獣の里

「想区:卑怯な蝙蝠」

 

 昔々、獣の里と鳥の里は酷い争いの渦中に有りました。

 争いはいつ始まったとも、いつ終わるとも知れず、唯々互いの憎しみをぶつけ合う凄惨な戦場をいくつも産み出しました。

 憎しみは新たな怒りを、凄惨は新たな残酷を、繰り返し、繰り返し増やしてゆきます。

 そんな中一つの生き物が現れました。その蝙蝠と言う生き物は争いの中を器用に立ち回り、鳥の里では


「私は鳥ですよ。見て下さいこの燕のような翼を」


 と言い、鳥の里の兵士として戦いましたが、捕まった獣の里では


「私は獣ですよ。見て下さいこの鼠のような毛並みを」


 と命乞いし獣の里の兵士となりました。

 そんな卑怯な蝙蝠を見たせいでもあったのでしょうか。鳥の里と獣の里の長達は長きに渡る争いに終止符を打つ事を決断したのです。争いがそんな薄汚い卑怯者を産むだけならやらない方が良いと思えたのでしょう。

 こうして卑怯な蝙蝠は平和になったどちらの里からも忌み嫌われ仲間に入れてもらえず、昼の太陽の下も飛べず、暗い洞窟の奥に住まうしか無くなったのです。






「フレーダーさん!ご無事でしたか?」


「君らも大丈夫のようだな」


 ようやく森を脱した俺達はお互いの無事を確認し合い、辺りにヴィランの気配が無い事を確かめて一休みする。


「しっかし、あのヴィランの数は何だよ」


「ですね。あれではまるで・・・」


「戦争ね・・・」


 そう戦争だ。飛行ヴィランと歩行ヴィラン、よくよく観察すれば奴らもまた互い同士を攻撃し合っていた。

 この「想区」の争いはもう終わった筈だ。何故またこんな事が起こるというのか。知らず知らずの内に眉間に皺を寄せた険しい表情になっていた俺はエクスの呼び掛けにハッとなり振り向いた。


「フレーダーさん、単刀直入にお聞きします。貴方はカオステラーに憑かれてはいませんか?」


「お、おい!まずはじっくり観察するって言ってだろ!」


「ごめん、でもフレーダーさんはカオステラーじゃないと思うんだ。レイナはどう思う?」


「私も違うと思うわ」


「お嬢と坊主がそう言うんならいいけどよ」


「右に同じです」


 どうやら疑いは晴れたようだが、そもそも何を疑われているのかよく分からない。そんな俺に一行は懇切丁寧に説明してくれた。


 自分達がカオステラーを倒し、「想区」を「調律」する事で健全な状態に戻そうとする「空白の書」の持ち主だという事、そしてこの「想区」にカオステラーの影響が現れていた事、カオステラーを探索する途中、最もカオステラーに成る可能性が高いとおぼしき人物、つまり俺を探して森を彷徨っていた事。

 成る程、合点が行く。この「想区」で現状に満足していない者と聞いたなら、誰とて俺の事を指し示すだろう。思わず自嘲の笑みが零れてしまう。しかしエクスは俺にこう言った。


「フレーダーさんがもしこの状況を望んでいたとしたら、また戦争が起きている現状を見て、あんなに悲しい顔はしないと思います」


「とか言って自分だけ魚をもらえたからじゃないんですか?」


「そ、それは本当は優しい人だって事でもあるし・・・」


 あの魚はほとんどレイナに食われてたと思ったが。懐柔の効果は余り無いだろう。


「確かにこの事態を俺は望んではいないな。しかしという事はだ」


「はい。これを望んだ誰かがカオステラーに成ったと言う事です」


 未だ争いの喧噪が続く森を見てレイナは答える。


「取り敢えず、この道を行けば獣の里だ。案内しよう。着いて来てくれ」


 そうして一行の先頭に立ち、俺は獣道をかき分け先を急いだ。






「ここが獣の里ですか?」


「その筈だが・・・」


 たどり着いた獣の里には人っ子一人いなかった。本来は騒がしいほどの場所なのだが。


「あれだけの数のヴィランだ。里人全員がヴィランに成ってても可笑しくないぜ」


 タオの指摘は正しいだろう。しかし何かしらの手掛かりは残っているかもしれない。俺達は手分けして里を探索することにした。


「みんな!こっちに集まって!」


 レイナの声に応じて俺達は里の中央にある教会へと集まった。


「この教会から声がしたのよ」


「でも中には誰もいないぜ」


「幽霊のヴィランじゃないですかね」


「みんな少し静かにして」


 エクスの提案に皆動きを止める。


「フレーダーさん。教会の地下ってどうなってるか分かりますか?」


 地面に耳を付けたエクスは俺に尋ねた。


「地下?そう言えば先の戦の避難場所があったな」


「それだぜ!避難した奴等がいるんじゃないか?」


「確か教会の神像を動かせば地下通路が出てくる筈だ」


 そうして俺達は協力して神像を移動させたが通路から飛び出したのは一振りの槍だった。


「おわっ!」


 突然目の前に突き出された槍に、タオは慌てて身を躱したがよく見ればそれは槍と言うのも覚束ない只の木の棒に過ぎなかった。

 伸びきった木の棒を思わず掴んでしまったが、棒の持ち主はエクス達より大分年下の獣の里の少年だった。


「大丈夫よ。私たちはヴィランじゃないわ。貴方たちを助けに来たの」


「そうです。それにそんな槍じゃヴィランは倒せませんよ。せめてスキルコアを装備してカスタマイズしないと」


「いや、そういうことじゃねぇだろ」 


 一行のやり取りに毒気でも抜かれたか、張り詰めていた気力が弾けたように少年は崩れ落ちた。


「里の子どもたちはここに逃げ込んでいたんですね」


 一行はめいめい不安に怯える子ども達を落ち着かせようと肩車をしてやったり、簡単なおもちゃを作ってやったりと騒がしい。

 しかし驚いたのは偶々たまたま遊びに来ていたという鳥の里の子ども達もここにいた事だ。しかも身分が高いとされる猛禽類の子どもだ。あの戦の後では考えもしなかったが、時代も変わった物だ。

 そして俺自身もそんな鳥の里の子どもをあやす子守の真っ最中だった。

 しかしこうして見ると一行が「想区」を救う勇者とはとても思えない。やはり旅芸人が良い所だ。

 子供たちに笑顔が戻った所で先ほどの少年にレイナは優しく尋ねた。


「思い出すのは怖いかもしれないけど、何があったか教えてくれる?」


 少年は涙ぐみながらも気丈に答えた。


「突然里に空を飛ぶヴィランが襲ってきて、そうしたら里の大人も皆ヴィランに変わっていったんです。父さんも母さんも・・・」


「飛行ヴィランが来る前には同じことは無かった?」


 少年は首を振った。


「って事はカオステラーは獣の里じゃない。鳥の里から現れたって事だぜ」


 一行は一斉に頷いた。すると示し合わせたかのように教会の天井に巨大な物がぶつかったような轟音が響いた。


『いやぁぁぁぁぁ!!』


 子供達の悲鳴に思わず翼を広げてかばう。どうやらここまでは崩れないで済んだようだ。


「ヴィランの残党かもしれない。フレーダーさん、手伝っていただけますか?」


 是非もない。しかし階上へと向かう俺の足をさっきまであやしていた鳥の里の子どもの一人が掴んだ。


「おじさん・・・また戻って来てくれる?」


 はぐれ者の俺には本来里に降りる事は禁じられている。そんな約束は出来ない。だが不安に怯える子ども達にそう言える訳も無く。


「分かった。必ず戻る。それまであの兄さんの言う事よく聞いて待っていなさい。いいね?」


 守れる当ての一つもない約束を迷いなくする。正に卑怯な蝙蝠の面目躍如と言えた。

 階上へと上がった俺を出迎えたエクスはそんな俺を見て勘違いでもしたのだろう。信頼を込めた笑顔で言った。


「フレーダーさん。頼りにさせてもらいますね」


「私も頼りにしていいですよ。今度は弓持ちのヒーロー:カリーネの栞を用意しましたから」


「私は魔法で援護しますから」


「食っちゃべってねぇで接続コネクトしろ!来るぞ!」


 勘違いですっかり俺なんぞを信頼してしまった一行は、まるで十年来の仲間とでも言うかのように裏切者の俺に背中を預ける。若さゆえに人を疑うという事を知らないのか、こんな事でカオステラーを倒せるものなのかと疑問ではある。しかし俺がやるべき事はもう決まっているのだ。あの戦の時にはもう。


 迫りくる飛行ヴィラン達を倒しながら教会の柵の外まで出ると、教会の上に取り付いた巨大飛行ヴィランがついに視界に入った。


「あの巨体でよくも飛べるものだ」


 思わず口に出た疑問にシェインが答える。


「あの巨大ヴィランは普通の飛行ヴィランの集合したものです。飛ぶ力も寄り集まって巨大になってるのでしょう」


 そう言われてよく見れば、あの羽は鳥の里の面々の色んな羽がグロテスクに集まったように見えた。

 目を凝らして確認したが、見知った羽はこいつには無いようだ。


「おらっ!掛かってこいよ!」


 ハインリヒに変化したタオの挑発に乗った巨大ヴィランは俺達に向かって突撃してきたが、まず俺とシェインの牽制によって低空に追いやったヴィランをタオが槍で突き倒し、レイナの魔法とエクスの剣技により止めを刺した。

 それはまるで十年来の戦友のような見事な連携だった。

  

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