ようこそ! 九月一日自殺倶楽部へ!!

ボンゴレ☆ビガンゴ

ようこそ! 九月一日自殺倶楽部へ!

 厚生労働省のデータによると18歳未満の自殺者はこの9月1日に集中しているらしい。

 そりゃ、そうだ。新学期が始まるってのは別に自殺を考えてない奴にとっても死にたいくらい嫌なことだから。


「やっほー!たかしくーん。元気ー? 自殺の準備は出来たー?」」


 夏休み最後の日、隣のクラスの夢持命ゆめもちみことさんが突然現れた。チャイムも鳴らさずに窓から進入してきたのだ。


「ちょっと! 突然窓から入ってくるなんて非常識だよ! それに、勝手に自殺志願者にしないでよ! 死ぬ気なんかないよ!」


 僕が叫ぶが、命さんは構わず駆け寄ってきて両手で僕の肩を掴む。


「またまたー、そんな事言ってー! 勝手に死のうとしてるんじゃないの?

 ダメよー! 勝手に死んじゃ!」


 よくわからない心配をしてくる。彼女の髪が揺れ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 夢持命さんは我が中学校でも一、二位を争う美少女だ。艶やかな黒髪ストレート。すらりと伸びた脚線美。胸はそこまで大きくはないが、それでも人並み以上。

 友達も多いし、成績も良い。それなのにクラスのみんなに隠れて僕にちょっかいをかけてくるのだ。これはある意味イジメの変わり種のようなものなのかもしれない。皆で命さんをけしかけて、僕を自殺に追い込もうとしているのかも。でも、その手には乗るもんか。


「だから、死ぬ気はないって言ってるでしょ!」


「なんでよ!? 隆くんクラスでいじめられてるんでしょう? 」


 思わず口をつぐむ。なんて豪速球を投げるんだ。突然の直球に一瞬怯む。


「そ、それはそうだけど、そのくらいで自殺するなんて馬鹿馬鹿しいよ!」


 確かに僕はいじめられている。殴られ蹴られは毎日だ。教科書は破られてるし、上履きはもう4回も捨てられている。でも、そんなので自殺なんて弱虫のすることだ。


「人生、長けりゃ100年だよ。それをたった14年生きただけで悲観して死ぬなんてアホらしい! それに、中学校だけが人生じゃないしね。どうせ高校に入れば僕をいじめる奴らなんかとは、おさらばだし、今は修行だと思って耐えるよ!」


 命さんは目を丸くする。


「まぁ、そんなに強がらなくていいんだよ! 隆くんは家庭にだって問題あるじゃない! 学校から帰っても誰も待ってないんでしょう? お母さんにもお荷物扱いされてるんでしょ?」


 確かに僕の家は母子家庭だ。しかも、母親は男を作ってそいつの家に入り浸り。僕のことなんか邪魔者としか思ってないのだ。

 まともなご飯は学校で出されるの給食だけだし、晩御飯は母親が買いだめしてるカップ麺があればマシな方だ。だから僕はガリガリだ。それがまた嘲笑を誘ってしまっている。


「それだって、あとちょっとの辛抱だよ。高校入ったらバイトするんだ。そしたら自分の好きな物を食べれるし、自活能力もつく。今の状況は逆に恵まれてるとさえ思ってるよ」


「ふーん、でも、隆くん成績も悪いじゃない。高校なんか行けるの?」


 確かに、教科書はすでに破かれて無いし、授業中の執拗ないたずらも続き勉強になんか身は入らない。先生だって僕がいじめられているのを知っているが見て見ぬ振りをしてるくらいで、誰も助けてはくれない。


「もし行けなくても就職すればいいだけの話だよ! 高校なんか行かなくたって死ぬわけじゃ無いじゃん! だから、僕はどんなことがあっても生きるよ!倒れるときは前のめりだよ!」


「そっか、じゃあ本当に死ぬ気ないんだね……」


 がっくりと寂しそうに俯く命さん。


「ちょっと、なんでそんな顔するんだよ! まるで僕が死んだほうがいいみたいじゃん!」


 流石にイラっとした言い返す。


「ううん、違うの。私ね、ずっと私と一緒に死んでくれる人を探してたの」


「……え?」


「私、無理して笑顔を作って毎日学校に行ってたけど、もうダメなの。明日から学校が始まると思うとそれだけで心臓がドキドキして吐き気がする」


 自分の身を抱くようにして命さんは震える。


「じょ、冗談だよね? そんなことないよね? だって命さんは僕と違って友達も多いし、成績だって良いじゃん」


 様子を伺ってみるが、命さんは俯いたままだ。マジ? マジなのか?


「そんな、いつも元気な命さんが、なんでそんな……。もしかして、いじめられてたりしたの?」


「ううん……」


 俯いたまま首を横にふる。


「じゃあ、その、家庭でなんかあった?」


「ううん……」


 同じように首をふる。


「じゃあ、何? やっぱり冗談だよね? 何も辛いことってないじゃん。 少なくとも僕よりかは幸せそうだけど」


 からかわれているのかな、と思ったので少し嫌味ったらしく言ったのだが、やはり命さんは俯いたままだった。


「……隆くんは強いよね、どんな事があっても自分で生きていこうとする。偉いと思う。すごいと思う」


 さっきまでとは打って変わった暗い口調の命さん。


「……でも、私はダメなの。家庭環境も友達関係も周りから見たら良好だと思う。でも、不安なの。怖いの。親の期待どおりの高校に入れるかどうか、友達に突然仲間外れにされないか、そんなことばかり考えて、自分の本音も言えないで、私生きてるのが辛いの」


 本気だ。この人は本気で悩んでる。僕はそう直感したけれど、命さんの溢れる言葉をせき止めることはできない。


「誰にだって悩みはあるし、他人から見たら小さいことだって本人にしたらどうしようもないほど大きな悩みだってこともある。隆くんにはわからないだろうけど、こんな私のこと弱虫だって笑うかもしれないけど、私にとっては重大な、恥ずかしいけど、重大な悩みなんだ」


 自分の弱い部分を見せた相手に理解してもらえなかった諦観。そんな気持ちが見え隠れする自嘲を浮かべる命さん。


「でも、一人で死ぬのは怖かった。だから、いつもいじめられてる隆くんを誘おうと思ったんだ。だけど、隆くんは私と違って強いんだね」


「命さん……」


「ふふ、ウソ。ウソだよ。自殺なんかするわけないじゃん」


 パッと顔を上げた命さんの顔はとても綺麗だったけど、心を閉じたような陰鬱さが滲んでいた。


「命さん……」


 僕は彼女の名を呼んだのに、命さんは無視して身を翻し部屋から出て行こうとした。


「命さん!」


 その細い手首を掴む。


「痛い、離して」


 こちらも見ずに命さんは震えた声で言う。


「離さない! 命さん、一緒に死のう!」


 僕は叫んでいた。

 こんなに大きな声で嘘をつくのは初めてだ。

 ゆっくり命さんは振り向く。瞳は涙をこらえて真っ赤だった。


「新学期、9月1日に、一緒に死のう!」


 僕は再び嘘をついた。


「ほ、ほんと?」


 命さんの瞳がほんの少し輝きを取り戻した。


「うん。でも、たった二人で死ぬなんてもったいない。同志を集めよう。僕や命さんみたいに現実に耐えられない子供たちを集めて、一斉に自殺するんだよ」


「隆くんが一緒に死んでくれるだけで私、いいんだけど」


「いや、せっかくだから、大々的にやってやろうよ。そうだそうしよう!」


 急に僕がやる気になって命さんも少し驚いているようだ。


「でも、明日じゃ時間がない。同志を集めるには時間が足りないよ」


「私は二人で死ぬだけで充分だよ」


「よし決めた! 9月1日に自殺するのは確定だけど、年をまたごう!」


「え? どういうこと?」


「今から同志を集めるんだ!そして来年の9月1日に同志と共に自殺をしよう!」


「私、来年まで生きるの? もう死にたいんだけど」


「ダメ! 命さん、よく考えて! 僕達は死ぬ為に生きるんだ。来年の9月1日に心置きなく死ぬ為にこの一年を同志を集めることに捧げよう!」


「えーっと、よくわからないのだけど」


「ここに【9月1日自殺倶楽部】を結成する!」


「9月1日自殺倶楽部?」


「そう! 来年の9月1日に自殺する倶楽部だ! そして栄えあるその代表は命さん、あなただ!」


「なんで?」


「発案者だからに決まってるでしょ! 命さんが僕を誘ってくれたんじゃないか!」


「それはそうだけど、なんか思ってたのと違う……」


「細かいことは気にしない! よし、今の言葉、自殺倶楽部の心得にしよう!」


「じゃあ倶楽部活動の為に毎週水曜日は二人で自殺志願者を探すことにしよう!決めた!」


「えーっと……」


「細かいことは明日学校で話し合おう! 明日の朝、迎えに行くから一緒に登校しよう。命さんの自殺の為に、僕も精一杯努力するから!」


 無理やり命さんの手を握りぶんぶんと振り回す。


「ふふ、変なの」


 命さんに笑顔が戻った。


「じゃ、9月1日自殺倶楽部!結成だ!」


 こうして、僕は命さんの自殺を引き止める為に9月1日自殺倶楽部を結成した。




 つづく。


 つづくから、


 お前ら死ぬなよ。


 人生は長い。大人になれば楽しいことだらけだ。恋人もできるぞ!

 出来なくてもホストクラブも風俗もあるぞ!

 酒だって飲めるぞ!

 絶対、生きた方がいいから、生きろ!


 それでも死にたいなら、9月1日自殺倶楽部に入らないか?

 自殺の予定は来年の9月1日だ!

 それまでに生きててもいいやって思ったら脱会OKだから!



 終わり

 

 否! つづく。人生はつづく!

 絶対、いいことあるから!!

 生きろよ!

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