「ねぇ、どうして泣いているの」

 彼女は体育座りをした膝に額を乗せて肩を時折跳ねさせて嗚咽おえつを漏らす。

「何でもない……ッ!」

「何でもなくはないでしょ。話してよ」

「……何で、も、ないってば……ッ!」

 かれこれ1時間弱。彼女はこの姿勢のまま延々と泣き続けている。

「言わないと分からないでしょ」

「言うことなんて何も無い!」

 ズズッとはなすする彼女は何も言う気が無いらしい。明らかに何かあるのに。静かに溜息を漏らす。

「言うまでここで待つ」

「えっ!いいよ!帰ってよ!」

「言うなら帰る」


 下校のチャイムが鳴った。あと30分したら完全に学校を出なければならない。暗くなってきた美術準備室には、僕と彼女しかいない。

「・・・・・・あのね」

 そろそろ頃合いかな、と思っていたときに、彼女が口を開いた。

「何?」

 洟を啜ってから、また彼女は口を開く。

「昨日、誕生日だったでしょ」

「そうだね」

「今日、ホームルームが終わった後に誕生日プレゼントってクッキー渡したでしょ」

「うん。袋いっぱいにね」

「渡したときにさ、『覚えてたんだ』って言ったじゃん」

「・・・・・・うん言ったね」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・え?」

 彼女はうつむいてまた黙ってしまった。なんでそこで言葉を区切ったのか分からない。

「え?覚えてくれていたんだ~。やった~。嬉しい~って僕がなって、それで・・・・・・あ」

 そうだ。僕があの言葉を言った後で彼女は顔を真っ赤にして教室から出たんだ。そして追いかけたらここにいて泣いていた。

 もしかして、僕が何か、気付かぬうちに彼女を傷つけてしまったのだろうか。

「ごめん」

「・・・・・・なんで謝るの?」

「だって、僕がそう言った後で教室を出たから」

「違うよ。貴方は悪くないよ」

「だったらなんで、泣いていたの」

「・・・・・・彼女が彼氏の誕生日を忘れるとか、最悪じゃない」

 彼女は再び、ぽつりぽつりと理由を話し出してくれた。

「昨日しまったって思って、その日にクッキー作ったけど、夜遅くだったから家に届けられなかったし、そして今日渡して『覚えてたんだ』って言われたのが、なんだか情けなかったんだよね」

 ごめんね。こんな彼女嫌だよね。そして彼女はまた顔を膝にうずめた。


 なんだ、そういうこと。


「僕がいつ君のこと嫌だなんて言ったのさ。僕が好きなお菓子を袋いっぱいに詰めてさ、しかも手作りでさ、嬉しいに決まっているじゃない。誕生日忘れられた悲しいとか思う小さい男だと思ってんの。僕は器の大きな男だぞ。だからさ」

 泣かないでよ。

「僕は君の笑顔が好きだよ」

 彼女は顔を上げて僕を見た。

「一緒に帰ろう」

 差し出した手を彼女は自分の手と重ねて、まるで朝露に濡れた花のように笑った。

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