黄金の島で
月島
第1話 佐渡で出会った女人
空が揺れている・・そう感じたのは何度目であろうか。
この長い旅で、他に何もする事が無く漠然と空を見上げる度に感じてきた。
無論、空は母国で見る時と変わらず、大きく彼方に横たわり世界全体を包んでいる。
揺れているのは常に私自身の方だった。
私の足下。
男たちの、息が抜けるような短い掛け声を聞きながら、ふと、今居る場所が解らなくなる。
あまりに長い時間揺られてきたせいであろう。
今、下に見える地面が幻で、やはり自分はまだ海の上をさ迷っているのではないかと思えてくる。
それ位、長い長い船旅であった。
「休みますか」
穏やかな初老の男の声が、私の母国語で問いかけて来る。
いつの間にか、先を行っていた彼を乗せた籠が、私が揺られている籠に並んでいた。中から覗いている顔は、この国、日本の民の顔だが、彼は私の母国語で話し掛けてくる。とても心地良い乾いた声で。
「そうしたい」
私も簡単に、彼の国の言葉で応える。ここに送られるにあたって、日本語を学んだ。この遠い島国に、とても大きな役割を担ってきているのだから。
彼は籠を担ぐ男たちに彼の言葉で話し掛け、男たちはやはり掛け声のような声でそれに応える。けれども一向に止まる様子が無いどころか、スピードを上げ坂道を登って行く。
そしておもむろに、止まった。
「背中を伸ばしなさい」
彼は大儀そうに籠から降りると、腰をかばいながら伸びをした。私の胸ぐらいしかない小さな老人だ。私の籠は彼の物よりは少し大きいが、それでも大変窮屈だった。足を延ばして抜け出すと、同じ様に伸びをした。
目前の木々が開け、覗いた空の下には眩く輝く海が広がっていた。
「船からイヤと言うほど見たでしょうが、ここから見るのはまた違うでしょう」
彼は誇らしげにそう言う。
確かに、とても美しい眺めである。細かく揺れながら輝く白い波は、とても何ヶ月もの間私を揺すり、苦しめた海と同じものとは思えなかった。この国でも、カモメは同じ様に鳴くのだ。こんな最果ての地まで、私の町の空と海が続いているのはとても不思議な感じだ。まさかカモメはここまで飛んでは来られないだろうが。
しかしこの島は・・小さな島国日本の更に小さなこの島は、文字通りの宝の島なのだ。
まやかしの財宝などではない、
この島で、初めて金が掘り出されたのは1601年の事。それから20年後には年間248千両の金を生産していたという。
私の母国オランダは、1609年からこの国と金の取引をしていた。我々が生糸、織物、砂糖等を運び込み、その対価として金の小判を受け取っていた。けれど、1641年にこの国は小判の輸出を禁じた。その後丁銀と、それまで禁止されていた銅とで対価が支払われてきた。
ここ数年、この国はめまぐるしく変わっている。これが良い変化とは私には思えない。ただ、我が国にとって都合が良いとは言えるのだ。
この国は海の外への門戸を閉ざして居る。そして唯一開いている小窓が、我が国を向いている。この窓を、こじ開けるのは私の仕事ではない。
私に必要なのは、
1622年に鄭成功が台湾を占領し、我国は台湾から撤退した。その結果、中国との貿易が断絶した。中国金が手に入らなければ、コロマンデルとの貿易に支障が出る。通貨であるパゴタ金貨、ファナム金貨に改鋳する金が無い。我国は、唯一の望みを持って、この国にやって来た。
幕府との交渉と同時に、オランダ東インド会社の代表として、私はこの島に送られたのだ。
これは、責務以上に辛く長い旅だった。そして、旅はまだ折り返し地点までも来ていない。私は昨日、やっとこの島の小木という町に辿り着いた。思わず浜に口づけするほどに大地が恋しかった。そこで一晩泊まり、今朝、迎えのこの老人と共に籠に乗せられ、更に金山のある町に移動している最中なのだ。
行く道は険しい。海岸線や山に押し入った細い道を、私は籠に揺られて運ばれている。
運んでいる彼らの方が仕事とは言えきついであろうから贅沢は言えないが、乗り心地が良いとはとても言えない。
この休息は何と有り難い事か。
老人の名前は聞いたのだが憶え難く呼び難いので、私は後に彼をその地の子供たちと同じように“先生”と呼ぶようになる。だがこの時はまだ、何と呼んで良いか解らずに居た。
彼は、張り出した大きな木の根に腰を下ろすと、私にも座るように勧め、包みの中からライスボールを取り出した。これは、この島に来る前にも、日本に着いてから何度か口にしている。
「この島も米どころでね、これは娘が今朝早くに作って持たせてくれたものです。どうぞ」
私は、ライスボールは好きだ。表面の塩加減も、噛めば甘みの増す米も好んでいる。そして、彼の勧めるライスボールもまた美味しかった。
籠を担いでいた男たちも同じようにライスボールを持って来ていたが、そちらは白くなく、何か色々と混ぜられているようだった。
「この辺は山菜も豊富だ・・ほら、その植物は食べられる」
彼は私に奇妙に渦巻いた草を指し示した。これがこの国独特の物なのか、我国にも有る物なのかは、植物にも食材にも興味無く育ってきた私には解らなかった。
周囲には、私の身長と変わらない位の低い木が綺麗に植えられ、小判型の緑の濃いつややかで美しい葉が揺れている。
「この辺の木は農家の人たちが育てている物なので手折ってはいけないよ。秋になると見事な柿が実る。でも、間違っても、もいで食べてはいけない。口が痺れるからね」
「食べられない木の実を育てて居るのですか?」
私が疑問を口にすると、
「木の実に細工をするのですよ。そうすると、信じられない位に甘く変化をする。秋になったら食べさせてあげましょう」
彼にそう約束され、私たちはまた大地と空に揺られる旅に戻った。
それから更に半日ほど。
夕刻。急に視界が開け、賑やかな町に出た。それまでの山海の道とは明かに違う、海岸に沿った町の中を行く道。
「もう間もなくです」
彼はそう言ったが、その間もなく・・は最後の難所だった。とても急な坂を上って行く。進むにつれ、雰囲気は物々しくなる。そして盆地のように開けた場所に籠は止まった。
関所だった。
この国を横断する際にも通ったので、心得ている。
そこで、1人の武士が待ち構えて居た。まだあどけなさが残るような年若い男だった。
「オランダ東インド会社のディック・ハルトマンさんですね」
勿論彼の言葉は日本語で、私の名前を呼んだらしいのだが、そうは聞こえなかった。老人が訳してくれたので、私は頷き、右手を差し出した。
「日野清之助と申します。幕府からあなたのお目付け役を命じられ、江戸から参りました」
彼は緊張した面持ちでそう言ってから、老人に教えられ、慌てたように右手を差し出しぎこちない握手をした。手を離して一仕事終えたようにほっとした表情をする。何とも憎めない青年であった。関所の通行はそれほど手間では無く、と言うよりも手配が行き届いていたお陰であろう。他の者たちは関所の周りを去るでも無く離れがたき様子で、足止めされているように伺えた。
そこから3人連れになった我々はさらに坂の上へと深い谷沿いに進み、目前に人々で賑わう採掘場を眺めながら手前の集落の前に止まった。
そこが、この長く途方も無い旅の目的地だった。
「お帰りなさい」「先生」
子供達が老人に駆け寄る。大人たちの着物より簡素な布に身を包んでいる。
そして物珍しそうに私を見上げる。
「みな、ハルトマンさんを家に案内してあげなさい」
彼がそう促してくれたお陰で、子供らは恐々私に近付いて来て、荷物を抱えて手招きしながら歩き出した。私がそれに続くと、わっ・・と嬉しそうな声が上がった。何処の国でも、子ども達の好奇心は変わらないようだ。
板作りの平屋の家が何軒も並び、中央が中庭のようになり井戸が有る。ある一軒の前に人々は集まっていて、子供たちはそこに向かっていた。
中心に立つ男がここのリーダーらしくそう紹介された。
「遠路はるばる、良くいらっしゃいました。採掘頭領の山場です」
「明日ゆっくり金山を見て頂きますので、今日はささやかな歓迎会の後、ゆっくり休んでください」
人々の言葉を、訳して貰い、
「ありがとうございます」
片言の日本語で礼を述べた。
老人に続き玄関を入ると、彼に習って腰を下ろして靴を脱ぐ。そこに、湯を張ったタライを持った女性が現れ、私の足下に置いた。
「娘のさやです」
老人はそう紹介し、たらいに足を入れるように言った。心地良い温度のそのたらいのお湯で、彼女は私の足を洗った。申し訳なさとくすぐったさで足を上げると、彼女は困ったような表情で、私を真っ直ぐ見上げた。日本人は黄色い肌だが、彼女はその中ではとても白い。そして黒い瞳。束ねた黒い髪。うなじの後れ毛。小さな白い手。
そして、低い身分ではなく、先生と呼ばれる老人の娘である。私がうろたえるのに充分であった。
しかし彼女はその白く小さな手でゆっくりと、けれども躊躇なく作業を再開し、私は抵抗するのを諦めた。
彼女は同じように父親の足も洗い、たらいを持って表に出て行った。
家の作りはとても単純で、老人が案内してくれたが、玄関を入ってすぐが広い木の床のリビングになっている。奥に紙の引き戸が並び、同じく紙の引き戸で区切られ大小あわせて3つに分けられている。玄関から上がらずに左奥に通路を進むとそこがキッチンになっている。
「ここが君の家で、世話は娘のさやがします」
彼はそう説明した。
「さやさんが?お嬢さんに申し訳ない・・」
そう言うと、老人は声を上げて笑った。
「さやはお嬢さんでは無い。嫁いだが夫と子を火事で失い、戻って来た出戻りです。あなたの世話役にはうってつけでね。言葉こそ話せないが、あなたの言っている事は大体理解できる」
言葉を理解して貰えると言うのは大変ありがたく、私は納得したのだが、私の世話にうってつけ・・と言う言葉の裏に有る深い意味合いに、その時の私は気が付かなかった。気が付いたとしても、何が出来ただろう・・
その夜は、先に山場殿に言われた通り、金山の里、上相川と言う地の集会所のような所で宴が催された。金山で働く男たちが集まり、山海の食材が豊富な地らしいご馳走が並んだ。このごちそうを見る限り、この島はとても豊かなのだ‥と感じたが、実はそれも間違いだったと後々気が付く。この時の私は舞い上がっていたのだ。
日本では魚を生で食すと聞いていた。その地に馴染む為には何にでもチャレンジしなくては・・と覚悟はしていた。しかし口に入れるのにかなりの抵抗が有った。
「先に江戸でお会いしたお方は旨いと召しあがりました」
そう先生に祖国の名士の名を上げられ、覚悟を決めた。
味など分からなかった。すぐさま酒で流し込む。この地の、米で作ったという酒が口に合うのが幸いだった。
かいがいしく酌をしていたさやさんが、そっと袂から懐紙を取り出し渡してくれた。
その後、下相川の遊郭から花魁が呼ばれ、三味線や舞などが披露された。
翌日、集落から少し離れた奉行所に案内された。
「佐渡奉行の伊丹康勝だ」
私の左右には日野清之助君と、先生が付いている。伊丹康勝殿は私に挨拶した後、先生にも親しく丁寧な挨拶をしていた。その間、日野君は何とも手持ち無沙汰に無表情を装い正面を向いて立っている。その姿は知らん顔しながら大人の話を盗み聞きしている子供のようで、何とも滑稽であった。
佐渡の島は、1601年から徳川幕府直轄となっている。金山が徳川幕府を支えていた故に。伊丹奉行は勘定奉行でも有った。重要な役割を担う伊丹奉行と、幕府の特命を受けて私に付き添う日野君は、その立場上複雑な力関係と微妙な位置関係で存在していたのであろう。
この地の奉行は幕府の財源であるから勿論重要なポジションではあるが、栄えた江戸から見ればとてつもない辺境の地。繁栄とは真逆なのである。故にこの地の奉行は何としても成果を上げ、都に戻して貰おうと躍起になるのだそうだ。
肩書は兎も角、幕府直々に使わされた使徒と言うのは面白くないのであろう。その辺は若輩の日野君も心得ているらしく、出来る限り刺激しないようにしているようだった。彼は若くとも武士の子なのだ。
それはさておき、私の来訪で、自分の職務にも何やらの区切りがつくやもしれぬ・・と言う期待を伊丹奉行自身も持って居たのであろう。私への態度を上からか、下からか、決め兼ねているようだった。
その日の面会を終え、我々は金山を見て回った。山には沢山の裸に近い男たちが働いていた。小さな道具で山に切り込みを入れていく。彼らがすでにあけた穴はまるでアリの巣のようだった。
掘り進む彼ら以外にも色々な職人たちが働いていた。
「江戸からここに来る道中、方々で、ここで働けるように口をきいては貰えないか‥と言う職人を紹介されました」
彼らを眺めながら日野君が話す。
「そういう権限はない・・と言ったのですが」
彼は苦笑いをするが先生は納得したように頷く。
「ここに来れば仕事がある。どこも仕事が不足しているから、職人からすれば、何とかつてを見つけたいのでしょう。ここは天領地だから、幕府に守られているように見えますからね」
「違うと?」
先生の言葉に、日野君は憮然とする。
「天領地と言う事は、この地にあるものはすべて、お上の物と言う事です」
先生は空を見上げる。
「あの鳥も、米も、木の実も、昨日食べた海の魚も」
先生はゆっくり歩を進める。
「この島の人たちは、自分たちで育てた‥あるいは採ったそれらを我が物にする事は出来ない」
「それが何か?」
武士の日野君には先生が何を言わんとしているか解らなかった。私にも、解らなかったのだが。
「他の地の人はね、米の出来が悪ければ、猟をしてそれを売って米が買える。だけどこの島の人は、島で採れたものを、勝手に島の外に売ってはいけないのだよ。この島にあるものはすべてお上の物だから」
「そうなのですか」
と日野君は応える。あまり深刻な様子ではないのは、やはり彼が武士だからだろうか。
「島で採れたものはここに集まる。だからここで働く人たちは食に困ることは無い。彼らの仕事が円滑に行われることが大切だからね。でも、ここの外の人たちは、飢饉が来たら、逃れる術がない・・それで何度も一揆が起きているのだよ」
一揆・・と聞いて、日野君もやっと顔色を変えた。幕府を悩ます問題でも有るのだろう。深刻さがやっと少し伝わった手ごたえを感じ、先生は静かに頷いた。貧しい国民のクーデターは、どの国でも深刻なのだ。
「一揆は、民の必至の叫びだ。ほとんど届かないと知っていても、叫ばずにはいられない」
先生は遠い目をした。ぼんやりと遠くを見ているのかと思ったのだが、その先にはさやさんが居た。偶然・・?とその時は思ったのだが、先生は深い悲しみと共に、さやさんを見つめていたのだ。
夕刻になると、金山の職人たちが山から出て来る。
彼らはそのまま自分の住処に帰る訳ではなく、井戸の周りに並び、順に衣類を脱いで行く。そしてその先には奉行所から来た役人が大層な面持ちで構え、その衣類を草鞋に至るまで水に漬け入念に調べている。
「何事です?」
私よりも先に日野君が訪ねた。
「衣類に着いた一粒の金も持ち出せないように、調べているのです」
先生は彼に答えた後、私にも説明してくれた。
「金の一欠けらも、幕府の物・・と言う事ですか」
私が返すと先生は頷いた。
「隠そうものなら酷い処罰を受ける」
それは私も例外ではないのだろう・・そう言う深刻さを感じた。
先生の言った、ここでは衣食住に困らないと言うのは本当のようで、たとえ贅沢とは程遠くとも、職も無く衣食住に困る輩が溢れている外から見たら恵まれていたのだろう。
その夜、さやさんが用意してくれた夕餉も山海の豊かな幸で彩られ、食べ慣れぬ味とは言えとても興味をそそられるモノたちだった。その大半は野で採れる山菜などで、季節的にも恵まれてれていたのであろう。
しかし、同じようにお世話の女性を用意されていた日野君は、江戸育ちの為か彼女の食事が口に合わなかったようだ。
「何とかするように」
そう日野君は思い余って山場氏に切り出した。
「どうしましたか?」
私が聞くと
「花乃さんの料理が口に合わないと‥」
そう、さやさんが片言で教えてくれた。
見ると、花乃さんと言う女性は若く妖艶な女性で、その姿は家事仕事などに向きそうも無く彩られている。
「そう言われましても‥花乃はここらの置屋で一番人気の新造でして、無理言って差し出させた娘です。これ以上と言われましても‥」
相手は幕府から送られてきた武士。普通で考えれば口答えすら許される事では無い所。
しかしこの地に置いて何より大切なのは、いかに金を採掘するか‥でその長ともなるとそのプライドも有るのだろうか。山場氏はひれ伏しはしなかった。
「そうではない。私が必要としているのは、身の回りの世話が出来る女で、遊女では・・」
このやり取りは、さやさんは訳してはくれず、私は少々入り組んで難しい話だから‥かと思ったのだが、教養ある女性の彼女の立場では言いにくい事だったからのようだ。
後で先生から説明を聞いて私はショックを受けたのだが、この騒動は思わぬ者の侵入で相を変えていく。
「お武家様が食事の事など些末な事で文句を言うなんて、些か小さく御座いませんか」
そう啖呵を切って割入って来た娘が居たのだ。
それが山場の娘千代さんだった。
「ここで偉いのは金を掘る者です。お武家様に出来ますか?」
この娘と日野君の出会いがこのようであったと、今思えば可笑しいのだが、この時の周囲は血の気が失せたそうである。
千代さんはこの採掘場で産まれ育ち、採掘が全ての世界で長として不動の地位を持つ父の下、どこぞのお姫様かのように大切に育てられた娘であった。
元より奉行と顔を合わす事も無いが、奉行にも一目置かれる存在である父に向かって、文句を言う若輩者の男の存在が認められなかったのであろう。何とも豪気な娘さんだ。
しかし日野君も若輩とは言え武士の家の子である。初めての大役・・と張り切りこの遠い地まではるばるやって来たプライド高き青年である故、この反撃は思いも寄らなかったであろう。
「千代さん!」
しかし、ここを治めたのが他ならぬ、さやさんであった。
その時彼女が何と言ったのか私には解らなかったが、さやさんは日野君を侮蔑した千代さんを叱ったようだ。
そして
「身の回りのお世話は今まで通り花乃さんにお任せします。お食事は、わたくしが日野様の分もお届けに上がります。それでお許しいただけますでしょうか?」
そう頭を下げたのだ。
日野君にはもちろん異存は無く、この地での唯一頼みの綱である先生のお嬢さんの申し出故に譲与する・・と言う体面も保てた形となった。
その後も千代さんは
「さやさんにばかり負担をかけ・・」
と憮然として居たそうだが、その裏の意味も、私は後で知る事となる。
千代さんが何に怒っていたか、私たち外国人がこの国でどのように思われているかも。
この騒動をあちこちから報告を受けたであろう先生に私は聞いてみた。
実際どういうやり取りが有ったのか‥と。
先生は皺が穏やかに刻まれたお顔に、わずかに苦さを含んだ笑みを浮かべた。
「さて・・どうお話しするか・・」
そう言ってから
「知って置いていただく方が宜しいでしょう」
そう切り出した。
普通、客人を迎える時には家とお世話の女が用意される。
客人として屋敷に世話になる事も有るが、特殊な任務の時はその方が便利だから。
今回もそれに当たる。
日野君は武士だ。お屋敷の客人でも良いのだが、その任務は私のお目付け役である。
私が何か出過ぎた真似をするのを止めなくてはいけないし、私に何か有って国益に損失が出るのも避けなくてはならない。そう言う役目故に、私からそう離れていない長屋よりは立派な住まいを用意されている。
念のため言っておくが、私の物もそれなりに快適な住まいではある。
日野君の世話は、本来であれば然るべき位の女が付く。
だが、そうして候補に挙がった娘たちが、私に付くのを嫌がった。
異人のお手付きにでもなれば、この先この国で生きていけない・・と言う事になるらしい。
嘗て江戸で前例があり、その対処法として遊女が選ばれたと言う。
その遊女と異人は恋仲となり悲恋と歌われたが、その実、二人の間は主従以外の物では無かった。しかし、一旦異人の女と呼ばれた女に客は付かない。
しかもその遊女には恋仲の旦那が居た。それを承知で引き裂き、差し出された彼女は、泣く泣く異人の世話をしていたと言う。それしか道が無かったのだ。
その異人が帰国する際、彼女は命を絶った。それが悲恋と歌われる云となったのだが、その地で生きていけなかったのだ。異人の女になると言う事は、そう言う事だった。
故に私の世話役になる女を決める際も揉めた。遊女でさえ、うんとは言わなかった。
そんな時、江戸から戻った先生がその顛末を聞き付け、ため息と共に言ったのだそうだ。
「ディック・ハルトマンの世話はさやが適任だろう」と。
さやさんは才女であった。
一人娘であったから、父から沢山の教育を受けていた。
故に、世の女たちよりも風評では無い世間を知っている。
諸外国への関心も強く、父の学ぶ外国語への興味も深かった。
そんなさやさんだが、だからこそ、見初められるのも早かった。
1643年伊丹奉行が13か条の郷村制度を発令した際、そこで功績をあげた前途ある島の男で、先生の弟子でも有り、その縁組は誰が見ても文句の無い良縁であった。
さやさんは15歳だった。
この時代の女に決定権は無い。周囲のおぜん立てであれよと言う間に祝言が行われ、さやさんは妻となった。
妻となれば良家の教育のたまもので、かいがいしく働く良き妻であったろう。そしてほどなく男の子を授かる。
夫を支え、子を育て、父の学問所の手伝いをしながら、さやさんは幸せだったであろうと思う。
しかし息子が3歳になったある時、先生が5代将軍徳川綱吉公の名で江戸に呼ばれる。金貨の金含有率についての相談であった。その時さやさんは秘書として先生に同行している。幕府は先生の苦言に従わず、その後金含有率の少ない金貨が流通し、物価の上昇が更に世間を苦しめることとなるのだが、その前にさやさんにとっては最大の悲劇が起こる。
佐渡相川の上相川で大火が起こったのだ。佐渡奉行所が全焼し、民家632軒が焼けた。
そして、そこにさやさんの夫も、幼い息子も含まれていた。
佐渡に帰り着いたさやさんと先生を待っていた惨状に嘆く暇もなく、無事だった先生の学問所を中心に、民家の再建の中心となって動く先生をさやさんは支えた。その間彼女は白装束で通した。
夫も子もその亡骸に会う事も叶わず、埋葬することも叶わず、識別不能な亡骸は皆まとめて葬られた。
その大火の元が一揆であった。
米も野菜も魚も、全て金山に集まる。その事を責める訴えが奉行所に火を放ち民を巻き添えにした。
さやさんは何を恨んだろう・・そう思うと胸が痛んだ。
「だからね」
先生は私にお茶を勧めながら、自らも口にする。そして
「君の世話にはさやがふさわしい・・と勧めたのだよ」
そう続けた。彼は静かに微笑んだが、その表情はとても寂しそうに私には感じられたのだ。
日野君に一揆の説明をしながら、何故にあんな哀しい目でさやさんを見つめていたのか・・その答えを知った。
千代さんが何故怒っていたのかも。千代は、幼い頃からさやさんを姉のように慕っていたそうだ。
この地での、私の任務は多くない。むしろ、ただ日々を過ごすだけと言って良い。
江戸の地で、幕府を相手に、交易の交渉をしている仲間には申し訳なく思う。私はただ、滞り無く金が産出され、それが良質であるという状況を見守っているにすぎない。
金取引の条件が整えば、知らせが来る。そして江戸の仲間と合流し、帰国となる。ただその日を当てもなく待つだけだ。
季節が移り、空の雲の形が夏を告げていた。
急に雷が鳴り豪雨に見舞われる。
島の田に稲穂が揺れる。夕方になると、皆集まり、蛍を眺めた。私もさやさんに連れられ金山の関所の外に出て、空を飛び交う小さな緑色の光を愛でた。
「おや、あれは日野君では?」
蛍を愛でる人々の中に、一際凛とした出で立ちと佇まいで日野君は目を引いたが、それ以上に目を引いたのは、そんな日野君にしなだれるように寄り添う新造花乃さんの艶やかさだった。
「そのようですね…」
彼らに目をやり、そう呟いたさやさんは表情を曇らせた。
明らかに、日野君は迷惑そうにしている。それを御構い無しに色香を撒き散らす花乃さんは、異様に思えた。
その時さやさんが何を懸念したのか、私には分からなかった。すぐに美しい小さな光たちと、そこに佇むさやさんの美しさに心を奪われたからであろう。
暑い夜は戸を開け放ち蚊帳を吊るしてその中で休む。それでも寝苦しく寝付けずにいると、そっとさやさんが蚊帳の中に入ってきた。私は暗がりの中で、息を殺して寝付いているふりをした。柄にもなく緊張をしていた。
そよ…と心地よい風が吹いてきた。繰り返し。
一度寝たふりをした手前、今更起きて話すわけにはいかない。そっと盗み見ると、さやさんは私の布団の傍に腰を下ろし、団扇で扇いでくれていたのだ。優しい笑顔で。自身も暑いであろうに…と思う。けれどもその姿は美しく、当然という仕草に、きっと、生前の夫や幼子にそうしてあげていたのだろう…と思い当たり、何故か胸が痛んだ。
緊張しながら、その心地良さに私の瞼は閉じて行った。
やがて、さやさんの懸念が的を得ていたと思い知らされる事件が起きた。
誰もが暑さを和らげるために水場に赴き、暑さに帯も緩む夏の夜。私がさやさんと日野君と連れ立って、採掘場を巡った帰り道であった。
「おたすけを!」
と言う剣呑な女性の声が聞こえた。言葉の意味の分からぬ私と違い、日野君の行動は早かった。
声のした方にひらりと向きを変えると、腰に差した刀に手をかける。
「日野様!」
さやさんが彼の名を呼んだが、既に彼は暗がりに駆け出した後だった。
明かりを持ったさやさんが彼を追い、私もそれに習った。
そして私たちが目にしたのは、乱れた着物で日野君に縋り付く女と、その横で小さくなっている2人の金山の人足だった。
「抜いてはなりません!」
いつも囁くようなさやさんが、叫んだ。
後で知るが、武士が刀を抜くということは、おいそれと後に引けない覚悟が必要なことだったのだ。
一瞬躊躇いを見せたが
「しかし、か弱き女子を寄ってたかって手篭めにしようとした不埒者。見逃したとあっては武士の名折れ。日野家の恥。…止めだて致すな」
そう叫び、右手に力を入れたその時
「ぎゃあ」
と声が上がった。
見ると声をあげたのは当の人足たちであった。
「お前たち、何をしでかした!」
そう叫びながら人足たちに蹴りを入れたのは、なんと頭領の娘、山場千代さんだった。
「お前たち、本当に花乃さんを襲ったのかい!」
人足たちは刀に手をかけた日野君よりも、鬼の形相の千代さんに恐れおののいていた。
「お武家さま、こいつらはの不始末は頭領山場の不始末。ここは、私に預からせて貰えませんかね?」
そう担架を切ったというのだから、やはりかなりの剛毅だ。
「お、お嬢さん、痛いです!」
大の男たちが小さくなるくらい、千代さんは手を、足を、緩めない。
「千代さん。お止めなさい」
さやさんがとりなし、やっと項垂れた人足たちは解放された。
日野君も、抜きそびれた刀から手を解き、哀れみの目で男たちを眺めた。
花乃さんは我関せずで日野君にしなだれかかっている。
「話も聞かずにその人たちを裁いてはいけません」
さやさんは凛とした態度でそう言った。
「お言葉ですけど、私は襲われたんですよ?それとも、遊女の扱いなどどうでも宜しいですか?才長けたお嬢様は」
花乃はさやさんに向かって悪態をついた。
「あなたはお座敷に上がる前の見習いでしょ?そういう方への手出しは無粋と心得ております」
さやさんは態度も変えずにそう答えた。
「けれども、随分日野様に情がおありのご様子。置屋では禁止されているのでは?特に、今のご自分の役割をお考えになったことは?」
「何を言っているのか、無学な私には分かりませんわ?教養を持った女はおお怖い」
そんな花乃さんを千代さんがきっと睨む。
「こんな恐ろしいところで育つと女は怖くなります。日野様、どうか花乃を守って下さいまし」
「花乃さん、あなたは"願"の方の村の出身だそうですね」
さやさんは動ぜず、穏やかな声で話しかける。
暗がりの中でも分かるくらいに花乃さんは狼狽えた。
「貧しい村だと聞いています。女子が生まれれば売られ、男子が生まれれば口減しに大橋から投げられると…」
花乃さんはキッと顔を上げ
「どなた様かのお子のように、生きたまま火にくべられるよりマシです」
そう残酷な言葉をさやさんに投げつけた瞬間、バシッ!と空を切った後の平手の音が響き渡った。男たちは縮みあがり、女たちを見つめる。
頬を押さえて呆然とした花乃さんが見つめているのは、今しがた自分の頬を打った千代さんだった。
「無教養も、媚びるのも、性悪も許しても、今の発言は許さない!」
千代さんは今にも飛びかからんとする勢いだったので、花乃さんは更に日野君に縋り付こうとし、するりと身をかわされた。
「千代さん、手を上げてはいけません」
今度のさやさんの戒めは先より優しかった。
「お前たち、なんでこの女を襲おうとしたのよ」
さやさんの態度にちょっと落ち着きを取り戻したかのように見える千代さんは、人足たちに目を向けた。
「お、俺たちは襲ったわけじゃ…」
「誘われたんです!…な、なぁ?」
二人は顔を見合わせシドロモドロで説明する。
「そんな嘘、信じないでくださいな!」
花乃さんはもう一度日野君に縋り付こうとしたが、彼は既に間合いを取り、そんな隙は与えなかった。
「あなた、日野様に身請けをして欲しかったのではないですか?」
さやさんは、元の穏やかな声でそう言った。
「身請け?私には江戸に許嫁がおります」
さやさんの指摘はまさに花乃さんの図星だったようで、さっと顔を上げた後、次の策に出た。泣き出したのだ。
「だって、日野様のお役目が終わったら私は御役御免。花街に戻りお座敷に上がるんです。そんなの嫌です。助けてくださいな」
そう言って媚を売る姿は哀れであったが、とても花街向きな性格に思えた。
「勿論、正妻とは言いません。お妾として、江戸に連れ帰って下さいまし」
「罪のない人の命を危険にさらし巻き込んだこと、許されることではありませんよ!座敷に上がるのがお嫌なら、芸を磨いて花魁になりなさい。そうすれば、望まぬお座敷に上がることも無いと聞きます」
さやさんは、花乃さんを厳しく叱った。男たちの出る幕はなかった。
「そんな才があれば…」
そう小さく悪態をついたが
「ええ。そうよ。どんなに色仕掛けをしてもそちらの殿様は堅物でなびいてくださらないので、その男たちを誘惑して、襲われそうなところに日野様が通りかかるように仕向けたの。守るべき相手として見てもらえるように…と思って。あ〜あ無駄な努力だったわ」
花乃さんは泣くのも媚びるのもやめ、
「もっと楽な別の旦那を探すわ」
そう言い残し背を向けて去って行って。
「すんでの所で、刀を抜かずに済んだのは、あなたのお陰だ。かたじけない」
日野君に頭を下げられ
「いやいやいや、こいつらが手出しした後だったらどうにもならなかった。止めてくれて助かったのはこちらですから…」
千代さんは女らしい言葉を探しながら、諦めたようで
「おあいこってことで!」
そう言って、照れ臭そうに笑ったのだった。
翌日、花乃さんは金山を去った。
そして
「私のせいでもあるし、人手がないと困るだろうから…」
と、千代さんが日野君の世話を申し出た。
「家事なんてしたことないので、さやさん、教えてください。でも。料理は、今まで通りさやさんにお願いしていい?」
ますます忙しくなりそうだったが、さやさんは笑って引き受けたのだ。
徐々に稲穂は黄金色に色を変え、頭を垂れる。木々も色を赤や黄色に変えた。寝苦しい夜は減り、心地よく寝付ける日が増えてきた。あれから何度かさやさんは蚊帳の中に訪れ、私を仰いで寝かしつけてくれた。申し訳ないと思いながら、心待ちにしてもいた。それが無くなり少々残念でもあった。
「金の産出量も申し分ないようですね」
私が帳簿を覗き込んで言うと、先生は渋い顔で笑って
「ここまで性急に掘り進めば枯渇するのも早まると言うのに…」
ため息の後
「これから必要となるのは、職人ではなく、山から下に掘り進むうちに湧いてくる地下水をどう汲みあげるか…となる。水替人足は重労働だ。島の人間に押し付けることはできない。そこを幕府はどうするのか…」
先生は先の先に目を向け、もう一度ため息をついた。
仲間からの便りでは、交渉は順調に進んでいて、冬を待たずに国に帰れる見込みだった。
稲が刈られ、あちこちの田んぼの脇に組まれた木にかけられて行く。あちこちで豊作を祝う祭りも始まった。
太鼓に合わせて、鬼が舞う。それを、日野君と千代さんは連れ立って眺めていた。
最近の千代さんは、めっきりおしとやかになった。
さやさんはそんな二人を微笑ましく見ながら、時々心配そうな目をした。
「何か心配ですか?」
僕が下手くそな日本語で問えば
「いえ、何も」
そう答える。
私もあなたの手を取って歩きたい…とは言えなかった。
実りの秋ではあるが、秋は嵐も多かった。
酷い嵐の翌朝、海に降りると砂浜には色々なものが打ち上げられている。
「これはどこかの船が難破したのかも知れない」
先生は浜を見てそう言うと、
「救助が必要になるかも知れない」
そう言って奉行所に向かった。
「これは手紙?」
色々なものの中に見つけた油紙に包まれた紙を渡すと、広げて目を通したさやさんはしばらく考え込み、それを懐にしまった。
「通行手形…薬売りの夫婦のものです。事故にあったのはその人たちが乗った船でしょうか…」
さやさんは沖の方に目を向けたが、そこには波以外見えなかった。波は高い。また次の嵐が来そうだ。
さやさんが何かを見つめている。その方向を見ると、海岸を捜索する町民たちを高台から見下ろす日野君と千代さんがいた。寄り添いながら、とても辛そうに支え合うように。
「どうして二人は辛そうなのですか」
私が先生に問うと、先生も二人にちらと目を向け
「お分かりでしょう?あなたの役目が終われば、日野君は江戸に帰る身です。その後はおいそれとその地を離れることはできない。特にこの島は、天領地だ。金山への関所は、この国で一番厳しい関所とも言える。離れれば、二度と会えないと二人は知っているのです」
「夫婦にはなれないのですか?」
「身分が違うのですよ。この国では、身分違いの者同士は幸せになれないのです」
そう言って、もう一度二人を見つめた。私は、二人を見つめるさやさんをもう一度見つめた。
さやさんがそっと懐に手を当てた。その中のものを確かめるように。
次の嵐は、2日と開けずにやってきた。そして、その翌朝、
「千代を見ませんでしたか⁉︎」
山場さんは青い顔をしてやって来た。
日野君の住居に皆が向かったが。そこには誰もいなかった。昨夜から帰った様子がない。
「皆で救援活動に出て…そのまま帰らなくて…」
そう言って泣き崩れる山場さんの肩を、さやさんは優しく抱いた。
色々なものが打ち上げられ、その中に、若い男女の遺体が有った。衣類も千切れ、顔も損傷が激しく判別不能だった。
その遺体は、日野君と、千代さんとして葬られた。
さやさんは、泣かなかった。いつものように、静かに見つめていた。
間も無く、江戸から日野家の人たちがやって来て、日野君を弔い遺品を持ち帰る。そして、私もそれに同行し、江戸へ、そして故郷へ帰る手はずが整っていた。
「これを食べてみなさい」
先生は橙色の木の実を差し出した。それは、春に、痺れるからもいで食べてはいけないと言われた木に生っていた物だった。私が躊躇すると
「渋は抜いてあるよ」
そう言って1つかぶりついた。さやさんが皮をむき、櫛形に切ってお皿に並べてくれた。それを1つ口に入れる。
「甘い」
そう言った私を、先生とさやさんは微笑んで見つめていた。
「同じように見えても、必要な物を見極め与えられれば、中身は全く別なものになる」
その先生の言葉の意味を知ろうと彼を見つめたが、答えは得られなかった。
私は、故郷への帰路に着く。私は変わらぬ私だが、この島で先生やさやさんに出会い、確かに変わった。
先生の真意は分からない。
けれどこの先の人生で、常にどこか心の奥深くに留まっていた。
関所まで送ってくれたさやさんを振り返り、
「私と一緒に、オランダに来てはいただけませんか」
勇気を出してそう言った。さやさんは目を細め微笑んで、首を横に振った。
分かっていた。でも、言っておきたかったのだ。
「最後に1つ教えてください。あの遺体は、薬売り夫婦のものですよね?」
その問いにも、さやさんは微笑んだが、何も答えてはくれなかった。
それで良い。
薬売り夫婦の通行手形で、全国を旅する二人の男女の姿が脳裏に浮かんだ。その二人の姿は、日野君と千代さんに似ていた。
「私は行けませんが、この島で生まれた金は、あなたたちの手によって世界中のあちこちに運ばれるのでしょう。それはとても心踊ることです。私の代わりに、金が世界を旅します。時に悲劇を生みながら…時に幸せに寄り添いながら。それをどうか見届けてください」
さやさんは、そう、私の国の言葉で言うと、私の手を握った。
いつかきっと、誰もが国を超え、身分を超え結ばれることが叶う時代がくるかも知れない。遠い異国に、もっと思いのままに行き来できる時代も来るかもしれない。
だけど、私たちはこれでお別れだ。幸せな未来は、若い二人に託したのだ。
私たちを、青い空が隔てる。広い海が隔てる。だけど、きっと繋がっている。
遠い祖国で、海を見て、空を見てあなたを思う。あなたは今も変わらず静かに微笑んでいるだろうか…金の輝きにも勝る微笑みをたたえて。
黄金の島で 月島 @bloom
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます