監督人事
「今後のウチのサッカーチーム精悍SSSの件についてですが」
小学校のPTA室の居並ぶ委員会メンバーの中PTA会長花道道久は特徴的な低い声で今期最も重要な問題を口にした。花道は元来目が悪く常にどの強いメガネをしている。
それに含め全く顔を崩さぬ彼の鉄仮面ぶりが委員会に重々しい空気を漂わせる。
「昨日ウチのサッカーチームは1-30という大差で敗北しました。相手が全国でもトップに入る屈強な敵とはいえ30失点は由々しき問題であると思われます。」
花道は淡々と説明をするように話していると横から一人手を挙げる女性がいた。役員書記安藤康子だ。
「問題とは何でしょうか?たかがウチの弱小チームが負けたとて何か問題でも?」
誰もが皆康子に攻撃的な目線を向けた。康子は今年入った新人でもある。元々周りをあまり気にしない傍若無人な性格があり子供共々「母親似」と影で他の保護者に揶揄されている。当然本人は気にしてないのだが、
「我が学校には代えがたい歴史があります。その歴史がそのたかがあなたのような人の息子さんやましてや息子さんがいるチームを弱小などというのは問題かと」
「はあ?」
康子は負けじと言い返す。
「あなたPTAは独裁的な権力を振り回す場所じゃないのよ?そんな人を蔑むようなこと言わなくてもいいじゃない」
「さて本題に戻ります」
康子の意見はあっさり無視され康子はすごすごと席に座った。
「我が校がここまで屈辱的な負けを喫したのは創立以来です。これはサッカークラブ否や我が校の名声も落とすものになるでしょう」
当然だ。と言わんばかりに康子の周りの役員が頷く。
「そこで」
花道はそれこそ何を当たり前のことをとでもいうように言い放った。
「保護者が払っている精悍SSSへの集金を全て学校側から抑えるように要求し監督に更迭命令を出します。」
康子は弾かれたかのように顔を上げた。それは事実上のサッカークラブの解散命令だ。監督とお金がなければどうやってサッカークラブを運営していけばいいというのだろうか。
「もし、断るようなことがあれば」
花道のメガネの眼光が鋭く康子を睨んだ。
「グラウンド体育館は今後精悍SSSには使わせません。また生徒、保護者に対しあらゆる対抗措置も辞さない考えです。」
「それで」
花道は眼光の光はそのまま後ろに置物のように立つ区枝に視線を向けた。
「よろしいですよね?区枝校長先生?」
「は、はい…………………………」
「ではそのように精悍SSSの監督保護者には通達しておきます。今日は以上です。皆様お疲れ様でした」
そういった後保護者は全員が速やかにPTA室から出た。しかし区枝はいつものようにそこにまた置物のように立ち尽くしていた。
「いやあ今日もお疲れ様でした。区枝校長先生」
「は、はい」
二人だけのPTA室花道に声をかけられた区枝は弾かれるように顔を上げた。
「今日も素晴らしい即決ぶりでした。あなたの即決ぶりは非常に我ら保護者の間でも高い評価を得ています。」
そして区枝の細い腕に通された隙間の多いシャツ袖に手を突っ込みそして出した。
「少ない御礼ですがこれからも宜しくお願い致します校長先生」
そういって花道はPTA室を後にした。
「またか……………………」
そういって区枝は自分の袖の中を探りその中から丁寧に封筒された白い紙をめくった。そこには現金10万円が丁寧にテープ紙に織り込まれていた。
この学校はかなり歴史の長い小学校で元来親つまりPTAの勢力が強い。また時々PTAが校長よりも権限を持つこともあり今がまさにその状態だ。
今現在PTAは花道道久を中心にほぼ独裁的な権限を持ち発言力がとてつもなくある。
花道道久 彼の鋭い眼光と視線は見たものに王者的な恐怖感を覚える。そして区枝がそうであるように人心掌握にも長けている。金でもなんでも使うのだ。そういう意味では彼は非常に野獣的な何かを持っているのかもしれない。区枝は溜息をつきながらかつての自分が掲げたあのトロフィーをガラス越しに見つめた。
ーー
「私を更迭させる。ですと?」
「ええ、その通りです。佐伯監督には今日を持って精悍SSSの監督の任を解かせていただきます」
佐伯は昨日の大敗北を糧として30分伸ばした練習から帰宅し自宅で久しく受話器を取っていない黒電話で始めて花道道久から更迭命令を宣告された。
「あんたね。いくら学校のPTA会長でも学校のサッカーチームの監督をあんたの独断で更迭させるなんて自分勝手すぎやしませんか?」
佐伯は怒気を強め受話器に越しに言葉を投げつけた。
「ご冗談をこれは私とそしてPTA保護者一同そして何より精悍小学校校長先生区枝正道どののご意向です。」
佐伯は受話器を握る手を強く握りしめた。
「あのねえ私達はサッカーが大好きな少年たちの未来を考えているんです。ウチの保護者が一人も参加しないよくわからない会議のご意向なんかでなんで私が更迭させられるなんてたまったもんじゃないですよ」
剣幕に抵抗する佐伯を花道は受話器越しに嘲笑った。
「それはあなた個人の意思です。彼らの昨日の試合の結果を見た限りではあなたの言う未来など無に等しいものでしょう?」
「それは試合の内容を見てから言って」
花道は声を強くして佐伯の言葉を遮った。
「とにかくあなたには今日を持って監督の任を解かせていただきます。もしあなたが受け付けないようならば今後精悍SSSには練習場を貸さないつもりなのでそのつもりで」
それを聞いて佐伯は喉まで出かけていた次の言葉を引っ込めざるおえなかった。この立港市の市営グラウンドはほぼ全てJ1の下部組織である立港ハイラット
FCU-12が貸し切っている。つまりこの精悍小学校のグラウンドを借りれなければ精悍SSSの少年たちがボールを蹴れる場所は近所の小さい公園程度になってしまう。ただでさえ春の市のリーグ戦が迫っている時期に練習場がなくなるのは圧倒的に不利だった。
「ご納得いただけたようで誠に嬉しい限りです。では私はこれで」
そう言って花道は受話器越しにもう更迭は決まったものと思い込んで切ってしまった。
「マジかよ…………………」
頭を抱える佐伯。受話器を置いてリビングに行こうとしたその刹那にもう一度黒電話が鳴った。1日に2度黒電話なるのは佐伯の記憶では初めてだ。どうやら今日はいろんな意味で自分にとっていい1日ではないらしい。そう思いながら佐伯は受話器を取った。
サード・オブ・ザ・ピッチ〜約束の場所〜 @guruzonhomuri
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