境の戦場

 獣の里を襲ったヴィランを退治した俺達はまず子ども達の安全確保に努めた。

 水と食料を確保し、火事を起こさないように火の始末。避難場所の防御力を上げて偽装を施す。シェインに至っては即席の実用に耐える槍を作って少年に渡すまでしていた。子ども達に避難所で大人しく待っているように告げてから次の目的地の検討を始めた。


「ここから獣の里へはどんな道がありますか?」


「いくつかの道はあるが何処であれ戦場を通るのは避けられないな」


 レイナの質問に地図を示しながら俺は答えた。今のヴィラン達の起こした戦がかつてのそれをなぞった物だと言うのなら、二つの里の中間は何処も戦場を再現している筈だ。

 かつての戦はそれ程大規模で収集のつかない物だったのだ。


「だったら迷うことはねぇ。一番早いルートだ」


「タオ兄、もう少し考えましょう。私は遠回りでもこのルートが良いと思いますよ。良い素材が見つかりそうだし」


 タオとシェインはそう言うが、エクスには違う意見が有りそうだ。


「直進出来ませんか?フレーダーさんの洞窟を通るルートです」


 最短距離と言うなら確かにそうだが。


「険しい道になるぞ。大丈夫か?」


「慣れてますから」


 エクスの笑顔に他の三人も得心したのか行き先は決定した。それにしてもこのエクスと言う少年も不思議な子だ。四人の中では下っ端にも見えるのだが、彼の決断を皆自然に受け入れている。彼の「空白の書」はどんな主役ヒーローも受け入れるワイルドの紋章だという事だが、その包容力故なのだろうか。






 エクスの選んだこのルートはどうも正解だったようだ。途中には多少の手ごわいヴィランもいたが、概ね順調に移動出来た。

 考えてみれば険しい森という事はかつての戦の時も大量の兵士を展開する事は不可能なのだから、それが再現された今もヴィランの数は少なくなる道理だ。一時はこの洞窟の周りにも大量のヴィランが集まっていたが、あれはまだ自我を保っていた俺達を狙ったからだろう。あの時のヴィラン達も今は各々の戦場へ向かった筈だ。

 ともあれ先を急ぐ俺達一行にも無駄口を叩く程の余裕は生まれたようだ。


「それにしてもフレーダーさんが子どもに人気があるとは驚きですね」


「シェイン!そんな言い方失礼よ」


「でも全くだぜ。いつもぶすっと怖い顔してんのにな。里人みんなから嫌われてるなんて言うから心配して損したぜ」


「きっと子どもには本当に心の優しい人は分かるんですよ」


 口々に良く知りもしない男を褒め称える四人にうんざりした気持ちになる。俺はそんな男では無いし、そうで在ってはいけないのだ。この「想区」では。


「あの子らは前の戦の後に生まれた子たちだから、俺の事を良く知らないだけだ」


 そう一言言って黙りこくる俺に気まずくなったのかタオは話を戻す。


「不幸中の幸いって言うのか?本当に良かったよな。里の子どもたちは独りもヴィランに成らなかったみたいだし」


「・・・!」


 タオの軽口にレイナが急に立ち止まる。


「どうしたの?レイナ?」


 心配そうにのぞき込むエクス。二人を見てシェインは言った。


「城育ちのお嬢にはやっぱり山道はきつかったですかね。良かったらエクスがおぶって行きますよ」


「えっ!僕が!」


「嫌なんですか?」


「嫌って・・・訳じゃないけど」


「違うの。待って。おぶっては欲しいけど」


 やっぱりおぶわれはするのか。


「何で子ども達はヴィランにされなかったんだろう・・・ヴィランにされるのに子どもであるかなんて関係ない筈よ」


「そりゃ襲われなかったから・・・違うか。「運命の書」を書き換えるのには関係無いもんな」


「お嬢、という事は子ども達だけヴィランにしたくない理由がカオステラーに有るという事ですか?」


レイナははっきりと頷いて言った。


「フレーダーさん。私たちは貴方がカオステラーでは無いと思っています。でも今の状況を考えてみるとやっぱり腑に落ちない所があるんです」


 レイナは話を続けた。


「もし仮にですけどこのままカオステラーの思惑通りに進んだらですが、フレーダーさんはきっと誰もが成りたいような主役ヒーローになれるんじゃないでしょうか?大人たちは凄惨な戦で死に絶え、子ども達はフレーダーさんの悪い噂なんて聞いた事がないから、皆フレーダーさんを主役ヒーローとして慕うでしょう。まるでカオステラーはフレーダーさんを本当の主役ヒーローに仕立て上げようとしてるみたい」


 そんな主役ヒーローは真っ平御免だ。戦で死に絶えた地に立つ主役ヒーローなぞ、並みのヴィランより余程質が悪い。


「レイナ、じゃあカオステラーはフレーダーさんを本当の主役ヒーローにしたがってる誰かだという事?」


「そうだと思う。フレーダーさん、心当たりはありませんか?」


 心当たりか・・・はっきり無いと言えれば楽なのだが。

 いっその事俺が本当にカオステラーに成ってしまえれば良い。しかし、嘘つきの卑怯者ならいくらでも成れたとしてもカオステラーには成れないだろう。


「推理も良いけど、そろそろ前見ねぇと危ないぜ」


 タオの言葉に現実に引き戻された俺達の前に一際大きな巨大ヴィランが立ちふさがっていた。

 心当たりを辿るにもまずは眼前のヴィランを片付けてからだ。

 俺達は獣道を駆け抜けながらそれぞれの武装や接続コネクトを終えて、巨大ヴィランの懐へと飛び込んでいった。






「この戦を終わらせましょう」


 鳥の里の娘は言う。


「どうやって止めると言うんだ」


 嫌な物を見過ぎたはぐれ者の青年は吐き捨てる。


「古典的だけど、最終的には政略結婚かしらね」


 決して夢見がちな平和論ではない、確かな意思を持って娘は答える。


 二つの里が縁戚になれば戦は収まる道理だ。しかし言うは易し、行うは難し。彼女の家にした所で里長の家柄である以上獣の里への嫁入り等受け入れられるかどうか。獣の里も同様だろう。

 しかしはぐれ者の青年にだけは思い当たる事があった。まだ戦が小競り合いの時、どちらの里にも顔を出せた時分に会った獣の里の青年の事だ。はぐれ者の自分を嫌う事も無く、勇気と慈愛を兼ね備えた、まるでこの鳥の里の娘のような青年だった。

 彼と彼女ならあるいは・・・


「獣の里へ行ってくる」


 はぐれ者の青年はそう言って来た時とは逆の方へ飛び立った。


「待って!今行ったりしたら危ないわ」


「お前の覚悟に比べたら何という事は無いさ」


 どこに行っても爪弾きになるはぐれ者の青年にも守るべきものは有った。心に抱えている思いも。その思いは互いの中にあると信じてはいたが、彼は振り返らなかった。


 そうして獣の里で捕虜になった彼は、自身をスパイとして売り込んだ。鳥の里の情報を流して、時に獣の里を有利にし、逆に獣の里の情報を鳥の里へと流しもした。

 流した情報は兵糧の在りかや物資の移動ルート、出来るだけ人死にが出ないよう注意しながら情報をコントロールする。人的被害を最小限に止めながら、戦を続ける気力だけを奪うように。

 互いの里の厭戦気分がピークに達した頃、自分のようなスパイがいる事を噂として流し始めた。そんな卑怯者がいるのに戦など出来るかと皆が思うように。そして戦を終わらせる為の政略結婚をも受け入れられる程、戦を厭うように。

 

「あの薄汚い卑怯者を里に近付けるな!」


 と、二つの里から絶縁された頃、戦は終わり、彼の目的は達せられた。

 生まれついて二つの里から忌み嫌われる運命なら、卑怯者のそしりを受け続ける役割を全うするのが自分には相応しい。

 そう納得した青年の心は孤独な洞窟に有ってもいつも穏やかなままだった。

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