第七章 あの夏を忘れない

 もうすぐ着くという連絡が入って、ぼくは荷物を玄関まで運んだ。

「お世話になりました」とお辞儀をすると、おじさん、おばさん、ノリくんの三人は「いつでも遊びに来てね」と口をそろえて言った。

「あ、そうだ」

 危うく忘れるところだった。鞄を開けて、昨日作ったものを三人に渡す。

「これは……手紙?」

「うん。昨日書いたんだ。お礼に、受け取ってください」

 渡した途端、おばさんの目から涙がこぼれてぎゅっと抱き締められた。

「ありがとう、ユウキくん。大切にするね」

「うん、ぼくの方こそありがとう、おばさん」

 程なくして、車の音が聞こえてきた。ぼくは鞄を持って玄関を飛び出した。

「父さん!」

「おーユウキー! 随分焼けたなー。遊んでばっかだったんじゃないだろうな?」

「へへへ……」

「ったく、しょうがない奴だな。……あ、恵美さん。お世話になりました」

「ユウキくん、とってもいい子にしてましたよ。ノリともよく遊んでくれたし。ねえ、ノリ」

「いやあ、それは申し訳ない……って、それにしてもノリくん、大きくなったなあ」

「そんなことないですよ、おじさん。ユウキくんの方が、よっぽど大きいです」

「? どういう意味だ? ユウキ」

「へへっ、内緒だよね、ノリくん」

「うん、男の約束ってやつだ」

「そ、男の約束」

「よく分からんが、まあいいか。兄貴も、世話になったな」

「また忙しくなったら、いつでもユウキくん連れてこいよ。大歓迎だからな」

「忙しくなったらな。……じゃあ、そろそろ行くか。ユウキ、最後にもう一回挨拶しとけ」

 父さんに背中を押されて、ぼくは一歩前に出る。

「お世話に、なりましたっ!!」


 トランクに鞄を詰めて、ぼくは車に乗り込んだ。

「田舎での暮らし、どうだった?」

「うん、よかったよ……」

「そうか」

 父さんといっぱい話したいことはあったけど、ぼくの気分は沈んでいた。

 結局、みんなにお別れ言えなかったなあ……。それだけが唯一の後悔だった。昨日、あれからぼくとナツキはみんなのところへ戻って、花火が終わったら帰った。いつもみたく、「また明日!」と言ったのに、その明日は訪れそうにない。

 明日はいつになるんだろう。今年の冬かな……それとも来年の春? それとも来年の夏……?

 何となく窓の外を眺めていると、あの森が見えてきた。ぼくは「車を止めて!」と父さんに言った。

「どうしたんだよ、急に」

「ちょっとだけ時間ある?」

「何だ、忘れもんか?」

「まあ、そんなとこ。すぐ戻って来る」

 言い終わらないうちにぼくは車から降りた。

 神社に入って境内を歩く。そして拝殿の横の階段を下りて獣道を進んで行く。

 あの日と同じように、ぼくは秘密基地じゃない秘密基地に辿り着いた。その部分だけ木が伐採されていて、夏の日差しを直接受けている。

 扉を開けると、中はむっとする暑さに支配されていた。すぐに汗が滲んでくる。

 みんながいると信じたけど、いるのはぼく一人。そりゃあそうだ。集合時間とか決めていなかったし。

 誰もいない秘密基地を眺めると、いろんな思い出が浮かんでくる。

 初めてここに来た日のこと。

 夏の劇場の話で盛り上がったこと。

 ナツキが好きだとテツロウに話したこと。

 みんなと過ごしたこと。

 もうここには来れないんだと思うと、何だか感傷的な気分になってしまう。

 そうだ。ぼくがいた証を残しておこう。

 テーブルに置いてあった紙と、ナツキの便箋を拝借した。……これでよし。

 秘密基地を出る前に、ぼくは言った。

「……ありがとう、秘密基地じゃない秘密基地。楽しかったよ」

 そして、車に戻った。便箋にはこう書いておいた。


 あの夏を忘れない。


「やっと帰ってきたか。待ちくたびれたぞ」車に乗り込むなり、父さんはあからさまに眠そうな声でそう言った。

「ごめんごめん」

 そんなに時間かかったかな。

「そんじゃ、出発だな」父さんはアクセルを踏み込んだ。

 すぐにスピードが上がる。夏が……離れて――

「っ!!」

 何気なく後ろを振り返ると、みんなが走って大きく手を振っていた。ユーイチもいる。急いで窓を開けて、そこから首を突き出した。

「ユウキーーーー!! またなぁーーーー!!」

「ユウキくーーん!! いつでも待ってますからねーー!!」

「ユウキーー! あたちユウキのことーー忘れないからなぁーー!」

「ありがとうユウキくん!! またねーー!!」

「みんなぁーーーー!! ありがとーーーーっ!! 楽しかったよーーーー!!」とぼくは叫んだ。

 ナツキは、切なそうに笑って手を振っていた。

 …………。

 ………………。

「ナツキ!!」叫ぶと、ナツキは驚いたように目を見開いた。

「ぼく、ナツキのこと、絶対に忘れないから!! また、会いに行くから!!」

 ぼくがそう言うと、ナツキは大きく頷いた。そして――。

 ――ずっと待ってるよ。

 声は聞こえなかった。だけど、きっとそう言っているに違いない。

 こうして、ぼくの夏が終わった。特別な夏が終わった。

 きっと、ぼくは忘れないだろう。あの夏を。あの夏に恋をした少女のことを。

 そして、いつか必ず。ぼくはここへ――あの夏へ戻って来る。

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