第九話 悪意 三

 さて、中学生四人が状況の確認を行っているのと同時刻。


 もう一方の当事者である佐藤は、相変わらず対応に追われていた。

 文部科学省コンテスト事務局の公式声明文を主要マスコミに対して配信したことにより、海外と国内大手のメディアは様子見の姿勢に変わってくれたものの、細々としたマスコミやフリー・ジャーナリストからの問い合わせは一向に止まない。

 しかもそういう泡沫ほうまつメディアほど、品のないやり方で掘り下げた取材攻勢を仕掛けてくる。「プロジェクトCを打ち上げた中学生のことを詳しく知りたい」

 という問い合わせは、なかなか止まなかった。

 とりあえずコンテスト事務局としては、

「その点は個人情報保護の観点から、なんとも現時点ではお答えしかねます」

 という基本姿勢を貫くことで対応してきたが、そのうち思わぬ方面からの苦情が入ってくる。その第一報は加賀山の当惑した表情とともに、佐藤の下に届いた。

「佐藤さん、入賞した中学校の先生からお電話が入っています……」

「あっ!」

 それだけで状況を察知した佐藤は、思わず頭を抱えた。

 ――そっちに行ったのか!

 これは当然想定しておくべき事態だった。

 どうやら、公式発表の余りの情報の少なさに業を煮やしたマスコミが、ホームページ上に記載されているコンテストに入賞した学校のほうに問い合わせを始めたらしい。

 しかし、そもそも他の学校は全く無関係である上に、表彰式に同席した四人の素性すら知らされていないのだから、何も答えようがない。

 佐藤が慌てて電話に出ると、

「あの、非常に迷惑なのですが、お分かり頂けますでしょうか?」

 という、感情を無理に押し込めて丁寧語でふたをしたような声が、受話器から流れ出してきた。

「その、大変に申し訳ございません」

「確かに授賞式の当日、全く名前すら呼ばれなかった学校の生徒が一組おりましたね」

「はい」

「たぶんそのことだと思いますが、『いた』としか言いようがないのに、その顔形を詳細に聞かれても困りませんか」

「はあ、ごもっともです」

「それでも、電話が鳴り止まないのですが」

 その先生は、明らかに怒り心頭に発していた。

 佐藤は平謝りして、マスコミ各社に関係のない他の入賞者に対する取材をやめるよう、公式発表することを約束する。

 その文章も即座に作り上げて、主要マスコミへメール及びFAXで緊急送信し、同時に文部科学省のホームページへの掲載を済ませた。


 そこで、再び局長からの呼び出しがかかる。


 こういう「今来られると嫌」なタイミングを決して外さないところが、さすがは高級官僚である。彼らはそのための特殊な訓練か改造手術を受けているに違いない。

 同じ部署の連中から「可哀想に」という苦笑い交じりの顔で送り出されて、佐藤は再び局長室に向かった。

 扉をノックして、

「佐藤です」

 と告げると、中から、

「入りたまえ」

 という、局長とは別の声がする。

 ――文部科学大臣おやじさんかよ。

 覚悟はしていたが、大臣が出てきたとなるといよいよ腹を括らなければならない。

 ――しかし、大臣はもっと甲高い声だったような気がするんだが。

 佐藤は頭を捻ったが、

「失礼します」

 と言いながら、神妙な顔つきで局長室に入る。

 すると、そこには局長と文部科学大臣が神妙な顔をして並んで立っていた。

「大変な騒ぎになっているようだね」

 中央にある応接用のソファに座った男性が、笑って佐藤に話しかける。

 佐藤はその顔を見て一瞬硬直した。


 座っていたのは、内閣総理大臣の薮内修三である。


「はあ、その、大変申し訳ございません」

 佐藤の口から自然に謝罪の言葉が出た。

「いきなり謝らんでも宜しい。とりあえずこっちに来て座りたまえ」

 薮内は非常に上機嫌な様子で、目の前のソファを右手で指し示す。

 佐藤は油の切れた機械人形のような動きで、指示された場所に着席した。

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プロジェクトC ~ 子供達の夢が世界を動かす ~ 阿井上夫 @Aiueo

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