第17話 バンパイアレベル1


   柏木すずのターン


登場人物    柏木すず 22歳  

     第78女子抜刀中隊中隊長。軍曹。

   15個小隊300人と中隊本部要員20名を指揮する。

     セシリーに命じられα1に展開していたが

     アッ君迎撃に出て・・・

     「牝狐」と呼ばれたりする。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 崩れかけたビルの非常口から姿を現した少年に向かって、副隊長が敬礼の号令をかけようとしたのだが。

「中尉殿にっ・・・・」

 少年の後に姿を現した人影に、全員が息を呑んだ。

「ちょっ、ちょっとっ!」

「な、何っ!」

「まじっ・・・・?」

「はぁぁぁっ!」

「うっそー」

 人望にも迫力にも欠けた中尉殿を前にして、女たちの口から思い思いの言葉が吐き出された。

 目隠しと猿ぐつわをされた線の細い若い女が、手錠をされた姿で現れた。その服装が問題だった。どう見ても、さっきまで一緒に戦っていたワンガン兵学校女子生徒の制服なのだ。

「学生っ!?」

 小隊長の一人が一際甲高い声で叫ぶように言った。

 普段の真面目で物静かな彼女には似つかわしくない声質だ。

・・・ちょっと待ってよ。スイッチ入ったぁ?・・・

 ヤバい。そう、すずの本能が告げていた。

「この子がバンパイア?! 変でしょうっ!? 本当に彼女はバンパイアなのですかっ!?」

 小隊長は一歩前に出ると、古代中尉を睨みつけた。

・・・お、おい、何、言ってくれてんのよぉ?・・・

 彼女の反応にすずの顔から血の気が引いていく。

「どう見ても、弱った女学生にしか見えませんっ!?」

 そう真面目系筆頭小隊長が言葉を投げつけると、古代中尉は視線を完全に下に向けてしまった。

 母親に叱られている子供に見えてしまう。

・・・アキト君に難癖つけんなぁ、よぉぉぉぉっ!・・・

 すずは慌てて小隊長の肩をつかんだ。

「ちょっ、ちょっとっ! 言葉を慎しみなさいっ!」

「いえ、納得のいく説明をしていただきたいです。彼女がバンパイアだというのなら、それを証明していただかないとっ!」

 小隊長は顔を真っ赤にし、すずにも食ってかかる勢いだった。

「中尉殿に意見できる立場ですかっ! 分をわきまえなさいっ!」

 彼女が噛みつく理由を、すずは知っていた。

「これではっ、こんなのっ! 憲兵のバンパイア狩りと同じじゃないですかっ!」

 怒りに我を忘れた怒り声だった。

・・・ルーとフィーか、他はどこよ?・・・

 すずは小隊長の叫びを受け流しつつ、周囲に視線を走らせた。

 アキトに続いて出てきたのは、ルーとフィーだけだった。彼の直衛ビアンカは5人のはずだが。

 何かと毒を吐くリサがいないというのが気がかりだ。あのチビなら毒を吐く前に発砲しそうだと、周囲に視線を走らせたが見当たらない。

 少しでもアキト側が動けば、即座に対応しなければならない。

「ちょっと冷静になりなさい。あなたは黙ってちょうだい」

「黙りませんっ!」

 小隊長の大声に、ルーの肩が動いた。

・・・やっべーっ、ルーがトリガーに指かけたしっ!・・・

「な、何か面倒なことになってるみたいだね。な、何なの?」

 視線を右斜め下に落としたまま言った中尉に、小隊長はすずを押しのける勢いで前のめりになって問いただすように言った。

「その女の子が、バンパイアだというのは本当なのっ!?」

「はぁ? 何なの?」

 彼女の勢いに中尉は少し後ずさりしてつぶやいた。キョドった表情と小さな声が、お子様全開だ。

「す、すいません。すぐに黙らせます。落ち着きなさいっ!」

 今にも飛びかかりそうな小隊長の身体を押し戻そうとすると、彼女は自分から半歩下がって身構えた。

・・・なっ、何で刀に手を掛けてんのよっ!・・・

「ちょっと、あなたっ! いい加減になさいっ!」

 アキトに背を向け、小隊長にキツイ口調で言った。

 睨みつけ威嚇して、それでも引かなければ、ぶん殴って大人しくさせるしかなかった。

 小隊長と睨み合ったその刹那、背後で突如発砲音が響き、くぐもった女の悲鳴が廃墟に響きわたった。

 抜刀隊員たちの驚きの顔が並んでいる。

 すずが振り返ると、女子学生がその場に倒れ込み足をバタつかせ、のたうち回っていた。

・・・はぁぁぁっ!・・・

「ぐうぐぁーッ!」

 女学生の太ももから、鮮血が吹き出している。

 その横に、突撃銃を構えたブロンドツインテールが立っている。銃口からは、微かに煙が立ち上っていた。

 発砲したのは近接戦闘の魔女やら女神様などと、軍上層部で呼ばれているアキト直衛ビアンカのルーだった。

「動くなっ!」

 マリーの高く通る声がその場に響いた。

 3人のビアンカが銃口をすずたちに向けている。

 しかし、すずたち抜刀兵全員の視線は、撃たれた学生に集中していた。

「な、何っ?」

「けむり・・・」

「うっ、うそっ・・・・」

「まじっすかぁぁぁぁっ!」

「本物のバンパイア・・・・」

 すずたちが見ている前で、撃たれた学生の太ももから水蒸気のような煙が立ち上がり、銃創が見る見るうちに消えていった。

「な、な、何ですか・・・これ?」

・・・これが不死身ってことなのか・・・

 すずも愕然としてしまった。撃たれた傷が数秒で塞がっていったのだ。まさしくバンパイアと呼べる者が、そこにいた。

「さて、どうしよう?」

 倒れ込み悶え苦しんでいる女学生を前に、アキト少年がつぶやくように言った。

 落としていた視線を上げた少年と、一瞬目が合った。

・・・な、何をどうすんのよーっ!?・・・

 古代中尉は視線を横のブロンドツインテールに向け、尋ねた。

「ちょっと、人数が多いかな?」

「ちょう余裕だし」

 ルーが楽しげに微笑み、一歩下がった。

・・・はぁ? そんなこと言いながら、後ずさるなよー!・・・

 3人のビアンカは、互いに一瞬目配せをして、今にも発砲しそうな体制で身構えている。アキトの指示待ちなのだ。

・・・やべぇ! 下手したら、この場で全員射殺とかぁ?・・・

「どうする? アキト」

「えっ? ああ」

 ルーの問いかけに、アキトがゆるく反応した。ルーの小さな指は、トリガーを絞り込んで撃つ気満々だ。

 瓦礫の上では赤毛のマリーが、何やら通信を始めた。

「こちらレッドデルタ。コードβ、繰り返す作戦コードβ」

・・・ひーっ! マリー姉さん何か怪しいコード連呼してるしぃ・・・

 何を言っているかは不明だが、災難が追加されつつあると思って間違いないだろう。

・・・つーか、あんたのデルタはツルツルだろーっ!・・・

「迎撃コードアップロード。我に従えっ!」

・・・ツルツルおチビ姉さん、イミフな事言ってるーっ!・・・

 誰を迎撃するのか、敵に決まっている。そして、この場合の敵とは、どうみてもすずたち抜刀隊で間違いない。

・・・ぎゃーっ! アキトと目が合ったぁぁぁぁっ!・・・

 珍しく顔を上げた少年と、視線がクロスした。

「どうするの? 隊長さん」

「ま、参りました。降伏です。間違っても逆らいません、から」

 すずは、自分の日本刀を地面に置いて、両手を挙げた。

「た、隊長っ?」

 中尉に噛みついた小隊長が、困惑した声ですずに声を掛けてきた。すずは、慌てて振り返ると、部下たちに向かって諭すように話しかけた。

「いっ、今っ。私らは、中尉殿に難癖をつけたバンパイア信奉者の一団と疑われているのっ! う、動いたら、一瞬で皆殺しな・・・の、よ。・・・みんな、ゆっくりと刀を地面に置きなさい。これは命令ですっ!」

 そう言い終わった刹那、誰かがボソリと言った。

「一斉に斬りかかれば、勝てんじゃねぇ?」

・・・な、何言ってるって・・・か?・・・

 どのバカ女だと一瞬背筋がゾクッとしたが、すずは振り返ってアキトたちを見た。

 アキトの横で撃つ気満々のルーと目が合った。

「い、いま、言ったの・・・ルー・・・だよね?」

「・・・・・」

 美少女は、そのキュートな口元をゆるませた。

・・・わ、笑ったよ・・・

 一瞬で力が抜けた。

・・・たまに喋ればコレかよ・・・このツンデレ最終兵器だけは、マジ油断ならねぇし・・・

 すずは改めて古代中尉の前で敬礼した。

「出過ぎた口をききました。申し訳ありません」

 その、すずの言葉に反応したのは、ビアンカのフィーだった。アキト直衛ビアンカは、どの子もクセが強い。

「牝ギツネは、やっぱ信用できないよね。シモベ引き連れて襲いに来るとか、マジうざいし。チャチャっとやっちゃおうよ」

 機械的にしゃべったフィーに続き、マリー姉さんが大きな声で叫ぶように告げた。

「二個狙撃小隊バックアップっ! いつでもヤレるしっ!」

 マリーが目をつり上げにらんでる。

 気づけば、部下たちの額には赤いレーザー照準の光が無数に浮かんでいる。

 そして、すずを見る部下たちの顔も酷く引きつっていた。すずの頭にも無数の照準が浮かんでいるのだろう。

 マリーの合図一つで、一瞬にして全員射殺されるのだ。

 刀を置いても、この場合あまり意味は無かったが、抜刀兵全員が武装を解いたところで、古代中尉がボソッと小声で言った。

「今日の目的は、この人じゃないから」

「どうすんの?」

 中尉の言葉に、フィーが尋ねた。マリーが瓦礫の山から下りてきて、何やら輪になって話し始めた。

 おチビさん会議が始まった。

「隊長さんも、ごめんなさいしてるからいいんじゃない?」

 古代中尉の大人な意見に、ホッとしたのもつかの間、マリー姉さんが早口で責めてきた。

「ごめんで済ませるから、勘違いするバカが出てくるんだ。後々面倒臭いからヤッちゃおう。国防軍にも学習させねーと」

 その言葉に、残りの二人も激しく首を縦に振る。

・・・いやいや、振りすぎっしょ・・・

 ルーもフィーも美少女ぶりが残念なほど、激しく髪を振り乱し首を振っている。

・・・つーか、殺されたら学習できんわーっ!・・・

「フィーもルーも、お願いだから勘弁してよぉぉぉぉっ」

「お、出た」

「お得意の、勘弁攻撃」

 一歩近づくと2人が意地悪そうに笑った。完全に遊ばれているが、死なずにはすみそうな雰囲気だ。

「て、言うか、私ら中尉殿にベッタリマッタリしにきたんです」

「いらね」

 古代中尉の即答に、すずは大きく肩を落とした。予想通りの返事だが、今の状況で無理矢理抱きつきに行くというのは、完全に無理がある。

「で、ですが、上層部からの指示もありますのでぇ・・・」

 歯切れ悪く、顔を伏せて少し上目遣いにお願いしてみる。女子力全開で女の視線で訴えたが、汚物を見るような視線を一瞬もらえただけだった。

 セシリーやルナやマリーやルーといった超美少女に囲まれて育った中尉に、すずの女子力ビームは効果なかった。

 しかし、一度や二度の失敗であきらめていては、このゾンビ溢れる世界で生き残ってはいけない。

 すずも、これまで生き残った根性を振り絞った。女子力ビームがダメなら・・・

「ねぇ、中尉どのぉんっ、お・ね・が・いーっ」

 恥も外聞もかなぐり捨て、すずはお色気ビームを発射した。

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・」

 ビアンカたちがフリーズした。

「はあ・・・・」

 古代中尉がため息をついた。

 面倒臭くて根負けしたみたいだ。

「な、なんか、キモい・・・」

 ビアンカたちの気持ちを代弁するように、ルーが言った。

・・・キモいとか言わないの・・・傷つくし・・・

 そう言葉にすることもできず、情けない顔で笑って見せた。

「じゃあ、隊長さんにはお使い頼むことにするね」

「何ですか?」

「このバンパイアを、ゲートまで連れて行ってくれるだけでいいから」

 地面に転がった女学生を、中尉が指差した。

「な、なぜ、そうなるのですか?」

「ん? 君らの目的、こいつじゃないの?」

「まじ、勘弁してください。私らの任務はぁ、中尉殿の護衛であります」

「襲いに来て失敗したから、適当なこと言ってるんじゃね?」

 マリーが少し棒読みで言った。

「全員で行くのですか? 中尉殿の随行任務が・・・」

「いや、おたくら信奉者かもしれないし、一緒に来られてもウザいだけだし」

 中尉にしては長文の発言だ。本気で嫌がられてるようだ。

「は、はぁ・・・・」

「お前ら、マジ殺すぞ!」

 マリーに一括され、すずは慌てて敬礼した。

「ひーっ! りょ、了解しましたぁ・・・」

 赤毛のおチビさんに敬礼したところで、少し周囲が騒がしくなってきた。

「む、向こうから、妖しい集団とモデラーズ兵が来ます」

 若手小隊長の報告に、すずは貌をあげ、古びた車が散乱した道路の先を見た。

「まるで、ゾンビみたいだけど、あれってみんな偉いさんですよ」

「うわーっ! モデラーズ兵が綺麗な分だけ、おじさんたちの薄汚れ具合が目立ちますねぇ」

「なんか、モデラーズ兵が凄い勢いで突っ込んできてませんか?」

 古代中尉護衛本隊のご到着だった。

 おそらく、渋谷方面軍本部近辺で古代中尉迎撃の任務を受けた将校達が、モデラーズ兵を引き連れ駆けつけてきたのだろう。

 方面軍本部奪還に成功して、それで、万が一にも古代中尉に何かあったのでは、本末転倒もはなはだしいということだろう。

 極端に言えば、トーキョー城塞都市防衛だけで考えても、渋谷方面軍全兵員の命より、古代中尉の生命の方が価値はある。少なくとも、すずはそう思っていた。

・・・あ、あんたか? マリーっ!・・・

・・・これが作戦コードβぁ?!・・・

・・・指先で展開の指示出してるしいっ!・・・

・・・半包囲されて一斉射撃でつか?・・・

「ま、マリー姉さんっ・・・堪忍してよっ・・・」

「かんにん? こんどは堪忍攻撃か?」

「いや、私たち降伏してますから・・・あははっ・・・」

「まあ、ただの防衛配置だ。気にすんな」

「いや、全モデラーズ兵が私らに銃口向けてますよぉ?」

「ん? そういう作戦だし」

「作戦コードβさんでつか?」

「βはロング射撃による殲滅攻撃だ。これはゼータで、近接攻撃による制圧戦でルーが撃ったら、それを合図に一斉射撃だ」

「ひーっ!」

 視線をルーに向けると、ブロンドツインテールが銃口をすずに向け微笑んでいる。怖い・・・。

「そ、そんな、ご無体な・・・」

 ルーだけは勘弁してと視線で訴えた。

「今のところ、1キロ圏内でお前らがダントツ一番怪しいからな。あたし的には、予備的にサッサと殺しておきたいところだっ!」

「ま、またぁ・・・そんな意地悪ばっか言うんだからぁ・・・マリー姉さん、もしかしたら私に気がありますぅ」

「サッサと死ねっ・・・」

 銃口を目の前に突きつけられた。

「ひーっ! ごめんなちゃいっ・・・反省してまつ・・・」

 そうやって、すずがマリーと戯れている間に、おじさんの集団が古代中尉を捕捉した。

「アキトーっ!」

 どこかで見かけたことのあるお偉いさんの手が、古代中尉に巻き付いていく。

「わぁ・・・・アキト君大変ですね・・・・」

 おじさんの群れに少年が呑み込まれていく。

 直衛ビアンカたちも、完全に数歩引いて様子を伺っている。

 中には女性将校もいるが、微妙に数歩引いたところで、遠巻きに周囲を警戒している。

 おじさんまみれにされた中尉は、露骨に嫌な顔をしているが、何も言わず親父達に抱きしめられていた。

 ある意味、見慣れた戦場での風景を眺めていると、マリーが言った。

「じゃあ、お前らは、この女の護送ってことだ。ホワイトゴールドゲート前に迎えが来るから、そいつらに渡しておいてくれ」

「いや、私らなんかに、そんな重要な任務・・・・」

 話しの展開として変だ。バンパイア信奉者疑惑で皆殺しにされそうになったというのに、その相手にバンパイア渡すのか、と

突っ込みたいが言えなかった。

「大した任務じゃねーし。ただのお使いだ」

「そうなんですか?」

 本物の生きたバンパイアだ。とんでもない重要任務にしか思えない。

「ああ、バンパイアだろうが憲兵軍だろうが治安維持軍だろうが、イミフな諜報部だろうが絶対に奪われるなよ。お前、横取りとかしたら、中隊まとめて抹殺だぞ。マジで」

「はーいっ・・・」

 すずは、あきらめた。古代中尉と話せる雰囲気が微塵も無いとなると、マリーの指示に従うしか選択肢はなかった。

「と、ところで、こいつ連れて帰るとなると、何匹くらい襲ってくると思う?」

「まあ、多くて7・8体だな」

「一度に来られると・・・ちょっと厳しいんですが・・・・」

「知らねーし」

「そんなぁ・・・いけず言わないで、ルート指示してくださいよぉ。マリー姉さんっ・・・」

「おまえ、牝狐のくせにマジ図々しいなぁ・・・」

「何言ってんですかぁ・・・どつきどつかれた仲じゃないですかぁ・・・えへっ」

「何が、えへっだ! ほんの数分前、難癖つけて襲おうとしてたくせに・・・」

「ご、ごめんなさいですぅ・・・」

 再びエロカワ攻撃をしてみる。ウインクすると、マリーの顔が歪んだ。

「じゃあ、α33オメガブラボーを経由してα1に向かえ。それなら最悪でも3体で済むから」

「えーっ! α1を通るんすかぁ?」

「はぁ? お前らα1から来たんだろう?」

「そうですけどぉ、この状況でぇ、α1に行きたくないかなぁ。とか?」

「知るかそんなもん。どう動くかはお前らの自由だし」

「ちぇっ、マリー姉さんのケチっ・・・」

 拗ねて見せたが、赤毛の美少女は相手をしてくれなかった。

「じゃあ、ちゃんと届けろよ」

 そう言って、マリーはその場を離れてしまった。

 バンパイア女学生は地面に転がったままだ。

・・・マジか・・・

 本物と思われるバンパイアを見ながら、少し途方に暮れた。

 どう考えても、この状況は一大事なはずだが、ビアンカたちや古代中尉にしてみれば、バンパイアレベル1など、どうでもいいということなのだろう。

 一瞬、よからぬ考えが頭に浮かんだが、すずは頭を振ってその思考を振り払った。

「ちゅ、中隊長っ、何で私をツンデレちゃんに紹介してくれなかったんですか?」

 副隊長が横に来て、お馬鹿なことを言った。興味は、そっちかよと突っ込みたかったがスルーした。

「知らないわよ、めんどくさいわねーっ。私らはそれ連れて撤収よっ」

 すずの指示に、部下たちの視線が転がった女学生に向けられた。

「ところで、何でα1に戻りたくないんですか?」

「そんなの、このバンパイアが兵学校の生徒だからに決まってるでしょう」

「はぁ?」

「ま、まあ、そりゃそうですよね」

「えっ! 副隊長は分かんの?」

「ああ、うちらでさえ、この学生服見て本当にバンパイアかどうか疑ったんだぞ。そんなもん、同じ兵学校の生徒が見た日にゃあ・・・・」

「ああ、確かに学生とうちの中隊で戦争ですね・・・・あいつら下級生まで連れてきて数増えてますからねぇ」

「そうなると、向こうが数で有利だ。バンパイアを奪われない為には、学生の10人やそこらは叩き切らないと収集はつかないかも? だろ?」

「それも、運が良ければね」

 すずはため息交じりに言った。

「じゃあ、道変えれば?」

「それ無理。ルートを変えれば、生体ゾンビ8体と出くわす可能性大っつーか、確実に来る」

「さっきの、マリー姉さんの話は、そういうことですか」

・・・マリー姉さんとか呼ぶなよ。どんだけドツかれて、やっと普通に話してもらえるようになったと思ってんだぁ・・・

「教えてもらったルートが一番安全ってことなのよ」

「隊長殿・・・」

 副隊長が顔をくっつけてきた。ウザイ。

「バンパイア連れてると、生体ゾンビが寄ってくるんですか?」

「ええ・・・そんな話を聞いたことがあるわ・・・」

「どこの情報ですか?」

「アキト君たちの会話を盗み聞きした・・・の」

「さ、さすがは牝狐っ!」

・・・つーか、お前が言うか? わたしゃ直属の上官だぞ・・・

 副隊長を睨んだが、いつものようにスルーされた。

「でも、さっきの話だと、バンパイアになったばかりだと言ってましたよね」

「ええ・・・要するに、このあたりのバンパイアは、ほぼ完全に撤退したか始末されたということよ。だからこそ、主を失った生体ゾンビは、主に近い存在に引き寄せられる。それが、この女ってことね」

「中隊長って・・・何者なんですか?」

 部下たちが、何やら尊敬の眼差しを向けている。

 少し気持ちが良いので、つい口がなめらかになった。

「ただの牝狐とは訳が違うのだよ・・・ふふふっ・・・」

 自慢げに笑って見せたが、若い女には通じなかった。

「す、すみません。それは、感心するとこ? 笑っていいところですか?」

「さあな・・・おっ! マリー姉さんからメールだ」

 端末が震えた。

「私のツンデレマリー姉さんと、電子暗号通信までしちゃってるんですか?」

 副隊長が二の腕を掴んで顔を寄せてくる。

・・・誰が、私のツンデレよ。・・・そもそも暗号じゃ、ねーし・・・

「そうよ。マリーは口は超悪いけど、そのオマケで口もなかなか軽いのよ」

「な、何ですか?」

「マリーは聞いたことは、たいてい教えてくれるの。なかなかいい子なのよ」

「そんなの当たり前です。私のツンデレ姉さんですから。つーか、メアド教えてください」

「やぁよ」

・・・何がツンデレ姉さんだ。もうお友達か? この女だけは、絶対マリーに近づけられねぇな・・・

 メールを開く。

『特殊素体L1搬送要件。生体での輸送と奪還阻止を優先。バンパイア・生体ゾンビ・治安維持軍・憲兵軍・国防軍各諜報部隊並びに情報部から引き渡し要求がなされた場合、全力でこれを阻止することを期待する』

・・・わぁっ・・・最低だぁ・・・・

 文書を読み終えると、端末からマリーの声が流れた。

「β686で待機する輸送小隊に特殊素体L1を引き渡せ。お使いちゃんとやれよ。わかってんだろうな? 牝狐っ!」

 ボイスメールの声が可愛い。

・・・つーか、30メートルくらいしか離れてない距離にいるのに・・・

 顔を上げてマリーに視線を向けると、一人の女性士官が目に入った。

「よう。抜刀隊」

 オヤジ軍団に囲まれた古代中尉を遠巻きにし、周囲を監視していた女性将校が近づいてきて声をかけてきた。

「こ、これは、中山大尉殿っ!」

「君たちも無事だったのか」

「はい。大尉殿もご無事で何よりです」

 声をかけてきたのは、渋谷方面軍本部後方支援補給第二大隊大隊長中山梨花大尉だった。

・・・ここにいるってことは、大尉の部隊もか・・・

 ご無事で、と言ったのは少し失敗だった。

「ん?・・・」

 すずの足元に転がった手枷足枷猿轡姿の女生徒に、中山大尉が気づいた。

「こ、古代中尉からの預かり物です」

 中山大尉の視線を受け、副隊長が慌ててバンパイア化した学生のみぞおちに一撃を入れた。

 突然、軍用ブーツで腹を蹴り上げられ、女子生徒が悶絶してのたうち回る。

・・・わ、ワイルドだな・・・

 副隊長の暴挙に、すずは少し引いた。

 悶絶し、のたうちまわる学生を、数人で押さえ込む。とんでもないパワハラ暴行現場を見られてしまったが、大尉は小さくうなずいただけだった。

「そ、そうか・・・」

 中山大尉は、古代中尉と聞いただけで問いただす気が一瞬で失せたようで、穏やかな視線をすずに向けた。

「君たちはいいのか?」

 大尉が古代中尉の方を目配せした。

「私らはお使いを命じられましたので、これから撤収です」

「そうか・・・」

「大尉殿は、古代中尉の相手はいいのですか?」

「はははっ。二人きりなら本気で頑張るが、ああオヤジたちに抱きつかれていては、女性将校は誰も手は出せないだろう?」

「そ、そうですよねぇ」

 すずが大尉に愛想笑いしていると、小隊長2人が会話に割り込んできた。

「私ら・・・行っちゃ駄目なんっすかぁ・・・」

「あきらめなさいっ。つーか、もしかしたらあんたら、オヤジ狙いじゃないでしょうね?」

「な、なわけ・・・ないじゃないっすか・・・ぁはははっ」

「何が、ぁはははよ」

 こんな部下の上官だと思われただけで恥ずかしい。

「部下がアホですみません・・・」

「いや。元気な部下たちだ。で、少し聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「あ、はい。どうぞ。あんたらは、向こうに行ってなさい」

「あ、いや、みなにも聞きたいんだ。私の第二大隊のことを・・・」

「ああ、そ、そういうことですか・・・・」

 大尉のオーダーを知り、すずはウツになった。

「何か情報は持ってるか? 私は自分の大隊がどうなってるのか、まったく把握できてないんだ」

「端末は使えないのでありますか?」

「最前線のジャミングは酷くてな。セシリーの激は全員の端末に届いたが、その後はサッパリなんだ。特に一時間くらい前からは酷くて、雑音もしなくなった」

・・・あそこに犯人が立ってますよ・・・

・・・あの、赤毛のチビが妨害電波出しまくりなんです・・・絶対、あいつが犯人です・・・

 すずは、目で訴えたが、大尉には届かなかった。

「ここに来てる将校の大半は、式典参加中にゾンビの奇襲を受けた人間なのよ。部隊に帰隊できなかった指揮官の集まりね」

 寂しげな表情で大尉は言った。

 大隊長ともなると、部下の数もハンパない。その大勢の部下と連絡が取れないということは、たまらない苦痛だろう。

「私が聞いたところですと、本部兵員と第一守備隊と司令官は本部に立て籠もって交戦するも・・・ほぼ全滅だと。しかし、あの時の即時撤退命令が思いのほか効果があったようで、方面軍の半分以上は第二戦線まで後退し、後退できずに各地で孤立した部隊も、セシリーの突出で窮地を救われたと・・・」

 すずの説明に、大尉はウンウンとうなずいたが、愁いは晴れなかった。

 そんな大尉に向かって、抜刀中隊本部要員女子が少しゆるい口調で話しに割り込んできた。

「あのぉ。支援補給第二大隊主力なら、渋谷二回目開始直前に確かZZ1デルタに集結してましたよ」

「ええっ? 何であんた、そんなこと知ってんのよ?」

 すすの問いに、彼女は肩をすくめて答えた。

「いえ、私の立ち位置からは、そのあたりがよく見えましたので覚えてます。先行部隊に続き第二波として500が出撃していったと思います」

「はぁ、話が見えないわね? あなたの立ち位置って、ほとんど私と一緒に行動してたでしょ?」

「はい。だから、立ち位置はちょうどここです」

「何言ってんだお前・・・大丈夫か?・・・」

 副隊長が熱でもあるのかと、おでこに手を当てた。

「いえ。セシリーの作戦指示書の地図に出てましたよ。まじ」

「あっ、あれねっ!」

 すずも、無駄に長い作戦指示書のことを思い出した。

「どういうことなの?」

「は、はい。作戦の起点である前線突破地点の防衛をセシリーに命じられまして、その時端末に組み込まれた作戦指示書に付属した作戦図が、どうもレアアイテムらしく、友軍の人的データがリアルタイムに表示されるという、ちょっと意味不な代物だったのです。逃げ遅れた私の部下たちも、その作戦図通りの場所で無事が確認できましたので、性能に間違いは無いはずです」

「ちょっ、ちょっと見せてくれるかな。頼む」

「ど、どうぞ」

 端末を取り出し画面を操作する。しかし・・・

「ゲッ! フリーズしてるし・・・」

 端末を覗き込んだ中山大尉が肩を落とした。

「仕方ないわね・・・」

 大尉がため息交じりに呟いた。大隊規模で部下の行方が分からないというのも、部下の数が多いだけ心配も多いだろう。

 変な期待を持たせてしまった焦りが、すずを動揺させていた。

 逆ギレされて補給が滞りでもしたら、食いしん坊な部下たちが今以上に動きが鈍くなりそうで怖い。

「で、では、直接アキト君に聞いた方が早いですよ」

「そういう訳にはいかないわ。あそこでアキトと明るく話してる連中も、心の中では部下の安否が知りたくて仕方ないのよ。でも、みんな我慢してるのよ」

 古代中尉を取り囲んだオヤジたちが、明るくワイワイ少年に話しかけている。頭をポンポン叩かれ、抱きつかれ、少し迷惑そうな顔をしている中尉も時折笑みが垣間見えた。

「そ、そうですよね・・・・」

 適当な意見具申をスルーされ、すずは奥歯を噛んだ。妙案が即座に浮かんでこない。

 大尉に恩を売りつける方法がないかと悩んでいると、後ろの脳天気な部下が軽い口調で言った。

「大尉殿が聞きづらいなら、うちの牝狐がちょちょっと聞いてくれば?・・・ぐぇっ!」

「ふっ・・副隊長っ・・ギブっ・・・ギブっ・・・」

 振り向くと、すずを牝狐呼ばわりした分隊長が、副隊長に首を絞められジタバタもがいている。

・・・ナイス・・・

 すずが副隊長に微笑んでいると、中山大尉が尋ねた。

「なんだ? 牝狐って?」

「そ、空耳です・・・」

「は、はぁ?」

 小首を傾げた大尉に、図々しい部下たちが寄ってきて話し始める。

「なんたって、うちの隊長は、あの殲滅のセシリーを召喚したんっすよぉ! きっとアッ君ともお友達ぃ?」

 たかだか抜刀隊小隊長の分際で、エリート女大尉殿にお友達感覚で話しかける馬鹿に、すずはどん引きした。

「ぐえっ!」

 お気軽に大尉殿に話しかけた小隊長の首を、副隊長が即座に後ろから襲った。

・・・カエルか、お前ら・・・召喚してねぇしぃ・・・

 副隊長とアイコンタクトを交わし頷いた。心の中で殺してしまえと囁くと、副隊長が力を込めてさらに締め上げる。

 できる女だ。副隊長に微笑みかけ、「ギブギブ」とジタバタしている部下を冷たい目で睨む。

・・・つーか、ほんの10分くらい前、皆殺しにされそうになった仲だろ・・・

「おまえ、殺されたいのかぁぁぁっ! 適当な話すんなぁぁぁっ! 赤毛ちゃんに聞かれたらどうするっ!」

 副隊長が少し不純な動機を口走ったところで、中山大尉がその精悍な顎に指を添え小首を傾げた。

「今回の作戦、再集結中に聞いた話だと、姫様の命令を受けたアキトが、ビアンカ部隊を動かしたと説明を受けたわよ」

「姫様?」

 すずは一瞬驚き目を見張った。

「これが?」

 そう言って、小隊長の1人がすずを指差した。

「これは、ないだろ・・・」

 別の小隊長が眉をひそめた。

「これとか言うな・・・」

 副隊長もどん引きした顔であきれている。

「まじ、殺すわよ」

 すずも本気でイラっとして、心の声がダダ漏れした。

「す、すみません。姫様・・・」

 罰が悪そうにシュンとなった部下を横目に、すずは大尉に尋ねた。

「姫様というのは?」

「詳しい情報はサッパリよ・・・」

「まあ、いつものヤツですね・・・」

「そうね、いつものパターンで、その偽者のお姫様とやらが新しい英雄ってことかしら・・・」

「まさか、本物のお姫様ってことはないですよね?」

「そ、それは無いでしょう・・・あのウワサも、どこまでが本当なのか・・・」

 この絶望的な世界でも、都市伝説的な希望の光が皆無という訳ではなかった。「姫様」という単語は、城塞外で戦う兵士達にとって、最近になり急速に広がってきた不確かなウワサであった。

 その信憑性は別にして、仮にその「姫様」が登場するようなことがあれば、今の歪みきった社会体制も一変できるほどインパクトある都市伝説だった。

 中山大尉の表情が、また少し暗くなった。

 ワチャワチャと話す、すずの部下たちを見る表情が、まるで我が子を見る母親のようだ。そして、彼女の部下であり娘や息子達は、いまのところ連絡も取れず心配と不安が増したのだろう。

 彼女のためにも何とかと思った瞬間、ようやく妙案が閃いた。

「じゃあ・・・しかたないですね・・・私が何とか」

 すずはそう言いながら一歩前に出て、中山大尉に顔を寄せた。

「・・・?」

 普段なら軽口など叩けない補給大隊大尉殿とお近づきになるチャンスだ。このチャンスは絶対ゲットしたかった。補給大隊の女神様に恩を売っておけば、最前線ライフは格段に楽しくなること間違いなしだ。

 ここで恩の押し売りに成功すれば、物資がザックザクだ。

「あのチビがダメなら、あっちの赤毛のチビに聞いてみましょうか?」

 一度古代中尉に視線を向け、それから貌を振って赤毛のビアンカを指差した。

 どう考えても古代中尉相手では無理があった。取り巻いたオヤジたち以前に、ルーが睨みを効かしている。

 しかし、マリー姉さんならヤレる気がした。

「柏木・・・なんか凄い悪い顔してる・・・・」

「あのおチビでしたら、口が軽いから楽勝ですよ」

「あの子、中尉直衛のスペシャルだろう? そんな凄い子と親しいのか?」

 そうスペシャルだ。スペシャルに口は軽い。口が軽い女は、話しさえ噛み合えば絶対にイケるはずだ。

「はい。あっちのおチビなら私が一声かければ、ペラペラとくっちゃべりますよ。あははっ」

 部下たちの視線がちょっとだけ冷たい。つーか、みんな死んだ魚の目になってる。

 だが、その部下たちの視線が一斉に動いた。

「えっ?」

 斜めに傾いた日差しが何かに遮られた。

 人影がすずを見下ろしていた。

「赤毛のチビって、誰のことだっ!」

 それは甲高い少女の声、マリーだった。

 影がスッと動き、凄まじい衝撃がおでこを襲った。

 ゴチっという鈍い音が鼓膜にまで響いた。

「ぎゃあっ!」

 柏木すずは、不覚にもその場に両膝を突いてうずくまった。

「たっ、隊長っ!」

「なんか、すっげー音したしぃ」

 衝撃で目の前が真っ暗になった。

「頭が割れたーっ・・・」

「大丈夫か!?」

 大尉殿の声に反応し、顔をあげた。

「だ、大丈夫であります。大尉殿っ・・・えーっ! そっち・・・」

 顔をあげると、大尉はすずの前で頭を抱えたモデラーズ兵を両手で支えていた。

・・・コイツが犯人か? 声は姉さんだったけど?・・・

「ああ、軍曹も大丈夫か?」

「な、なんとか・・・」

・・・痛てーぞ! ボケー!・・・

 わめき散らしながらぶん殴りたかったが、大尉が犯人にくっついているので手が出せない。

「いや、この子は、本部配備のモデラーズ兵なんだが、新兵で正式配備になる前に襲撃があって、一緒に渋谷方面軍本部屋上に籠城してたんだ。新兵だが、この子たちがいなかったら、私も今頃はゾンビになってたと思う」

 モデラーズ兵のブロンドをヨシヨシと撫でる大尉の姿に、すずがどん引きしていると、脇に立った小隊長の一人が変な声をもらして後ずさった。

「はうっ!」

「何だ? 変なよがり声出すなよ・・・ゲェッ!」

 下品なカエルの鳴き声を発したのは副隊長だった。

 膝を突いたすずの前に誰かが立った。

 戦闘用ブーツ、小さな足だった。

 ビックリして顔を恐る恐るあげた。頬が引きつった。

「ま、ま、マリー姉さんっ・・・」

 全てを理解した。頭突きしてきたモデラーズは、マリー姉さんに遠隔操作されていたのだ。

 どんな仕組みだよ! そう思った刹那。

「一回、死んどけぇっ!」

 逆光の中、綺麗な赤毛がキラキラと光り振り下ろされた。

「ギャアーッ!」

 ゴチっという音と振動が頭蓋骨に響き渡った。

 モデラーズ兵に続き、ビアンカマリーの頭突き連続攻撃だった。マジ頭割れたと思った。

「あっ、死んだ・・・」

「見事な速攻っすね・・・」

「やっぱ、ビアンカ最強だわ・・・」

「・・・・・・」

 部下たちの声にまじり、副隊長も妙に間の抜けた声で感心している。

 上官が襲われたというのに、何なんだこいつらはと怒りが一気に吹き上がり、その矛先を真ん前に立ったおチビにぶつけた。

「あっ、あにすんのよおぉぉぉぉっ! 馬鹿ちびぃぃぃっ!」

「お、おい。柏木っ・・・」

「ビアンカちゃんに何てこと言うんですかっ!」

 飛びかかる勢いで立ち上がったすずの両肩を、大尉と副隊長が押さえつけるようにつかんだ。

 どうも、2人はすずの味方ではないようだ。

「えっ! あっ・・・・あはははっ・・・」

 みんなの視線がかなり痛い。

 少し離れた場所から古代中尉や佐官クラスのオヤジまで白い目で見てる。

 今の状況は、とてもすずに不利だった。この気まずい雰囲気を一気に逆転させなければならない。

 すずは、まるで何事もなかったかのように軍服の裾を伸ばし、すまし顔で大尉に微笑んだ。

「た、大尉殿、私の完璧な作戦を、ご、ご覧頂けましたか?」

 口のまわりが微妙に悪い。適当に言いつくろうため、頭を高速回転して、話を無理矢理紡ぎ出していく。

「はぁ?」

「これは、ちょ、超可愛くてキュートなマリー姉さんをおびき寄せる巧妙な作戦だったのですよ。ふふふっ・・・痛っ・・・」

 ズキッとおでこが疼いた。

「すげーっ! さすがは牝狐中隊長っ!」

「やっぱ、やるねっ、牝ギツネっ!」

「あんたら・・・マジ恥ずいわっ・・・」

「・・・・・」

「・・・・」

 すずの暗い視線に、部下たちは即座に沈黙した。

 面と向かって上官を牝狐呼ばわりする神経に、今更ながらどん引きだ。

 ここまでくれば、もはや恥も外聞も無い。

 物資が欲しい。大尉殿に恩を売りつけたい。その一心だった。

「マリー姉さんっ・・・・」

 再び膝を突き、マリーの幼児体型ウエストに抱きつく。

「ええいっ、なつくな牝狐っ」

 そんなこと言われても、簡単に離せない。

「お願いですからぁ、妨害電波ぅぉ、少しだけぇ、弱くしてくだちゃいっ」

 ちょっと可愛く甘え声で言ってみる。

 頭が痛すぎて、少しやっつけ仕事的口調が自分でも痛い。

 男の腕の中でも使わない口調なので、リアルにハズイ。

「アホか。そんなの無理に決まってるだろ。馬鹿だろ、お前だいたいなんだ? ちゃいって? キモいぞ・・・お前・・・」

 目が笑ってない。汚物を見るような目だ。

「じゃ、じゃあっ。私の端末を少しの間だけ、前みたいにできませんか?」

 端末を取り出し、思いっきり媚びた女の視線を向けたが、普通に真顔で返された。

「それは、セシリーの強制通信コードだ。あたいに、そのコードを起動させる権限は無い」

「そ、そんな・・・」

 真顔で言われたことが追い打ちだった。

 降参するしか無い。

 頭突きされ損だった。

「ご、ごめんね・・・マリー姉さん・・・無理言って・・・」

「ああ・・・」

「大尉殿・・・申し訳ありません・・・お役にたてなくて・・・すみません・・・・ポンコツで・・・役立たずで・・・」

・・・頭が超痛い・・・マジ泣きたい・・・

 頭蓋骨が割れたように痛い。

・・・ヒビの一つも入ってるだろ・・・

「いや、私こそすまない。ここはアキト中尉の護衛に集中しないとな・・・柏木すまなかったな」

 補給大隊大尉は、優しくすずの肩をさすってくれた。恩を売りつける作戦は失敗したが、少しお友達になれたような気がした。

・・・ちっ、馬鹿マリーっ・・・

 大尉の役に立てなかった悔しさと頭突きの痛みで、本当に泣けてきた。

 うまく事が運べば、野戦食300食に戦闘用ブーツ10足はゲットできたはずだという皮算用が虚しかった。

 未練たらしく、涙目で拗ねた視線をマリーに向ける。

「はぁ・・・めんどくせーなぁ・・・」

 赤毛ビアンカは小さくため息をつき、その小さな右手を突き出した。

「おい。誰と連絡を取りたいんだ? 端末を貸してみろ」

「た、大尉殿っ! 端末を」

「あっ、ああっ・・・」

・・・そうか。マリー姉さんの端末ならつながる・・・

 すずにうながされ、中山大尉が端末を取り出した。

 大尉は軍事機密満載の将校用端末をビアンカに差し出し、交信を希望する番号を指し示した。

「この番号か」

 マリーは大尉の端末を手に取り、小さな指で番号を押した。

・・・はぁ? 自分でポチったよ・・・赤毛のおチビさんは・・・

 大尉と顔を見合わせた。端末が使えないと言っただろう、と突っ込みたかったが、怖くて突っ込めない。

 リダイアルの音がして、マリーは端末を耳につけた。

・・・だから、つながらないって・・・

 アホの子か?と思った刹那、マリーがキレた口調で話し始めた。

「誰だ、お前? 名を名乗れっ!」

 赤毛のおチビさんは、目をつり上げて怒鳴っている。

「か、かわいいっ」 

 そう、ボソッと言ったのは、すずの肩を押さえていた副隊長だった。

「なんだぁ?」

「つながったのか?」

 すずと中山大尉は顔を見合わせた。

「ほら。面倒くせーから、お前が話せよ」

 不機嫌な貌で、マリーが端末を大尉に放り投げた。

・・・大尉殿にもタメ口だよ。この姉さん・・・

「あ、ああ。あ、ありがとう・・・」

 端末を受け取った大尉が、慌てて通話を始めた。彼女の顔は見る見るうちに破顔して瞳をうるませていた。

「ど、どういう仕組みなの?」

 すずの問いかけに、マリーは不機嫌な貌のまま答えた。

「別に。あの女の端末に、一時的なアクセスコードを付加しただけだ」

「はあ・・・?」

 言ってる意味が微妙に意味不だが、いつものハイテクなのだろう。そもそも、何かの操作をした雰囲気は皆無だったが、触れただけで何でもできるのかと驚かされた。

・・・わぁぁぁっ・・・大尉殿、泣いてるっ・・・

「そうか・・・そ、そうかっ・・・ありがとう。よくやってくれたっ・・・ありがとうっ。引き続き指揮を頼むっ・・・」

 簡単な通話を終えた大尉が、端末を胸に抱いて涙している。

 その幸せな気持ちを抱きしめるように数秒フリーズした大尉は、貌をあげ聖母のような微笑みを浮かべマリーに尋ねた。

「こ、この端末、他ともつながるかな?」

「ああ、基本的に通話可能だ」

「す、少しの間、連絡に使っても構わないかな?」

 国防軍大尉殿が、人でさえないビアンカに小首を傾げ媚びた貌でお願いしている。

「ああ、好きにすればいいさ」

「あ、ありがとう」

 大尉は端末を抱いたままマリーに大きく頭を下げると、再び誰かに音声通信で話し始めた。

 一通り会話を交わした大尉は、涙で濡れた顔でマリーに敬礼すると、同行してきた別の将校に声をかけ端末を渡した。

 通話可能端末の登場で、古代中尉を遠巻きにしていた女性将校たちが歓喜の表情で端末を交互に使って連絡を取り始めた。

 中にはガックリと肩を落とし、その場に崩れ落ちる将校も現れ、その場の雰囲気は微妙な空気が流れたりもした。

 古代中尉を取り巻くオヤジたちが、彼を中心に移動を始めた。

 周囲をモデラーズ兵が固め、彼等は渋谷方面軍本部へと向かうようだ。

「やれやれ、だわね・・・」

 軽やかなステップで瓦礫の山を駆け上り進んでいく赤毛のビアンカを見送りながら、すずは「ふーっ」と息を吐いた。

 参謀本部からの依頼は、何とか合格点をもらえるのではないかと思った。一応、古代中尉との接触にも成功したのだから。

 少し緊張感から解放されかけたすずの横に、部下たちが進み出て手を振った。

「大尉どのぉ! 今度、部下の男子紹介してくださあぃぃっ!」

「大尉殿っ、補充兵はイケメン男子100人でお願いしますぅ」

「おじさま、さようならぁーっ!」

「アッ君、今度お姉さんとデートしようねーっ」

 瓦礫と廃墟と動かなくなったゾンビの死体転がる前線に、部下たちの明るい声が響いていた。

「毎度の事ですが、恥ずかしいですね。最後尾を守る、どこぞの中尉がこっちガン見してますよ」

「あまり見ちゃダメよ。おバカ女子のお仲間と勘違いされるわ」

「いや、お仲間というより、親玉と思われてますよ」

「わ、私のイメージが・・・・」

 頭突きの連続攻撃で赤くなったオデコに手を当て、すずは古代中尉たちに背中を向けた。

・・・後は、こいつのお使いだけね・・・

 拘束されたままの兵学校制服姿の女生徒は、地面に転がったまま寂しげな瞳ですずを見ていた。

 バンパイアと思われる女生徒を見下ろすすずに、古代中尉に食ってかかった小隊長が、神妙な表情で近づいてきた。

「ちゅ、中隊長っ・・・先ほど、自分が馬鹿な態度を取ってしまったために、ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません・・・・」

「ん? ああ、まあ、あれよね。ちょうどツボにはまったわね。しょーがないわよねー」

 すずは緩い表情で軽く受け流した。

「わ、わたしっ・・・・」

「気にしなくていいわよ。次は頼むわね・・・」

 彼女の行動は、明らかな軍規違反だ。本来なら、降格させ転属させなければならないところだろう。

 一人のうかつな一言が、あの場にいた全員を死の一歩手前に追い込んでいたとも考えられる。

 そもそも、部下がいちいち上官の命令に疑問を持っていては軍は機能しないと思ったが、お馬鹿すぎたスーパーガード作戦直後ということで、不問に付す気になっていた。

 それに、彼女の気持ちは痛いほどわかる。

 彼女の二つ下の妹は、13歳の時バンパイア狩りで憲兵軍に拘束され帰ってこなかったそうだ。

 憲兵軍によるバンパイア狩りの実体は、あまり知られてはいない。

 バンパイア狩りと称してバンパイアが好みそうな美少女を連れ去っているというウワサは昔からあった。だが、その真実を知る者はほとんどいない。

 バンパイア信奉者の組織が憲兵軍内部に存在するという、ウワサの真相は解明されていない。しかし、憲兵軍によるバンパイア狩りの恐怖は、城塞内部に住む一般住人の最大の恐怖であることは間違いなかった。

 そして、最近になり、その憲兵軍と派手に交戦しているとウワサされるのが、古代アキト中尉ひきいるビアンカ中隊なのだが。

・・・さすがにバンパイアを連れて歩く訳にもいかないわね・・・

 分隊長2人の上着を使って簡易担架を作り、バンパイアかた兵学校女子生徒をそこに寝かせて運ぶことにした。近くに転がった死体から何枚も服を集めて、彼女が見えないように何重にもかぶせグルグル巻きにした

「本物のバンパイアなんですかね・・・」

「私も初めて見たわ。再生するって、本当だったのね」

 そう副隊長とすずが話していると、部下たちが担架をグルリと取り囲んで、自然にブリーフィングになった。

 若手分隊長たちが交代で担架を運び、小隊長たちは前後の警戒と迎撃を担当、細かな作戦はその都度指示することで、撤収の作業分担は決まった。

「こ、これって、凄いことじゃないんですか? マジ本物のバンパイアを捕獲してるんですよ」

「そうねぇ?」

 興奮した口調の部下に、すずはゆるく曖昧な口調で答えた。

「なにを呑気に構えてるんですか、隊長っ!」

「なに、興奮してるのよ?」

「正体不明の敵が、ここにいるんですよ。人類の敵を捕らえてるんですよっ!」

 普段どちらかと言えば冷静で優秀な小隊長が、目を見開いてまくし立ててきた。

「初めてバンパイアとご対面したから興奮するのは分かるけど、今日のことは忘れた方がいいわよ」

「どういうことですか?」

「ゾンビ大戦が始まって70年、これまでバンパイアが捕獲された例はあるのよ。でも、バンパイア信奉者の画策や本物のバンパイアによる奪還作戦で、バンパイアの詳しい生態なんかは全く不明らしいわ。国防軍レベルではね」

「我々も、のんびりしてるとバンパイアに襲われるということでしょうか?」

 そう尋ねたのは副隊長だった。

「いえ、それは大丈夫だと思うわ。セシリー様ご一行が蹂躙し、アキト君まで出てきてるんだし。このあたりに生き残りのバンパイアはいないわよ」

 そう副隊長に説明したすずは、顔を横に振って興奮した表情の小隊長に言った。

「いいこと。生きたバンパイアを捕まえたなんて知られてみなさい。それこそ、憲兵軍から治安維持軍を筆頭に、ありとあらゆる怪しい組織から引き渡し命令が来るに決まってるのよ。そして、そんな命令に従うってことは、アキト君に喧嘩を売るのと同じなのよ。でも、そんなこと出来ないでしょ」

「そ、そりゃ、そうですね・・・」

「私たちに出来ることはね。とっとと、このバンパイアを配達してアキト君のお使いを終わらせるだけなのよ」

 すずは、自分に言い聞かせるように部下たちに説明すると、瓦礫になったビルの谷間に見える城壁に視線を走らせた。

・・・何事もなければ、それでいいけどね・・・

 バンパイアうんぬんというより、古代アキト絡みというところが一抹の不安材料だった。

 ろくでもない奴に関わると、ろくでもない目に合うものだ。

 すずは、撤収の指示を副隊長に伝えて歩き出した。



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