第2話 「傾奇者」

 馬車で魔族の城『ハーデス』へと向かった。

 護衛の騎士たちの馬車に囲まれ進んでいく。

 

「マルクス王子、もう少しで到着しますぞ!」


 馬車を操縦していた護衛のおじさんが声を出した。

 しかし、馬車は急に足を止めた。


「どうしたんだろ?」

「見て参ります。少しお待ちを」


 リーニャが馬車から降りて様子を見に行った。

 話声が聞こえる。

 複数人の話し声。を――かき消す怒鳴り声。

 

 その怒鳴り声は聞き覚えがあった。

 威圧感がある低音。

 僕はそっと外を覗いた。

 やっぱりいた。あの傾奇者が――。


 燃えるような紅い髪。長身で引き締まった立派な体躯。

 紺碧の着物に片腕しか通さず、羽織るように緩く着こなしている。

 この世界では珍しい着物という衣服を着用している。

 紅い上半身と蒼い下半身。

 このような者は、この世界広しといえど彼しかいない。


「おい、若を早く出しやがれ!!」

「貴様のような野盗が何用だ?」


 十人ほどの護衛たちがその傾奇者を囲む。

 その後ろを数名の侍女が見つめていた。


「いい加減にしろや、人間風情がっ!!」

「貴様こそ! 我らをマルクス王子の護衛部隊と知っての狼藉か!?」

「死ぬか?」


 その傾奇者は両手を左右に広げて、掌に真紅の炎を唸らせた。

 禍々しい炎を見て、護衛たちも武器を持つ手に力が入る。 

 一発触発な空気が漂っている。

 僕はその空気の中に入っていった。

 

「はい、ストップ。バルバトロスは火を消して。護衛さんたちも武器を下げて」

「若! 迎えに来ましたぞ!」


 バルバトロスは喜んでいるのか口元が上がっている。

 リーニャが眉を顰めて尋ねる。


「マルクス様。このような無法者……お知り合いなんですか?」

「うん。一応これでも僕の教育係だった人。いつもこんな感じだから気にしないで」

「はぁ。かしこまりました」


 護衛と侍女は渋々馬車へと戻っていく。

 バルバトロスは勝ち誇ったように満足げな笑みを浮かべている。


 こう見えても彼は、魔王三大幹部の一人『獄炎のバルバトロス』の異名を持つ。

 交友大使に任命されるまでは、彼が僕の家庭教師をしていた。

 家庭教師といっても絵に描いたような傾奇者で、勉学は最低限だけ。

 家庭教師というより遊び相手をしてくれた兄みたいな存在だ。

 だから僕はバルバトロスとは仲が良い。

 友好大使になってから久しぶりに顔を合わせるけど、変わらないなぁ。あの悪そうな眼つきは。

  

 リーニャだけが馬車に戻らず、バルバトロスを凝視している。

 警戒しているのか最後まで残っていたようだ。


「女、何を見ている?」


 バルバトロスは腑に落ちないのか、リーニャに問いかける。


「用があるならさっさと言え!」

「貴様……人間の剣聖を知らないか?」

「剣聖? ……ああ、そう言えばいたな。そのような呼び名の面白い男が」

 

 リーニャが突然声を荒げた。


「貴様、なぜ父上の事を知っている!? 答えろ!!」

「お前――あの剣聖の子か?」

 

 バルバトロスは不敵な笑みを浮かべ背を向けた。

 そのまま魔族領の城に向かって歩き始める。


「若、早く行きますぞ」

「待て、赤髪の魔族! まだ話の途中だ!!」

 

 リーニャは額に青筋を立てて、殺意のこもった眼差しで怒鳴った。

 しかし無視するように、バルバトロスは歩き続ける。


「う、うん。わかった。今行くからちょっと待って!」


 僕は馬車に近づき、侍女と護衛たちに頭を下げて別れを告げた。

 リーニャは拳を握りしめて震えている。

 僕に気が付いたのか、ふっと力を抜いた。


「リーニャ、また会えるといいね」

「……はい。先ほどは取乱してしまい失礼致しました。またこちら側に訪れるのをお待ちしております」

「じゃあ、行ってくるね」


 手を振りながら駆け出す僕に、リーニャは深々とお辞儀をしていた。

 前を歩くバルバトロスに追いつくと、いきなり頭を小突かれた。


「おい、マルクス! 何なんだよ、あの人間共は! イラつくぜ」

「痛いよ、バルバ。でも火は使ったら駄目だよ」

「火じゃねぇーよ。いつも言ってんだろ、獄炎だ。俺の獄炎をその辺の低級な炎と一緒にするな!」

 

 確かに、バルバトロスの獄炎の威力は凄まじい。

 あの場の全てを焼き尽すだろう。きっと、リーニャ以外は。

 ちなみに、バルバトロスは二人っきりの時は敬語を使わない。

 面倒くさいんだと思う。


「ところでお前、あの女に惚れたのか?」

「ま、まだ会ったばかりだよ。何で?」

「何となくだ。まあ、あのレベルならお前に丁度いいんじゃねぇーか」

「ふ~ん。よくわかんないけど」


 何が言いたいんだろう?

 でも、珍しいなバルバトロスが人間を否定しなかったのは。母さん以来だ。


 バルバトロスが口癖のように言っていた。

『魔族は何より強さを優先する。強い者が上に立つ、それだけだ』と。

 バルバトロスの戦闘力は800。

 だから、同等のリーニャのことを認めたのかな。


「おっ、着いたぞ。懐かしいだろ」

「うん……まあ一月ぶりだけどね」


 目の前に硬そうな城が聳え立つ。

 表現が大雑把かもしれないけど、それが一番しっくりくるから。

 灰色の岩を積み上げて築いた岩城。遠目には岩山にしか見えない。

 

 人間は見た目も視野の一つに捉えるが、魔族には見た目は必要ないらしい。

 いかに堅牢で鉄壁な城であるか、居住よりも攻防を優先する。


 入城したが、魔族は人間のように歓迎をしない。

 強い者に従いはすれど、媚び諂うような習慣はない。

 だから、バルバトロスのように迎えに来てくれる方が珍しい。


 それに人間の国では、玉座に座るように案内されるが、魔族の国では貴賓として扱われる。

 この国では、僕は外部の一人に過ぎない。

 いつもの簡素な客間へと向かう。

 

「何かすることある?」

「ねぇな」

「……そう」


 やっぱりここでも仕事はないんだ。

 そうだよね。魔族側の方が何もないし、何もさせてくれない。

 関わろうとしてくれる者が極端に少ない。

 バルバトロスがいてくれるだけでも唯一の救いだよ。

  

「今日はオロストガとデスペードはいるの?」

「ああ、あいつらか。呼ぶか?」

「うん。三大幹部だから挨拶ぐらいはしないとね」

「ちょっと待ってろ」

 

 部屋で待っていると、音が聞こえてきた。

 ドスンッ、ドスンッ、と地鳴りがする。

 僕はすぐに部屋の外に飛び出した。

 

「若、連れてきましたよ~」

「お久しぶりです、坊っちゃん。お元気でしたか?」

「久しぶりオロストガ。また一月こっちにいるからよろしくね」

「このままこちらで暮らせばいいものを、大変ですね坊っちゃん」


 声も大きく地鳴りのように響く。

 二本の大きな角と鋭い牙。

 これが邪鬼族と呼ばれる鬼の長、『暴君オロストガ』だ。


 体の大きなオロストガは部屋には入れない。そのため天井の高い通路まで、僕が毎回出迎える。

 本人は自覚がないのか、すぐに扉に頭を入れて破壊するからだ。

 三度やられ、その都度部屋の扉がなくなった。


 オロストガは、僕の目線になるためしゃがんでいる。

 それでも長身のバルバトロスより大きい。

 横に並ぶと、彼の膝くらいしかない。

 また大きくなったのは気のせいだろうか。


「デスペードはいなかったの?」


 僕の影が急に動き出す。

 影は立体になり僕の眼前に立つと、漆黒のガス状の靄となって、ゆっくりと鎌を持った死神に形態を変える。


「わぁあああ!!」

「ここに――」

「デスペード、それやめて。いつもびっくりするから」

「御意――」


 白い骸骨の顔だけが不気味に宙に浮く。

 いるのかいないのかわからない、これが『死神デスペード』だ。

 彼も自覚がないのか、いつも変な登場で現れて驚かしてくる。

 実態を持たない体のため、変幻自在な動きを見せる。


 この三人が魔王三大幹部と呼ばれ、父さん不在の魔王城を指揮している。

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勇者と魔王の子 ryunosuke @ryunosuke-r

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