第九話 悪意 二

 教室の片隅に小さくまとまり、顔を寄せ合うようにして話をしている四人の姿を、新村にいむら奈津美なつみは複雑な表情で見つめていた。

 以前から仲の良い四人組だったが、半年前からさらに関係が親密になったように見える。とりわけ今日はその印象が強かった。

 今朝の綾香の取り乱した様子と、それをフォローする雄太の様子を見ていると、何かトラブルが起きているらしい。それでも、彼らは雄太を中心としてよくまとまっていた。

 奈津美は、

 ――いつもながら凄いなあ。

 と感心しつつも、自分の心の中に僅かに震えるものがあることを否定できない。そしてそれは、翔平と綾香の関係に起因するものだった。


 *


 奈津美は小学五年生の時に神奈川県から宮城県に転校してきた。父親が大手ビール会社の社員で、工場から本社、本社から工場と、これまで何度か転勤している。

 奈津美もそれ以前に二回の転校を経験しており、引っ込み思案な性格である奈津美は、そのたびに新しく友達を作るのに苦労した。いじめ寸前の扱いをされた時期もある。

 今回転校する際も、

「都会から田舎に転校すると、最初のうちはいじめられて大変らしいよ」

 と、周囲から散々脅かされており、奈津美はびくびくしながらやってきたのだ。


 ところが、転校初日からいきなり康一郎と綾香が声をかけてきた。

「新村さんは神奈川から来たって言ってたよね。おーい相坂、お前も出身は神奈川じゃなかったか?」

 と、康一郎が奈津美の自己紹介の内容から、少しでも関係のありそうなクラスメイトを引き合わせる。

「読書が趣味って言っていましたよね。最近はどんなのを読んだの?」

 と、綾香が読書好きの女子を数人まとめて、昼休みに話をしようと誘ってくる。

 そうこうしているうちに、一週間後には気の合う仲間のグループに横からすんなりと入り込むことが出来た。あまりの対応の鮮やかさに、

「この学校はそういうところなのかな」

 と奈津美は思ったものの、二歳下の弟は脅された通りにいじめの標的にされかかって苦労しているので、自分のクラスが特別らしい。

 それで、その話を昼休みに綾香にしていたら、後ろにいた翔平が急に立ち上がっていなくなり、昼休みが終わる頃には戻っていた。


 その日、奈津美が家に帰ると弟が久しぶりに明るい顔をしていたので、

「なにかいいことがあったの?」

 と尋ねてみる。すると、弟は顔を紅潮させて、

「今日のお昼休みにね。上級生がクラスにやってきて、転校してきたばかりの子をいじめるのはよくないことだからやめるように、と言ってくれたんだよ」

 と喜んでいた。しかも、しばらくの間、彼は何度か弟のクラスに様子を見に来ることまでしてくれたらしい。

 そこで奈津美が、

「垣内君、有り難う」

 と礼を言ったら、翔平は、

「いやなに」

 とだけ言って、顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。


 それ以来、奈津美は翔平のことがなんとなく気になり始め、彼の動向を横目で追いかけていたのだが、そうしているうちに、

 ――たぶん翔平君は綾香ちゃんのことが好きなんだ。

 と気がついた。他の子と話をしている時の表情と、綾香と話をしている時の表情が、明らかに違っていたからだ。一度気がついてしまうと、それを補強する根拠が次から次へと目に付くようになる。

 それは濁った水のように奈津美の心の奥のほうに沈殿してゆき、彼女自身もそのことに気がついていたものの、どうすることも出来ずにいた。

 それどころか、最近では翔平と綾香が並んでいるだけで悲しい気分になる。

 ――こんな風に考える自分が嫌。

 とは思うものの、理性でとめられるものでもない。

 異形の植物は日々着実に育っていた。

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