第16話 あっくん迎撃作戦
柏木すずのターン
登場人物 柏木すず 22歳
第78女子抜刀中隊中隊長。軍曹。
15個小隊300人と中隊本部要員20名を指揮。
セシリーに命じられα1に展開中。
「牝狐」と呼ばれたりする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
戦場の景色は見慣れていたが、何もかも消し飛んだ巨大クレーターには血の気が引いた。
桜坂に到着すると同時に違う指令が出て、柏木すずは駆け足でα1に戻ってきた。
戻りながら、自分たちの危うい状況に恐れおののかずにはいられなかった。
緩やかな坂道だったその場所は、直径100メートル深さ数メートルの巨大クレーターになっていた。
シモーヌが居合わせなければ、すずの中隊も同じように消し飛んでいた可能性もあったのだ。
守備を任されていた学生の姿は1人も見当たらなかった。遺体さえ無かった。聞いた数字が確かなら、第一兵学校抜刀科2.3年生9百名他合計1000名以上が布陣していたはずだ。
それが消し飛んでいたのだ。
それを思うと、言い知れぬ怒りや吐き気が断続的にわき上がってきた。
戻ったすずたちを副隊長と数名の小隊長が出迎えてくれた。
「お疲れ様です。中隊長」
「お早い、お帰りですが?・・・・どうでした?」
険しい表情で、分かりきったことを副隊長が尋ねてきた。
「ええ、向こうは緊急展開部隊先遣隊が到着したから、丸投げしてきたわ。綺麗さっぱり、直径100メートル越えの大きなクレーターができてたし・・・」
「生存者は?」
真顔で尋ねられたが、すずはため息交じりに真実を告げた。
「さあ? クレーターの周囲にボロボロのゾンビが少しだけウロウロしてたけど、他に動く物は見当たらなかったわよ。どう考えても全滅ね。戦車も吹っ飛んで見当たらなかったし・・・」
「そ、そうですか・・・・でも、中隊長に戻って頂けて助かりました」
「それが、向こうに到着早々、本部から新しい任務があるからα1に戻るよう命令されたのよ」
「新しい任務ですか?」
「ええ、戻ったら連絡するように言われたんだけど・・・お偉いさんと話すのめんどくさいのよねぇ・・・」
「そ、そうっすねぇ・・・」
そう答えた副隊長の横で、おしゃべりな分隊長がうなずきながら言った。
「その気持ちわかりますぅ。私も隊長たちから直メもらうと、ちょいウツになるんでつ」
そう言われ、すずと副隊長が暗い視線を向けると、彼女は頬を引きつらせながら笑った。
「あははは・・・す、すんませんっ・・・」
口の悪い部下は目で殺し、すずは副隊長に尋ねた。
「それより、シモーヌはどうなったのよ?」
「それが、全く見当たりません。偵察分隊を複数臨時編成して周囲を徹底的に探させましたが・・・」
「マジぃぃ・・・・」
「どうします? もう少し捜査範囲と人員を増やしますか?」
「んーっ・・・偉いさんの命令次第だわね。何かヤレってことでしょうし」
「で、でも、どうするんです。シモーヌがゾンビになって現れたら?」
「いや、その時は、私が始末するわよ。つーか安心してね。あんたがゾンビになったら、私があなたの頭をたたき割って、ちゃんと埋めてあげるから」
「そいつは、どうも・・・」
「なによ? 嬉しくないの?」
「ははっ・・・嬉しいような悲しいような、そんな複雑な心境です。つーか、頭叩き割られるんですか? 痛いのやだなぁ」
脳天気につぶやく副隊長を前に、すずは小一時間ほど前に直電を受けた参謀に電話をかけた。
「は、はあ・・・・まじっすかぁ?」
電話口の参謀は穏やかな口調で、いきなり本題を伝えてきた。
「人手不足・・・ですか・・・進撃速度が速すぎて前線が大混乱・・・」
偉いさんと話していると、部下たちがジワジワとよってくる。
「うちら下っ端にまで・・・・つーか、私はこの任務に向いてないと思いますが」
遠回しに拒もうと、すずは一応努力してみた。
「い、いえ。私は、ビアンカにもモデラーズにも大変嫌われているのですが・・・・」
ビアンカと口走ったところで、副隊長が真横にくっついてきた。軍規も軍事機密も何もあったものじゃない。
「は、はあ、それは、大丈夫です。探索と援護でありますか?・・・・ああ、あれですよね。いつもの中尉殿と仲良し大作戦?ですね」
仲良し大作戦と言ったところで、視界に入った部下たちが一斉に小首を傾げた。副隊長だけが口をOの字に開け、目を輝かせている。
「い、いえ。第78抜刀中隊の小隊長・分隊長を総動員して、任務を遂行致します。10名は出せます。はい、はい、大丈夫です。超速攻で出撃しますから・・・了解しました」
結局、断る理由が何一つ見つからず、すずは依頼を承諾した。端末を切り、少し思案する。
・・・人手不足ねぇ?・・・
・・・つーか、本部の被害甚大ってことか?・・・
・・・まあ、方面軍本部壊滅だから当たり前かぁ・・・
「ちょっと、シモーヌの捜索は一時中断よぉ。小隊長と分隊長並びに中隊本部要員は全員集合してちょうだい」
既に集合済みの小隊長たちに加え、分隊長以上で緊急ブリーフィングを行った。
「聞いて。ボスキャラが前線に舞い降りたと連絡があったわ」
「ボスキャラ?」
すずのザックリとした説明に、ほぼ全員が小首を傾げた。
「我々78中隊の分隊長以上は、ボスキャラ迎撃に出撃するようにとの本部からの依頼よっ!」
「迎撃なのに依頼なのですか?」
連絡下士官が眉間にしわを寄せて尋ねてきた。
「ええ、一応、依頼だけど・・・断れなかったわ。頼まれたのが、首都圏国防軍総司令部参謀本部からだから」
総参謀本部からの依頼と聞き、女たちは驚き戸惑いの表情を浮かべている。
ざわついた雰囲気の中で、小隊長が手を上げて言った。
「ぼ、ボスキャラって、もしかしたらバンパイアで・・すか?」
「はぁ? んなわけないでしょ。このあたりで一番ヤバイ奴のお迎えよ」
「いみふぅ?」
天然お馬鹿系分隊長が小首を傾げた横で、彼女と肩を並べていた分隊長が閃いたとばかりに口走った。
「あっ! 前線最強と言えばビアンカ中隊ご一行様っ!」
「もしかしてっ! セシリー? セシリーっしょ?」
まだまだ世間知らずの分隊長たちが口々に的外れな回答を連呼する。ブリーフィングではなく、女たちの井戸端会議状態だ。
「違うし。そもそもお昼に降臨済みだし」
そう言った古参小隊長には、ボスキャラの正体が想像できているようだ。
「じゃ、じゃあ、アッ君?」
そう少し困惑気味の表情で尋ねたのは、若い小隊長だった。
「あっ君?」
「そうか、あっくんね」
「ああ・・・あっ君かぁ。なる」
小隊長たちは、まるでお友達でも呼ぶように口にして大きく首を振っていた。
「お、お前らっ! 馴れ馴れし過ぎだっ。ツンデレちゃんに撃ち殺されるぞっ!」
ゆるい雰囲気を副隊長が吹き飛ばした。どうも、この女はビアンカが絡むと人格が変わるみたいだ。
「みんなも、前線でアキト君に抱きつくおじさん軍団の姿を目にしたことはあるでしょう?」
「ああ、あれっすね」
すずの問いに、部下たちが一斉に首を縦に振った。
「で、わが中隊の分隊長以上と中隊本部要員を動員して、これよりアキト君を捕捉し、それをやるのよ」
「は、はぁ?」
「ああ、そういうことですか・・・」
「ど、どういうことですか?」
「話の内容を理解できた者は、手をあげて」
半分の部下が手をあげた。
「あんたら、刀ばっか使ってないで頭も使ってよねぇ」
すずの愚痴に、お馬鹿な部下たちが大きな声で笑った。
「ナンパする時も日本刀使ってるしぃ」
「年下くん、刀突きつけたらおとなしく付いてきまぁすぅ」
16・17歳のスレた女子たちがギャハハと笑っている。
・・・あ、アホだ・・・こいつら・・・
・・・目の前に、あほの子がいっぱい・・・
・・・これがうちの小隊長に分隊長って・・・・・
・・・こんなん引き連れて最前線を護ってる私こそ、首都圏の守護天使に違いないわぁ・・・
・・・真の守護天使はセシリーに譲るとして、バッタ物の天使ぐらいいけんだろ?・・・
少し遠い目で部下を見る。
あほの子に言い聞かせるのは面倒だ。この手の仕事に適任なのはやはり。
「ザックリと説明してやってちょうだい」
「は、はあ」
振られた副隊長は、即座に説明を開始した。
「いいか、アキト中尉の指揮する部隊はやたらと強い。バンパイアやバンパイア信奉者を筆頭に、現状の既得権益で優雅に暮らしている皆様からすると、あの坊やはとっても邪魔な存在なんだ」
「へぇ?」
「はあ?」
お馬鹿な子たちが、少し口を半開きにして小首を傾げている。そんな部下に、副隊長は丁寧に言い聞かせるように説明する。優しい母親のように。
「そして別の角度から見るとだ。ビアンカ部隊の強さを目の当たりにした人間は皆思うんだ。もしかしたら、世界からゾンビとバンパイアが駆逐される日が来るかもしれないってな」
「そ、そりゃ、私らだって、そう感じたりしますから・・・」
「あ、そういうことか」
「え、ナゾナゾ分かったのか?」
「どんだけ、馬鹿なんだ? お前らは」
優しい母親モードだった副隊長は、すぐキレた。そして、まくし立てるように早口で言った。
「首都圏最強と呼ばれ、味方殺しで超有名な中尉殿を暗殺しようというヤカラが、戦場のあちこちにいるってことだ。わかる? 聞いてる? だからね、だから私たちが、彼の周囲に張り付いてそれを防ぐわけだっ!」
「ああ・・・」
「へぇ・・・」
副隊長の熱弁に、女子たちはアンニュイな表情でうなずいた。
「おっ、お前らっ! 意味分かってないなっ! いいか、これは暗殺者や狙撃手、それらに加えてバンパイアから中尉殿を守るという作戦だ。私たちは盾になり身を挺して、坊やを守るんだっ!」
握り拳を造ってテンションマックスで訴えた副隊長を前に、部下たちはほんわかとした表情で答えた。
「了解っすぅ」
「あ、なるほどねぇ」
「まあ、年下の男の子守って死ねたなら、まぁ本望っす」
・・・何か、軽いわね・・・
なぜか部下たちは妙に素直だった。普段なら、何だかんだとウルサイ女共なのに。
「で、あんたらは、この依頼を引き受けてくれるの?」
反応が微妙なので、すずはあらためて聞いてみた。
「え? 拒否ってもいいんですか?」
一番前に立った小隊長が、少し驚いた表情で聞き返してきた。
「えっ! お、お前っ、拒否るんだ?」
副隊長が驚きの声を上げると、向かい合っていた女子たちは一斉に両手を突き出してさえずり始めた。
「い、いえいえ。拒否ったりしません。絶対っ!」
「喜んで抱きつきます」
「ど、どこまで触っていいんですか?」
女たちは、テンションが微妙に上がっている。というか、何だか顔が紅潮してる。
「い、いや、襲う訳じゃねーから。ちょっと強めのハグぐらいにしとけよ」
迫る部下たちに、副隊長は微妙に的外れな答えを返した。
「き、キスしていいですか?」
「チュー、来たーっ!」
「い、いや。だから違うと言ってるでしょ・・・」
すずの言葉など誰も聞いていない。
「肌と肌寄せ合ったら、男と女なんだしぃ・・・」
「私の胸で抱きしめたら・・・やっぱり・・・」
そこまで言って盛り上がったところで、女子たちは一斉にフリーズした。
「お、おい。何してる?」
副隊長の質問など無視した女たちの小鼻がヒクヒクと動く。
1人が戦闘服の袖をクンクンし始めると、その場の女たちは一斉に襟や胸元を匂い始めた。
「わ、私らぁ・・・に、にっ、臭いませんかぁ!?」
「なっ、何かっ!臭くねっ?」
クンクン音をたてがら、互いに臭いを嗅ぎ合っている。
城塞外部で活動している間、シャワーなど浴びることは滅多に無い。汗と泥とゾンビ臭が女たちの軍服を染めていた。
「ま、まあ、ちょっと・・・な・・・」
今更といった感じで副隊長がうなずくと、悲鳴が響いた。
「ぎゃーっ!」
「げろげろっ!」
「いやーっ!」
「ひーっ!」
「まじーっ!」
「かんべんしてーっ!」
「こんな薄汚れで抱きついたら、嫌われるしーっ!」
「いや、好かれに行くわけじゃないんだぞ・・・それに、薄汚れ通り越してるし」
副隊長は面倒くさそうな顔で言ったが、女たちの悲鳴はおさまらなかった。
「嫌ーっ! そんなのっ、女子として嫌ーっ!」
「じゃあ、拒否るのか?」
副隊長は少し投げやりに尋ねた。
「なわけ、ないっしょ!」
「ちょい臭ですが、若いボディで勝負するっす!」
「まぁ、女のフェロモン臭と思うっしょ!」
自信満々の顔で握り拳を造る部下たちの思考が、すずにはイミフだった。
・・・やっぱ、こいつらバカばっかだ・・・
「あんたら言っておくけど、中尉殿直衛のビアンカたちも一緒にいることを忘れないでよね」
「ビアンカちゃんに抱きついていいですかっ!?」
小隊長二人が即座に食いついてきた。
「やめろっ!」
副隊長がひときわ高い声で吠える。
「えーっ、駄目なんっすかぁ? ちっちゃくて、ギュッて抱きしめたい衝動がおさえきれません」
そう訴えた小柄な可愛い系小隊長の顔は妙に赤かった。そんな部下に副隊長が目をつり上げて吠えた。
「死ね! いや、ビアンカ姉さんに抱きつこうとするヤツは、私がたたっ切るっ!」
副隊長はなぜかとてもやる気満々だ。鼻息が荒い。
・・・こいつも、あほだった・・・
結局、すずと副隊長に、小隊長4名と分隊長5名に中隊本部連絡下士官を加えた総勢12名で「あっ君迎撃」に向かうことになった。
◇◇◇
すずたちは奪還した渋谷方面軍本部から3キロ南の指定探索ポイントに向かった。
α1から10分ほど歩いたところで、誰となく話始めた。
「何人か、居ましたよね・・・」
「えっ?」
「さっきの戦闘で・・・気づきませんでした?」
その質問に、一番若い分隊長が泣きそうな顔で答えた。
「わたしっ、第三小隊の洋子と真弓見ました・・・間違いありませんっ・・・」
「あたいも、その2人・・・見ました・・・あと、本部の美々っぽいのもいたと思います」
「あっ・・・やっぱ、あれ美々だったのかな・・・」
攻め寄せるゾンビに、仲間がいたのだ。絶命し、ゾンビになってしまった彼女たちの姿を思い出し、みな一斉にウツになった。
「あれ、気付いてましたか?」
「な、何を?」
「ああ・・・シモーヌだろ」
副隊長が寂しげに答えた。
その事は、すずも気づいていた。
「シモーヌ?・・・・」
「何のことっすか?」
「そうね。私らに敬意を払ってくれてたんだと思うわ」
そう思いたかった。
「な、何のことですか?」
「その3人を速攻ダウンさせたのは、シモーヌの自動小銃よ。間違いないわ」
「うちの隊員だから、真っ先に沈めてくれたんでしょうね」
すずの意見に副隊長も同意してくれた。
「あの凄い銃撃戦で、メイド撃ちまくってる状況で、ですか?」
「そんなの無理っていうか、何であのモデラーズにうちの隊員を認識できるんですか? それもゾンビになってるのに・・・・」「それがハイテクってヤツなのよ・・・」
ため息が出た。
ゾンビ大戦と呼ばれる戦争の不条理が身に染みた戦いだった。
「ハイテク凄いですよね。私らなんて日本刀なのに・・・・」
「鉄パイプよりいいでしょ」
「そっすね・・・」
副隊長が愚痴って話の論点が微妙にずれ、再び沈黙が訪れた。
沈黙は数分続いたが、女たちの復活は早かった。
「そ、そういえば、今度戦車兵と合コンするんでしょ?」
「ま、まじぃぃぃぃっ!」
「はぁぁぁぁっ!」
女共が騒がしく声をあげるので、瓦礫の隙間からゾンビが数体出てきて、うめきながら寄ってくる。
「自分、その超重要案件聞いてないですよぉぉっ!」
にじり寄ってくるゾンビの脳天を、日本刀で叩き割った最年長小隊長が、ベッタリと血のりが張り付いた日本刀を握りしめ、すずに迫ってくる。
副隊長も含め、全員がすずをガン見している。
・・・どんだけ地獄耳なのぉ?・・・
「わ、わたしい、お供いたしますぅ」
「はい。はい。はいっ。いきたーいっ!」
「私も連れてってっ、中隊長っ!」
「本部要員は、中隊長支援で全力出撃します」
部下たちは全員積極的にアピールしまくってくる。その積極性を生体ゾンビに出くわした時に発揮して欲しいものだと、冷めた視線で見ていると、可愛い系分隊長が頬を赤らめながら言った。
「わたしぃ、ハーフの可愛い子を産みたいぃぃ」
・・・もう、妊娠前提かよ・・・
その一言で、女たちの興奮はマックスに達した。
キャッキャと騒がしく喋り倒す一行の前に、次々とゾンビが現れては、テンションの上がった女たちに倒されていく。
「まだ、何も決まってないし」
発情した面倒臭い部下たちの言葉をスルーして足を速める。
しかし、十代女子は軽やかなステップで立ちはだかるゾンビを切り倒し、すずを取り巻いて離れない。
「じゃあ、私ぃ、アッ君と合コンしたいかもぉ」
脈絡の無い突然のお願いに、すずの足が止まった。
「却下っ!」
本気でにらむ。
「ええっ!」
「ダメなんですかぁ!?」
部下たちの驚いた顔に、すずの方がどん引きだ。
「当たり前でしょ。中尉殿なんだから」
「ちょっと、ケチかもぉぉぉっ」
・・・あたしゃ、上官だぞぉぉぉぉぉっ!・・・
目を細めさらに睨んでみたが、女どもはブツブツと文句を口走るばかりで、すずの視線など気にもとめていない。
「き、き、きっ、、、聞いてもいいでつか?」
可愛い系分隊長が顔を真っ赤にして、尋ねてきた。
「あっくんって・・・・」
立ち止まり、二人して見詰め合う。
「なによ?」
可愛い顔した十六歳が生唾を飲み込んだ。
「ど、ど、ど・・・・どどど・・・」
「それ以上言うなぁっ!」
真横で副隊長が吠えた。
戦場で声デカすぎ、と一瞬副隊長に視線を向け、すぐに視線を戻す。
「その可能性は、高いわね」
「マジっすかぁ!」
脇で見ていた小隊長が食いついてきた。
「も。も。もしも、あっくんと何したら、あたしぃ、特別な存在になっちゃうかもですかぁ!?」
「キャーッ! 初物食い来たーっ!」
「可愛い顔して、こいつ超悪い女っすー!」
ギャハハ、と若い女たちの声が響いている。
「はいはい。喰いたければご自由にぃ・・・」
「は、早く、合コンのお誘いを・・・お願いします」
目がマジだ。何人か、明らかに合コンに参加しますと目で訴えている。
昨夜も同じような話したよね、と突っ込みたかったが話すのがバカらしくなってきた。
・・・ば、バカなの? 君たち・・・
脳天気な部下たちが少し羨ましい。
つらい現実から逃れるために、馬鹿話で気をまぎらわせるのも、この世界で生き抜く知恵のようなものだった。
α1から20分ほど歩いたところで、すずは足を止めた。
倒壊して瓦礫になったビルのてっぺんに、赤毛のビアンカが立っていた。
赤毛のポニーテールとヒラヒラスカートが風に揺れている。目立ちすぎというより、何者かを誘っている風でもあった。
すずたちがゆっくり接近すると、ビアンカは自動小銃を構え瓦礫の山から降りてきた。
「マリー姉さーん!」
少し離れた所から、愛想笑い全開ですずは大きく手を振った。
同行している部下たちが一斉に、驚きの視線をすずに向けてきたが、そんなことは気にしていられない。
手をブンブン振り回し、全力でおチビさんに駆け寄った。
「久しぶりでちゅーっ! マリー姉さまぁぁぁぁっ!」
両手を広げて抱きしめようと迫ったが、特殊複合自動小銃とか言われている銃口を向けられ、すずは両手を肩まで上げて立ち止まった。
その後ろに、部下たちがゾロゾロと駆け寄ってくる。
「牝狐とその仲間か? 何だ?」
古代アキト中尉直衛、赤毛のビアンカマリーは、そのキュートな美貌を不機嫌全開といった表情ですずをにらんでいる。
「あ、あのぉ。アキトくんと少し仲良くしたいってっ、この子たちがぁ」
「がぁ」を強調して部下たちを指さす。
「は、はぁーっ!?」
そう間抜けな声を出したのは、柏木以外の全員だった。
空気の読めない部下を持つと苦労してしまう。話しを逢わせろと脚を蹴り飛ばしたかったが、徒労に終わりそうなのでやめた。
一番気が利くはずの副隊長が、マリーを前にして顔を赤くしてフリーズしてしまっていては、まともな援護射撃は望み薄だ。
「そ、そのぉ、人手不足らしくってぇ。いつもの身辺警護任務を私らがぁ、やっちゃうんですぅ」
部下たちの視線を無視して、バカっぽさ全開で話す。この話法が、この赤毛のおチビさんには一番有効なのだ。
「お前ら、マジ、めんどくせーな・・・」
少し肩を落としたマリーは、銃口を下げてため息をついた。
「いや、オヤジたちに群がられるよりぃ、ぴちぴち女子の方がいいかなぁ? とか思ってぇ・・えへっ」
ピエロを演じ、全力で愛想笑いを浮かべるすずの後ろから、部下たちがさえずり始めた。
「何ですか? その、えへって?」
「マジ、キモっすよ。中隊長っ」
「中隊長、ピチピチって歳じゃ無いっしょ!」
「引くわぁ・・・・」
・・・私の方が引くわ・・・・・
振り向き目をつり上げて睨んでみたが、「あはは」という笑い声とゆるく引きつった表情が帰ってきただけだった。
前後敵かよ?と思え、少しイラっとしたが、後ろのザコ軍団は無視することにして、すずはマリーに直球をぶつけた。
「で、マリー姉さん、アッ君は?」
「いま、ちょっと野暮用でな」
「はぁ? 作戦行動中とかじゃないの?」
「あ? 渋谷2回目は終了したとセシリーから連絡があったぞ」
「もう、帰ったのセシリー?」
「さあな?」
「えっ! マリーでも知らないことがあるの?」
「もう撤収したんじゃないか? つーか、探りに来たのか、お前?」
「な、なわけ、ないっしょ。アキト君とスキンシップしにきたんですぅ。首都圏防衛軍統合総司令部に頼まれたんで、喜んで出張ってきましたぁ」
満面の笑みで敬礼して見せたが、赤毛の美少女は面倒くさそうに肩を落として溜め息をついた。
「・・・ばかだろ? おまえ」
「はははっ・・・・まあ、そのぉっ、直衛の姉さんたちがいたら、あたしらとか必要ないのは理解してますけどぉ。国防軍の上の方は、やたら心配性だしぃ・・・それにほら、最近じゃ、中尉の背も伸びてぇ、姉さんたちより大きくなっちゃったからぁ」
「それは、あたいがチビだと、言いてぇのかぁ?」
速攻ハンパない目力でにらまれるが、それでも可愛い。
・・・いや、チビだし・・・
さすがに、ここで突っ込む馬鹿はいなかった。
「んな訳ないっすよぉ。ねぇ、マリー姉さんっ、お使いちゃんと出来ないとぉ、偉いさんにぃ、叱られちゃうんですぅっ」
「毎度毎度、お前ホント懲りないよなぁ・・・」
「アキト君はどこでつかぁ?」
小首を傾げ、中等部美少女風味で微笑んでみる。
「あ、ああ。中で変なのと接触してる最中だ」
マリーが銃口を半壊した小さなビルの非常口に向けた。
「変な女とエロいことしてるって意味でしょうか?」
「ば、馬鹿なボケかますな・・・」
すずの連続小ぼけ攻撃に、マリーも根負けして反応が鈍くなってきた。攻略は間近だ。
人類の敵はゾンビでありバンパイアだ。この戦場で、変なのと言えば大抵の場合ゾンビだが、あの中尉がゾンビなどと接触するとは考えづらい。というか、あり得ない。そうなると。
「そ、それは、もしかしたら、バンパイアってこと?」
少し真面目なトーンで尋ねると、後ろの部下たちが一斉に声をあげた。
「はぁっ!?」
「えええっ!」
副隊長をふくめ全員が驚きの表情を見せている。それは、当然の反応だった。そもそも、実物のバンパイアを見た人間は皆無に等しいのだ。
「上位を殺された下位バンパイアと世間話をしてるところだ」
「は、はぁ?」
マリー姉さんは、平然とした顔で世間話でもするように言った。口が軽い姉さんだ。チビだが。
「そ、そんなのと接触しても大丈夫なの?」
「ああ、レベル1だし。バンパイアになり立てで、支配する主が消えたから、本人も自分が何者かも分からないみたいだ」
「で、アキト君は、バンパイアと世間話を、ですか・・・・」
すずは、お馬鹿モードのしゃべりも忘れ、つい真顔で話してしまっていた。
国防軍レベルで考えれば、バンパイアの捕獲は、この大戦始まって以来の快挙と呼べるレベルの大事件なはずだが。
「あ、あのっ・・・それって、本当の話なんですか? バンパイア? レベル1?」
分隊長の一人が、すずの横に出てきてマリーに問いかけた。
上官が情報収集している横から話に割り込むなど、マジ自由すぎる行動だ。
「なっ!」
驚くすずを前に、マリーが銃口を上げた。
「この、馴れ馴れしい女を撃ち殺していいか?」
「ひーっ!」
銃口を顔に突きつけられ、分隊長は間抜けな悲鳴を上げ後ずさった。味方殺しのウワサでも思い出したのだろう。
「まあ、こんなの殺しても玉の無駄なんで。ちょっと、連れてってよ。このお馬鹿」
首根っこをつかみ、副隊長に目配せする。
「こ、こんなのって・・・・ひどいっすよぉ、中隊長っ・・・いやーっ! 私をのけ者にしないでーっ!」
分隊長の首に逞しい腕を巻き付け、副隊長が引きずっていく。
「あんたは外周警戒任務よっ。ゾンビ御一行様を迎撃っ!」
副隊長の説教が遠ざかるのを聞きながら、すずは部下の非礼を詫びた。
「あのっ。私ら全員、本物のバンパイア見たことがないんで、すみません」
「お前は、牝狐だから、そんなことないだろ」
マリーは赤毛を揺らして小首をかしげた。
「い、言ってる意味が分かりませんが・・・・普通の生きてる人間は、バンパイアと会ったことはありません。出会った瞬間殺されるかさらわれます・・・て、うわさ・・・です」
・・・マリー姉さんは何でもお見通しなのかなぁ・・・つーか、マジ吸血鬼とか出くわしたこと無いしぃ・・・やっぱ、あの、おっさん・・・かな?・・・
嫌な汗が背中を伝っていく。
「つー、ウワサですよねぇ」
脇に立った小隊長が妙に納得した顔でうなずいたので、マリーの意識が少しだけそれたのかもしれない。
「確かに、あたいらもバンパイアと出会ったら、速攻でブッ殺すからなぁ」
「バンパイアって、死ぬんですか?」
「そりゃ、死ぬだろう」
「ちなみに、どうやって殺すんですか?」
真顔で質問してみた。
「お前は、マジ、物を知らないよなぁ・・・」
「えへっ。おバカなもんで」
「頭を完全に破壊すれば死ぬ」
「たった、それだけですか?」
「はぁ? 脳みそ全部完全に吹き飛ばすって、そうとう面倒なんだぞ」
「は、はぁ・・・・マリーでも手こずるの?」
「ああ、レベル1なら殺せるが、それ以上になるとかなりキツイな。あたいの豆鉄砲を数発頭にブチ込んでも笑いながら逃げていくのさ、レベル2以上はな」
「・・・・・・」
すずは一瞬思った。居合いの間合いに誘い込めば、バンパイアでも殺せるのではないかと。
「アキト出てくるから、邪魔すんじゃねぇぞ? 特に牝狐、お前は近づき過ぎると撃たれるぞ」
マリーが視線を廃ビル非常口に向けた。
「や、やっぱり・・・ですかぁ・・・・マッタリとハグしてみたかったのにぃ・・・」
「はぁ? いま死んどくか?」
銃口が向けられた。
「ご、勘弁を・・・」
「本物のバンパイア出てくるんですか・・・」
「マジ・・・か・・・」
みなが息を呑んで非常口に視線を向けたところで、少し脳天気な明るい声が響いた。最年少分隊長が手を上げながらマリーをまじまじと見つめながら言った。
「センセ質問っ!」
「あたいのことか?」
「バンパイア、日に当たってもいいんですか?」
「はぁ?」
マリーが可愛い貌を強ばらせて小首を大きく傾げた。
雲が開け、西に傾いた日差しが廃墟を照らしている。
「ごめん。うちの馬鹿共、ネットテレビでしかバンパイア見たことないんで」
すずは慌ててマリーに言うと、目をつり上げて部下たちを睨みつけた。
「あんたら馬鹿な質問しないでっ! バンパイアはテレビの怪物とは全くの別物に決まってるでしょう」
「えっ! そうなんですか?」
「日に当たっても死なないの?」
「そっ、それじゃあ、ニンニクも聖水も効かないんですか?」
「当ったり前でしょ」
・・・つーか、いまだに聖水売ってんだ・・・
ふっ、と学生時代を思い出した。食券10枚で、すずも妖しい店で聖水を買ったのだ。
「えーっ・・・高かったのにぃぃぃっ」
「まじぃでぇぇぇっ!」
「どーすんですかぁ? これーっ!」
部下たちが一斉に十字架やニンニクや小瓶を取り出し、すずに突き出してくる。うざい・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます