覚醒人形

マフユフミ

第1話

心が壊れていくのを、誰も止められなかった。

彼女のココロ、僕のココロ。

壊れていく彼女はとてもキレイで。

目の前で儚い色のガラス玉が、スローモーションで砕けていく。

そんな様子を、ただ黙って見ていた。



春の草原。緑の風が吹き抜ける。

やわらかい日差し、まだ少し寒い風。

草の上に座り込んで、彼女は少女のように笑う。

手にはシロツメクサ。たくさんの花で首飾りを作る。

「キレイなものは嫌い」

そんな似合わない言葉をつぶやきながら。

「だってすぐになくなってしまうから」

彼女の手にある花へ、一匹の蝶がとんでいく。

瑠璃色の羽をもつ、美しい蝶。

首飾り上にとまった蝶は、そっと蜜を吸い始める。

次の瞬間。

「ほらね」

彼女は蝶を右手で握りつぶす。

「すぐ消えた」





カノジョノホホエミヲ、コワシテシマイタイ。




夏の通り雨。激しい雨の中、雷鳴が轟く。

薄暗い空間を引き裂く稲妻は、どんどん激しさを増す。

世界を切り刻むその光を見て彼女は言った。

「キレイだね」と。

そして白い腕を光へと伸ばす。

雨の中でずぶ濡れになりながら、届かない稲妻に向かって。

「私を」

空に向けた彼女の笑顔は穏やかだ。

「私を切り刻んで」

瞬間、光がはじけ飛んだ。

稲妻に切り裂かれて、彼女は笑う。

「ふふっ、うふふふ。あはは、あははは」

雨の中を走る。何度も何度も切り付けられながら。

稲妻が光るたび、血まみれの彼女が足下に転がる。

そして彼女は言う。

「キレイだね」と。





カノジョノコトバヲ、トジコメテシマイタイ。





秋の風。澄んだ空の色はどこまでも透明な水色で、

一つだけ流れた白い雲は広い青の端々に消えた。

「私は誰なのでしょう」

すれ違う人に問いかける。

それでも明確な答えを持つ者なんて誰もなく、

彼女は言葉とともに取り残される。

「私は誰なのでしょう」

きょとんとした瞳。

問いかけに哲学的な意味などなく、彼女は彼女がわからない。

どこまでも水色の空を見ていたら、

分からないことだけを思い出してしまったのだ。

「私は何?」

「私は何?」

やがて彼女は耳を澄ます。

彼女の脳内からささやかれる答えを聞くために。

答えを聞いて彼女はひとり微笑む。

「そうだったんだ。で、あなたは誰?」

頭の中の声とひそやかな会話を始める。




カノジョノコエヲ、ヌリツブシテシマイタイ。



冬の雪道。

久しぶりに冷え込んだ夜明け、街は一面の雪の中に在る。

その中にあって雪よりも白い彼女はゆっくり歩みを進める。

時折雪に足を取られながらも、ゆっくりゆっくり進む。

その目には白以外なにも映らない。

「-----」

彼女の中にもう言葉はない。

ただなんとなく、歩く。

歩く、歩く。

「-----」

声にならない声だけがその口からこぼれている。

時折目をほそめ、耳を澄ます。

雪の降る音以外何も聞こえない。

それでも彼女には何か聞こえているらしい。

「-----」

雪の中、彼女はきらめく。

透明な彼女の存在は、雪よりも美しい。




カノジョノソンザイヲ、クダイテシマイタイ。



心が壊れていくのを、誰も止められなかった。

彼女のココロ、僕のココロ。

壊れていく彼女はとてもキレイで。

僕は彼女のすべてを奪ってしまいたいと思った。


笑わない、話さない、分からない彼女は人形みたいだ。

目を醒まし、空間をたゆたう人形。

そんな彼女を抱きしめる。

冷たくなった体を抱きしめる。

彼女からは何も感情を感じられない。

ただされるがままのキレイな人形。

そして僕は笑う。彼女はもう、僕のものだ。

その実体が壊れるまで、永遠に。

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覚醒人形 マフユフミ @winterday

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