良く晴れた月夜の晩に(グリムノーツシナリオコンテスト参加作品)
文月 狛
境の洞窟
夜の闇よりなお昏く、蔦の繁りはより深く、鬱蒼とした森の奥、重い雲は月明かりをも隠して空に蓋をしてしまった。二つの里からは丁度中間、しかしどちらの里へ下りるにも、イタチの獣道程度の藪の隙間を抜けるしかないこの洞窟が俺の家だ。
種火から
吹き込む風は、秋の到来を告げる肌寒さを昨日よりも増して洞窟の中をかき回していたので、俺は風よけの板塀をずらして空気の流れを調節する。
ようやく落ち着いた焚火に向かい、人心地つく。
住みたくて住んでる訳でもないが、元より人いきれが何より嫌いな身としては落ち着くべき所に落ち着いたという物だ。ここには喧噪も雑踏も嫌味な陰口も無い。
無論その他の何も無いのだが。
「!!!、、、いった~い!」
「いった~いじゃねーよ!このポンコツ姫!!重いんだよ!さっさとどけぇ!!」
「女子に向かって重いとは何よ!」
「いいから二人とも私の上からどいて下さい。ぶっ飛ばしますよ」
盛大な落下音に合わせて突然上から降ってきた旅人らしき一行は、あっけに取られる俺を他所に沈黙をぶち壊す寸劇のようなやり取りを始めていた。
「あっ!もしかしてここに住んでらっしゃる方ですか?お騒がせして申し訳ありません。私たちは旅の途中に通りがかった者で、私はレイナと申します」
一行の天辺でその重量を如何なく発揮した金髪の少女はそう名乗った。
「悪ぃ。悪ぃ。おっさん。おっ美味そうじゃん。食事中だった?」
「魚に目を付ける前に自己紹介くらいして下さいタオ兄。ちなみに私はシェインと言います」
続いて黒髪の少女が銀髪の少年の頭を抑えながら二人の名を名乗った。
「それともう一人・・・あれ?エクス!何処にいるの?」
「もしかして崖の上に残ってるんじゃ」
「ここからじゃ見えないですね」
俺はキョロキョロと辺りを見回す三人の足元を指さし指摘する。
「そのエクスと言うのは足元の青髪の少年の事か?」
「いやぁ~助かりました。改めてありがとうございます」
三人の下敷きになっていた青髪の少年エクスは手当のお礼に丁寧に頭を下げる。どうやら俺が
一時はピクリともしないので生命も危ぶまれたがどうにか無事に目を覚ました。ただ森の薬草を煎じた薬が効いたのなら良かったがまだ目の焦点が合ってないように見える。
手狭な洞窟ではあるがこの状態の彼を追い出すには忍びなく、五人で車座になり夕食を囲む形になった。
彼らの提供してくれたパンの久々な甘い香りが鼻腔をくすぐった。代わりにと言っては何だが、病み上がりでもあるし俺の夕食用の魚はエクスという少年に食べさせる事にした。
「ごちそうになります・・・うん、美味しいです。」
「私にも一口ちょうだい」
文字通り食い入るように見つめていたレイナという少女が一口というには大きすぎる一噛みで魚の半分を攫ってゆくが、エクスは気にする様子もない。下敷きの件といい、同情に値する少年だ。見た所、旅芸人一座の見習いという感じか。
「それでさ、おっさんに聞きたい事があるんだけど」
「この辺りで何か異常な事が起きたりしてませんか?」
食事を終えた頃に聞かれたタオとシェインの質問に心当たりは無い。
里の事は分からないが相も変わらずこの洞窟は平和な物だ。そもそも平和も争いも最初から何も無いと言うのが正しいかもしれない。
「・・・・・・」
何を怪しんでいるのかは知らないが、無言でこちらを探るような視線を向けてくる一行をどうともなくやり過ごす。こんな洞窟に一人住んでいる怪しい男なのだから当然ではあるか。どちらにしろ里では浴び慣れた視線だ。
「こんなに日が落ちたら旅は出来ないだろう?狭いが寝るくらいは何とかなる。泊まっていけば良い。里なら何か分かるかもしれないから明日は途中まで送ってやろう」
俺の返答に納得したとも思えないが、半ば無理矢理話を打ち切り、焚火を種火用の炭に戻して一行と共に眠りに就いた。
「おっさん!起きろ!」
慌ただしい叫び声に跳ね起きて洞窟の外へ飛び出すと、果たして眼前には何も存在しなかった。
洞窟の前に何も存在しない筈は無い。見えないのだ。不気味な灰色の厚い霧に阻まれて。
空の雲がそのまま降りて来たのかと思えるような霧の中を声だけを頼りに一行の元へ駆け寄った。
「この辺りはこんな霧が良く涌くんですか?」
「いや・・・こんな霧を見たのは初めてだ」
「じゃあやっぱり!」
レイナが言うが早いか霧の奥より現れたのは異形の存在、ヴィランの群れだった。
噂には聞いた事がある。「想区」を司る全知全能のストーリーテラーが歪みを抱えたカオステラーに変わる時、「想区」の住民たちは「運命の書」を書き換えられヴィランという魔物に変えられてしまうと言う。
とすればこの魔物達は里の者なのか?
「とにかく行くぜ!
タオの叫びに応じてその姿が槍を持ったヒーローに変化する。霧を吹き飛ばすかのような強い光に包まれて、銀色に輝く騎士の姿へと変わったタオに俺は目を見張る。あっけにとられる俺を放って、他の三人も各々のヒーローの姿へ変化した。
「
「
「
レイナとシェイン、エクスがそれぞれ魔導書、両手杖、片手剣を装備したヒーローに変化しヴィランの群れへと飛び込んでいった。
霧の中から次々に現れるヴィランを槍で突き、魔法で
「このままじゃ切りが無い!みんな!囲いを抜けてここから離れよう!貴方も一緒に来てください!」
エクスに誘われて俺も一行と共にこの場を離れる事にした。しかし状況はより悪化していたのだ。
「きゃあぁぁ!!」
レイナの悲鳴は周囲からでは無く真上から攻撃による物だ。洞窟を囲んだヴィラン達の壁を突き破った俺達は、一旦は危機を脱したかとも思ったが今度は空から襲い掛かる飛行ヴィランの群れに遭遇したのだ。
「飛行ヴィランにはタオ兄の槍ですよ。頑張って下さい」
「頑張れったってこの数だぞ!お前ら弓持ちのヒーローの栞無いのかよ?」
「今は誰も持ってないよ!」
「マジかよ!おいおい冗談じゃなくヤバいぞこれ」
タオの変化したハインリヒの槍
しかし空の敵ならば何とかできるだろう。昔取った杵柄だが、まだ俺の翼は錆び切ってはいない。
「空中のヴィラン達は俺が何とかしよう。君らは逃げ道を確保してくれ」
「何とかって・・・えぇと・・・」
そう言えばまだ名を名乗っていなかったな。錆びかけの翼を背中に広げた俺は、手槍を抜き放ち霧に向かって飛び立ちながら、何年も呼ばれも名乗りもしない名前を一行に告げた。
「俺は「想区:卑怯な蝙蝠」の
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