第九話 悪意 一
昼休み、翔太、康一郎、綾香の三人は雄太の席の周りに自然に集まった。
「みんなごめん。さすがにこれは想定外だったよ」
雄太が頭を下げながら、そう言った。
「授業中に佐藤さんからメールが届いたんだ。今回の件は、ある学者さんが学会で僕達のことを紹介したことがきっかけらしい」
「学会で? それだけでこんなに大騒ぎになるのは、おかしくないか」
翔平がもっともな疑問を口にする。
「確かに翔平の言う通りだよね。その学者さんが普通の人だったら、ここまで大きな騒ぎにはなっていなかったと思うよ。でも、彼女には別な名前があって――」
「ちょっと待て、彼女だって?」
「――そう、彼女。別名『エチオピアのシンディ・ジョンソン』と呼ばれている、文化人類学者のセシール・アントネッティさんだよ。前に綾香が話していたよね」
「え? あ――ああ、シンディ・ジョンソンのほうだよね。映画に出てくる女性考古学者の」
綾香は急に話を振られたので、戸惑いながらそう答える。相変わらず雄太の話には飛躍が多い。
「そうそう、そのシンディさん。セシールさんがそう呼ばれているかというと――」
雄太は端末を操作して、世界的に有名な動画サイトの日本版を表示させた。そのトップページには、赤い服を着た美しい女性のサムネイル画像がある。
「――これを見ればすぐに分かると思う。英語だから、綾香は内容のほうもお願いするね」
「分かったわ」
*
動画を最後まで見終わった後、最初に康一郎が言った。
「いやあ、すげえ美人のお姉さんだったな。銃を背中に背負っている時のワイルドな恰好良さもいいけどさ、発表している時の知的な雰囲気も捨てがたいよね。何言っているのか全然分からないけど」
「康一郎は本当にいつも楽天的だよな。この人のせいで、今俺達は大変な目にあってるんじゃないの?」
「ああ、そういえばそうだった。でもさ、翔平。別にこの人、俺達に悪意があってやったんじゃ、ないんじゃないの? 俺達のサイトを前に出して、すげえ真面目な顔で話をしていたし」
「その辺はどうなんだ、綾香」
「……康一郎君の言う通りだよ。セシールさんは『プロジェクトC』に好意的な発言しかしていない」
そう言いながら、綾香は悩ましげに眉を潜める。
「それどころか、セシールさんは別に『プロジェクトC』の話をしたかったわけじゃないと思うの。エチオピアの小さな村に住んでいる少年の話がメインじゃないかな」
「じゃあ、俺達はついでに紹介してもらっただけなのか?」
「そう、だと思う。それでもこんなことになっている。ただ、ここまで大騒ぎになることをセシールさんは意図していなかったんじゃないかな。細かい点までは私には分からないけど」
そこで、綾香は雄太を見た。
「雄太君はどう思った?」
「うーん。僕も話の内容のほうは全然なんだけど、セシールさんは画像が世界中で再生されるようになるとは思っていなかったんじゃないかな」
雄太は、動画サイトのサムネイルを眺めている。
「セシールさんの動画はいくつかアップされているんだけど、彼女の顔の角度が微妙に違っているんだ。つまり、異なる角度から複数のカメラで撮影していたことになるんだけど、セシールさんは全然そのことに気がついていないかのように、基本的に正面に向かって語りかけている。いや、もしかしたら撮影されていることを本当に知らなかったのかもしれないね。シンディ・ジョンソンの映画が大流行していたために、誰かが勝手に撮影したのかもしれない」
「ということは、彼女も被害者みたいなものなのか?」
「まあ、被害者というのは言い過ぎかもしれないけれど、セシールさんがここまで世界中に拡散されると思っていなかったのは間違いない」
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