JUMP!
lisbon
第1話
ある嵐の夜、稲妻の鋭い閃光が、小高い丘の上に建つ小さな家の姿を、何度となく浮かび上がらせる。
凄まじい風が、木々の枝を、へし折らんほどに吹き付け、大粒の雨は、屋根のトタンを激しく鳴らした。
それは一瞬のことだった。
ひときわまばゆい光が瞬いたかと思うと、家の周りだけ、雨がピタリとやんだ。
そして、巨大な光の塊が家全体を飲み込んだ。
その光の塊は、あたかも生きているかのように、何度か膨らんだり縮んだりを繰り返すと、突然真っ赤な球体となり、ものすごい速さで空へと上昇して消え去った。
すると、さっきまでの嵐が嘘のように、空には無数の星が輝きはじめ、美しい満月が、妖しい光であたりを照らし出した。
「ケイン、ケインどこなの、あなたアベルは?。」
若い女が叫びながら家を飛び出してきました。
「さっきまでそのベットで二人ともおとなしく寝てたのに。」
かたわらで、男も狐にでもつままれたように、ただ立ちすくしています。
すると家から少し離れた雑木林の方から、かすかに赤ん坊の鳴き声がきこえました。
二人が急いで駆けつけてみると、そこには枯葉に埋もれた赤ん坊が泣いていました。
「ケイン!、ケインよあなた!、ケインがいたわ!。」
女は赤ん坊を抱きあげると、男の方を振り向き叫んだ。
「アベルは、アベルはどこなの?、あなた、アベルは?。」
二人の双子の赤ん坊のうち、弟のアベルの姿がそこには見当たりません。
若い夫婦はそれから夜が明けるまで、家の中も、家の周りも、雑木林も、そこら中を探し続けましたが、アベルは見つかりませんでした。
朝になって、近所の人たちや警察や消防の人たち、街中のみんなが探してくれましたが、結局アベルは見つかりませんでした。
それからというもの、二人はずっとアベルを探し続けています。
ちんまい体でうろちょろしよって、一体こいつらなんやねん
わしとは違う生きもんやいうのは間違いないんやろけどな
みんな同じ色して似たようなかっこーやし
そやけどよう見たらちょっとづつちゃう顔しとんねやな
なんか変な音だしとるけど、そんなんもいろいろやし
ほんで、なんか入れ替わるんがむっちゃ早いやん
こないだおった思た奴、ちょっとしたらもーおらへんし
こないだなんか、じっとこっち見とるやつがおるなーおもたらちょっとねむなってしもてあとで起きたら、もーだいぶちゃう奴に代わってもーてたりするやんか
そんなん何回やってきてんねん
もう数える気にもならへんし
またなんか偉そうなんが大勢引き連れてやって来よったな
退屈やし、またちょっと脅かしたろか
「そろそろ次の壁にとりかからないとまずいですよ長官様。」
とても小柄で緑色をした人間?いや、生き物がいいました。
「そうだな。よしっ、手遅れにならないうちに、すぐ準備に取りかかれっ!。」
同じように小柄で緑色の顔をした、ちょっと偉そうな男?が命令しました。
すると、もう一人いた宇宙人、そう!宇宙人のような生き物が口を出します。
「まったく困ったことです。こいつはいったい何者なんでしょうね。とにかく、ずいぶん昔に我々の祖先が、遥か彼方の青くて美しい星から連れてきたらしいっていうけど。」
そして、少しオーバーに両手を広げ、首をすくめてみせました。
「とにかく、こいつはこれからいつまで生き続けるかわからないから、あの怪力でやられないように、しっかり壁で囲うんだぞ。」
長官らしき宇宙人は大きな声でそう言うと、さっさと部屋を出ていってしまいました。
残った二人は部下たちを集めて、新しい壁を造る準備にすぐ取りかかるよう命令します。
すると、命令された宇宙人の一人が、「もううんざり」といった顔でいいました。
「またですか?。これでもう何回目なんですかね?。そろそろ私たちも歳ですから、こんなきつい仕事は体にこたえるんですよ。」
命令した宇宙人も、同じように顔をしかめながら言います。
「仕方ないだろう。あいつときたらとんでもない力持ちで、作った壁を、中からどんどんどんどん壊してしまうんだからな。このあいだ壊された壁を数えてみたら、もう何十回もやられてるんで数えるのをやめたぐらいなんだ。」
他の部下たちも口々に話し出します。
「そういえば、私の家にあるそれは古い、古代のデータ画像で見たときは、あんな黒い糸みたいなのそんなになかったような気がするんですけど。」
「そうそう、ずっと、オギャー、オギャーって叫んでただろ。」
「俺んちの父さんは、あの画像は最近の作り物で、本当はこいつのこと誰もわかっちゃいないって言ってたぜ。」
さえぎるように、大きな声が響きます。
「とにかく文句を言わずに作るんだぞ!。わかったな!。」
こうして、また新しい壁の建設が始まりました。
おいおい、またあんなちゃっちいもん造り始めよったやんか
何回やっても同じやっちゅうのに
俺かて、なんでこんなとこでこんなことなってんのかわからんねんけどな
だいたい、わしが初めてきーついた時から、もうだいぶたってしもてるけど
いつまでこんなん続くんやろ
自分で見ても、わし、だいぶ大きなってきてる感じするし
そこらじゅうから色々生えてきとるし
とにかくなんや、退屈やな
そや、あいつらなんか知っとるんちゃうやろか
なんかよーわからんけど、いっつものあいつらの音まねして聞いてみたろか
「神様が何かおっしゃっているようだぞ!。」
いかにも偉そうな宇宙人が言いました。
「どうやら我々に、なにか頼みたいことがおありのようです、大臣様。」
学者のような宇宙人が答えました。
「神様のおっしゃることだからな、失礼があってはならんぞ!。なんといっても不死の体をおもちなんだ。いつのころからか、我々の言葉もおわかりになるようになられたようだし。」
大臣が、きびしい口調で言いました。
するともう一人の学者らしき宇宙人が口を開きます。
「記録がのこっている時からだけでも、体がずいぶん大きくなっておられる。特に、ここ十数世代にかけての研究では、あの垂れ下がっている黒い糸のようなものが、だんだん白くなってきているとの報告があります。さらにこの数世代では、それ自体が抜けてなくなってきているようなんです。心なしか体の表面に細かな線が出てきているようでもありますし、神様のお体もすこしづつ変わってきているということのようです。」
「とにかく神様に仕えるお前たちが、おっしゃることをよく聞いて、なにごとも、仰せの通りにすのだぞ!。」
「かしこまりました。」
大臣が出ていくと学者たちは、神様の声に耳を傾け、おっしゃることを分析しだしました。
なんかめんどくさいけど
こいつら、わしのゆうてることわかってんのか
そやけどほんまに、ゆうた先から別のやつにかわっていきよるし
なんべんおんなじこと言わしよんねん
何代もかけて分析を続けた結果、ある日、学者の一人がとうとう神様の言葉を翻訳することに成功しました。
「ワタシガココニイルノハナゼカ?。」
「オマエタチハドンドンイレカワルノダナ。」
「ダレカワカルモノハイナイカ?。」
「ミンナデシラベテクレ。」
その日から、星を挙げての大研究が始まりました。
とんでもなく長い歴史をさかのぼり、神様がこの星に誕生したのはいつなのか、そして、神様とはどのような生き物なのかを星中の歴史学者たちが研究しました。
そして、ゆうに百世代以上もさかのぼり、とうとう一つの説が浮かび上がりました。
それは、宇宙を探索していた祖先が、ある時ある星から、自分たちの半分ほどの大きさの生き物を連れ帰ったものの、自分たちの常識では考えられないほど長生きだったためか、このことを知る者はすぐに亡くなり、語りつぐ者もどんどん亡くなり、とうとうその記憶も記録も薄れてしまい、いつのころからか、不死の生き物=神様として、あがめられるようになったのだろうという説でした。
少しずつ巨大化し、力がとても強くなるなど、長い年月の間に、神様の体に色々な変化があったこともわかってきました。
そうこうするあいだにも研究者たちはまた代替わりし、彼らの玄孫の世代の者たちが、このことを神様に報告することになりました。
なにゆうてんねんこいつら
ほかの星から連れてきたやて
そんなえらい昔の話やっちゅうんかいな
よーするに、わしはすごい長生きやから、連れてきたやつとかはもうずーっと前に死んでしもてるし、そやからもー何にもわからへんちゅうことなんやな
そやけどなんか賢そうなやついっぱいおるやんか、ちゃんと調べたらなんとかなるんとちゃうんか
なんかもう悲しなってきたわ
わし、これからどないしたらええんや
なんでやろ、なんかだんだん腹立ってきたわ
くそーっなんや知らんけどめっちゃイライラするし、もう泣きそうやわ
神様は静かに話を聞きながら、体を小刻みにゆすっています。
よく見ると、何か液体のようなものが流れています。
そして意味もなく大きな音を体から発しながら転がりまわったかと思うと、とうとう体を丸くして固まってしまいました。
ずいぶんと時間がたったあと、神様は小さな声を発しました。
「ドコカラキタカワカルカ?。」
また星中の研究者が必死になって調べはじめます。
今度は歴史学者だけではありません。
宇宙船を開発してきた技術者や、いろいろな記録を修復する専門家、宇宙全体を研究している天文学者などが共同して、五世代にわたる調査の結果、ひとつの星の、ある地点をとうとう突き止めたのです。
やっとかいな、えらい時間かかったな
またあいつらメンバー変わってもうとるし
そやけど、だいぶあいつらのゆーてることわかるようになってきたで
へーっ、結構ちゃんと調べとるやないか
なんや、そんな近いとこなんかいな
ほな、行こ思たらすぐ行けるんちゃうんか
ほーっ、やったやんか
そやったら、ちょっと行ってみようや
そこは、少々遠いとはいっても、この星の今の科学技術なら、たやすく行ける場所でした。
その報告を聞いた神様は言います。
「ツレテイケ」
その一言で、またまた星を挙げての一大プロジェクトが動き始めました。
こうして神様は、自分のルーツをたどる旅に出ることになりました。
最新の宇宙船を改造して専用の座席を作り、星中の者たちに見送られて旅立ちました。
神様を失うのではないかという不安から、星中で反対運動なども巻き起こりましたが、神様自身が必ず帰ると約束しました。
そして数日、神様にとっては、まさにあっという間に、その星のすぐ近くまでやってきました。
こいつらとわしではえらいチカラちゃうみたいやからな
きーつけんとそこらじゅう潰して回ってまうわ
そやけど、えらい狭いんとちゃうんかこの乗りもん
まあ、ちょっとのあいだしか乗らへんらしいからかまへんけどな
なんや、どないしてん
みんなが行かんといてくれってか
あいつら、そんなにわしが大事なんか
そんなん全然しらんかったし
なんか嬉しーけどな
わし、力もあいつらよりえらい強いし、ずーっと前から生きてるし、そやしあいつらにはわしが神さんに見えてんねやな
わかったわかった
ちゃんと帰ってきたるしな
そんなん、嘘なんかつかへんがな
わかったゆーとるやんか
何十年ぶりかの嵐の夜、稲妻の鋭い閃光が、小高い丘の上に建つ小さな家の姿を、何度となく浮かび上がらせる。
凄まじい風が、木々の枝を、へし折らんほどに吹き付け、大粒の雨は、屋根のトタンを激しく鳴らした。
それは一瞬のことだった。
ひときわまばゆい光が瞬いたかと思うと、家の周りだけ、雨がピタリとやんだ。
小さな部屋には、肩を寄せ合うようにして、嵐が過ぎ去るのをじっと待つ老夫婦の姿がありました。
「おい、急に雨が止んだぞ」
「そういえば、さっきの稲妻はまるで昼間のようでしたわ。」
二人は顔を見合わせ、同じことを思っていました。
「あの時と同じ。」
二人は何かの気配を感じ、ふと部屋の入口に目をやりました。
そこには、腰の下まで髪を伸ばした、全裸の男が立っていました。
顔は、とんでもなく長いひげに覆われて、鋭い眼光で、こちらを覗き込むように見つめています。
おいおい、ほんまや、あれ、わしとおんなじくらいの大きさや
ほんまにこいつら、わしと同じ生きもんみたいや
でも、よー見たらちょっとちゃうな
なんかいろいろ着とるからよーわからんけど
なんか途中でグネッて曲がってしもてるし
わしみたいな長い黒いもんも生えてへん
あっ、かたっぽのんには白い長いの生えてるわ
なんかこっち見てえらいビビってるみたいやな
なんや、なんやなんやっ!
じーっと見とる
こっちに来よる
なんかゆーとる
どないしょ
おいおい、なんやねんな
あっ、とびかかってきよったわ
二人は腰を抜かすかと思うほど驚きましたが、なぜだか恐怖は感じませんでした。
すると、男の瞳が、壁に掛けられた一枚の写真へと向けられるのがわかりました。
そこには、老夫婦と、その家族らしき男女が写っています。
そしてその横にもう一枚、笑顔で写る赤ん坊の写真がありました。
老夫婦もつられてその写真に目をやります。
「あぁ。」
「えっ。」
声にならない声が漏れました。
「まさかお前。」
男は老夫婦のほうに少しだけ近づくと、長い髪をかき分けて、顔を突き出しました。
老夫婦の隣に写る男とそっくりの目鼻立ち。
「アア・・・・。」
「その声、ケインにそっくり。」
「・・・・、・・・・。」
二人は男に駆け寄ると、一瞬躊躇し、でも我慢できずに飛びつくように抱きついた。
「アベル::::::。」
なんやえらい近いがな
壁にかかってるあれ
こいつらといるもう一人のやつ
こいつ、よー見たらわしによー似てるやんか
わしがこれ切ってしもたらそっくりなんちゃうか
「あなた!、ケインを、ケインを呼んで。」
「そうか、そうだな!。」
主人の方が電話を掛けようとその場を離れても、夫人は男のそばから離れようとはしなかった。
彼の手をぎゅーっと両手で握りしめたまま目に涙をため、興奮を抑えるために何度も深い息をしながら男を見つめ続けている。
「ケインが飛んでくるそうだ!」
主人が大声で叫びながら戻ってくると、同じように男の手を握り、涙声で何度も呟いた。
「アビー、あぁ、アビー……アビーよ。」
かなわんなぁ
なんやっちゅうねんなぁ
そんなつよー握ったら痛いがな
えっ、こいつだけどこ行くんや
ないてるやんか、もーっ
あっ、もどってきよった
こいつも握るんかいな
なんか、「あびぃー」とかゆーとるし
もうほんま、どないせぇっちゅうねんなー
「アベルが見つかったって!」
中年の男が一人、とんでもない勢いで部屋に飛び込んできた。
そんな様子を、同行した宇宙人たちはただ遠巻きにして見ていた。
「この星の生き物はみんな神様なのか?。」
「ああきっと、あの写真が、神様の最初の姿に違いない。」
「確かに、昔、おじいちゃんの家で見た古代の映像とかいうのに出てた神様の昔の姿っていうのもあんな感じだったよ。」
「どうする。このまま神様を残して帰ってしまおうか?。」
「それもそうだな。この先神様がどれだけ生きるか知らないが、いつか死ぬのははっきりしたからな。」
「それより、俺たちの命だってもうそろそろ大変だよ!。」
おいおい、なんか変な感じになってきてしもてるけど
よーするに、こいつらは何なんや
あと、今来たわしにそっくりなこいつ
たぶんおんなじ生きもんやっちゅうことはやな
わしもいつかこんなんになってまういうんかいな
あかんやんそれ
えっ!
あいつらどこ行きよんねん
なに勝手なまねしとるんや
まて!またんかいな!まてって!
宇宙人たちは、立ち去ろうと音もなく宙に浮かんでいきます。
すると、それに気づいた男が、びっくりするほどのとんでもない大声を発しました。
「マテ!マタンカイナ!マテッテ!。」
老夫婦が驚いて手を放すと、男も宙へと浮かびあがり、光の中に吸い込まれていきます。
「待って!、・・・・・!。」
「待て!、:::::!。」
二人を無視するように、男たちを飲み込んだ光はスーッと窓の外へと消えていきます。
二人とケインはそれを追って外へと飛び出しました。
家の真上には大きな光の塊が浮かび、いくつかの光が、まるで吸い込まれるように合流していきます。
その光の塊は、あたかも生きているかのように、何度か膨らんだり縮んだりを繰り返すと、突然真っ赤な球体となり、ものすごい速さで空へと上昇して消え去った。
すると、さっきまでの嵐が嘘のように、空には無数の星が輝きはじめ、美しい満月が、妖しい光であたりを照らし出した。
二人はその場に立ちつくし、朝が来るまで全く動くことができませんでした。
「神様、よろしいんでしょうか?。」
「おそらく神様はあのお二人のお子様なのではないのでしょうか?。」
なにゆーてんねんこいつら
アホかいな
なんでわしがあんなんと一緒にされなあかんねん
わし、神さんやしな
あんなとこでおってもしゃーないし
こいつらあぶないな
帰ってからいらんこといーよるんちゃうやろか
ちょっと引っ張って、こいつら死んでまうギリギリに帰ったろ
絶対そのほうがええわ
神様からすればほんの一瞬の、宇宙人からすれば長く気まずい沈黙のあと、
オマエタチ、セッカクダシ、ホカノホシモミテカエルゾ!
ワシハカミヤデ
アンナントハコンポンテキニチガウガナ・・・・・・
ソヤロ?
星で待っていた者たちはすでに老いていたが、約束通り帰ってきてくれた神様を、それまで以上に熱狂的に迎えたのはいうまでもありません。
・・・・・・・・完 。
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