第1話 「戦闘力1」
サイズに合わない豪勢な玉座のせいで、腰がずり落ちる。
何度目だろう、座り直すのは。
「ったく。見た目じゃなくて、座り心地を優先してよ」
不満を零しながら、僕は侍女を呼んだ。
玉座の端に、左右二人ずつ待機している。
右側に控えていた金髪の侍女が、淑やかに近寄り一礼をした。
「ねぇ、今日の予定は?」
「今日も……予定はありません」
「……そう」
侍女は再度一礼して、元の場所に戻って行った。
今日もすることはないらしい。
「はぁ~。暇だなぁ~」
何度目だろうか、ため息をしたのも。
外はいい天気なのに。
俺はなにもすることがない。
一体なにをやっているんだろ……。
そもそも、母さんと父さんのせいだ!
僕がここにいるのも!
僕は友好大使のため、人間の城に訪れている。
次は、魔族の城に行かなければならない。
僕が産まれる前、勇者の母さんと魔王の父さんが世界を一つにまとめた。
しかし、それは上辺だけだったようだ。
世界は一つになり、人間も魔族も一緒になった――わけではなかった。
建前上は一緒だが、実際は――人間は人間。魔族は魔族だ。
そのため、十四歳になった僕は、両国の交友を目的とした『友好大使』という訳のわからない大使に任命された。
交友大使と言っても、人間と魔族の中を取り持つ仲介人みたいなもので、やっていることはお互いの王国を行き来しているだけ。
だけど、人間の城に行っても、魔族の城に行っても特にすることはない。
お互いに仲良くする気なんてないのだから。
人間の国に行っては、魔族の悪さを――。
魔族の国に行っては、人間の愚かさを――言われるだけだから。
世界が平和になっても、人間と魔族は両者を忌み嫌いあっている。
いくら勇者と魔王が結婚しても、確執は根強く残っているようだ。
人間は、人間領だけに。
魔族は、魔族領だけに――住んでいる。
争いがなくなっただけで、本質は変わらない。
そのため僕は、定期的に人間領と魔王領の城を行き来している。
本来ならば母さんと父さんがすべき事だけど、二人は人間領と魔族領の中心であるポイントゼロに新しい王国『オールワン』を築いて暮らしている。
両親曰く、「このオールワン王国を中心に、世界から人間と魔族の確執を失くすのだ」と言っていた。
だけど、やっている事はいちゃついているだけだ。
今月は人間の王国の番。そのため、サイズの合わない玉座に座っているけど、なにも仕事はない。
たまに訪れる貴族や大臣を名乗るおじさんたちが、僕の機嫌を伺うだけ。
暇すぎる僕は、王座の左端に立ち控えている二人の侍女を眺めた。
「はぁ~暇だし、いつもの『あれ』やるかぁ~」
僕は蒼い右目を閉じ、紅い左目だけで侍女を眺めた。
まずは、左側の侍女二人。
『ピピピ―、戦闘力6』
『ピピピ―、戦闘力7』
僕の目線からは、侍女の頭上に戦闘力が数値化されていく。
小柄な方が6で、髪の黒い方が7かあ。
まぁ、女性ならそんなところか。
大人の男で10前後だからな。
子供なんて3程度だ。
最強の勇者と最恐の魔王を親に持つ僕は、少しだけ特殊能力を持っている。
これはその一つで『スキルアイ』という能力だ。
魔王の父に似た紅い瞳だけで対象者を覗くと、その対象者の戦闘力を計ることができる。
戦闘力とは、その者が持つ全ての能力の合計値で、単純に高ければそれだけ強い。
ただ、実際の戦いには、相性や属性も存在するので、一存に戦闘力が上だから勝てるとは言い切れない。
僕は物心ついた頃から普通に使っていた。
みんな使えるものだと思っていたが、そうじゃないらしい。
昔からみんな、スキルアイのことを説明しても笑って受け流す。子供の戯言だと思っているみたいだ。
どうやら俺だけの固有スキルらしい。
まあ、そんな暇つぶし的な能力を俺は持っている。
「ねぇ、誰か護衛さんたち呼んでくれる?」
「はい、畏まりました!」
侍女が廊下まで呼びに行くと、すぐに屈強な男たちが玉座の間に入ってくる。
今日の護衛は五人。
みんな鎧を着て、腰に剣を携えている。
「御用ですか、マルクス王子」
「ねぇ、護衛さんたち。ちょっと横に並んでくれる?」
護衛たちは言われた通り、横一列に並んだ。
どれどれ、見てみよう。
ピピピ―、左から20、18、42、23、19だ。
「今日の隊長さんは、真ん中のおじさんだね?」
「よくお気づきになりました! マルクス王子」
「へへへっ」
簡単だよ、おじさんだけ少しだけ戦闘力が高いからさ。
でも、みんな弱いな~。
あっ、まだ右側の侍女二人見てなかったなぁ。
一応、見ておくか。
右側の侍女二人。
眼鏡侍女は、ピピピ―、6。
金髪侍女は、ピピピ―、780。
えっ? 『780』!?
侍女が780!? おかしいな……この数値。
母さんと父さんが同じくらいの戦闘力で、確か2000くらいだったな。
この二人を除けば、この数値は人間領にも、魔族領にも、数えるほどしかいない。
風邪でも引いたかなぁ~。
もう一度計ろう。ピピピ―、780。あ、合ってる。
強いっ!! この侍女、めちゃくちゃ強い!!
珍しいな三桁台は! しかも、この人まだ若いから四桁も夢じゃないよ。
じろじろ見過ぎたのか、すらりと背の高い金髪侍女は戸惑っている。
「ねぇ、君は何者? ちょっとこっち来てよ!」
「わ、私ですか?」
金髪侍女はとっさに自身を指さし、戸惑いながら他の侍女に目を遣るが、僕の紅い瞳にロックオンされているのを理解してゆっくりと歩み寄る。
首筋でまとめた金色の髪は腰まであり、その姿は洋風の大和撫子のように清楚だ。
城には侍女だけでも十名以上いるから、あまり顔を覚えていなかった。
気がつかなかったな、こんな綺麗な人。
金髪侍女は緊張のためか、強張ってぎこちない一礼をした。
そして、裏返った声で答えた。
「わ、私はリーニャ・ローゼンと申します!」
他の侍女がくすくすと笑っている。
「お姉さんすごい強いよね! 何かやっていたの?」
「なぜそれを!? 我が家は代々剣聖の家系でしたので」
「じゃあ、お姉さんも剣聖なんだ?」
「一応、剣聖の名は継ぎましたが……私が最後の剣聖になります」
「最後? どうして?」
「世界は平和になりました。ですので――もう剣は必要ないのです」
リーニャの瞳は、母さんと同じように透き通るような蒼い瞳だ。
彼女は俺の前だから終始笑顔を絶やさないが、その蒼い瞳の奥には悲しみが垣間見える。
「そうなんだ、勿体ないね。でも、せっかく剣聖になったのに、どうして侍女になったの? その強さなら、簡単に騎士にだってなれるでしょ?」
「――剣は捨てたのです。この世界は……私には生き辛いのです」
何が彼女を悲しくさせているか分からない。けど、蒼い瞳が色を失せていくように見えて胸が痛くなる。
「も、申し訳ございません、マルクス様。平和な世に対する不満を漏らしてしまいまして……」
「俺は何とも思っていないよ。でも、よく侍女になれたね。王宮の仕事って中々就けないでしょ?」
リーニャは頬を赤く染め、他の侍女に聞こえないように俺の耳元で囁いた。
「恥ずかしながら父の名をコネに王国入りました。父は先代の剣聖であり、エレン女王様のかつての仲間のの一人でした。ですので、その伝で侍女にして頂きました」
「でも、本当にいいの? ……この生き方で」
「王国の、それも王子様にお仕えできるなんて大変光栄なことでございます。本当でしたら、一部の上級階級のお方のみです。私などは本来身分が違います」
リーニャは凄く近寄り熱弁している。
きっと、彼女は彼女なりの決意を固めたんだ。それを僕が疑問符だけで返すの失礼だったかもしれない。
謝礼を込めて立ち上がって答えた。
「そっか。よろしくね、リーニャ」
「こちらこそよろしくお願い致します。マルクス様」
リーニャは姿勢を正し、侍女用の質素な黒いスカートを摘まんでお辞儀をした。
彼女の本当の笑顔を見れた気がした。
今日はいい発見が出来て良かった!
――そういえば僕の戦闘力はいくつなんだろう?
自分じゃ見えないからね。
スキルアイは、対象者の全身を視界に入れるのが発動条件だから。
「ねぇ、護衛のおじさん。この城に鏡はないの? 俺の全身を映せるぐらいの大きな鏡!」
「はっ。少々お待ちを」
護衛のおじさんたちは駆け出して行った。
しばらくして、四人の護衛が大きな鏡台を運んできた。
隊長さんは、謁見の間のど真ん中に置くように指示を出した。
王宮の一番豪華な部屋に、不釣り合いな鏡台。
わざわざここまでしなくてもいいのに……と僕は思った。
「これ……どこから持ってきたの?」
「女王様の部屋にありました」
満面の笑みで答える隊長のおじさん。
ああ、母さんが使っていた部屋から持ってきたのか。
上の者がいないとやりたい放題だね、君たち。
まぁ、頼んだのは僕だけど。
「マルクス王子どうぞ!」
「ありがとう」
よし、見てみよう。
母さんと父さんは2000だから、少なくても半分の1000はあるだろうな。
鏡よ鏡。僕の戦闘力を映せー!
ピピピ―、戦闘力 1。
「えっ!?」
おかしい……。もう一度計ろう。
ピピピ―、戦闘力 1。
1って、死にかけのじいさんや赤ん坊と一緒だよ。
おかしい。僕が戦闘力1のわけないだろ。
勇者と魔王の子供だよ。
最強と最恐だよ。
もしかしたら、桁が違い過ぎるのかもしれない。
よく見てみよう!
ピピピ―、戦闘力 1。
……僕、勇者と魔王の子供だよね?
座り込み考えた。そしてある推論に達する。
これは僕の推測に過ぎないが、
最強の勇者(母)+最恐の魔王(父)=僕。の式になる。
そして、勇者は光エネルギーを扱う。魔王は闇エネルギーを扱う。
光エネルギーと闇エネルギーは対極であり、互いに弱点でもあった。
もしかして、勇者の光エネルギーと魔王の暗黒エネルギーがぶつかり合い相殺したのかもしれない。
つまり、
(光100)+(闇-100)=0ってことかい?
父さんと母さんの戦闘力が少しだけ違ったから、ぎりぎり1残ったのか……。
なんだこれ? 夢かな?
薄っすら涙が浮かんでくる。みんながいるから泣かないけど、一人だったら失神してるよ。漏らすレベルだよ、これは。
僕はこのまま最弱で生きていかなければいけないのか……。
気が重いな……。
あっ! でも、さっきリーニャが言ってた通り、平和な世界に戦闘力は皆無だ。
戦闘力1でも、1000でも使わなかった一緒だからね。
僕は戦闘力1の最弱王子として生きていこう。
どうせ誰にも気がつかれないわけだし。
心配する必要なんてなにもないよね。
「護衛さんたち、もう鏡はいいよ。ありがとう」
「はっ。では、失礼します」
護衛たちは再び鏡を戻しに向かう。
先ほど知り合った侍女に尋ねる。
「ねぇ、リーニャ。魔族の城にはいつ出発するの?」
「明日の朝には出発致します」
「そう、わかった」
明日からは魔族領に交友大使として行かなければならない。
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