photographer

 初めて一眼レフを買った。


 中古のものではあったけど、前の人が綺麗に使ってくれていたのか、はたまたお店の人が綺麗にしてくれたからなのか分からないが、傷もなく、本体・レンズ・充電器などが揃って五万円と、とても安かった。


 少し古い型なので重たいものの、そのずっしりと手に収まるカメラが好きで、このカメラとの付き合いも三年が経つ。


* * *


 彼は写真が苦手だった。


 私は風景より人物を撮ることを好んだため、彼を撮ろうとするのだが、かたくなに顔を隠したり逃げ出したりする。

 しかし、顔以外なら大丈夫らしく「顔は写ってないよ」と言うと、何も抵抗はしなかった。

 だから私は、よく彼の「手」を撮った。

 男らしくゴツゴツした手でありながら、すらりとのびた指で爪も花弁型でとても綺麗だった。


 彼は料理を作るのが好きである。仕事もレストラン勤め。

 ときどき、クッキーなどお菓子を作ることもあった。小麦粉で真っ白にしながら作る彼の「手」をよく撮ったものだ。

 何かを作る「手」はなんて美しいんだろう。

 様々な料理やお菓子を生み出す美しい彼の「手」を私は夢中で撮り続けた。

「飽きない?」

「飽きないね」

「そっか」

「顔も一緒に撮っちゃ駄目?」

「嫌だ」

「そっか」

 そんな繰り返し。


 難しい料理に試行錯誤している顔。

 眉間に皺を寄せる真剣な顔。

 上手くいったときの嬉しそうな顔。

 豊かな表情を持つ彼は、それでも顔を撮らせてくれない。良いもの持っているのに、減るもんじゃないのに、ケチ臭い。


 彼の「手」を撮り続けて半年が経った。その半年で気付いたことがある。

 彼の「手」は、気分と連動する。

 楽しいと動きは軽快。何かあったときはぎこちなく。作る気分じゃないときは動きが止まる。

「何かあった?」

「別になにも」

「私に隠し事してるでしょ」

「してないよ」

「手を見りゃ分かるのよ」

「……気分悪い」


 熱を測ると38℃を越えていた。

 私もバカだ。顔を見れば熱が有るか無いか分かるものなのに「手」を撮るのに夢中になって気付かなかった。

「なんで気分悪いときに無理に作ってたのよ」

「……」

「なんで気分悪いって始めから言わなかったのよ」

「……」

「私が馬鹿みたいじゃない」

 目の前がぼやけた。いつの間にか大粒の涙を流していた。

 申し訳なくて、情けなくてたまらない。

「君が」

 ポンと頭に手を置かれたと思ったら優しく撫でられた。

「君が写真を撮る姿が楽しそうで、僕も嬉しくて、君のそんな顔が見たくて」


 ごめんね。


 ――馬鹿。なんでアンタが謝る必要あるのよ。情けなくて、でもどこか嬉しくてまた泣いた。

 彼は、ずっと優しく私の頭を撫でていてくれた。


 * * *


「ねぇ、写真見せて」

 驚いた。彼から写真を見せてくれなんて言われたことがなかったからだ。

「手」などは撮らせてくれるが、顔にカメラを向けると頑なに隠すものだから、カメラが苦手だと思っていたが、そうでもないのかもしれない。なんだか嬉しくて、すぐにカメラを渡した。


 カシャッ


 一瞬、彼が何をしたのか分からなかった。彼は嬉しそうにカメラの画面を私に向けた。

 顔をふにゃふにゃにして笑っている私が写っていた。

「結構綺麗に撮れるんだね」

 そして気付いた。写真を見せてくれ、は建前で、カメラを貸して写真を撮らせてくれ、が彼の本当の理由だった。

「もう!ちゃんと言ってくれたらもっとなんか違う顔したのに!!不細工だ!消して!消して!」

「嫌だよ。可愛いのに」

「馬鹿ッ!」

「消さないって約束してくれるなら、カメラ返してあげる」

 卑怯だ。でもカメラは返してほしい。


 カシャッ


「アハハ。口尖らせてる可愛い」

「わ、分かった!!消さない!!」

 彼は目を細めて優しく微笑み、すぐにカメラを返してくれた。

 なんだかんだ言って、彼から私を撮るなんてことは初めてだったので恥ずかしかったがとても嬉しかった。

 私ってこんな顔をするんだ。

 画面に映る彼が初めて撮ってくれた2枚の写真を軽く撫でた。

「嬉しい?」

「……」

「顔を見たら分かるよ」

「……」

「真っ赤だよ」

「…………嬉しい」

 そして彼は優しく私を抱き締めた。

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