?」


「かぐやさん! 走って!」


 突如、逃げていたはずのかぐやの足が止まる。

 エクスが叫び彼女の手を無理やり引き、ヴィランを牽制しながら再び走り出す。

 かぐやの言う言葉を気にする余裕もなく、五人は命からがら何とか撤退するのだった。

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