FB ホテル 🚀2nd Stage😻

乃上 よしお ( 野上 芳夫 )

第14話 カレー市民の末裔(まつえい)

 月のFBホテルにワープしたF博士は、地下の研究室の整理を終えて、分析作業に取りかかり始めていた。


「こっ、これは⁈」

 博士がひとりで叫び声をあげた。

 異なる時代からワープしてきた者を調べていたのだが、何か分かったようだ。


「どうしたんですか?博士!」

 そばにいるクローンのYがたずねると、F博士が興奮した様子で言った。

「あの者たちの遺伝子について調べていたんだが、1300年代にはみんな先祖がフランスのカレー市にいたようなのだ」

「そこでいったい何があったのですか?」


「あの時、カレーの市民は1年以上にわたりイギリス軍に包囲されていて、ついに陥落することになった。全滅するかと思われていたのだが、イギリス軍のエドワード3世は、カレーを代表する6人の指導者が首に縄をつけて出て来て処刑されるなら、カレーの全市民を助けようと提案する。

 その時に、自分の生命を投げうってカレーの市民を救った者たちの末裔が、この月のFBホテルにワープされて来たのだよ」


「それは誰なんですか?」

「クジラを追いかけていた船長とスタン、そして潜水艦にいたピエールだ。彼らはみな、あの時のカレー市の代表者の末裔なんだ」


 そこに3武士たちがやってきた。

 彼らを見ながらまたF博士が言った。

「この3人も実はそうなんだ。彼らもカレーの義人たちの血を受け継いでいる。これで6人が全てそろったわけだ」

 ——いったいこのような者たちを集めて、これからどんな戦いをしようというのだろうか?

 いや、まてよ⁈

 今ここに彼らが居るということは、この月のFBホテルは、あの時の、イギリス軍に包囲されていたカレー市民と同じ立場だというのだろうか?


 Yは自分が置かれた立場がどういうものなのか、気がついてしまったようだ。

 それはけっして容易ではない道になりそうだった。

 さっそく先に月に来ていた3武士から、船長、スタン、ピエールの3人は剣の手ほどきをうけることになった。


 その頃、特殊部隊にいて月にワープされたデビッドが、ホテルのロビーに降りてきた。

 ——ここが月だということは分かったが、あの時に俺は死んだはずではなかったのだろうか?

 そうだ......手榴弾が爆発する直前に、強烈な光がやって来て、オレを吸い込んでいったんだ。


 デビッドが回想しているところに、女戦士のロンシャイがやって来た。

 そして2人が目を合わせた瞬間に、火花が散った。

 それは1300年代にフランスで燃やされた愛の火と同じだった。


 ——私は、この人を知っている。

 ロンシャイがそう思ったのと同時だった。

 ——ロンシャイ......なのか?

 なぜオレは彼女の名前を知っているんだ⁈

 デビッドの胸の中には、すでにロンシャイへの熱い思いがあふれていた。

 2人の前には、イギリス軍に包囲されたカレーの街の光景が、映画のスクリーンのように現れていた。それは月というところでしか起こりえない、心を映し出すオーロラだった。


 それを観た2人は確信した。

 自分たちは恋人同士だったと......

 ためらいながら伸ばした手に、どちらからともなく触れてみると、確かに愛の稲妻のような電気が流れて来るのだった。

 見つめ合う相手の瞳の中に、あの時の情景が浮かんでくる......


 1347年、カレー市はイギリス軍に攻めこまれていたフランスの国にとっては、最後の砦だった。そこに住む市民は不安の中で生活しながら、祖国の愛と自由を守るために、けなげに戦い続けていた。


 ロンシャイは活発な女の子で、いつも男の子と遊んでいた。その中のひとりがデビッドだった。

 ある時、ロンシャイが不良グループに絡まれて困っていると、そこにデビッドが通りかかり助けてくれた。


「有難う、デビッド......」

 その時から、ロンシャイの彼にたいする特別な感情が芽生えはじめた。

 いつ攻め落とされるかわからない恐怖感の中で、カレー市民の精神状態は不安に満ちていて、人間関係も荒みがちだった。

 ただ、デビッドに会う時だけは、ロンシャイもホッとできるのだった。


 2人はいつしか、街を守りたいという気持ちから、武術の真似事をするようになった。彼らを指導したのは、実際にイギリス軍と戦っていたフランスの兵士だったが、すぐに彼はデビッドとロンシャイの剣の才能に気づいた。

 数ヶ月の訓練の後には、2人は戦場の兵士と互角に戦えるまでになっていた。


 ついにイギリス軍が最後の降伏をカレーの市民に突きつけた。

 その時、ロンシャイとデビッドは2人で自害して果てようかと相談していたが、イギリス軍のエドワード3世が、カレー市の代表者の6名が名乗り出て処刑されることを受け入れるなら、カレー市民を助けようと約束する。


 その6人の代表者のうちのひとりが、デビッドの兄のピエールだった。ピエールはカレーの市民を守るために、処刑台行きを志願したのだった。

 イギリス軍に自らを差し出す日の前の晩の兄の姿を、デビッドは忘れられない。

 その夜の家族の集う最後の晩餐では、誰1人として語ろうとはしなかった。できれば家族の中の1人を処刑台などには行かせたくないのだが、誰かがそこに行かなければ、カレー市民全員が殺りくされてしまうのだった。


 子を愛する親ならば誰もが思うことだろう。

 なぜ、うちの子が犠牲になっていかなければならないのかと。そして町の人々は教会に集って祈った。

「父なる神よ。どうかこの杯を取り除いて下さい」

 しかし行かなければならない道ならば、神の御心に従うしかないのだった。


 翌朝になり、カレー市民の代表者たちは、イギリス軍のエドワード王の命令どおりに、裸同然の格好で、首に縄を巻かれて処刑台へと引かれていった。

 街頭に立ち並ぶ市民たちは、その6人の姿に、まさにイエス・キリストの姿を見たのだった。


「彼らは、私たちの罪のために打たれるのです......」

 死の行進の傍らには、泣き叫ぶ者、わめきながら転げまわる者、胸を叩いて理不尽な処刑に抗議する者たちがいた。

 デビッドはもはや正視できなかった。

 ——なぜ兄が選ばれなければならなかったのか?

 彼は自分の兄が目の前を通る時には、涙で何も見えなくなり、目を下に伏せた。


 そして、すべてのカレー市民が死を覚悟した時に、奇跡が起こった。

 エドワード王の妻が処刑の中止を王に懇願して、受け入れられたのである。


 だから、この町の民の愛と自由にたいする情熱は、誰よりも強いのだった。

 その血を受け継いでこのFBホテルにいるのが、ロンシャイとデビッドだった。そして船からワープされてきた3人も同じだった。


 彼らは、いま再び剣を手にして戦いに出発しようとしていた。

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