エピローグ
電車を降りると、遠慮のない熱気がまとわりついた。せっかく引いていた汗がすぐに流れ出した。寂れた駅舎を出てしまうと日差しを遮るものはなくなった。鞄を担ぎ直し、「よし」と気合を入れて歩き始める。
あの夏から五年が過ぎて、ぼくは高校生になった。
高校最初の夏。この夏も相変わらず、ぼくはあの場所へ向かおうとしている。
そう、五年前の夏から毎年この季節になると、ぼくはここに来ている。澄んだ空気も、草木の匂いも、セミの声も、学校も、駄菓子屋も、何一つあの頃と変わらない。それがぼくにとっては嬉しかった。
これまでいろんな夏をここで過ごしてきて思ったことは、やっぱり五年前の夏が特別だということだ。もしかすると、それは時間のせいなのかもしれない。ほとんど夏の終わりまでいることができたのは五年前の夏が最初で最後で、それからの夏は、長くて二週間、短くて五日間しかみんなと一緒に過ごすことができなかった。
でも一番の理由は、あの夏に経験したことが全て新鮮だったということだろう。きれいな川、ホタル、ペルセウス座流星群に、夏祭り。そして、恋。
五年前の夏には、夏の全てが詰まっていたんだ。最近になって、ぼくはよくそう思うようになった。そういう意味で、あの夏は特別なんだ。
進んでいた道を横に逸れて、森の中へ入っていく。途端に気温が下がって、代わりにセミの鳴き声がうるさいくらいに頭に響いてきた。
神社に着くと「今年もやって来ました、よろしくお願いします」と拝んで、それから拝殿の脇にある階段を下りた。
秘密基地への道は、考えてみると年々険しくなっている気がする。辺りの草は誰かが手入れするわけでもないので自由に腕を広げている。ぼくは顔をしかめてかき分けかき分け進むしかなかった。
荷物を置いてから来ればよかったと後悔しながらも、何とか辿り着いた。鉛筆型の、秘密基地じゃない秘密基地。ああ、笑い声が漏れている。
風が吹いて、チリンと風鈴の音がした。どうやら今年は扉に風鈴を取りつけたみたいだ。
ぼくが扉を開くと、もう一度風鈴がチリンと涼しげな音を出した。それなのに基地の中はどうしようもなく暑くって埃っぽかった。でもそれ以上に、どうしようもなく懐かしかった。
「おーユウキ! 一年振りだなー!」
ツンツン頭にタンクトップ姿のテツロウ。
「お久し振りです、ユウキくん」
相変わらずメガネがよく似合うケンイチ。
「ユウキ、ごくろーさん!」
明るくて活発なミナミ。そして、
「待ってたよ、ユウキくん」
あの夏に恋をした、ナツキがいた。
「みんな……。ただいま!」
今年もまた夏がやって来た。
終わり
あの夏を忘れない 高瀬拓実 @Takase_Takumi
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