第18話 そして、姫様



   柏木すずのターン


登場人物    柏木すず 22歳  

     第78女子抜刀中隊中隊長。軍曹。

   15個小隊300人と中隊本部要員20名を指揮する。

     セシリーに命じられα1に展開していたが

     

     「牝狐」と呼ばれたりする。


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 撤収は順調に進んでいた。

 ビアンカマリーに指示されたルートは、正に死のロードだったが、吐き気と引き替えにアクシデントは訪れなかった。

 特に、途中から重戦車進撃ルートと重なり、ゾンビの残骸とキャタピラでミンチ状態になった血と内臓のぶちまけられた道を戻ることになった。

 みな何年も前線で戦ってきた女たちだ。ゾンビの屍の山など見慣れていたはずだった。だが、内蔵と血肉で造られぬかるんだ大通りを数メートル進んだだけで、誰も話さなくなった。

 息をすることさえ辛かった。

 学生たちはこの道を戦車と共に進み、そして帰ってきたのだろう。ビアンカやモデラーズ兵の援護があったにせよ、この道を駆け抜けたとは、感心せずにはいられなかった。

 そして、同じ道を歩いて撤収するすずの部下たちは、情けない声をあげながらへっぴり腰で歩いている。

「ぎゃーっ! 何か変なの踏みましたぁ!」

「いやーっ! ブーツ血まみれっすよーっ・・・」

「こんな道っ、勘弁してーっ!」

 担架を運ぶ2人は、歩く場所もあまり選べず、血肉に泥濘んだ場所に足を突っ込んでは、ギャーギャー叫んでいる。まだ無駄話して進んだ方がましだと、ため息をついていると、先行した小隊長が声を張り上げた。

「3時方向にゾンビ? いや、弱った生体ゾンビです!」

 彼女が指さす路地から、動きの鈍い生体ゾンビが飛び出してきた。

 2メートルほどバッと飛び、着地した生体ゾンビの眼球が流れるようにこぼれ落ちた。その目のあった場所から、何か変な液体が流れ落ちてきていた。

「わぁぁぁっ・・・顔が吹き飛んでますぅぅっ・・・」

「きもっ・・・・」

 前衛の小隊長2人が、露骨に嫌な顔でこちらを見ている。

「弱ってても生体ゾンビよっ。気を抜かないでっ!」

 ここは実戦経験のチャンスだ。即座に副隊長が、担架横にひかえていた分隊長2人に命じた。

「麻衣とルリっ! 二人で行きなっ!」

「は、初めての生でつね」

「麻衣っ、行きまーすっ!」

 一番若い分隊長二人が生体ゾンビに向かっていく。

 すずも副隊長も、息を飲んで見守った。生体ゾンビを倒すという経験を、若い分隊長にさせたかった。

 経験は自信になる。たとえ、どんな形でも、生体ゾンビを倒せたという事実があれば、2人は成長するだろう。

「おらっ! 消えろっ、クソがあぁぁぁぁっ!」

 先に突進した麻衣が、日本刀を大きく振りかぶり力任せに振り下ろした。

 大振りした日本刀は空を切り、麻衣は前にバランスを崩した。

 ヨロメキながら攻撃をかわした生体ゾンビが、つんのめった麻衣に手を伸ばした。動きは鈍いが、捕まれば麻衣の人生はそれで終わるだろう。

「やばっ!」

 送り出した副隊長が一歩前に出た。今更助けに走っても、間に合うはずもない。

 麻衣の腕に、生体ゾンビの手が触れる寸前、出遅れていたルリの切っ先が、麻衣と生体ゾンビの間を切り裂いた。

 その刹那、生体ゾンビの腕が、麻衣を捕らえるよりも早く切り落とされ、肉片が敷き詰められた地面へと落ちていた。

「グゥゴガガガガッ!」

 腕を失った生体ゾンビは、それでももう一方の手を麻衣に伸ばしてきた。体勢を立て直した麻衣が、振り上げた日本刀を力任せに振り下ろすと、生体ゾンビの脳天を直撃した。

 さすがの生体ゾンビも、頭を叩き割られては終わりだった。

 電池が切れたように動きが完全に止まり、膝から崩れ落ちた。

「よっしゃー! 初生ゲットーっ!」

 その場にいた全員が微妙に白い目を向けているというのに、麻衣は生体ゾンビの頭部から刀を抜き取り、大空に向かって高々と突き上げた。

「いや、お前の手柄と違うし・・・」

 副隊長が、ボソッと呟いた。

「まあ、何にしても倒したんだからいいじゃない」

「そ、そうですね。あんな今にも死にそうなのでも、生体ゾンビに違いありませんから」

「そう。これで、2人も一人前にまた少し近づいたわね」

 その、すずの言葉に、副隊長は少し小首を傾げた。

「自信になるのはいいですが、今のどうでした?」 

「ああん、そうね。麻衣はイケイケ過ぎてちょっとあれだわね」

「アレですよね」

 すずの言葉に副隊長がウンウンとうなずいた。

「ルリは無難に・・・そこそこやるわね」

「まあ、そこそこっすね」

 副隊長が大きくうなずいた。すすも副隊長も2人に対する評価は同じだということだ。

「わ、私らも、そんな感じで評価されてるんでつか?」

 担架先頭を歩く分隊長が、少しあきれた口調で話しに割り込んできた。

「ん? まあ、こんな感じじゃない?」

「そう、評価なんて適当だ」

 副隊長が身も蓋もないことを言った。

「えええっ!」

 担架の後ろを持った分隊長が、大袈裟に驚いた声をあげた。

「そんな驚くこと?」

「生き残った人間が後輩をひきいる。ただ、それだけだ」

「そう。死んだら終わり。ただそれだけよ」

 すずはそう言ったが、厳密には違う。イケイケな麻衣は、人を引っ張る上官として貴重な存在だろう。ただし、この手のタイプは早死にしてしまうので、育てるのに注意が必要だ。

 また、冷静なルリは、その冷静さゆえに出遅れて、周りに迷惑を掛けたと悩むタイプだ。性格も真面目なので、一度悩むと引っ張るタイプで上官としては微妙なところだろう。

「しかし、麻衣は、よくあんなので生き延びてきたわね」

「あんなのってっ」

「その言い方、ひどいっす」

 担架を持った前後の分隊長が、同時に抗議してきた。 

「そうですね。戦闘時の声も無駄にデカいから、ゾンビゾロゾロ寄ってきますしね」

 部下の抗議など無視して、副隊長が同意してくれた。

「麻衣って、威勢がいい割には臆病よね」

「あっ、やっぱり分かります?」

「そ、そんなことありませんよ。麻衣は、戦闘になったら真っ先に突っ込んでいくイケイケ女子です。隊長たちも、さっきそう言ってたじゃないですか」

 同期がディスられ、担架の前担当分隊長は頬を膨らませて真顔で抗議していた。

「まあ、言ったけど・・・あの子、刀振り下ろすとき絶対目つむってるわよね?」

「ですね」

「あのクセ直さないと、生は無理ね」

「今更直ります?」

「うーん、どうだろう?」

「ゾンビ相手なら、最後目つむっても、そんなに問題ありませんけどねぇ」

「直さないと生体ゾンビに出会ったらイチコロよねぇ」

「はぁぁっ・・・ですよねぇ」

 副隊長は大きくため息をつき、肩をガックリと落とした。

 部下たちの指導教育は副隊長の領分だ。また、頭痛の種が増えたと、彼女は顔をしかめている。

 そんな頭痛の種が、すずたちに向かって会心の笑顔で吠えた。

「生、ゲットっす!」


     ◇◇


 すずたち一行は、バンパイアレベル1を担架に乗せα1まで戻ってきた。

 マリーの推測通り、3体の生体ゾンビがすずたちを待ち構えていた。

 だが、その3体全てが何発も銃撃を受けていて既に弱り切っていたことと、3体がバラバラに襲ってきたお陰で、すずたちは損害を出すこと無くα1に戻ってこれたのだった。

 日が落ちる前に戻れたことは、かなり幸運だった。だが、すぐに闇が訪れる。すずたちは一刻も早く、バンパイアをマリー指定のポイントに運ばなければならなかった。

 夜はバンパイアの時間だ。前線では、そう言われ続けている。

 この捕獲したレベル1が急に元気になったりしないかと、すずは変な不安に駆られていた。

「このまま止まらず一気に通過するわよ。この子に指一本

触れさせちゃ駄目よ」

 すずが担架を指さすと、部下たちは担架を取りんだ。。

「特に学生は近づけさせないこと、いいわね」

「了解でーす」

「うぃーっす」

「近寄る学生は始末するっす」

「いや、するなよ」

 部下たちと副隊長が、お馬鹿な掛け合いをしていると、α1ゲートから留守番部隊指揮を任せていた数名が、物凄い勢いで駆け寄ってきた。問題は、その後ろに、あの生徒会長美山紫音がいたことだ。

 自分の同級生が捕獲搬送されていると知れば、あの娘の性格からして、大騒ぎになることは間違いない。

「あの子たち、私が引きつけるから、あなたたちは止まらず一気にα1を抜けて頂戴。すぐ追いつくから」

「了解しました。中隊長」

 副隊長を先頭に、担架を小隊長たちが取り囲み足早にゲートへ向かう。

「緊急だっ! 道を空けろっ!」

「あっ、あのっ、ゲートチェックは?」

「おまえ、私にケンカ売ってんのかぁっ!」

 帰隊した副隊長に怒鳴られ、真面目な守備兵が肩をすくませた。そこに、元気のいいイケイケ系部下数名が、担架に向かって突進してくる。

「だ、誰か負傷したのですか?」

「自分運びますっ!」

「衛生兵っ! 衛生兵っ!」

「負傷とか、そんなんじゃねえ!」

 副隊長が怒れば怒るほど、部下たちが心配そうな表情で寄ってくる。こういう時は人望があるのも考えものだと思っていると、副隊長はいつものように切れた。

「中隊っ、守備以外は全員集合して整列っ!」

・・・集めてどうすんのよ・・・

 副隊長の指示に、隊員たちが一斉に集まり整列した。

 一方、すずの方に来てくれたのは、臨時の指揮を任せた部下数名と美山紫音だけだった。どう見ても、担架から注意をそらす作戦は失敗している。

 そして、ちょっと寂しかった。

 すずは、部下たちが押し寄せる副隊長の方が気になって、駆け寄ってきた美山紫音たちを片手で制し様子をうかがった。

 副隊長で抑えられなければ、速攻で乱入しなければならない。

 そんなすずの心配を知ってか知らずにか、副隊長は集めた抜刀兵を前に演説を開始した。

「我々は今、極秘任務「マリーアタック」を実行中だっ!」

・・・なによ、その洗剤みたいな作戦命は。アキト君並みにセンスないわね・・・

 お馬鹿な部下たちは、何やら目を輝かせて副隊長の話を聞いている。その横を、担架を囲んだ一団が突っ切っていった。

 そこそこナイスな作戦だ。

「マリー姉さんのお使いを邪魔する女は、私が許さないっ!」

「邪魔なんかしないっす。自分たちもお手伝いしたいっす」

 一番前に立った入隊2年目女子が、ゆるーく言った。

「バカものーっ! 極秘任務と言っただろう」

 副隊長は吠えた。声がデカい。全員に聞こえたというより、ゾンビが数匹、彼女の声に釣られて姿を見せた。

 副隊長の演説と、姿を現したゾンビに少し気をとられながら、すずは美山紫音たちに視線を向けた。

「ご苦労様。何も問題はなかったわね」

 留守番部隊を任せた女子たちに微笑んだ。

「あ、あのっ、ちょっと問題が・・・」

「えっ! それって、大問題かしら?」

 すずの声が裏返った。部隊の雰囲気から察して、何の問題も無さそうだったのだが。今は多少の問題は無視して、マリーのお使いを確実に実行したい。

「えーっ、そ、そうですね。かなりの問題かもです」

 かなり歯切れが悪い。しかし、その女子は元々慎重な性格だったので、思うほど大問題では無いのかもしれない。

「誰か死んだの?」

 すずは、直球を投げた。

「いぇいえ、そういう系では。ちょっと、よろしいですか?」

 なぜか彼女は、すずの横にくっついてひそひそ話し風に伝えたいみたいだ。

「まだ、お使いの途中だから」

「はぁ?」

「ちょっと急いでるんだけど。何よ?」

「そ、それがですね」

 担架を視線で追いつつ、話を聞いていると生徒会長と視線が合ってしまった。ほんの一メートルの距離に来ている。今は何も話したくなかった。

「ねえ、ちょっと」

 すずは、話し始めたばかりのお留守番女子に顔を寄せ、耳元で指示を出した。

「あの子、ちょっと遠ざけてきて頂戴。て言うか、兵学校部隊に戻してよ。帰ったら呼ぶからと伝えてくれる」

 その、すずの指示に、彼女の困惑が増した。

「いえ、それが、問題というのが彼女の件なんです」

「え? 何かあったの?」

「いえ、お留守番は、無難に何事もありませんでした」

「そ、そう」

「それで、ちょっと」

「な、何よ」

 怪訝な表情のすずの横で、彼女は状況を説明してくれた

 ほんの十分ほど前、城塞ゲートから伝令がやってきて、ワンガン兵学校生徒会長美山紫音を、ゲート前まで連れてくるように、という指示書がゲート指揮官憲兵軍と国防軍指揮官連名で届けられたのだという説明と共に、彼女の端末に落とされた指示書を見せてくれた。

「ゲートが何で指示してくるのよ?」

 最終防衛拠点である城塞ゲートは、その指揮権などかなり上位に位置している。確かに何様だと思えるほど、ゲート守備隊は偉そうな部隊ではあるが、城塞外のことに口出ししてくることは皆無であった。

「美山紫音をゲートまで連れてこい? どこからの命令よ?」

「そ、それが、命令では無く、一応依頼になってます。治安維持軍からの」

 端末指示書の末尾を開くと、そこに治安維持軍参謀本部の文字があった。

「治安維持軍ねぇ・・・・」

 すずは小首を傾げた。

「今から、私が連れて行こうと、彼女にそう話していたところで、中隊長が戻られましたので」

「ああ、じゃあ、丁度いいわ。私たち、お使いでゲート前まで行くから連れてくわね」

「で、では、私も」

 お留守番部隊臨時部隊長は、目を輝かせて言った。

 お留守番に飽きたと言うより、勝手気ままな抜刀隊員たちの相手に疲れたのだろう。

「ああ、あなたはお留守番お願いね」

「そ、そうですか・・・」

「そんな顔しないでよ。みんなには期待してるから、みんなお留守番お願いね」

 お留守番とお使いができるようになれば、もう一人前だ。

 すずは、美山紫音を手招きした。

 



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       美山紫音のターン


登場人物 美山紫音 17歳 

 ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生。

 ワンガン兵学校生徒会長。

 抜刀術の技能は西村麻衣に及ばないが、柔らかな雰囲気の統率力と的確な判断力には定評がある。


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 ゲートからの指示を知らされ、美山紫音は困惑していた。

 頭の中は、治安維持軍のことで一杯だった。

 兵学校で接触した、あの女中尉が何かを報告したのかもしれない。

 しかし、そもそも、紫音のことなど治安維持軍は完全掌握しているはずだ。それなのに、わざわざ城塞外に出ているところで呼び出すというのが、不可解だった。

 すぐに思い浮かんだのは、不機嫌で神経質な祖父の顔だった。

 何か突発的な出来事があったのか、祖父に何か重大な問題が起こったのかもしれない。あの七十年前の戦乱を国防軍将校として生き延びた祖父は、もうすぐ百歳になろうとしている。

 日が落ちてきて、周囲が暗くなり始めていた。

 柏木中隊長と並んで歩く前方を、78抜刀中隊分隊長と小隊長たちが担架を守るように早足で歩いている。

 学生の自分が担架を持ちますと伝えたところ、担架を持っていた分隊長は「ラッキー」と喜んだが、副隊長が紫音の申し出を受け付けてくれなかった。

 担架搬送訓練をしていない人間には任せられないと、副隊長は少しキツイ視線で紫音に言ったのだ。

 先を歩く部下たちとは対照的に、中隊長も副隊長も少し緩やかな歩調で歩いている。横に柏木中隊長がいて、前を副隊長が歩いているので、紫音の歩調も自然と彼女たちに合わせる結果になり、担架を運ぶ小隊長たちとは少し距離が離れてしまっていた。

 やけに重い足取りだと感じ始めたところで、柏木中隊長が尋ねてきた。

「ねえ、治安維持軍に呼び出されるような覚えはあるの?」

「はい・・・無いことも・・・」

 すずは素直に答えた。ただし、全ての可能性を話せるはずもないのだが。

「ええっ、マジぃ?」

「はい。救援依頼で兵学校に戻った際、学校でトラブルがあり治安維持軍が出動してきました」

「ええっ! 兵学校に治安維持軍かよ?」

 前を歩く副隊長も会話に加わってきた。

「は、はい。古代中尉殿の入学手続きが上手く伝わってなかったようで、どうも中尉が呼んだような雰囲気でした」

 紫音は兵学校での経緯を大雑把に話した。

「あの中尉殿を逮捕監禁したのか、やるな学生!」

 すずの大雑把な説明に、副隊長が変に感心しながら大げさに驚いた顔をしてみせた。

 新入生を生徒会室に連れて行っただけです。と、突っ込みたかった。しかし、よくよく考えてみると、下手に転んでいれば、あの「ビアンカ部隊」が戦車もろとも兵学校に突入してきた可能性は、かなり高かっただろう。

 そうなると、α1を突破した力の何%かの攻撃で、兵学校生徒は、あそこで消し飛び戦車で蹂躙されたゾンビと同じ運命をたどっていたような気がしていた。 

「ふーん・・・そんなことがあったのね・・・」

 紫音の説明に中隊長は小首を傾げたが、すぐにその大きな瞳で微笑んでくれた。

「しかし、それなら大して心配することもないわね」

「そ、そうでしょうか?」

「ええ、単なる事情聴取に名を借りた、探りじゃないかしら?」

「ど、どういうことでしょうか?」

「治安維持軍の連中、アキト君の前で借りてきた猫みたいだったでしょ?」

「は、はい。階級が同じ中尉にもかかわらず、とても丁重すぎる対応と言いますか・・・」

「ビビってただろう?」

 副隊長が少し楽しそうな顔で言った。

「は、はい」

「治安維持軍も、アキト君とケンカをする度胸とか無いのよ。あの子、怖すぎてね。だから、その怖ーいアキト君と生徒会長の関係とかを探っておこうと考えてるんじゃないかしら?」

「私と中尉殿の関係ですか?」

 柏木中隊長たちの言葉が、いまいち理解できない。要するに紫音はまだ、古代アキトの怖さをまだ理解していなかったのだ。

「ええ、だって、正式作戦名「渋谷2回目」の発端となったのは、生徒会長の努力の結果よ。あの危な過ぎる坊やを説得した人物ってことで、関係とか色々聞き出そうという魂胆かも?」

「説得ですか・・・・」

 柏木たちの言っていることが、少し的外れのように紫音には思えていた。治安維持軍にとって、城塞外の事などどうでもいいはずだ。例え、渋谷方面軍が全滅しても、治安維持軍は大して気にも掛けないだろう。

 しかし、その推測とは別に、あの時の自分自身の駄目さ加減に、紫音は気が重くなってしまった。

 うつむいた紫音に、柏木中隊長が優しく声を掛けてくれた。

「どうしたの?」

「わたしっ・・・何も言えなくて・・・お願いしますしか・・言えませんでした。そんな自分が情けなくて・・・」

「でも、殲滅のセシリーに「ヨコスカの悪夢」も召喚できて、説得は大成功ってことだ」

 副隊長は紫音を元気づけるように言ってくれた。

「しょ、召喚ですか・・・・」

「ええ、あんな大規模な意味不明戦闘行動は、「渋谷1回目」以来だしね」

 柏木中隊長は、少し肩をすくめながら言った。彼女たちをしても、あの戦闘は理解の範疇を超えているのだろう。

「私が説得したというより、鬼月准尉が彼に話してくれたからだと思います」

「まあ、それもあるかもしれないけど、ルナを動かしたのは生徒会長な訳だし。それにね・・・」

 柏木は何かを言いかけ、そして言葉を濁してしまった。

「それに?」

 紫音が視線を向けると、柏木は少し美貌をしかめ話し始めた。

「それに、ルナの元々の所属は、戦略級予備兵候補生だったからね」

「はぁ?」

 いまいち話が見えてこない。

「戦略級予備兵の管轄は治安維持軍と憲兵軍になるわ。そこで任官拒否して戦術級に降格されたルナが、いまだに生きているということは、治安維持軍や憲兵軍にはとても不都合なことなのよ。本来なら、適当に罪をかぶせて抹殺したいところなのかもしれないけど、アキト君の元に転がり込んだものだから、誰も手を出せなくなってしまったのよ」

「そ、そうなのですか・・・」

 そんなことは、あり得ないと思った。治安維持軍と憲兵軍は、城塞都市の全てを支配する組織だ。

「だから、治安維持軍も憲兵軍も鬼月ルナを呼び出そうとか、さすがに出来ないのよ。それで、手頃な情報収集先として、生徒会長に白羽の矢が飛んできたというのが、私の妄想的推測よ」

 そう柏木が言ったところで、副隊長が言った。

「鬼月ルナが、過去に何度か暗殺されかかったというウワサは、チョクチョク耳にしてましたね。最近は聞きませんけど」

 柏木と副隊長が顔を見合わせ、うなずいている。

「ウワサなのでしょう?」

 流石に暗殺は冗談だろうと、紫音は顔を上げた。

「いいえ。私の元司令官殿も、そんな奴らの一人だったわ」

 柏木が微笑んだ。

「鬼月准尉の着任を拒否した人ですか?」

「そうよ。着任拒否ってのは、色々とあれなのよね・・・」

「あれって?」

「そもそも、軍の命令で配属されてるんだし。着任拒否自体が軍規違反なのよ」

「そ、そうですね・・・」

 ただの正論に、紫音は小さくうなずいた。

「部下が上官を選べないように、上官も配属された部下を選べないわ。だから、着任を拒否するってことは、そいつには死んでもらうって意味もあるのよ」

「・・・・・・・」

 正論からの逸脱が激しすぎて、言葉も出ない。しかし、あの死臭に満ちた前線では、普通にありそうだと思える話だ。

「普通、最前線付近で部隊に所属していない人間なんて、1日か2日でゾンビになるさ」

 そう言ったのは副隊長だ。

「ところが、彼女鬼月ルナは生き残ってしまった」

 そう言った副隊長の話に、柏木が続けた。

「そう、それで、私の元上官である大隊司令官殿は、特殊狙撃小隊にルナを殺させようとしたのよ・・・あの、タコは」

「そ、そんな、そんなことが、あるのですか?」

「ああ。案外しょっちゅうあることさ。こんなご時世だしね。軍規なんてユルユルだし」

 副隊長が半笑いで教えてくれた。冗談なのか何なのか?

「実行はされなかったということですよね?」

「いいえ。実行されたから、当時超下っ端の私も事の成り行きを知ってるわけよ」

 柏木が少し顔をしかめるようにして言った。

「どういうことでしょう?」

「話は簡単よ。ルナ暗殺を依頼された部隊が狙撃しようとしたら、照準に「殲滅のセシリー」も一緒に映ったらしいわ。で、狙撃手は慌てて投降したそうなの」

「は、はあ・・・・」

「雇われ狙撃小隊の隊長も、殲滅のセシリーは怖かったってことなのよ。アキト君たちは旧時代の超高性能意味不明兵器システムを使ってるから、下手にレーザー照準なんて当てたら大変なことになるの」

「それで、攻撃が中止になったのですね」

「ん・・・ああ、照準にセシリーを捕らえた時点で、その狙撃小隊はもうアウトよね。猛烈な牽制攻撃を浴び、ものの数分でモデラーズ兵とビアンカが殺到して狙撃小隊は投降。それで、暗殺の依頼内容を聞いたセシリーが激怒して、私の所属していた大隊本部に乗り込んできたの・・・・」

 クローン兵が正規部隊に乗り込んでくるなど、昨日までの紫音なら想像もできなかったが、あの「セシリー」の姿を思い出すと、別段不思議はなかった。

「どっ、ど、どうなったんすかぁぁぁ!?」

 そう大きな声で話しに割り込んできたのは、前方を歩いているはずの小隊長たちだった。担架を運ぶ分隊長たちも、目の前に来ている。

「何だっ、お前らっ!?」

「びっ、びっくりだわっ!」

 副隊長と柏木が、甲高い声で驚いた。そして、2人は目を大きくして担架に視線を向けた。

「いや、聞こえちゃったんで・・・」

「軍事機密だ!」

 副隊長が、片手でシッ、シ、と追い払おうとしても、彼女たちは眉間にしわを寄せ迫ってきた。

 柏木中隊長と副隊長は凄い眼孔で睨んでいたが、部下たちはそんな視線は完全無視で、にじり寄ってきている。

「はぁぁぁっ! そこまでペラペラ喋り倒しておいて、そりゃないっすよぉ!」

「そりゃないっす、じゃねえし。だいたい、お前ら知ってるだろう?」

 その副隊長の呆れた声に、全員がさらに一歩踏み出して迫ってくる。

「いや、あのウワサってマジだったんですか?」

「どんな風に伝わってんだ?」

 副隊長は、面倒臭そうに顔を横に向けた。部下の顔が近い。

「鬼切れしたセシリーが司令官の首を吹き飛ばしたとか、リナたんが戦車砲を本部に撃ち込んで、そのまま戦車で蹂躙したとか」

「どんな妄想してんだか・・・まあ、リナたんネタはいいとしてだ。セシリーが鬼切れする前に、司令官がご乱心めされてな」

 副隊長は少し肩を落としながら息を吐くと、上官に目配せした。その視線に柏木中隊長は肩をすくませた。

「ご乱心って」

「ど、どういうことですか?」

 部下たちに迫られ、副隊長は続きを話してくれた。

「味方殺しでも有名な「殲滅のセシリー」が乗り込んできたんで、身の危険を感じた司令官は部下たちにセシリーを射殺しろと命じた。しかし、その場に居合わせた護衛兵や幕僚たちは、全員セシリーに銃口を向けることもなく彼女の側に立ったんだ。で、それに激怒した司令官と参謀の二人が銃を抜いたんで・・・・」

「で、で?」

「そ、それで?」

 子供が母親にお菓子でもねだるように、小隊長達が副隊長の手や軍服を引っ張って話しの続きをせがんだ。

「まあ、尊い2人の命が失われたのさ・・・・」

「だ、誰が、やったんですか? セシリーみずから?」

「なわけ、ねえだろ。つーか、わたしゃ、超下っ端で現場にいなかったし。その場にいた人から聞いた話だ」

「で、でっ?」

 しつこい部下たちは副隊長を囲んで離れない。

「二人が拳銃を引き抜いた瞬間、ビアンカ部隊の狙撃手がアンチマテリアルライフルを二人の足元に撃ち込んで、そのあまりの衝撃に二人は銃を落として腰を抜かしたそうだ」

「対戦車ライフルですか・・・」

「そ、それで?」

「全員軍法会議で銃殺にしてやる。と捨て台詞を吐いて二人は渋谷方面軍司令部に逃げていった。で、そのあとのウワサじゃ、逃げた司令官は解任になり自由市民街配属になってゾンビに食われたというのが、一番信じられてる話だ」

「真実じゃないんですか? うわさ?」

「そうね。でも、あの数日後、新しい大隊長が赴任してきたから、大筋では本当の話なのよ」

 そう教えてくれたのは柏木中隊長だった。

「ああ、誰も見てないし。そういう話が自由市民街から伝わってきたのは事実だし。自由市民街なんてバンパイアのお食事処みたいな場所だからな。長生きはできないだろ。あそこじゃ・・・」

 一通り話し終え、全員が一緒になって歩き始めた。

「つか、大隊長よりセシリーの方が、ぜんぜん信用があったって凄いっすよね」

 誰かが言った。

「まあ、あの大隊長は人望がなさ過ぎたしな・・・」

 そう返したのは副隊長だ。

「人望無くても大隊長って勤まるんですか?」

「まあ、駄目な上官を持つと、部下がしっかりするってことだろうよ」

 その副隊長の台詞に何人かが、さも納得といった感じで言った。

「ああ、わかるっす。それ」

「うんうん、それそれ」

「お前ら、中隊長殿をディスってんのか?」

 副隊長の怒りの声に、部下たちがドッと笑った。

 そんな中で、紫音だけが声を出して笑えずにいた。治安維持軍からの呼び出しを思うと、笑う余裕はなかった。

 日が落ち、各人の携帯ライトに灯がともった。まわりが暗くなり紫音の気持ちは、さらに落ち込んでいった。

 一団となって歩きながら、抜刀兵たちは古代中尉やビアンカの話で盛り上がっていた。

 紫音も、初めて耳にする話に驚き、驚嘆してはいたが、自分が治安維持軍に呼び出された事に、かなりの不安を感じていた。

 周囲が闇に覆われてくると、紫音の視線は明るく照らされる抜刀兵たちのランプへと自然に向けられていた。

 抜刀兵たちが腰にライトを取り付けていることもあり、彼女たちに囲まれた担架は光に浮かび上がっているように見えていた。

・・・やっぱり、負傷兵を運んでいるのね・・・

 紫音は、担架の端が微妙に動いていることに気づいた。

 腕を失ったシモーヌを、学生が前線規律を盾に騒いだこともあり、柏木たちは仕方なく負傷兵を学生たちの目から隠して、後方に送っているのだろうと、紫音は推測していた。

 担架の端から白い指が少しだけ出ていることに気づくと、紫音はその指を凝視してしまった。指は何か必死に動いているようにも見えて、衣服で覆われ苦しいのだろうと推測できた。

 その細い指は女の指にしか見えなかった。第78女子抜刀中隊の兵なのだろうと思った。

 抜刀兵たちのお喋りが途切れたところで、紫音は隣を歩く柏木に貌を向けた。

「あのっ、彼女苦しそうです。上に重ねた服は、もう取り払っても問題はないのではありませんか?」

 その紫音の台詞に、全員がフリーズし一斉に立ち止まった。そして僅かに動いていた手が激しく動き始めた。担架全体が激しく揺れ動く。

・・・えっ!・・・

 担架の揺れが激しくなり、重なって被せられていた服の一部がずれた。それを副隊長が慌てて押さえつける。

 負傷兵を扱うにしては酷く乱暴だった。

 そして、その時、一瞬ではあるが、紫音は担架に乗せられた人間の手をハッキリと見た。特徴ある裾をした、ワンガン兵学校女子の制服を見てしまったのだ。

 紫音の心臓が凍りついた。

 どういうことなのか? 負傷していた兵学校女子を救助して連れ帰ってくれたのか? ならば、なぜ、その存在を隠そうとするのか?

 やはり、シモーヌの一件が尾を引いているのかと推測するしか無かったが、それにしても彼女たちの行動は解せなかった。

 中隊の分隊長以上全員で、この担架を守るように固まって移動している。なぜ、そんなことをしているのか? 

 紫音には、柏木たちの意図が理解できなかった。

 あれは見間違いではないだろう。捲れた服を慌てて直していた小隊長や、そのことに驚いた全員の視線が、一斉に紫音に向けられたことから考えても、そこに乗せられている人間が、兵学校生徒であることは疑う余地がないように思えた。

 しかし、それを尋ねられる雰囲気では無かった。

 それでも、聞かない訳にはいかない。どういうことかと。

「ちゅ、中隊長・・・」

「えっ?」

「その負傷兵は、どこに連れて行くのですか?」

 少し遠回しだが、ほぼ思ったことを聞いた。

「あ、ああ。ゲート前に、古代中尉の部隊が迎えに来るから、そこまで運んでるのよ。運ぶのも、中尉に直接頼まれたの・・・」

「そ、そうなのですね・・・」

 その説明に、紫音は少し安堵した。

 紫音の勝手な解釈はこうだ。前線で保護した学校の先輩を、古代中尉は自分の部下を使って兵学校に連れて帰ってくれる。そう思ったのだ。

 紫音の質問に柏木が答える様子を、全員が歩調を落とし伺っていた。

 再び沈黙が訪れた。

 紫音の脳裏に、古代アキトの顔が浮かんでいた。

 変な男の子。臆病そうな頼りなさげな男の子。そして、同級生全員と2年生まで動員させての、無謀とも思えた救出作戦。

 実際に作戦は上手くいって、友達も助けることができた。

 前線に出た彼が、先輩女子を助けてくれたのだろう。

 しかし、なぜ、これほど隠す必要があるのだろう? 何かが引っかかっていた。紫音の声に反応したように、担架で必死に動いていた様子も気になった。

 紫音が思考を巡らせ思案していたところで、柏木中隊長が少し声のトーンをあげて話し始めた。

「あ、あのころは、何か、凄い人がいっぱいいたわよねぇ・・・・」

 そうテンション高めの、ため息交じりに言った。どうも、先ほどからの話の続きらしい。

 柏木に副隊長が答えた。

「そ、そうっすねぇ。私らヒヨッコから見ると、バケモノみたいな人ばっか、でしたよねぇ」

 何か芝居がかった笑顔で副隊長が笑った。

「あの時の綾さんの嬉しそうな表情、忘れられないわ・・・」

「なんか、楽しそうにしてましたねぇ。鬼の中隊長が、目をキラキラさせてスキップとかして・・・」

 大人の女2人は、何か感傷に浸るように、少し遠くを見ながら話し始めた。

「元気にしてるかなぁ、綾さん。もしかしたら、そろそろ戻ってくるんじゃないかしら?」

 そう言った中隊長が、何かを数え始めた。

「何を指折り数えてるんですか?」

 そう尋ねたのは、柏木の右斜めを歩いていた小隊長だ。

「うん・・・その時の私たちの上官だった中隊長はね、今、育児休暇中なのよ。とーっても怖い隊長さんでね。シャイな私なんて隊長と目が合っただけでチビりそうになってたわよ。マジで」

 肩をすくめ、柏木中隊長は嬉しそうに笑った。

「えーっ! 柏木中隊長がっすかぁ?」

 大きな声が闇に吸い込まれていく。

「はんっ。あなたたち、私みたいなお優しい上官でホント運が良いんだからねっ」

「えーっ、そんな非道い隊長だったんですかぁ?」

「い、いや、いやっ。非道くはないわよっ。人望があって、抜刀術の達人で、みんなに慕われてた人なのよっ!」

 驚く部下たちに中隊長は慌てて、首を横に振って否定した。

「ど、どゆこと?」

「ま、まぁ。マジ、怖かったのよ。綾さんはね・・・」

 しんみりとした貌で中隊長が言うと、副隊長が真顔で続けた。

「強くて、厳しくて、優しくて、そして部下思いで、義理堅い、男の中の男でしたねッ!」

「あんた、絶対、今のチクってあげるわよ」

「いやいや、マジやめてくださいよ。自分は中隊長と違って真面目ないい子だと思われてるんですからっ!」

 副隊長が本気で中隊長に迫ったので、隊列が乱れてしまった。

「まじ、本当に戻ってこないかなぁ・・・」

「生きてたらですけど・・・ね」

 並んで歩き始めた二人は、しみじみとした顔で元気なくそう言った。

「えっ! 行方不明とかですか? さっき育休中って言ったのに?」

「うーん・・・そんな感じかしら?」

「そ、そうですね・・・」

 部下の問いかけに、二人は顔をうつむかせた。

 前線ではよくある話だ。

 紫音の同級生も、昨日の戦闘で多数の行方不明者が出ているのだ。それが悲しい現実だった。

 だが、育休中で行方不明というのも変な話だった。

「バスに乗ってなかったと思いたい・・・」

「そ、そうですね。でも、あのウワサ、かなりの信憑性がありましたからねぇ」

 落ち込んでいく上官二人に、前を歩く小隊長が振り向いて聞いた。

「何かあったんですか?」

「・・・・・」

「隊長の隊長さん」

 上官二人は顔を見合わせ、少し悲しげな顔のまま話し始めた。

「霧島綾さんよ。第78抜刀中隊歴代隊長の中で、ダントツ最強本物の剣の達人。飛び道具使わない戦いなら、首都圏最強だったわ・・・間違いなく・・・」

「ですね・・・」

「私たちの中隊長綾さんも、めでたくご懐妊されたのよ。で、仕事熱心な妊婦は、出産予定日20日前まで前線で任務に明け暮れたの。そんな女性兵士は最前線では多くって、そして、そんな出産間近の妊婦をまとめて病院に送り届けるため、バスが迎えに来たわ。私らは、何度も命を救ってくれた綾さんを、大泣きしながら見送ったんだけど・・・・」

 そう柏木中隊長の言葉が途切れたところを、副隊長が続けた。

「翌日、連絡が来た。綾さんたち妊婦を乗せたバスがルートを間違え、ゾンビの大集団に襲われたとな・・・」

 副隊長は悲しげな顔で話し続けた。

「そりゃもう・・・大騒ぎだった。渋谷方面軍だけじゃなくって、3個方面軍の妊婦をバス3台で輸送中だったそうだ。臨月まで任務に従事していたくらいだから、みんな各部隊の重要人物ばかりだったそうで、襲われたと伝えられたポイントに、各部隊から偵察が送り込まれて・・・そして、そこで、悲惨すぎる光景を目撃したのさ・・・」

 副隊長は、フッと笑みを浮かべ柏木中隊長を見た。

「あの時、初めて中隊長と一緒の偵察分隊になったんですよ。覚えてます?」

「ああ、覚えてる。初々しくて可愛かったのに、なんで、こんなになったのよ?」

 柏木中隊長も現実から逃避するように半笑いだった。

「ケンカ売ってます?」

「話が脱線してますよ」

 そう小隊長の一人に注意され、二人は同時に肩を落として話を続けた。

「妊婦バス事件のことは、お前らもあちこちで聞いてるだろう?」

「いえ、それは事件としてというより、妊娠した時のマニュアル的な事として聞いてます。妊娠したら、即刻除隊手続きしろと。ただ、事件の内容というか真相はほとんど聞かされてません」

「真相なんて、誰にも分からないのよ」

 少し遠い目で中隊長が言った。

「出産間近の妊婦がバス3台分消えたんだ。見つかったバス2台に乗っていた妊婦は・・・ゾンビに襲われて食われるか、ゾンビになってた・・・」

「先に到着してた偵察部隊の連中・・・泣きながら、ゾンビ化した妊婦を倒してわね・・・」

「個人的に、ベストテンにはいる地獄の景色でした・・・」

「そうね・・・妊婦のゾンビがゾロゾロはキツかったわね・・・」

「妊婦ゾンビ倒したら、その倒れたお腹が凄い動いてて・・・わたし、今でも妊婦さんが苦手なんです。あれ以来」

「そ、そう・・・」

 暗い顔マックスの二人の足が止まり、黙り込んでしまった。その様子を、部下たちは何も言わず見ている。さすがに誰も突っ込まなかった。

 少しして、柏木中隊長が顔をあげ歩き始めると、全員が前に進んだ。そして、副隊長が歩きながら再び話し始めた。

「結局、綾さんは見つからなかったですね。つーか、1台のバスはもぬけの殻で、周りには凄い数のゾンビが頭を撃ち抜かれて転がってた」

「あれだけの数のゾンビを撃破するなんて芸当は、ビアンカ中隊しかありえないってことで、まあ、色々とウワサになったのよ」

 中隊長が大きくため息をついた。

「隊長の隊長は、どうなったんですか?」

「さあ・・・・何の情報もなかったのよ。みんな忽然と消えてしまったの。でも、死体は無かったわ」

「で、でも、あの時バスに乗ってた人間の目撃情報は、その後あちこちで・・・」

 副隊長が希望にすがるような怯えた目で、中隊長を見ていた。

「そう。赤ん坊を抱いた綾さんを見たって、人間もいたからね」

「しゃ、じゃあ、生きてるんでしょ?」

 その問いかけに中隊長は小首を傾げた。

「その情報を確かめに、直接話しを聞きに行ったのよ。城塞内部の市場で遠くから見かけて、声をかけて追いかけたけど見失ってしまったって、それだけだったわ」

 二人のテンションが再び下がっていった。

 そもそも、二人の話にはかなりの矛盾がある。本当に無事で城塞内で暮らしているのなら、原隊に連絡があってしかるべきだ。それが無いということは、結局はそういうことなのだろう。

 だが、尊敬する人間の死を認めたくないというのも、人情なのかもしれない。

「ただねぇ・・・あの「妊婦バス事件」直後のセシリーの怒り具合がハンパなくてねぇ・・・それゆえに、やっぱり死んでしまったのか?・・・とか思ったのよね・・・」

「そうですね。あの直後、城塞内部某施設にセシリーが殴り込んで大騒ぎになったのは、かなり有名な話ですけど、その施設が妊婦を使ったゾンビ生体実験秘密施設だったとか、色々と変なウワサはありましたよね」

 副隊長が不機嫌そうに言った。妊婦でゾンビ生体実験などという話しを、紫音は初めて聞いた。

「でも、結局のところ、真実は闇の中。ただし、その施設に殴り込んだセシリーに、憲兵軍と治安維持軍の合同機甲部隊が仕掛けたのは、軍関係の目撃者も多いから、それは真実なんでしょうね」

 柏木中隊長は、何か凄いことをサラッと言った。

「ご、合同機甲部隊って! そんなのと対決したんですか? セシリー・・・」

 絶句した部下を前に、上官二人は大した感情も見せず、少し呑気に小首をすくめている。

「あ? まあ、大した戦いでもなかったらしいわ。ほぼ一発で片付けてたわね。すっごい怒ってたみたいだから・・・セシリー」

「『殲滅のセシリー』の名が、首都圏全域に広がった事件だ」

 副隊長の言葉に、小隊長達が一斉に声をあげた。

「しっ、知ってますよ・・・それっ!」

「伝説の『なぎ払えっ!』ですね」

「じ、自分は『焼き払えっ』て聞きました」

「あたしは『消え失せろっ!』って聞いたよ」

「あたい『死ねよ、カスっ!』って教えられましたよ」

「ないない、それはない。セシリーだぞ。そんな下品じゃねー」

 眉をひそめ、副隊長が呆れ顔で否定した。

「みんな、勝手に創作して話してるのね・・・」

「ま、まあ、あの動画には、私も腰抜かしたっていうか、笑いましたけど・・・」

 柏木中隊長と副隊長のやりとりに、部下たちが即座に食いついた。

「どっ、動画とかあるんっすかぁ!?」

「ああ、かなり遠目から撮ってたが、凄かった」

「笑えたって・・・?」

「そうね、大昔の特撮映画みたいな画像だったわね」

「あの動画凄かったですよね」

「中隊長も見たんですか?」

「見たわよ・・・あの動画、当時かなりの数の兵隊が見たわ。憲兵軍の装甲車20輛に治安維持軍兵員郵送車10輛と戦車20輛が横二列になってセシリーの前に立ちはだかったのよ」

「でっ? で、どうなったんですか?」

「だから、お前らが教えられた伝説の一撃が炸裂したのさ」

 副隊長が半笑いで言った。

「閃光と共に吹き飛んだ。綺麗さっぱり吹き飛んだ。戦車が半分溶けて吹き飛んだんだ。その場にいた憲兵も治安維持軍兵士も、ほぼ蒸発したんじゃないのかな?」

「そ、そんなこと、あ、あるんですか?」

「だから、特撮映画みたいだって言ったのよ」

「あれって、結局何だったんですかね?」

「色んな人間の推測だと、巨大なレーザー兵器だろうって、そういう意見が大半だったわね・・・」

「大昔の防空兵器ですよね。ゾンビ軍団御用達の対空砲をセシリーが使ったてとこですかね?」

「それがね、全然モノが違うそうよ。古い兵器関連マニアの説によると、防空レーザー砲で戦車をダウンさせられても、吹き飛ばすなんて芸当は不可能だそうよ」

 柏木の説明に副隊長がニヤリと笑みを浮かべた。

「技術系彼氏からの情報ですね」

「あんた、すっごい、私のこと誤解してるわよ」

「そ、そんなこと、ないですよ・・・はははっ」

「ははは、じゃ、ないわよ。ほんとにっ」

「話が、またエロ方向に脱線してます、それてます」

 真面目担当小隊長が突っ込んだ。

「好きだろ? お前ら」

「いえ。そんなことより、セシリーの怖さの方が気になりまつ」

「そうそう。だって、セシリーの前に立ちはだかって消し飛んだわけでしょ? 憲兵さんたち」

「それなら、アッくんに立ちはだかろうとした私たちも、さっきかなりヤバかったんですよね?」

 部下たちが神妙な顔で、上官二人に迫っている。

「ん? まあ、どうかしら?  ていうか、今さらなの?」

 柏木中隊長が凄く呆れた顔で部下たちを見ている。

「そりゃ、大丈夫だ」

 副隊長が大きくうなずきながら言った。

「なぜ、そう言い切れるんですか?」

「そんなもん、いざとなったら私も隊長も、古代中尉側として、お前らを叩き切ってただろうし」

 副隊長の台詞に、柏木が大きくうなずく。

「はっ! はぁぁぁぁっ!?」

「そりゃ、そうでしょ。一緒に逆らってみなさい。マリー一人にだって私ら太刀打ちできずに皆殺しにあうだけなのよ。それなら、私らが向こうについて、あなたたちを2・3人叩き切れば丸く収まるでしょ?」

「完璧な作戦ですよね」

 柏木の説明に副隊長がウンウンと大きくうなずいた。

「そうそう、あまり痛くない場所切ってあげる自信はあるわ。わ・た・し」

 上官二人は何か楽しそうに笑っている。

 紫音には事の次第は分からないが、何かトラブルがあったことだけは理解できた。

「ど、どこが、丸く収まってるんですかぁぁぁっ!」

「どこ切ろうとしてたんですかぁぁぁっ!」

 小隊長たちが、もの凄い形相で上官二人を睨んでいる。

「しかたないでしょ。怒らせると怖いしぃ」

「怖いしって・・・・」

「ばかねぇ。さっきの話で、セシリーに敵対した機甲部隊にしても、単純に立ちはだかっただけなのよ。で、おそらく推測だけど、超ご機嫌斜めだったセシリーは、ちょっとイラッとして前方を封鎖した部隊を一発で吹き飛ばしたのよ。あの子たちは、そういう部隊なのよ。見た目が可愛いとか、アキト君がお子ちゃまだからと思って下手を打つと、とっても簡単に殺されてしまうのよ」

 そう説明した柏木が、少し肩を落とし悲しげな顔で話を続けた。

「まあ、一番考えたくないことだけど・・・・あれって、綾さんの敵討ちじゃないかなって、思ったりするのよねぇ。綾さん、セシリーが大好きで大好きで、好きすぎて、よく襲ってたから・・・」

「せ、セシリーを襲う・・・んですか?」

「ええ、よく抱きついてたわね。セシリーは、はいはい、どうどう、とか言ってハグされまくってたわぁ」

「あの技出せたのは、後にも先にも綾さんだけでしたね」

「いや、あんたもチャレンジしたら? マリー姉さんで」

「い、いけますかね?」

 副隊長の顔が真顔だった。

「い、いや、本気にしないでよ」

「えーっ・・・死ぬ前に、一回チャレンジしたいなぁ・・・」

「あなた幼女好きなの?」

「いや、何か、響きが危ないですよ」

 抗議する副隊長の視線をスルーし、柏木中隊長がため息交じりに、呟くように言った。

「はやく、綾さんの部下に戻りたいわぁ・・・」

「わ、私もお供しますから、絶対っ!」

 そう副隊長が力んだ声を上げたところで、全員の足が自然と止まった。城塞がもう目の前だった。


 ゲート監視塔サーチライトが見える位置で止まり、中隊長が指示を出した。

「明美と麻衣で偵察してきてちょうだい」

「了解です」

「接触はしないでね。あくまでゲート前広場の様子だけ確認したら戻ってきて」

 そう指示を受けた二人は、ゲート方向に駆けていった。

 いったん小休止となり担架が地面に下ろされた。

 周囲は完全に暗くなっていた。

 この時。紫音の頭の中は、担架の人物が誰なのかでいっぱいだった。

 視線は自然と担架に向けられていた。

 地面に下ろされた担架が蠢いている。本当に負傷兵なのかと思えるほど、動きの激しさが目に付いた。

 担架を見る紫音の視線をさえぎるように、副隊長と柏木中隊長が間に入って、色々と話しかけてくる。

 今後の兵学校生徒の活動について、柏木中隊長と副隊長は、とても熱心に語りかけてくれた。そして、それは、明らかに不自然に思えた。

 二人に話しかけられ答えていると、柏木中隊長が端末を取り出した。

「やっばっ! マリー姉さんだ・・・」

 中隊長は副隊長に目配せして電話に出た。

「まいどぉ、柏木でーす」

 中隊長が話し始めると、副隊長が彼女の分までといった感じで、紫音に話しかけてくる。

 副隊長の話術は巧妙だった。

 微妙に今後の戦力配置に関する指示をにおわせ話されてので、兵学校生徒を率いる紫音は聞かない訳にはいかなかった。

「えっ! はい、はい、はい」

 副隊長の話に、中隊長の声がクロスしてくる。

「そ、そうですか、了解です。検疫処分部隊ですか・・・」

 その中隊長が言った「検疫処分部隊」という言葉が、紫音の耳に鮮明に聞こえた。聞いたこともない部隊だった。

「そちらに引き渡せばいいのですね」

 あの負傷兵は、紫音の同級生は「検疫処分部隊」に渡される。そう思っただけで、なぜか身体が震えた。

「はい、はい、了解です。お使い、頑張りまーす」

 柏木中隊長の声は軽かった。

 そして、その軽さが、紫音をいらだたせたのだが、通話を終えた柏木に、紫音は何も言えなかった。

 何かを隠している。そう確信したところで、偵察に出ていた二人が戻ってきた。

「早かったわね」

「お迎え、来てたのか?」

 二人の視線が偵察から戻った部下に向けられた。

 紫音は立ち位置を少しだけずらして、担架を見た。

 それまで蠢いていた担架は、動きが止まっていた。しかし、その担架の端から、指先が数本はみ出して動いていた。

「隊長っ」

「治安維持軍らしき連中を発見しました」

 偵察の声を聞きながら、紫音は担架から出た白い指を見つめた。

 その動きは、ワンガン兵学校抜刀科生伝統の指信号に見えた。

「あら、先に来てたのね・・・」

「それが、ちょっとヤバイ雰囲気が」

「どう、ヤバイのよ?」

「そ、それが、数がハンパなくて。それに・・」

「なに?」

「憲兵軍の兵員輸送車もありました」

「はぁ?」

 柏木たちの緊迫したやり取りを、紫音は聞き流していた。自分の迎えが大部隊だということより、必死に指を動かす同級生の信号が彼女を怯えさせた。

・・・た・す・け・て・・・

 指信号は、ただ、それだけを繰り返していた。

 紫音の心臓が、不整脈かと思えるほど不規則に大きく跳ねていた。

 担架に乗せられた彼女には、助けを求める理由があるはずだ。救助され後方に送られるだけなら、必死に助けを求めはしないだろう。

 一瞬でそう判断し、紫音は柏木たちを見た。

 だが、担架の負傷兵について話せる雰囲気は、一ミリもなかった。

 しかし、何とかしなければ「検疫処分部隊」に、同級生は引き渡されてしまう。また、仮に柏木たちを問い詰めたとしても、それで同級生を簡単に解放してもらえるとも思えなかった。

 昨日からずっと、紫音は無力な女の子でしかなかった。

 不条理な暴力で同級生が傷ついていく。それを見ていることしかできないのか?

 いつにも増して、力が欲しいと拳を握りしめていた。

「数は何十人位なんだ?」

「いえ、うちの中隊より、どう見ても多いです」

「は、はぁっ?」

「三百越えてるってこと?」

「は、はい。兵員輸送車20台に装甲車ポイのが10台に貴族が乗る大きな黒塗りの車が5台見えました」

「なに、それ、戦争でもしにきたの?」

 柏木が小首を傾げ紫音を見た。明らかに困惑した表情だ。この勇猛な女子抜刀隊中隊長をでも、憲兵軍や治安維持軍は恐怖の対象なのだ。

「それで、美山紫音を連れてこいって。変だろ?」

 そう言って副隊長も紫音を見た。その時、紫音は一つの推測にたどり着いていた。そして、その推測さえ正しければ、同級生を助け出すことができるのではないかと思った。

「兵力は?」

「憲兵が100に治安維持軍が300くらい、それに、もしかしたら重装騎士団もいるような雰囲気です」

「な、なに、その雰囲気って」

「いえ、重装騎士は見えませんでしたが、馬がいましたので」

「う、馬かよ・・・」

 馬と聞いて副隊長が絶句した。そして、紫音は、自分の推測が正しいであろうことを、確認することができた。

「そもそも、なぜ、合同軍なんですか? それも城塞外で」

「さ、さあ、行けば分かるわよ」

「いっ、行くんですか?」

「行くしかないでしょ」

「こいつ、一人で行かせたらよくないですか?」

 偵察から戻った分隊長が、紫音を指さした。

「あなたねぇ、そんな恥ずかしいまね、できるわけないでしょ」

「中隊長って、大人ですよねぇ・・・」

 半笑いで部下たちが言った。

「あなたたちも、早く大人になってちょうだい」

 少し肩を落としながら言った柏木は、一度担架に視線を向けると副隊長に告げた。

「私は生徒会長を治安維持軍に届けてくるから、あなたたちは少し時間をおいて20分位してから来て頂戴」

 その柏木の指示に、紫音は拳をギュッと握りしめた。それでは困る。それでは、担架の友人を助けられない。

 柏木と副隊長が会話を交わしているところで、紫音は二人に視線を向けた。

「意見具申しても、よろしいでしょうか?」

 紫音の神妙な面持ちに、二人は顔を見合わせうなずいてくれた。

「下手に兵力を隠しておくと、治安維持軍が変に勘ぐるかもしれません」

 そう言った紫音は、今日、兵学校で起きた治安維持軍との小競り合いを例に出して説明した。

 治安維持軍中尉がビアンカ部隊の牽制に気づいたことを強調して、この場の人間全員でゲート前に行った方が後々問題にならないのではないかと説明した。そして、その紫音の説明の肝心な部分は虚偽の報告だった。

 あの兵学校での出来事は、治安維持軍中尉が密かに気づいた訳ではなく、ビアンカ部隊の示威行動の一端であることは間違いなかった。しかし、紫音は嘘をついてでも、担架と一緒に行かなければならなかった。

 そうしなければ、助けを求める同級生を助けることは不可能だと思われた。

「そうだな。あちらの装備には熱源探知とかあるしな」

「こっちの迎えも、20分くらいで来るってマリー言ってたから、そうね、みんなで一緒に行くしかないわね」

 副隊長と柏木は、あまり乗り気ではなかったようだが、仕方ないといった顔で部下たちに視線を向けた。

「憲兵さんたちとは、ケンカとかしないでよね」

 そう言った柏木中隊長と紫音を先頭に歩き始めると、部下たちは真面目な表情で後に続いた。

 憲兵に緊張しているというより、憲兵や治安維持軍が単純に嫌いなのだろう。


 五分ほど歩くと、ゲート前広場が見えてきた。

 遮蔽物の無い大きな広場に、戦闘車両がズラリと並んでいて、紫音には兵学校正門前を思い起こさせた。

 しかし、そこに並んでいたのは、治安維持軍武装戦闘兵と憲兵軍だった。

 大通りから広場に入りかけたところで、広場入り口で待機していた武装兵が大きな声をあげた。

「姫様のお成りでございますっ!」

 その声に、その場の全員が、それぞれ反応を見せた。

 治安維持軍と憲兵軍からは感嘆の声がもれ、その隊列を割って煌びやかな甲冑に身を包んだ騎士が数名進み出た。

 一方、一緒に歩いていた78抜刀中隊隊列からは、困惑した声がもれていた。

「姫様ぁ?」

「なんか、へんな貴族も出てきやがった」

 一緒に歩く彼女たちの声が、紫音には遠くに聞こえていた。

 紫音は、これまでの人生におけるダイジェスト版が頭に浮かんでいた。

 幸せで何不自由なく育った幼少期。父と母と祖父の笑顔が絶えなかった幸せな日々。そして、一転して反逆者大罪人の娘として始まった幼年学校時代。

 紫音の記憶の大半は、大罪人の娘という立場であった。

 父を母が殺し、母は祖父に追われ逃亡した。

 残された紫音は大罪人の子として育ち、常に治安維持軍と憲兵軍の監視下に置かれていた。

 紫音の祖父は、70年前城塞都市トーキョーを造った西城総帥であった。世界守護者の一人であり、城塞都市トーキョーの頂点に立つ絶対的支配者である。

 治安維持軍兵士が「姫様」と呼んだ瞬間から、紫音は自分の立場が激変したのであろうことを感じ取っていた。

 紫音と78抜刀隊員たちが、ゲート前中央まで進むと、甲冑に身を包んだ騎士たちが紫音の前に駆け寄り、片膝を突いて頭を垂れた。

「お懐かしゅうございます。姫様っ! 米田でこざいますぞ」

「お迎えに参りましたぞっ、紫音様っ!」

 何があったのかと多少の困惑はあったが、中年騎士たちに微かな見覚えがあったこともあり、紫音は頭を切り換えた。

「出迎え、大義であります」 

 少し甲高い声で紫音が告げると、騎士達は甲冑をきしませて頭を垂れた。そして、第78抜刀中隊隊員たちは、驚きの表情で後ずさった。

 横に立っていた柏木中隊長の表情は、困惑というより不機嫌といった感じで紫音をみていた。

 紫音の前で膝を突いていた最年長の騎士が立ち上がり、柏木に視線を向けた。

「控えよ、下郎めがっ!」

「・・・・・」

 黄金の甲冑に身を包んだ中年騎士に怒鳴られ、第78抜刀中隊女子達は困惑の度を深めた。

「こちらの姫様をどなたと心得る! 恐れ多くも世界救済者筆頭、我らが西城総帥様のお孫様であらせられるのだぞっ!」 

 この男を紫音は知っていた。この物言いで、この男は紫音の母を侮辱した。それを幼いながら、ハッキリと覚えていた。

 中年騎士に続き、他の騎士達が立ち上がった。

「頭が高いっ!」

「ひかえよっ! 下郎どもっ!」

 騎士達は煌びやかな剣を引き抜き、柏木中隊長達に突きつけながら怒鳴った。

 一度、反逆者大罪人の娘とされた紫音が、なぜ、総帥の孫として再び姫様扱いされるのか、その理由は分からなかった。しかし、今の状況を紫音は利用するしかなかった。

「・・・・・・」

「・・・・・」

 第78抜刀中隊女子達は何も言わず立っている。柏木中隊長と副隊長の視線は、罵詈雑言を吐く騎士たちより、その後方に整列した治安維持軍と憲兵軍兵士に向けられていた。

 一瞬の睨み合いと同時に、柏木中隊長は片手を上げて後ずさった。

「では、我らは姫様を送り届けましたので、これで失礼いたします」

 そう言った中隊長は振り返って部下たちに告げた。

「撤収するわよ」

「全員、ゆっくりと後退する」

 副隊長が背を向け指示をだすと、抜刀兵たちは担架と共に後退を始めた。

 そんな彼女たちを、紫音は引き止めた。

「お待ちください。柏木さん」

 紫音の言葉に柏木が振り向いた。

「な、何か?」

「お役目ご苦労様でした。今日のことは色々と恩に感じております」

「もったいないお言葉。ありがとうございます」

 柏木中隊長は礼儀をわきまえ、微笑みながら言った。紫音が総帥の孫と知ってからも落ち着いたままだった。

「されば、最後にお願いがあります」

「何ですか?」

「その担架に乗せられている私の友達を、解放してはいただけませんか?」

 紫音の願いに、抜刀兵全員がフリーズして、一斉に視線を向けてきた。

「それは命令ですか?」

 柏木中隊長は、変わらず落ち着いた口調だ。

「そう解釈してくださって構いません」

 紫音も後には引けなかった。

「お断りします」

 彼女はキッパリと言った。

 柏木中隊長の、その態度は驚きでしか無かったが、紫音はあらためて真剣な眼差しで言った。

「わたくしの、お願いでもダメなのでしょうか?」

 総帥の孫という立場を前面に出し、紫音は告げた。城塞都市トーキョーの支配者の孫の願いを断るなど、この世界の人間にはあり得ないことだという思い込みがあった。

 しかし、柏木中隊長は美貌を横に振った。

「これは、あなたの友達ではありません。厳密に言えば、元、お友達です」

「ゾンビとでも、言いたいのですか?」

「まあ、似たような者です。この任務は古代中尉直々のオーダーです。それでも、我々に命令しようとしているのですか?」

 冷めた目で柏木は言った。何かを決意したような、そんな暗い瞳をしていた。

「アキトさんには、後ほどわたくしから知らせておきます」

 その紫音の言葉に、柏木は一瞬口元に笑みを浮かべた。

「そうですか・・・」

 柏木中隊長は静かにそう答えると、部下たちに命じた。

「担架を下ろして、ラグナ1まで後退しなさい」

「ちゅ、中隊長殿は?」

「私も姫様との話しが済み次第、すぐに後退するわ」

「しかし・・・」

「これは、命令です」

 柏木中隊長の冷静な声に、副隊長はそれ以上何も言わず部下たちを率い暗がりに消えていった。

 抜刀隊員たちが闇に消えていく姿を見送りながら、紫音は何とかうまく行きそうだと安堵していた。

 部下たちが闇に消えると、柏木中隊長は担架に重ねられた服をはがしていった。

 女の白い足が現れ、兵学校の制服が見えて、最後に担架に拘束されていた女生徒の顔を確認することができた。

「梓川さん・・・」

 同級生の痛々しい姿に、紫音はショックを受けた。

 目隠しと手錠と口枷までされ、ベルトとロープで何重にも担架に括り付けられていた。

 同級生の名前は梓川かえで。細い線と優しい性格は、抜刀兵科より予備兵科が断然似合っていると誰もが認める美少女だった。

 その美貌ゆえに捕らえられさらわれたのかと、紫音が疑心暗鬼に陥っていると、柏木中隊長が日本刀を抜いて拘束していたロープを切断していった。

 担架での拘束を解かれた梓川を柏木中隊長が立たせ、紫音の方を向いた。同級生は手錠も口枷も目隠しもされたままで、そして柏木は日本刀を抜いたままだった。

「さて、少しお話ししましょうか?」

 柏木軍曹の眼光は、紫音が初めて見る鋭さがあった。まるで生体ゾンビと対峙しているような、そんな緊張感にあふれているようにも見えた。

「柏木さん、納得のいくご説明を・・・してください」

「あなたに説明する必要は無い」

「お話ししてくださるのではないのですか?」

「これは、古代アキトの獲物です。あなたには渡せません」

「私は、ワンガン兵学校生徒会長として、学生の解放を要求します」

「この子は、学生だけど、もう学生じゃないのよ」

「どういう意味ですか?」

「・・・・・」

 柏木は答えなかった。答えられる正当な理由が無いのだと、紫音は思った。

「手錠を外してあげてください」

「お断りします」

 柏木中隊長は、立たせた梓川かえでの肩を左手で支えながら、右手に持った日本刀を、彼女の首筋に押しつけた。

「古代アキトの獲物を横取りされる訳にはいかないのよ」

「柏木さんっ!」

 紫音の心臓が凍りついた。

 柏木中隊長の行動は常軌を逸しているとしか思えなかった。

「この女は、もはや人ではないっ! バンパイアなのよっ!」

 柏木の、その叫びにも似た発言に、それまで静観していた騎士や治安維持軍が騒ぎ始めた。

「柏木さんっ、そんな言い訳が通じるとでも・・・」

 紫音には、柏木のやっていることは、悪名高き憲兵軍の「バンパイア狩り」にしか見えなかった。

 一歩踏み出した紫音に向かって、柏木が日本刀を素早く動かした。

「なら、これを見なさいっ!」

 言うが早いか、柏木は日本刀の切っ先で、梓川かえでの太ももを切り裂いた。

「うががぁぁぁぁぁっ!」

 口枷をされたままの梓川が、壮絶な叫び声をあげた。

「なんてことを・・・・」

 柏木が狂ったのだと紫音は思った。

 日本刀で切り裂かれた太ももから、鮮血があふれ出ていた。

「馬鹿なことはやめてくださいっ!」

 治安維持軍と騎士達の力を借りて同級生を助けるしか無いのか、そんなことをすれば柏木軍曹もただではすまない。紫音は柏木の目を見詰め訴えた。

 そんな紫音の周囲から、驚きの声が沸き上がってきた。

「おおっ、こっ、これは・・・・」

「本物のバンパイアなのかっ!」

「す、凄いですぞ・・・」

「こ、これこそ、我らが長年探し求めていたちから・・・」

 騎士達の声に紫音が視線を下に向けると、切り裂かれた梓川の太ももから水蒸気のような影が立ちのぼり、傷口がみるみるうちに消えていった。

・・・そ、そんなっ・・・

 美山紫音も、本物のバンパイアを見たことはなかった。

 紫音の思考がバランスを失った。

・・・バンパイア・・・本物の?・・・

 同級生が人類の天敵に変異しているというのか? もしも同級生がバンパイアであるなら、彼女を柏木中隊長から助け、それからどうしたらいいのか? 頭の中がグチャグチャになっていく。

 沈黙の時間が流れた。そのわずかな時間で、梓川の大きな刀傷は完全に消えてしまった。

 紫音がフリーズしてしまった間に、後ろに整列していた治安維持軍将校が騎士達に駆け寄り耳打ちした。

 憲兵軍将校も加わり何かを相談しはじめた。そして、その結論はすぐに出たのだろう。黄金の甲冑に身を包んだ米田伯爵が、紫音の脇に進み出て剣先を柏木中隊長に向けた。

「下郎の分際で、我が姫様に対する物言い、我が伯爵家の名誉に賭けて決して許しはせんぞっ!」

 それまで、動きを見せなかった騎士や兵の動きが激しくなった。

「狙撃小隊、射撃用意っ!」

「姫様のご学友を救出するっ!」

 軍靴が鳴り響き、自動小銃を構えた兵十名が紫音の横に並び銃口を柏木中隊長に向けた。

 その突然の行動に、紫音は戸惑うことしかできなかった。

「米田伯爵、控えなさいっ!」

「なりませんぞ、姫様。このようなやからを許していては、我ら高貴なる騎士の名折れでございます」

「控えよと、申しているのです・・・」

 その紫音の言葉を、米田は完全に無視した。

 伯爵の横顔に醜い笑みが浮かんでいた。

 紫音の中に虚無感が広がっていく。

 紫音は思い出していた。古く辛い記憶の断片を・・・






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


   柏木すずのターン


登場人物    柏木すず 22歳  

     第78女子抜刀中隊中隊長。軍曹。

   15個小隊300人と中隊本部要員20名を指揮する。

          

     「牝狐」と呼ばれたりする。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「下郎っ! 姫様のご学友を、ただちに解放せよっ!」

「・・・・・・」

 伯爵の声が遠くに聞こえていた。

 もはや絶体絶命は間違いないだろう。

 ご丁寧に装甲車まで前進してきた。

・・・やっぱ、偽物のお姫様じゃ、こいつら抑えられないか・・・

 柏木すずは、自分の判断が間違っていたことを、すぐに悟ることができた。

 兵士たちの動きを制止しようと、美山紫音は両手を広げ騎士や兵員輸送車を押し止めようと試みたが、兵士たちの手で無理矢理兵員輸送車に押し込められてしまった。

「姫様を総帥閣下の元にお連れするのだ!」

 そう命令した伯爵様は、姫様の警護を部下に丸投げすると、すずに再び視線を向けた。

 お姫様の人望の無さは明白だった。美山紫音を乗せた兵員輸送者に続いたのは、黒塗りの貴族専用車1台だけだった。

 騎士たちも治安維持軍も憲兵軍も、姫様よりご学友の方に興味があるようだ。

 拘束された女学生が、本物のバンパイアと理解した途端、その場の人間たちの目の色が変わった。不死の力を持つとされるバンパイアを手に入れるチャンスなのだ。総帥の孫より重要だという結論を導き出したのだろう。

 自分の判断の甘さを多少悔やんではいたが、何も言わず美山紫音に同級生バンパイアを渡すわけにはいかなかった。バンパイアがワンガン兵学校に帰ったらと思っただけで、鳥肌が立った。

 妹の顔が思い浮かんだ。今日が入学式だとメールが来ていた。

 あんな生徒会長や、このバンパイアが先輩で、古代アキトが同級生というのも笑えなかったが、これも彼女の運命なのだろうとあきらめることにした。

「聞いておるのか、下郎っ!・・・」

 騎士や治安維持軍佐官クラスが、何やら大声で叫んでいる。

 だが、すずには交渉の余地は無かった。よりにもよって、バンパイアをこんな連中に引き渡す訳にはいかない。

「ごめんね」

 拘束した女学生の耳元でささやいた。その意味を察したのか、彼女はぎこちなく小首を縦に振った。

 まだ、人間としての意識があるのだろうか?

 バンパイアとは何者なのか?

 そんな疑問を一瞬考えたすずの視界に、日本刀が目に入った、刀身に自分の顔が映っていて、そこに赤いレーザー照準が複数浮かんでいた。

「お前らに渡すぐらいなら、この場でバンパイアの首をはねるっ!」

 すずは、叫ぶように宣言していた。

 そんなことを口に出さず、女学生の首を切り落とすべきだと思っていたが、彼女の華奢な身体がブルブルと震えているのを感じ、躊躇し決断できずにいた。

 そんなすずを前に、治安維持軍や騎士たちも右往左往していた。

 女を殺せという言葉と、絶対に撃つなという声がクロスした。

 こんな近くに居ながら、間違ってバンパイアを殺してしまう可能性を心配しているようだ。

 数分のにらみ合いが続いたところで、すずの端末が震え始めた。出る余裕などあるわけもなく無視していると、バイブモードが勝手に終了して着信音が最大ボリュームで響き渡った。

・・・何だぁ? 壊れたのか・・・

 それでも端末に出る余裕などありはしない。

 しかし、着信音が途切れたその直後、少し聞き慣れた甲高い声が、ゲート前広場に響き渡った。

『牝狐っ! とっとと端末に出ろーっ!』

 そう怒鳴っている声の主は、赤毛のビアンカマリーだ。

 場の雰囲気などお構いなしだ。

 一瞬、どんなシステムだよと思ったが、セシリーのホログラムが勝手に浮かび上がるくらいだから、マリーが勝手にクッチャべっても不思議はないだろう。

 女学生バンパイアの肩をつかんでいた手を離し、端末を耳に当てた。

「はい。柏木です」

「お前、お使いもちゃんとできないのかよ?」

 マリーの声は少し冷静で冷たかった。

 どうも彼女には全てお見通しらしい。

「ま、マリー姉さん・・・す、すみません」

「バンパイア盾にして、鉄砲相手に刀振り回してんじゃねぇ」

「す、すみません。これから、治安維持軍蹴散らしますから・・・」

「一人でか・・・」

「ぶ、部下は許してやってください」

「・・・どんな作戦だ?」

「は、はい。突っ込んで親玉人質にすれば楽勝です」

「それは、ナイスな作戦だ・・・バカっ!」

 今日一番の不機嫌さで、マリーは吠えた。

「もう、いい」

「えっ、ええっ!」

「お前らにお使い頼んだ、こっちのミスだ。バンパイアは連中にくれてやれ。で、お前らは原隊に戻れ」

「し、しかし」

「うっせぇ。こっちにも色々と都合があるんだ。愛想笑いでもして、後退しろ」

・・・そ、そんなんで、済むわけ無いじゃん!・・・

 そうは思ったが、こうなると指示に従うしか他に選択肢はなかった。

 回線が切れ、すずは日本刀を女学生の首元から離し騎士たちに告げた。

「ご学友は引き渡す。姫様にお渡しください」

 日本刀をおさめ一歩退くと、重防弾装備の治安維持軍兵士が自動小銃を構え前進してきた。

「バンパイアを確保せよっ!」

 拘束され無抵抗の女学生を、屈強な兵士数人が抱え兵員輸送車へと連れて行った。

・・・あらら、ヤバいわね・・・あたし・・・

 バンパイアを確保したと、喜びはしゃぐ騎士たちと目が合ってしまった。

「下郎の分際で、よくも楯突いてくれたわ」

「我らが、高貴なる力を思い知らせてやりましょうぞ」

「そこに土下座して、許しを請うがよかろう。下郎めが」

 高笑いする中年騎士が、剣の先を地面に向けた。騎士たちの横には、護衛役と思われる憲兵や治安維持軍戦闘兵が自動小銃をすずに向けていた。

「バカじゃないの。誰が、バカ貴族に頭下げるのよ」

 最後の見栄で、言わなくてもいいことが、ポロリと口からこぼれてしまった。

「この下郎っ! 思い知らせてやるが良かろう」

 美山紫音に米田と名乗っていた中年騎士が、脇に控えた憲兵に視線を向けた。

「小隊っ、構えっ!」

 少佐の階級章をつけた若い憲兵が右手をあげると、その場に進み出ていた憲兵五名が自動小銃を構えすすに銃口を向けた。

・・・うわーっ、いきなり銃殺かぁ・・・

 そう、すずが自分の死を感じたその刹那、眼が眩む光にゲート前広場は包まれた。

「なっ、何っ・・・?」

 その光は、城塞ゲートからのサーチライトだった。横方向から数十機のサーチライトが一斉に点灯され、すずと騎士達にが照らし出された。

 突然のことに、騎士や憲兵たちが混乱していると、大音量スピーカーによる放送が開始された。

『警告! 警告します。ゲート付近での発砲は、厳に禁止されています。万一、発砲する意志を確認した場合、ゲート守備部隊は即座に総力をあげ攻撃します。警告します・・・』

 ゲート監視塔他、城壁からも無数のサーチライトが、すずと対峙した治安維持軍に向けられた。

 その照らし出された兵隊たちに、赤いレーザー照準の点が無数に浮かんでいた。

「ぶっ、無礼者っ!」

 そう叫んだ米田伯爵の煌びやかな甲冑には、レーザー照準の赤い点が数十個浮かび上がっていた。

 狙撃手に狙われていると分かった全員が、軽いパニックになっていた。

『重ねて警告します。速やかに戦闘行動を中止しなさい!』

 その言葉が途切れた刹那、すずの前方数メートルの地面が破裂した。

 大口径機銃か対戦車ライフル弾が一斉に打ち込まれ炸裂した。地面を振るわせる衝撃と削られたコンクリートが、身長よりも高く舞い上がった。

 すずに銃口を向けていた兵達への牽制射撃だった。

 その、あまりの衝撃に、騎士達は腰を抜かしてその場に倒れ込み恐怖に全身を震わせていた。

『警告します・・・・・』

 牽制射撃が終わり再び警告のメッセージが流れ始めた。そして、その警告に対抗するように、数台の装甲車が車載機銃をゲート方向に旋回させた。

「あっ、馬鹿・・・」

 すずは、思わず呟いた。

 この警告を棒読みしてるのは、明らかにモデラーズ兵だ。そして、人間相手に平気で発砲するということは、マリー姉さんの命令か何かで発砲しているのだ。

・・・殺されるぞ・・・

 そう思った刹那、三台の装甲車に何かが着弾した。

 対戦車ライフルか鉄鋼弾かミサイルか何かは分からなかったが、三台の装甲車がほぼ同時に爆発炎上した。

「ひーっ!」

 飛び散る金属片が頬をかすめ、すずは悲鳴を上げ地面に身体を投げ出した。

 一瞬で、ゲート前広場は修羅場になっていた。

 装甲車の爆発炎上を目の当たりにして、貴族達が悲鳴をあげて逃げだした。それを見た兵士達も蜘蛛の子を散らすように、我先にと輸送車や車に乗り込んで逃げ出したのである。

 装甲車に積まれていた弾薬が破裂し、火薬と人の焼ける臭いが広場をおおっていった。

 兵員輸送車や車に乗り遅れた騎士や兵士たちが、何かをわめき散らしながら走って行く。

 それも全員が、警告と発砲を受けたゲートに向かって走り出したのには、少し呆れてしまった。

「凄いわね・・・恥ずかしくないのかしら?」

 最初の牽制射撃から数分もすると、生きた人間はすずだけになっていた。呆れるほどの逃げ足の速さだった。

 サーチライトの灯は落とされ、広場は燃え上がった装甲車の炎に照らされていた。焼け焦げた死体が数体車外に転がっていた。

・・・流石はマリー姉さん。貴族様にも容赦ないんだ・・・

 焼死体の他にも、頭部を撃ち抜かれた憲兵が数人転がっていた。おそらく、すずを射殺しようとした兵士達だろう。

「恐っ・・・」

 そう呟いたところで、端末が震えた。

 音声通話ボタンを押しても、マリーは何も言わなかった。

「すみません。バンパイア奪われました」

「ああ、いいさ」

 マリーは、そう短く言って通話を切った。

 怒鳴られないのは、マジ怖い。そして超つらい。何だか役立たずキャラに分類されてそうな気がしてならない。

「す、すみません・・・」

 端末を握りしめ呟いた。

 燃える装甲車を見ていると、怒りがわき上がってきた。

・・・何なのよ、これ・・・それに姫様って?・・・

 昨日から親身になって相談に乗っていた生徒会長が、この腐敗した城塞都市トップの孫だったとは、何という皮肉だろう。

「そうか、あいつが、姫様ってことかよ・・・」

 思わず独り言を口にしてしまった。

 古代中尉警護で出会った補給大隊大尉との会話を思い出した。

・・・あの女が、新しい英雄なの・・・

 ピエロもいいとこだ。

 親身になって相談に乗り、その挙げ句に最後はバンパイアを横取りされて、虫けらか何かのように殺されそうになった。

・・・何なんだ、このクソみたいなオチは・・・

 今更ながら、そういう世界で生きているのだと、奥歯を噛みしめた。力が欲しかった。何者にも怯えずに済む力が。

「中隊長っ!」

「隊長っ!」

 四方の暗闇から、部下たちが駆け寄ってきた。上官の命令とかちゃんと聞けよと思ったが、少し切なくなった。

「何でまだ、こんなところでウロウロしてんのよ」

「すみません。こいつら、全員言うこと聞かなくて」

「いや、副隊長だけ抜け駆けしようとするから、ずりーっ!て、みんなでくっついてきたんです」

「いつも教えてるでしょ。無駄死にするなって」

「死んでないしぃ・・・」

「そうっすよ。第一、中隊長に何かあったら、あたしら生きていけません」

「おおげさね」

「だって、生きのいい生体ゾンビとか出会ったら、大変っしょ。あたしら逃げるしか無いし」

「そうそう、中隊長と副隊長がいると、何かと便利だしぃ」

「アッ! 合コンも、戦車兵との合コンも重要っす」

 部下たちがワチャワチャと軽い調子で話していると、ゲートから数名の将校が部下を大量に引き連れてやってきた。

「今度は、こちらさんに逮捕されるとか?」

 副隊長が不安げな顔を見せた。

「逮捕する勇気とか、そんなもんないわよ」

 すずは、そう言い切った。

 実際に、出てきた兵達は破壊された装甲車と死体を回収しに来ただけだった。

 ゲート守備隊副司令官と少しだけ会話を交わしたが、援護攻撃の礼を言うと、困惑しきった顔でまともな返事はもらえなかった。

 そして、ゲート前の小競り合いは、ビアンカ部隊絡みで処置しておくと伝えられ、小声で「おチビちゃんたちには、よろしく言っておいてくれ」とお願いされてしまった。 

 どんだけビビッてんだよと思ったが、考えてもみれば、ヨコスカ憲兵軍本部を壊滅させてしまうようなお嬢ちゃんたちだと思い出して納得した。

「マリー姉さんには、ゲート守備隊にお世話になったと報告しておきます」

 そう告げると、副司令官は大きくうなずき両手を合わせて、すずを拝んできた。

・・・あの赤毛のチビも、そんなに怖ぇーのか?・・・

 少し呆れ顔で、すずは敬礼した。

 おそらく、彼等ゲート守備隊には、騎士たちを攻撃する意思など無かっただろう。そして、それなのに、配下のモデラーズ兵が、突如として治安維持軍の装甲車三両を破壊してしまったのだ。

 人には銃を向けないはずのモデラーズが、自分たちとは別の部隊からの命令で動き、人を簡単に殺してしまったのだ。そして、その命令を出した相手が、ビアンカだと知った彼等は、恐れおののいたことだろう。

 今度マリーに出会ったら、襲って力一杯抱きしめようとすずは本気で思った。

「帰るわよ」

 そう副隊長に声を掛けると、彼女は半笑いで言った。

「お使い失敗でしたね」

「ええ、さっきマリー姉さんに叱られたわ」

「そ、そうですか。こ、こんど、叱られて頭突きされそうになったら、自分が身代わりになりますから。中隊長のためなら、我が身を犠牲にすることもいといません」

 副隊長が真顔で言った。キモイ。

「あ、あんた、マリーとオデコくっつけたいだけでしょ?」

「あはははっ、わかりました?」

「ば、バカねっ・・・」

 前線に向かって歩き始める。足取りは不思議と軽かった。

 こちらの戦死はゼロだったので、気持ちだけは楽だった。














「貴様っ、姫様に対する無礼は、この殲滅騎士団団長にして侯爵家当主の私が許さぬぞっ!」

「ま、待ってください」

「例え姫様の命でも、これは許されませんぞ。たかだか下民の分際で、我ら高貴なる貴族を前にしたその態度は許されぬわ」


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