エピローグ 彼女たちの選択



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 柏木すずのターン




登場人物    柏木すず 22歳  

     第78女子抜刀中隊中隊長。軍曹。

   15個小隊300人と中隊本部要員20名を指揮する。

     「牝狐」と呼ばれたりする。


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 α1 21時03分

 第78女子抜刀中隊指揮所。

 作戦指揮所に設置されたモニターに、美山紫音の特別番組が映っていた。

 城塞ゲート前から戻った柏木すずは、副隊長と共に戦死者確定作業に没頭していたところで、美山紫音の番組を観ることになった。

「姫様だから何でも許されるの・・・・」

 戦死した部下のデータが浮き上がった端末を持つ手が震えていた。

 嘘に塗り固められた動画を観ているだけで、胸がムカついてきた。

「ゲートでの事は誰にも話してないでしょうね?」

 副隊長と作業を手伝う本部要員女子に、不機嫌な顔で言った。

 副隊長は少し困った顔で肩をすくませた。

「はぁ・・・しかし、口軽いのが数名いますが・・・」

「少しでも口すべらせたら、うちの中隊クビだって言っといて」

「りょ、了解です・・・」

 ため息交じりに端末のデータに視線を落とした副隊長の横で、すずはモニターの美山紫音を見ながら呟いた。

「この女だけは・・・・」

 いつか殺してやる。という言葉は何とか飲み込んだ。

「た、隊長っ・・・良からぬ事を考えてます?」

 副隊長が不安げな表情で、すずを見ている。

「えっ? なに言ってるのよ・・・」

「本当ですか?」

 そう心配そうな顔で尋ねたのは本部要員女子だ。姉と妹役の二人に心配を掛け、少し居心地が悪い。

「最後、泥棒猫にやられちゃったけど、マリー姉さんそんなに怒ってなかったから大丈夫よ」

「そ、そうですか・・・」

 副隊長はさらに不安げな顔ですずを見た。

「心配しないで、そうバカじゃないから。牝狐だし」

「はぁ、それだといいのですが・・・」

 自虐的に言ったすずの言葉にも、副隊長は乗ってこなかった。

「そうよ。だって私たちは、明日も生きて戦っていかないといけないのよ」

「そ、そうですよね」

 副隊長の顔に少しだけ笑みが浮かんだ。

「あの、美山紫音のことは忘れましょう。どうせ、もう二度と会うこともないでしょう。お姫様だし」

「そうね・・・・」

 そう言ってモニターに視線を向ける。何がムカつくかと言えば、あの米田伯爵とかいう騎士が、ちょくちょく出てきて聖剣士などと呼ばれていたことに、吐き気を覚えた。

 見るに堪えない番組だった。

 番組を見続けると、美山紫音への憎悪だけが膨らんでいくようで嫌になった。

 すずは中隊事務用端末を机に置き、副隊長に告げた。

「ちょっと、見回りに行ってくるわ」

「ご一緒します」

 副隊長はお供しますばかりに立ち上がったが、すずは片手で制した。

「一人にしてね・・・」

「は、はぁ・・・」

「ちょっと、頭を冷やしに行くだけよ・・・」

「お気をつけて」

 中隊指揮所を出ると、満天の星空が広がっていた。

 昨夜と違い、銃撃音も聞こえなかった。

 夜の第二戦線、急ごしらえのゲートと壁に抜刀隊員50名が張り付いている。

 守備範囲の端から端まで声を掛けてまわる。

 丸二日以上寝てない者も多く、二人一組での歩哨任務も大抵は片方が爆睡中といった感じで、あちこちから女子達の寝息が聞こえていた。

 三十分ほどかけて守備範囲全てを歩きチェックして戻る途中、廃墟の闇から男の低い声がした。

 すずは、声のする闇に一歩足を踏み入れた。

 闇の中に、瞳だけが浮かんでいる。

「観察者よ。観て感じたままを報告せよ」

「はい」

 すずは、闇に向かって答えた。

「古代アキトとビアンカ部隊の戦力は、現状を維持しています。圧倒的な火力と機動力は衰えることがありません」

「そうか・・・」

 いつものように、男は言葉少なく応えるだけだ。

 古代中尉と接触した場面を報告した。

 直衛のビアンカが少なかったこと。

 モデラーズ兵と将校たちが警護に駆けつけたこと。

 将校に取り囲まれ、その回りをモデラーズ兵が警護し、ビアンカ3人が先導して渋谷方面軍本部方面に向かったこと。

 それら、全てを、すずは正確に伝えた。

 そもそも4・5時間前の情報なので、しゃべるすずも少しは気が楽だった。

「た、大尉殿っ、妹は、無事なのでしょうか?」

 会話が途切れ、すずは自分の妹のことを尋ねた。

「ああ、君の妹は、奇遇にもワンガン兵学校に入学したそうだな」

「き、聞いています」

「古代アキトと同じ戦術指揮科だそうな。奇遇ではないか?」

「ぐ、偶然ですね・・・」

「君も、城塞内に戻った時は、妹の様子を見に行ってやるといい。その時は観察者としての任務も忘れるではないぞ」

「は、はい・・・」

 すずは息を飲んで小さくうなずいた。

 柏木すずには7つ違いの妹がいた。

 こんな時代である。貴族階級でもない限り、家族という単位を構成して暮らすことはできない。

 だが、庶民の中でも、まれに姉妹・兄弟が生まれる幸運が訪れることもあった。

 この不気味な男が、すずの前に現れたのは4年前のことだ。

 鬼月ルナのことが心配で、ビアンカ中隊の駐留するビルに進入を試み、モデラーズ兵に追い払われた帰り、人の気配の無い廃ビルの闇から彼は姿を現した。

 国防軍大尉の階級章をつけた中年男の瞳は、光も無く漆黒の闇そのものだった。

 すずは、何かを感じた。一番近い感覚は生体ゾンビのそれだった。大尉に官姓名を聞かれ、そして答えた。

 彼は言った。君を待っていたのだと。

 大尉は国防軍諜報8課の小山田と名乗った。そして、大尉は、恐ろしい動画をすずに見せた。

 すずの妹が憲兵軍に連行されていく映像だった。

 十一歳の妹が憲兵に連行された。バンパイア狩りだと教えられた。

 大尉は、すずに妹のことを幾つか質問してきた。他愛の無い内容だった。

 最近いつ会ったか? 

 連絡は取り合っているのか? 

 妹に何か変化を感じなかったか?

 その質問に、すずは賢明に本気で答え、妹がバンパイアなどではないと、大尉に訴えた。

 妹を無事戻してくれるようにはからってもらえるなら、何でもしますと、すずは大尉に訴えた。

 大尉は変な事を頼む訳では無いと、初めて笑った。

 深い闇のように暗い瞳のまま笑った大尉に、すずは怯えを感じていた。

 数日後、妹からメールが届いた。添付された動画を開くと、グズグズと泣きじゃくりながら話す妹の姿が映されていた。

妹は言った。お姉ちゃんが助けてくれなかったら、わたし、わたしっ、きっと生きてない。

動画の中で、妹はずっと泣き続けていた。ただ泣いて、「お姉ちゃん」「会いたい」「ありがとう」と繰り返すばかりだった。

 動画を観た翌日の夜、部隊歩哨任務中に大尉が暗闇から現れた。夜中の二時頃だった。

そして、彼は彼女に任務を頼んだ。ビアンカ中隊指揮官古代中尉の観察である。

 ビアンカ中隊と憲兵軍の衝突は、そのころ既に前線でも有名になっていた。だから、すずは、大尉が憲兵とつながっているのだと推測した。

 すずは、彼の観察を承諾した。過度に接触する必要は無いと言われ、ただ、観たままに報告さえしてくれればいいと言われた。

 そして、その任務を無難にこなせば、妹は無事に成長するだろうと告げられた。

 それ以来、すずのビアンカ中隊詣では始まったのだ。

 大尉への報告は、彼が一方的に尋ねてくるタイミングで行われた。

 どこで知るのか、大尉はすずが古代中尉と接触すると現れて、ただ、その時の様子を聞くだけだった。

 すずが古代中尉と接触することは、そう頻繁にはなかったし、接触しても言葉を交わすことも希であった。

 そのような状況でありながら、大尉は接触があると必ず尋ねてきて様子を聞くのだ。

 彼の行動の意味が分からず、そして、古代中尉とビアンカ部隊の、その圧倒的な戦力に気づき、すずは自分のしていることが、どんどん怖くなっていった。

 しかし、妹のことを考えるとやめられなかった。

 やめさせてくれるとも思えなかった。

 散々迷ったが、バンパイアの件も報告した。

「レベル1のバンパイアなど・・・」

「本物のバンパイアに間違いないと思われます」

「下らぬ」

 大尉の目が一瞬笑った。珍しい反応だった。

「たかだかレベル1など。お前が観察している、あの者たちに比べればゴミ以下の存在でしかない」

 そう言った大尉は人に見える。

 だが、あのバンパイアレベル1になってしまった学生も、人にしか見えなかった。

 最初から不安はあった。

 まだ、憲兵軍の手先の方が気は楽だ。しかし、接触を重ねるたび、この大尉が憲兵よりタチの悪い存在に思えてきた。

 すずの与えられた任務は単純だ。古代アキトを観察し、そして大尉に尋ねられれば、見たことを報告するだけだ。

 やはり、古代アキトにしか興味を示さない。

 それこそが最大の悩みであった。

 彼は子供だが、彼こそが人類の希望なのだ。その人類の希望を、得体の知れぬ大尉に売っている自分が許せない。許せないが、妹を見捨てることなどできない。

 その時になって、すずは少しだけ美山紫音の気持ちが分かったような気がした。



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     シモーヌのターン


登場人物 シモーヌ

  

  モデラーズ指揮兵

  ゾンビウイルスに感染し、特別な処置を受ける。

  ブロンド碧眼 身長170センチ 



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 旧遠隔攻撃軍施設内、地下最下層。

 元ビアンカ生産研究施設、第8処置室。

 その部屋からは、カラス越しにビアンカ培養タンクが見えていた。

 ベッド脇に腰掛けたシモーヌは、右手を見詰めていた。

 元バンパイアの残した手が移植され、1時間も経過していないというのに、その手は何の痛みも違和感も無く動いていた。

 シモーヌの前に立ったモデラーズ兵製造部主任高木美里が話しかけてきた。

「目覚めた感想を聞きたいのだけど? て言うか、麻酔から目覚めるのが早すぎるのよねぇ?」

 シモーヌは麻酔が全く効かなかったことを言わなかった。ただ、今の状態だけを伝えた。

「何か変だな?」

「どう変なの?」

「今までの自分とは少し違うような気がする」

 高木美里が、そのメガネの奧の瞳を大きくして、尋ねた。

「それは、バンパイアレベル3ダッシュだった元モデラーズの腕を移植したから、そう思うだけじゃないの?」

「うーん、そうかもしれない・・・」

 自分としては、何も変わってないような気もするが、そうでないような気もしていた。

「なぁ?」

「なに?」

「私はゾンビなのか? それともバンパイアなのか?」

「んーっ・・・中尉殿の予定では、バンパイアと呼ばれる連中から回収したナノマイクロデバイスを実装したモデラーズ兵だということなんだけど・・・・」

 高木美里は小首を傾げ、マジマジとシモーヌの顔を見ている。

「ねぇ? 何か人の声とか命令とか聞こえたりしない?」

「い、いや・・・聞こえてくるのか? バンパイアの命令とかか?」

「人じゃなくなったような感覚はある?」

「さぁ?」

「うーん。一応、細心の注意を払ってナノマイクロデバイスの初期化はしているの。実験もかなり重ねてきて、まあ、こうやってちゃんと本当に人に使うの初めてだから・・・・で、どう?」

「どうって、言われても・・・・」

 今までの自分と何か違うのかと腕組みをした刹那、シモーヌは気づいた。

「あっ!」

「な、なにっ!?」

「乳がちょっと、疼くかも・・・」

「はぁ?・・・」

「何か、ちょっと乳が張ってるような・・・」

 腕組みをといて胸に触れてみる。

「オッパイ揉まないで・・・あなた、何だか、ちょっと下品になってない?」

「そ、そうかな?」

 小首を傾げながら、シモーヌは自分の胸をさらに揉んだ。

「つーか、何か、乳デカくなってないか?」

「き、気のせいじゃない?」

「そ、そうか、デカいだろう?」

「あなた、一番の関心が乳なの?」

「乳は大事だろう?」

 シモーヌは真顔で言った。

「いや、モデラーズ兵、乳とか気にしないわよ」

「バカを言え、全員気にしてるぞ。下手したら乳のデカさで序列決まりそうな雰囲気さえあるし」

 シモーヌの力説に、美里が呆れ顔で一瞬フリーズした。

「シモーヌのデータ更新。人格が変化している。エロに目覚めている。NMDの影響と思われる」

 美里が手にした端末に、音声データを入力する。

「なんだ、その適当な報告は。つーか、そんな報告上げるなよ、ハズイだろ」

 シモーヌが睨むと、美里は肩をすくめた。

「あくまで私の主観だから、そ、そんな気にしなくていいわよ」

 美里は美貌を引きつらせて笑った。

 高木美里は外部の人間には知的美人系とか呼ばれているが、中身は極度のPTSDで独り寝さえできない泣き虫女だった。

 ちなみに、彼女の軍における階級は中佐ということになっている。表向きだけだが・・・

「私は今後どうなるのだ? 私の任務は?」

「中尉殿の予定では、ナノマイクロデバイス実装モデラーズ実験体としてデータを取っていくそうよ」

「ふーん・・・ここで?」

「いえ、中尉直衛モデラーズ兵としての配属になるわ」

「そうか・・・また、姉さまたちにお会いできるのか・・・」

「でも、あなたの事は超極秘扱いだから、中尉直衛ビアンカ第一小隊以外には秘密よ。シモーヌは戦死になってるから」

「そ、そうなのか・・・・」

 そうなのかと思ったが、それだけだった。そのあたりの感覚は、自分でも変だと思えた。

 ゾンビウイルスに感染したあの時、セシリアの部下として死にたいと心から思った。それなのに、今では、あれほど溢れていたセシリアに対する強い忠誠心が薄れてきていることに、シモーヌは気づいた。

「て、いうか、私がアキトのそばにいて、急にバンパイア化して暴走したらどうするんだ?」

「んー、それも多少は考慮したのよ。でも、中尉が近くで観察したいらしいから」

「そんなんで、大丈夫なのか?」

「99.9%、ナノマイクロデバイスの初期化は完全だと思うわ」

「・・・・・」

「まあ、単純に、あなたを死なせなくなかっただけかもね」

 その美里の説明に、シモーヌはハッとした。

「そうか。アキト、私に惚れてるのか」

 少しキュンとなった。初めての感情というか心音だった。

「えっ! そうは言ってないけど・・・」

「そんなに好きなんだ。私のこと」

 少し顔がニヤけてしまった。人前で表情がゆるむなど、そんな反応は経験したことが無かった。

「えっ! あなた性格変わってるわよ?」

「そうか? 前から、こんな感じだろ?」

「えーっ・・・違うと思うわよ・・・」

「早く、アキトに会いたいな・・・」

「えっ? セシリーより?」

「えっ・・・うーん・・・そうかも・・・」

「ま、まじ・・・」

 シモーヌの前で、美里が絶句した。




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    西村麻衣のターン


登場人物  西村麻衣 17歳 

  ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生。

  ゾンビとの遭遇戦で廃墟地下に逃げ込み取り残される。

  「渋谷二回目」発動のきっかけとなる


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 α1後方。ワンガン兵学校女子抜刀隊臨時宿所。


 歩哨任務を買って出た西村麻衣は、自分の小さな端末で「特別報道番組」を視聴していた。

 一緒に志願した響子が、自分の端末を観ながらつぶやいた。 

「紫音って、お姫様だったんだ・・・」

「うん」

「うん、って。麻依は知ってたの?」

 顔を上げた響子に、麻衣はうなずいた。

「う、うん。でも、お姫様って言っても、色々と事情は複雑みたいなんだ」

 紫音とは、幼年学校入学以来の仲だ。

 母親から引き離された最初の夜、幼年学校入学式の夜だった。

 まだ6歳の幼女だった。三段ベッドの一段を二人で使うことになり、麻衣と紫音は同じベッドで寝ることになった。

 幼年寮での最初の夜、麻衣と紫音は毛布の中ですぐに友達になった。

 寝食を共にした生活が、もう十年以上も続いている。

 幼年学校、中等学校、兵学校と、ずっと二人は一緒だった。

 総帥の孫だということは、幼年学校四年生になってすぐ、紫音本人から教えてもらった。幼かった当時では理解できなかった事情も、成長するにつれ理解できるようになっていった。

 総帥の孫であっても、紫音は麻衣の親友であり続けた。

 紫音は自分を大逆犯の娘と言っていた。その為、自分と仲良くしていると憲兵に逮捕されるかもしれないと、十歳の紫音は泣きながらベッドの中で教えてくれた。

 麻衣は、そんな紫音を抱きしめて言った。「憲兵なんて怖くない」と。

「なんか話、違うくない?」

 特別番組が進むにつれ、響子の口調がキツくなっていく。

「て言うか、泣き叫びながら紫音にすがってるのが、私たちという設定よね」

 要所要所で再現される小芝居に、響子が口を歪めた。

「そ、そうだね・・・・・」

「騎士様のお陰か・・・まあ、昨日戦死したみんなを地獄に送ったのは、泣きながら逃げていった騎士様のお陰ではあるわよね・・・てことは、騎士様の親玉である姫様のお陰でユリは死んだの?」

 響子が麻衣を、じっと見つめている。

「冗談でも、そんな言い方・・・」

「冗談じゃ無いわよ」

 響子は笑わなかった。あの逃げ込んだ闇の中でも、希望を失わず前向きだった響子が、暗く濁った瞳で麻衣を見つめていた。

「でも、私たちが紫音に助けられたのは事実だわ・・・」

 麻衣は響子と視線を合わせていられず、顔を伏せた。

 騎士や貴族に対する認識が180度変わってしまった今となっては、姫様と聞いても、いいイメージはわいてこなかった。

 それどころか、嘘で固められたニュースの主役になった紫音のイメージは、かなり胡散臭く感じられていた。

 今まで積み重ねられてきた紫音に対する信頼が、麻依の中でもかなりひび割れ崩壊寸前になっていた。

 美山紫音を嫌いになりたくなかった。

 いや、嫌いになれるはずなどなかった。



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   美山紫音のターン


登場人物 美山紫音 17歳 


 ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生。

 ワンガン兵学校生徒会長。

 城塞都市の統治者である総帥の孫娘。

 

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「そうしたいのなら、そうするがよい」

 紫音の祖父は、表情も変えずそう言った。

 年老いて感情もあまり表に出なくなったのかと思えたが、父が母に殺された時も、母が祖父の暗殺に失敗して逃走した時も、孫娘である紫音が大逆犯の娘として宮殿を追われた時も、思い返せば祖父は同じような冷めた目で紫音を見ていた。

「ありがとうございます。おじいさま」

 紫音は祖父に頭をさげ礼を述べた。

 希望は叶えられた。兵学校へ戻ることを祖父は簡単に承諾してくれたのだ。

 ただ、あまりにも呆気なく希望が聞き入れられ、紫音は反対に困惑もしていた。

 それならば、なぜ、今頃になって紫音を自分の孫として扱ったのか、その意味が分からなかった。

 また、貴族達も、紫音の帰還に異議を申し立てなかった。貴族達にとって、紫音は邪魔な存在であるとも思えるが、それなら手の届くところに置いておく方が得策のようにも思えたが、ゲート前まで出迎えた米田伯爵からして、既に紫音への興味は無いといった雰囲気であった。

「失礼します。おじいさま」

 紫音が退出しようと背を向けると、祖父が呼び止めた。

「おろかな孫よ・・・」

 振り向くと老人は、冷めた目で紫音を見ていた。

「我が息子に似ず聡明に育ったと思っていたが、母の愚かな血も受け継いだのだな・・・」

「・・・・」

 母親の悪口には何とも答えようがなかった。

「お前の母も、もっと現実を見分ける眼を持っておればな・・」

「・・・・・」

 再び頭を下げた紫音に、老人は尋ねた。

「戻って、どうするのじゃ?」

「友達と一緒に戦います」

「そなたが我が孫だとしても、塀の外では誰も助けてはくれぬぞ」

「それでも、戻らなければ・・・」

「助けてくれた者共を裏切ったことも忘れたのか?」

「その事は、直接お会いして謝罪いたします」

「殺そうとしていた相手に謝罪など・・・・」

「そ、そんなつもりは・・・一切ありませんでした」

 柏木中隊長のことを言っているのだと思った。

 バンパイアを奪われないため、柏木中隊長は身体を張って騎士たちに立ち向かっていたが、その後どうなったのか紫音は知らされていなかった。

「事実として、ゲート前で大量の死人が出たと聞いておる」

「・・・・・」

 心臓が痛くなった。

 柏木中隊長が死んだのか? 大量の死人ということは、第78抜刀中隊小隊長たちも犠牲になったのか?

 不整脈というのはこういうことかと思えるほど、紫音の心臓は不規則に大きく脈打っていた。

 こんな世界を造ってしまった年寄りが何を言うのかと、紫音は思ったが口には出せなかった。

「好きにするがよい。だが、自分が裏切った者共の元に帰るなど、厚顔無恥もはなはだしいのう」

「そ、それは・・・」

 それは、「ご自分のことではありませんか?」と言いそうになり、紫音は拳を握りしめた。

 七十年前。関西防衛戦の最中、大量の軍需物資を隠匿した祖父は、逃亡兵や反政府組織と共に無防備に近かった首都圏に逃亡し、警視庁と都庁を占拠したのである。

 その反乱をきっかけに、補給が途絶えた関西防衛ラインはゾンビに突破され、そして日本国はその機能を停止したのである。

 関西防衛ライン崩壊での戦死者は、百万を超えたと伝えられているが、それは兵士や警察官に自警組織として参加していた人間だけの数字で、一説には一般市民一千万が、防衛ライン崩壊後ゾンビになったと推測されていた。

 そして、その物資強奪と逃亡と反乱を主導したのが、紫音の祖父である総帥だと教えられたのは、城塞外に出撃するようになってからだった。

 この醜い老人と強欲そうな貴族達を見ていると、教えられた話しが、それほど嘘ではないのだろうと納得することができた。

 紫音の心に絶望という暗い穴が、ポッカリと大きく口を開けていた。今は一刻も早く、この場所から逃げ出したかった。


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ビアンカ ~ゾンビウオーズ~ 響夜 @kannokyoh

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