よく晴れた月夜の晩に

「難しい話は終わったみたいだし。全力で行かせてもらうぜ」


「これ程の強敵なら良い素材を持ってるでしょうね」


 タオとシェインの二人は敢えていつもと変わらぬ調子でカオステラーへ武器を向ける。


「エクス・・・フレーダーさんの言う通りだと思うわ。カオステラーを倒しましょう。」


 レイナはエクスを気遣いながらもしっかりとやるべき事を示す。エクスもそれを受けて奴を見据えて剣をかざした。

 良いチームだ。互いの役割と成すべき事を理解している。彼らとならこのカオステラーを倒すことも出来るだろうし、この先どんな敵が現れても打ち勝てるだろう。

 お人好し過ぎて頼りなくも見えたが今は彼らの力と意思を信じる事が出来た。こんな仲間があの時にもいればこの「想区」にも、もっと違う結末があったのかもしれない。

 しかしそれは果敢ない夢だ。俺達の結末は「運命の書」に初めから刻まれているのだ。例え彼女や俺の心の中に小さくない後悔を抱え続けるとしても、俺達はそれを取り戻さねばならない。


「奴の守りから削っていくわ!ネイキッドメモリー!!」


 シェリー・ワルムに変化したレイナが魔法の力を解放するとカオステラーの全身を闇のオーラが包み込み、その力を奪い取る。

 

「うおらぁっ!アイアン・ロイヤリティー!!」


 続けざまにハインリヒに変化したタオが流星の軌道のような尾を残し、カオステラーに先鞭をつける。

 発狂したように叫び続けたカオステラーもついに俺達を敵と認識したようだ。人の声を模した叫びを咆哮へと変えながら飛び掛かって来る。


「シェイン!地面に落とすよ。ジャイアント・ブレイブ!!」


 ジャックに変化したエクスの片手剣の軌道が斬撃のオーラとなって空中へ舞い上がったカオステラーの翼を切り付ける。翼へのダメージでバランスを崩し、地面に避難したカオステラーへ、カリーネに変化したシェインが空へ跳び上がり必殺の弓技を放つ。


「止めです!ピグトキスの矢術!!」


 地面に押し付けられたカオステラーにシェインの射った矢が突き刺さり爆発する。

 俺も彼らに任せてばかりはいられない。低空飛行で全ての力を注ぎ込んだ一撃を全身ごと叩き込む。


「やったか!!」


「まだよ!続けて!」


 ダメージを負ったとは言えカオステラーは未だ健在だった。死闘はにわかには終わらず、連携し次々と繰り出す俺達の攻撃にも易々と膝を屈しなかった。

 僅かずつカオステラーの動きを鈍らせてはいるが、俺達もまた無事では済まなかった。カオステラーの翼の風圧は俺達を吹き飛ばし、鉤爪は鎧を少しづつ剥いでゆく。牙の一撃を互いの連携によってからくも躱すも、体に負う傷は時を追うごとに増えていった。

 一進一退、しかし地力に劣る俺達はじりじりと追いつめられて行く。


「うわぁぁぁぁ!!」


 戦いの流れの中、一人突出した形になったエクスが決定的とも思える鉤爪の一撃に弾き飛ばされ、カオステラーは宙に舞い上がり更に追撃をかけようとする。

 思わずエクスをかばおうと駆け出す俺達四人を、エクスは手をかざして押し止め叫ぶ。


「みんな!こっちに来ないで翼を狙って!」


 初撃の時のように翼を狙えば奴はバランスを崩し失速するだろう。しかし真下にいるエクスはどうなる?

 迷いにより瞬時の判断を逸した俺より先に、他の満身創痍の筈の三人は、迷いなく残った力の全力を持って翼の一点へと攻撃を集中させる。それは三人のエクスに対する信頼だったのだろう。彼ならば勇気と知恵を持ってこの窮地を脱せるという、強い信頼だ。


 翼にダメージを受けたカオステラーは錐揉み回転しながらエクスに向けて落下する。直撃すれば凄まじいダメージを負うのは間違いない。

 その時エクスの身体が光輝いた。


接続コネクトオデッサ・クレェール!」


 エクスは全ての主役ヒーローを受け入れるワイルドの紋章、その力を十全に発揮し、紅玉色ルビーレッドの鎧装束に身を包んだ大剣を持つ金髪の少女騎士へと姿を変えた。

 回転しながらエクス目がけて落下してくるカオステラーを冷静に見定めると、大剣を構え跳躍した。


「レオネッサ・ラッシュ!!」


 大剣を切り上げる狙いすました連続攻撃がカオステラーの柔らかい腹に炸裂する。自身の落下する勢いがそのまま斬撃の威力に加わり、その回転に合わせた斜めの剣線に沿って切り裂いた。断末魔の悲鳴が哀れを誘うかのように高く響き、傷口から溢れた鮮血の中にエクスの姿はかき消されてしまった。


 カオステラーは地面に地響きを立てて崩れ落ちる。どうみても致命傷の一撃だった。槍を杖に立ち上がった俺は奴の生死を確認しようと体を引きずりながら近づいていく。


「!?」


 恐るべき生命力足掻くカオステラーはまだ足掻き続けていた。今、止めをさせるのは俺だけだ。

 エクスは鮮血の海に倒れたまま伏して動かない。残る三人も力を使い果たしている。皮肉なことに彼らのような固い信頼で結ばれてはいない俺だからこそそれが出来る。


 カオステラーの身体の残骸をかき分け開いた腹の急所を目指す。足にへばり付く血の沼を振り払い、辿り着いたそこに残っていたのは本体である里長の娘の姿だった。

 昔と変わらぬその姿に一瞬茫然としている間、カオステラーの残骸が口を開いた。


「フレーダー・・・アナタハワタシヲ・・シテナイノ・・・」


「・・・違うよ。俺もお前のことを・・・・・。だから」


 昔のあの美しい声で尋ねる彼女に言葉を返す。それが意味の無い事とは知りながら。

 

 「想区」が続く限り、この悲しみを抱えたまま生きなければならないとしても、それは俺とお前が望んだ結末だ。

 お前はカオステラーに運悪く心の隙を突かれただけだ。その隙は俺にもあるのにお前に全てを引き受けさせてしまった。

 この「想区」を救いに来た彼らがそうであるように。俺とお前もまた信じ合わなければならないのだと思う。


「だから俺も・・・お前の本当の心の強さを信じている」


 杖代わりにしていた槍を彼女の心臓の位置へ深く突き刺す。

 抵抗無く受け入れた彼女は在りし日の笑顔を再び浮かべているように思えた。


「フレーダーさん。「調律」を始めますね」


「ああ」


 いつの間にか立ち上がり、俺達を囲む四人に全ての後始末を頼む。

 レイナの周りからキラキラと輝く蝶が舞い飛び、カオステラーに成っていた彼女や里の全て、そして俺にまでその輝く鱗粉を散らして行く。

 その光の中俺は自分の記憶が薄れていくの静かに感じていた。










「結局、僕ってまだ子どもってことなのかな」


「フレーダーのおっさんのことか?そりゃあのおっさんに比べりゃお前なんか坊主もいいとこだぜ」


 エクスの呟きにタオが答える。日の沈んだ「想区」の外れ、満月が顔を出した頃だった。


「あのおっさんはこの「想区」の全部を引き受けて、覚悟決めてんだ。ちょっと真似出来ねぇよな。でもそれがあのおっさんの男のロマンってもんなんだよ。坊主が気にしたってしょうがねぇよ」


「里長の娘さんもだけどね」


 二人の覚悟を想像してエクスは言った。


「それにそんなに心配することないと思うぞ。さっき里でシェインと買い物に行った時、あのイラッとする里長いただろ?あいつに悪戯しかけて逃げて来たんだけどさ」


「ちょっと!タオ何やってるの?」


「いや、割とみんなよくやったって顔してたぜ。ああ言う奴にみんなうんざりしてるんだろ。だから大丈夫じゃね」


「そう言うものなのかな・・・」


 未だ得心しかねる様子のエクス達に少し離れたシェインからの呼び掛けが届く。


「エクス!タオ兄!次の「想区」へ行きますよー」


「へいへい、行こうぜ坊主」


「うん」


 「想区」を隔てる霧に向かう途中エクスは今一度振り返り、最後に街で聞いた噂を思い出す。

 夜の空しか飛べなくなった蝙蝠は月夜の晩に孤独に空を舞う。けれど誇り高き猛禽の一族の中でも、夜にしか飛べないフクロウとミミズクの子だけは、蝙蝠を慕って夜の空を舞っていると言う噂だった。

 自分は嘘つきの卑怯者と言っていたフレーダーさんは一つ嘘をかないでいられたんじゃないだろうか。


 「沈黙の霧」の晴れた美しい月夜の晩、深い森の上に浮かぶ月を瞬かせるようないくつかの羽ばたきが確かに見えた。

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良く晴れた月夜の晩に(グリムノーツシナリオコンテスト参加作品) 文月 狛 @humizukikoma

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