第五話 君の中の主人公
前回起きた、三つの出来事!
1 カオステラーは『藁』だった!
2 全員、藁に拘束された!
3 ワーラー三世は、全裸のまま拘束された!
爆発的に周囲の空間を埋め尽くす藁は、明確な意思を持ってタオ・ファミリーの手足を拘束し、一箇所に転がす。
全裸のワーラー三世だけ全身を『ぐるぐる巻き』にしたのは、全年齢対象のスマホゲームの小説版故の配慮だろう。
敵対者全員の自由を全て奪った後で、カオステラー『藁』は巨大な案山子の姿をしたメガヴィランとして顕現する。
「始めからこうしてもよかったけれど、三百周記念の馬鹿騒ぎを見届ける誘惑には、逆らえなかったよ」
観音様のように優しい声音で、カオステラー『藁』はレイナに話しかける。
レイナだけに話しかける。
「初めまして、この物語の主人公。綺麗な髪の毛ですね。本当に、美しい。美しい」
身動きを封じられたレイナの金髪を梳きながら、カオステラー『藁』はレイナへの拘束を更に増やす。
「僕の全身も、これほど美しい色艶をしていれば、主人公に成れるかも」
全身を締めあげられる圧迫感に、レイナは悲鳴を上げる。途端、拘束が痛くはない程度にまで、少し緩む。
「ごめんなさい。苦しませるつもりはないのです。レイナ姫の髪の毛が欲しいだけなのです。ごめんなさい」
それだけで済むはずもないので、タオ・ファミリーは脱出の算段を巡らす。
「その綺麗な髪の毛だけは、僕の体の装飾として残してあげるから、お墓は作らなくていいでしょう?」
案の定、ロクデモナイ提案に、レイナは噛み付く。
「全員のお墓を作りなさいよ! 特に私のは、世界遺産に指定されるくらいの、大理石で出来た宮殿クラスの王墓を建築しなさい!」
カオステラー『藁』が思考停止に陥る程に、レイナの提案返しはロクでもなかった。
「参拝料金は、子供無料、中高生は10GOLDで、大人は20GOLD。シニア料金は、15GOLDが適当ね。私を讃えるレイナ饅頭の餡子は、粒餡に限るわよ。こし餡で妥協したら背任罪で起訴するから覚悟しなさい」
カオステラー『藁』はレイナの口を藁の塊で塞いで黙らせると、話し相手をワーラー三世に移す。
「主人公とは、ここまで我が儘を言える存在なのですね」
「今この物語で、一番我が儘な事をしているのは、君だよ」
ワーラー三世の指摘に、カオステラー『藁』は案山子の首を傾げる。
「少し綺麗に成りたいだけです。ささやかです。ささやかな願いです」
「その我が儘を押し通す為に、君は全員を殺すつもりだ」
ワーラー三世の指摘に、カオステラー『藁』は案山子の顔を苦悶で歪める。
「僕と君は、出会った時は同程度の存在だった。観音様に祈る事しかできない貧乏青年と、ただの藁」
「ああ、私たちは、同じ存在価値しかなかった者同士だ」
ワーラー三世の肯定に、カオステラー『藁』は案山子の顔を怒りで波立たせる。
「君は僕を売り飛ばして、踏み台にして、主人公になった。僕は売り飛ばされた先でも、ただの藁だった。アブが死んだら、子供にも『ぽいっ』と捨てられた。
たまに縄にされた。
たまに寝床にされた。
たまに草鞋にされた。
たまに敷物にされた。
たまに燃料にされた。
たまに米俵に使われた。
たまに家畜の餌にされた。
たまに案山子に使われた」
ワーラー三世の沈黙に、カオステラー『藁』は案山子の全身に呪怨を滲ませる。
「藁の僕にだって、意識はある。
ただの素材の僕が、主人公に成ってはいけませんか?
肯定しても否定しても、僕の行動は変わらない。カオステラーとして、この想区で戦うよ。
ここは、僕の世界なんだ!」
「君は既に、君という物語の主人公だよ」
カオステラー『藁』の激昂に、ワーラー三世は悲哀を込めて教える。
「そして、たとえ主人公でも、美少女を縛り上げて殺そうとするようなキャラは、私のようなカッコいいキャラに討伐されるのさ」
ワーラー三世は、芋虫状態のままゴロゴロと高速で転がり、ウイスキーの瓶を口に咥えて、叩き割ってからカオステラー『藁』へと放る。
高濃度の酒精が、カオステラー『藁』の全身に染みる。
其の間、タオ、エクス、シェインが三人がかりで一斉に、レイナの拘束を歯で噛み切る。
噛み切られて血を流す『藁』が再び増殖して拘束するより早く、レイナは『導きの栞』で大魔法使いシェリー・ワルムとコネクトする。
「わしの持ち味の活かし方を、ようやく覚えたか」
ロリ婆な黒魔法使いは、結界で『藁』を阻みながら、魔道書を読み上げて標的の足元から爆発炎上する攻撃魔法を発動させる。
燃え易い上に酒精の染み込んだカオステラー『藁』は、燃え踊る案山子と化した。
ついでにワーラー三世をグルグル巻きにしていた藁までも派手に燃え、陰毛まで焼けた。
「熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いアツイアツイアツイ、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助け…」
全裸で股間を押さえながら走り回るワーラー三世が邪魔なので、エクスは溜息を我慢しながら痛馬車に放り込む。
自由を取り戻したタオ・ファミリーは、火属性の得意技や武器を持つヒーローとコネクトし、カオステラー『藁』にトドメを刺しに迫る。
ヴィランが大量に湧いて周囲を守ろうとするが、焼け石に藁。
ワーラー三世が股間を冷やして観戦に戻る頃には、勝負は付いた。
「僕は…主人公…」
メガヴィランとしての体の大半を消し炭にされながら、案山子の顔で宙を睨んで呻くカオステラー『藁』に、レイナは『調律』を開始する。
『藁を軽んじる人なんて、いないわ。カオスの被害妄想から、貴方を救います。元の在るべき姿に戻りなさい』
ワーラー三世は、そこに観音様と同じ力を感じた。
「こりゃあ、口説いちゃいけない御人だった、な」
ワーラー三世の傷心に、痛馬車のサラサが要らぬツッコミを入れる。
「相手にされてないから。つーか、エクスに気があるぞ、あの姫」
「私はっ、モブ男にすらっ、負けるのかっ!?」
ショックのあまり、ワーラー三世は着衣を忘れたまま立ち尽くしてしまった。
そんな有様だったので、『調律』が終わっても取引相手はワーラー三世に近寄り難かった。
最後の物々交換は着衣後に順当に進み、『わらしべ長者』はエンディングを迎えつつあった。
「結局、相手の事情は聞けず仕舞いでしたか」
エクスは、知らされないままが正解かもと思いつつ、送別会の料理を腹に詰める。
痛馬車と引き換えに大地主の屋敷と田畑を手に入れたワーラー三世は、真っ当な和風の服装に戻ってエクスに酒を注ぐ。
「いえ、飲みませんよ」
「口を付けるだけでいい。礼儀、礼儀」
「…では」
本当に杯に口を付けるだけで済ませたので、ワーラー三世は失望する。
元貧乏青年の悪戯心に苦笑しつつ、タオとシェインは酒杯を一杯だけ飲み干す。
「お嬢やエクスが、酒を飲める歳になるまでには、一連の事件が解決するといいな」
「別に、長引いてもいい」
シェインは二杯目の誘惑に耐えていたので、レイナの行動を制止するのに間に合わなかった。
「あ、飲んじゃった」
レイナが清酒の杯を飲み干したので、タオ・ファミリーに戦慄が走る。
皆の心配を他所に、レイナは明るい笑顔を見せる。
「平気。おいしいわよ。なんか、呼吸器官がホカホカになってきたけど…」
笑顔から一変。
レイナは、身を屈めて嘔吐し始めた。
エクスが介抱しようと背中を摩るうちに、レイナの口からは嘔吐物ではなく怪光線が放出され始め、近くの山を一つ吹き飛ばして止まった。
周囲は驚愕で、レイナはエネルギー切れで固まる。
我に返ったエクスが、固まったレイナを『お姫様抱っこ』して去っていく。
やたらと疾い。
タオとシェインも、山一つを吹き飛ばした連帯責任を問われないうちに、料理を両手に引っ掴んで去っていく。
彼らの姿が想区の境に消える前に、ワーラー三世は別れの言葉を放つ。
「見せつけてんじゃねーぞ、バーカ! バーカ! でも転けるなよ!」
藁ミサンガを付けた手を振ると、抱えられたレイナが少しだけ手を振り返した。
グリムノーツ ワーラー三世の足踏み
完
グリムノーツ ワーラー三世の足踏み 九情承太郎 @9jojotaro
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