良秀の弟子
一月後。地獄変の屏風は完成した。
そこには空から落ちる牛車と、燃える女房の姿が、描かれていた。
師匠は早速それを御邸に持って出て、大殿様に供えた。皆苦い顔をしながらも、一様にその屏風を褒め称えた。不思議に厳かな心もちに打たれて、炎熱地獄の大苦艱を如実に感じる、素晴らしい画だ、と。
私はそう思えなかった。この屏風は、師匠を幸福な破滅に導いた。
このようなことをせずとも、師匠には描けるものが沢山あったはずだ。
翌日。師匠は本当に、死んだ。
「そうですか。良秀殿は亡くなりましたか」
「ええ。首をお吊りになって」
師匠が死んだ次の日。私は師匠の代わりに堀川の御邸に伺った。正直、師匠と良香様の弔いの準備で忙しい。が、大殿様には伝えねばなるまい。師匠を地獄に追いやる契機をつくってしまったのだという事を。
「許されるようでしたら、堀川の大殿様にもお伝え申し上げたいのですが」
「ええ。聞いて参りましょう。こちらへ」
いつものように、例の奉公人に話を通していただく。
この男は、師匠が死んだことに対して特に驚いていないようだった。相も変わらず、憎らしい程涼しい顔をしている。
「ああ、それと」
私は男の後を追いながら、言葉を続ける。
「大殿様にお目どおりがかなった後、お時間はございますか」
「ええ、ありますが」
奉公人は私を振り返って、少し怪訝そうな表情を浮かべた。
私は彼に微笑みかけ、そして――
「少しお話しがしたいのです。師匠のこと、そして、地獄変の屏風のこと」
この男は決して馬鹿ではないのだが、大殿様を崇めている節がある。偉い方にお仕えする者には様々な苦労があるのだろう。故に、話をしたところで、彼がそれを捻じ曲げてしまうことは予想がつく。それでも、私は語ると決めた。
「私が見たこと、聞いたこと、感じたこと、すべてを――」
私はあの方のようにはなれない。同じ画の道であっても、あの方とは違う道を選ぶ。
地獄など、描かない。どちらかしか選べないなど、認めない。
ならば、私は語ることで伝えよう。少しでも多く、良秀という絵師のことを知ってもらうために。
良い師匠だったとは口が裂けても云えない。だがそれでも、私はあの方の弟子だ。絵師・良秀の弟子なのだから。
地獄変~画の道の果て~ 森沢依久乃 @morisawaikuno
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます