第19話 ヒロイン降臨


 2119年4月2日 午後9時00分


 「渋谷二回目」作戦当日。

 特別報道番組が、全ての放送枠を使って強制配信されていた。

 城塞内に居住する人間は、幼年学校から兵学校の兵士はもちろん、全ての住人が視聴することを義務づけられた放送である。

 城塞都市トーキョー市民3000万が見守る中、放送は始まった。

 城塞外最前線にも、そのネットニュースは強制配信されていた。

 基本的に城塞内からの情報は、全てブロックされる仕組みになっている。しかし、政治宣伝は配信され、兵士たちは軍命として視聴するように命じらてれいた。

 一般回線と緊急回線の両方を使って、城塞都市トーキョー城塞外に向け、一斉に特番のニュースが流れ始めた。

 大半の兵士が、自分の端末に視線を落としニュースを視聴した。


『緊急特番。誰が彼等を救ったのか? 高貴なる風が渋谷を駆け抜け、殲滅騎士団は再び渋谷に加護の手を差し伸べた!!』


 長いタイトルロゴが映り、荘厳なクラッシック音楽が流された。

「新たな伝説が始まりました!」

 ネットテレビで人気の女性キャスターが、少し興奮した口調で話し始めた。

「また、渋谷が大変なことになっていたのです」

 女性キャスターは、笑顔と呆れた表情で渋谷方面軍をディスり始めた。

「殲滅騎士団の皆様による勇敢な活躍で、一度は陥落をまぬがれた国防軍渋谷方面軍司令本部は、再度のゾンビ襲来により、いとも簡単に陥落してしまったという、驚愕のニュースが飛び込んできました」

「いや、私も、そのニュースにはビックリしましたよ。いくら国防軍が無能だと言ってもねぇ。そんなしょっちゅう負けてばかりって、あきれてしまいますよ」

 そう言ったのは、ロマンスグレーが素敵だと評判の解説委員だった。

「しかし、この危機的状況は、1人の勇敢な学生の活躍により救われたのです!」

 女性キャスターは、テンションを上げしゃべり続けた。

「その勇敢な学生は、ただ1人、逃げ遅れた同級生を救うためゾンビの大群に立ち向かったのです。その人はワンガン兵学校3年生徒会長の美山紫音さんという、とても清楚な気品高い美貌の女子生徒さんでした」

 美山紫音の動画が画面一杯に流され、続けて殲滅騎士団の画像が流された。

「逃げ惑い怯える国防軍兵士を叱咤し、賢明に前線で戦い続けていた騎士様たちは、美山紫音さんの気高き勇気に感動し感激すると、殲滅騎士団一丸となって紫音さんを援護したのです」

「戦場の女神と栄光ある騎士様の活躍とは、素敵な取り合わせですね。私も城塞外にさえいれば、駆けつけたのですが機会が無く残念です」

 ロマンスグレーの解説委員が、笑顔で言った。

「国民を守護してくださる無敵の殲滅騎士団に、ゾンビどもは蹴散らされました。陥落してしまった渋谷方面軍本部は奪還され、逃げ遅れ怯えきっていた学生たちも無事に救助されたのです」

 戦場で座り込み身体を震わせる兵士の画像に続き、煌びやかな甲冑を身にまとった騎士が剣を突き上げる画像が流される。

「半狂乱で泣いて喜ぶ同級生たちをなだめ、美山紫音さんは殲滅騎士団団長米田伯爵様にお礼をのべられました。伯爵様は、そこで初めて紫音さんと対面したのですが、すぐに彼女の高貴なるご身分に気づかれたそうです」

「やはり学生服を着ていても、その高貴なお振る舞いと気高い精神は、あふれ出てしまうものです」

 解説委員はウンウンと、大袈裟にうなずいて見せた。

 女性キャスターは、興奮マックスといった感じで瞳を大きく見開いて言った。

「そして、そしてですっ! 騎士様たちは、美山紫音さんの前で膝を突きました。うやうやしく頭を下げる騎士様達に、紫音様は「お役目大義でありました」とお言葉を述べられたのです!」

「おおおっ、や、やはり、美山紫音さんは、高貴なお方だったのですか?」

「そ、そうなんです。殲滅騎士団の皆様が頭を垂れた美山紫音様こそ、世界をバンパイアの侵略からお救いになられた世界救済者138士族のお一人、私たちを救い導き、生きていく道を示してくださる私たちの総帥閣下のお孫様でいらっしゃったのです」

「え、ええええーっ! そ、総帥様のお孫様だったんですかぁ?」

 わざとらしく驚いた解説委員はさらに続けた。

「そ、それは凄いことですね。高貴なご身分にもかかわらず、庶民と同じ兵学校に入り、城塞外でゾンビと戦っていたとは」

「彼女こそ、美山紫音様こそ、このゾンビに囲まれた大変な世界で、私たちを導いてくださる、正に真のヒロインです。あんなにお綺麗なお姫様なのに・・・なんて素敵なんでしょう」

「そ、そうですね。紫音様と殲滅騎士団のご活躍。トーキョーも安泰と言うことですね」

 この報道特別番組は、美山紫音というヒロインを大々的に宣伝するため深夜まで放送された。




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       美山紫音のターン


 登場人物 美山紫音 17歳 

 ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生。

 ワンガン兵学校生徒会長。

 城塞都市トーキョーを支配する総帥の孫娘。

 

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 美山紫音は宮殿にいた。

 東京湾を埋め立てて造られた巨大人工島の中心であり、紫音はそこで生まれ幼少期を過ごした。


 ゲート前で柏木中隊長と対立してしまい、同級生がバンパイア化してしまった事実を突きつけられた直後、彼女は騎士たちの手で車に押し込められ、ここまで連れてこられたのだった。

 総帥の孫娘でありながら、彼女の言葉に誰も耳を貸してくれなかった。

 宮殿、玉座の間で紫音は十数年ぶりに、祖父と対面したのである。

 取り巻きの貴族に何か耳打ちをされ、祖父は紫音を見るなり呟くように言った。

「愚かな・・・娘よ・・・」

 城塞都市トーキョーの支配者は、豪華な玉座に座ったまま紫音を冷たい目で見ていた。

 100歳に近い高齢だが、最後に会った時と見た目に違いは無く、以前と同じただの老人であった。   

 紫音は祖父に頭を下げ、彼の健康を喜び再会を喜んで見せた。

 そして、ゲート前での出来事を、祖父に報告したのだが・・・

 バンパイアという言葉に、祖父は反応を見せなかった。

 同級生梓川に関しては、祖父の代わりに貴族の一人が答えた。

「バンパイアは、規定により殺処分されました」

 その説明に続き、あの米田伯爵が無駄な大声で言った。

「たとえ姫様といえど、この聖なる地に、あのような汚れた者を引き入れることは許されませんぞ。ご自重くださいますよう」

 伯爵の大声が遠くに聞こえていた。

 殺処分という言葉に、紫音の思考は停止してしまった。

 柏木中隊長と対立してまで助けようとした友人が、簡単に殺されてしまった。

 虚無感で立っているだけでやっとだった。

 祖父と貴族たちが何か話しかけていたが、紫音の耳には残らなかった。

「どれほど愚かでも、孫は可愛いものじゃ・・・」

 そう言った祖父の醜い顔と声だけが、紫音の心に残された。

 ゾンビに怯えなくてもいい世界に戻りながら、紫音は絶望のどん底に突き落とされた気分だった。




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     シモーヌのターン


登場人物 シモーヌ


  セシリー直衛モデラーズ指揮兵  

  作戦中に右手を失う

  ゾンビウイルスに感染し死が迫っていたが。

  ブロンド碧眼 身長170センチ 

  最新型ガンコンタクトを実装


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 ワンガン兵学校横、廃墟施設の地下最下層。

『バンパイア再現計画本部』と書かれた紙が破れて垂れ下がったドア内部。

 モデラーズ指揮兵シモーヌは、手術台に横になり目をつむっていた。

 切断された右手の回復手術をするため、全身麻酔がほどこされ意識を失うはずだったが、麻酔は全く効いていなかった。

・・・右手が・・・あるな・・・

 ゾンビウイルスに犯され、この『バンパイア再現計画本部』に運び込まれたのは二時間ほど前だった。ゾンビウイルス駆除の名目でバンパイアレベル3他複数の実験碓ら採取され無害化されたナノマイクロデバイスが投与され、シモーヌは士を免れることができた。

 この手術で、彼女に移植された腕は、バンパイアレベル3ダッシュとなってしまた元モデラーズ兵の死体から回収された部位だった。

 麻酔も効かず激痛が走るかと思われたのだが、それは全く感じなかった。

 接合手術を担当した石谷看護師たちの、驚愕の声の方がシモーヌには耳障りだったくらいだ。

 医師たちの言葉を借りると。

「この接合した腕は、生きている」そうで「勝手に腕がくっついてしまった」らしい。

 医師たちの言っていたことは意味不だったが、確かに無くなったはずの右手の感覚は完全に戻っていた。

「シモーヌのバイタルは安定しています」

「拒否反応は全く見られません」

「シモーヌの血中ナノマイクロデバイス、数値上昇しています」

「体内で新しいナノマイクロデバイスが発生しています」

「活性化済み混合NMDを追加投与」

「ま、まだ、追加するのですか?」

「ええ、そういう実験よ」

 そう話しているのは、モデラーズ兵製造部主任の高木美里だった。

「人に造られし、無敵のヒロインか・・・オマケに不死なのかな?・・・」

 その高木美里の呟きを聞き、シモーヌ今更ながら思った。

・・・わたし、やっぱ、バンパイアになったのか・・・







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