鳥の里

「じゃあカオステラーに成ったのは・・・」


「鳥の里長の娘さん?」


「あ~最初から怪しかったよな。特にあのおっさん」


 巨大ヴィランを倒した後、俺が伝えたのはあくまで客観的な事実関係だけだったが、それでも彼らは察してくれたようだ。しかし口ぶりからすると彼らは鳥の里に先に訪れていたのだろうか。俺の疑問にエクスが説明してくれた。


「実は僕たちこの「想区」に来て最初に鳥の里に行ったんです」


 そこでカオステラーの情報を集めていた時、里長に言われたそうだ。


「ヴィラン!ヴィランだと?そんな奴等が我が里にやってきていたのか。道理で化け物に襲われる里人が増えた訳だ!」


「カオステラーの心当たり?そんなのは地べた這いの獣の里の連中に決まっておる!いや、あの薄汚い蝙蝠かもしれない。きっとそうだ」


「おぉ、可愛そうに我が娘よ。獣の里へ嫁にやるなど何と酷い事をしたものか。せっかく里帰りしたというのに部屋に閉じこもって顔も見せてくれないのだ。これと言うのもそのカオステラーとやらの仕業に違いない。お前たち早くあの蝙蝠を退治してくれ!」


 そう矢継ぎ早に言われた一行は俺の住まいの洞窟へとやって来たという訳だ。

 今となっては鳥の里長の昔と変わらない態度が懐かしくさえ感じる。それはこの「想区」では何より正しい在り方なのだ。皆がそうであってくれればカオステラーに付け入らせる隙など無かったろう。


「やっぱりあのおっさんの家に突撃するべきだったぜ」


「タオ兄、いくら何でも無茶苦茶です」


「そうよ。それにこの回り道があったからフレーダーさんとも出会えたんでしょ」


「何も分からないままカオステラーに憑かれた娘さんを倒してもきっと解決しなかったんじゃないかな」


 一行はそうやって結論を出すと改めて俺に向き直った。しかし目的地ははっきり決まったとは言え、俺にどう告げれば良いか迷っているのだろう。言葉に詰まっている。

 当然と言えば当然の事だ。どうあれカオステラーを倒せばこの「想区」は元に戻る。つまり俺はまた卑怯者の蝙蝠に戻れるという事だ。俺が如何に構わないと言ったとて、お人良しの彼らには納得出来ないだろう。 


「迷う必要など無い。君たちは君たちの役割を果たせば良い」


 俺が自分の役割を全うするようにだ。

 言外の意味を感じ取ってくれたのか。エクス達はゆっくりと頷いた。






 鳥の里に辿りつき、息を整えるとエクスが最初に会話の口火を切った。


「ようやく鳥の里に着いたね。どうやって里長の家まで行こうか?」


「里の人は皆ヴィランに成ってるみたいだけど、こっちも子ども達は無事かもしれないわ。見つけたら助け出しましょう」


「タオ兄、先に突っ込んでおきますけど。考えなしですか?」


「おう!強行突破だぜ!」


「ちょ、ちょっと待ってタオ。フレーダーさん。里長の家は分かりますか?」


「里の中央で変わってはいないと思うが、他のヴィランに見つからずに中央まで行くのは無理だろう」


「となれば覚悟を決めるしかないわね」


 レイナの言葉に皆が賛同し、エクスが先頭を切った。


「行こう!目指すは里の中央!里長の家!」


「結局、強行突破で良かったろ」


 タオの口調はいつもの軽い物だが、その目は真剣そのものだった。

 俺達は一塊になって里の中央へと駆け出した。


 地上から攻めて来るヴィラン、空から襲い来るヴィラン、全てを打ち払い駆け抜ける。


「互いに争っていればいいのに、ご丁寧にこっちを攻撃してくれますね」


「坊主!お嬢!、飛行ヴィランは俺とシェインにフレーダーのおっさんで相手する。お前らは地上を切り抜けろ!」


「分かった!鳥の里だから飛行ヴィランの方が多いみたいだ。気を付けて」


「任されたぜ!!おっさんとシェインも頃合いを見てあいつらを助けに行ってくれよ」


「本当に無茶しないで下さいよ。タオ兄」


殿しんがりは男のロマンだからな!」


「返事になってませんよ」


 二人の掛け合いは手慣れた物だ。

 里長の家まであと少し、俺も再び気を入れ直す。しかし対飛行ヴィランに特化した俺達の前に現れたのは鎧を纏った大型の飛行ヴィランだった。


「またでっけーのが来やがったな」


「これもしかしてあの里長じゃないですかね?底意地の悪い感じに面影が」


「そうかもしれないな」


 今さら彼に何か恨みが有るでも無いが、立ち塞がるなら戦わなければならない。俺達は弓矢と二本の槍を構えた。


「中々手強かったぜ。さすが里長だな。俺らが飛行ヴィラン対策してなかったらきつかったぜ」


「カオステラーはこれ以上でしょうね。先を急ぎましょう」


 結局彼ら二人だけ先行させてしまった。飛行ヴィランは引き付けていたと言っても二人だけでは限界があるだろう。里長のヴィランに手間取った俺達も早く追い付かなければ。

 道なりに里長の家へ進んで行くと、歩行ヴィラン達が倒された後が続いていた。おかげで俺達の道行みちゆきは楽になっていたが、それだけに二人の行方に不安が増す。

 ようやく俺達が追い付いた時には二人は里長の家に丁度着いた所だった。


 二人が俺達に気づいて手を上げ、俺達がほっと安堵の息を漏らしたその時、里長の家が耳をつんざくような爆音を立てて爆発した。

 飛び散る破片に咄嗟に目と頭をかばう面々の前に辺りを夜に変えてしまう程巨大な翼が広がる。里長の家をまるで卵に見立てて孵化したかのように現れたのは一際巨大なヴィラン、いやあの見知った白鳥の翼の形はカオステラーと化した里長の娘だった。


 そのカオステラーは巨大な翼を持った四足の獣の姿をしていた。翼こそ美しい白鳥のそれだがその色はくすみ、気色の悪いオーラを振り撒いている。

獣部分は乱杭歯を剥き出し、四肢の鉤爪も触れる物を全て切り裂かんばかりに潰れた家屋の破片を握り潰していた。獣と鳥を乱雑に混ぜ合わせた歪な生き物。

 まるで彼女の願った融和の思いを嘲笑うかのような、二つの里の者達を重ね合わせた姿の醜悪さに、今まで生きてきた中で想像した事も無かった怒りに俺の心は支配された。


「奴を倒せば彼女は助かるんだな?」


「はい・・・カオステラーを倒して、レイナが「調律」をすればこの「想区」は元の姿に戻ります。でも・・・」


「迷うなと言った筈だ!」


 逡巡するエクスに対して激昂する俺が攻めかかる前にカオステラーは彼女の声を皺がらせたような声で叫び出した。


「アラソエ!アラゾエェェ!タタカエ!ダダカエェェ!!」


「ミンナ、ミ゛ンナ゛、コロヂアエェェェ!!」


「イグザガズゥットツヅゲバ、アナダモヒヅヨウドサレタマ゛マ゛、イッッジョニイラレル゛。ゾウデショフレーダー・・・」


 呪いのような叫び声が響き渡る中エクスが俺に話しかける。


「フレーダーさん。僕がいた「想区」にも僕が大切に思ってた人がいたんです。だけど僕はその気持ちはもうしまってしまいました。でもそれは彼女を幸せに出来るのは僕じゃないんだって分かったからです」


「でもあの人とフレーダーさんは違うんじゃないですか!?お互いきっと大切に思ってるのに・・・」


「他に何か方法があると言うのか?」


 少年の言葉を無理矢理に断ち切る。


「それは・・・」


「ギライ゛!ギライ゛ィィィ!!ドウサマモ゛!トリノザトモケモノ゛ノ゛サドモミンナ゛キエデェェェ!!」


カオステラーの叫びはまだ続く。


「あんな言葉は彼女の本心じゃないんだ・・・」


 噛み締めるように俺は言う。


「もうこれ以上、彼女にあんな言葉を言わせたくない・・・頼む」 

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