第15話 シモーヌ

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     シモーヌのターン


登場人物 シモーヌ


  セシリー直衛モデラーズ指揮兵  

  作戦中に右手を失う

  ゾンビウイルスに感染し死が迫っている。

  ブロンド碧眼 身長170センチ 

  最新型ガンコンタクトを実装

  ガンサイトシステムに一部接続が可能


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 シモーヌは廃墟を進んでいた。

 最後の場所を目指していた。

 ゾンビになり友軍を襲うことは避けなければならない。そして、自分の屍をさらしたくなかった。それが自我なのだと思うと、少し不思議な気分になった。

 瓦礫と人骨と腐敗臭に覆われた世界が延々と広がっている。

 こんな場所でさえ、色々な記憶があった。

 短い人生だった。

 記憶の出発点は身長100センチの時だ。

 シモーヌの視界には、常にアキトとセシリアがいた。

 彼等の役に立つため特別にモデライズされたのだと理解することに、大して時間はかからなかった。

 兄なのか弟なのか上官なのか子供なのかアキトの立ち位置は常に不安定で、セシリアは常に面倒見の良い完璧なビアンカだった。

 セシリアの優しい笑顔と、アキトの頼りない表情が交互に浮かんでは消えていく。

 死は怖くなかった。

 怖くはなかったが、皆に会えなくなることが辛かった。

 もっと彼女の役に立ちたかった。そして、彼のことが心配で心残りであった。

・・・撤収・・・

 ガンアイと呼ばれるガンコンタクトに、作戦情報が流れる。

 渋谷2回目に目安が付き、部隊は撤収を開始したのだ。

・・・戦死、12名か・・・

 戦死したモデラーズ兵の情報が流れていく。

 作戦規模にしては少ない損害だ。だからといって、つらくない訳はなかった。

・・・私もすぐ行くし・・・

 情報を読み終え、シモーヌはガンコンタクトを外し破壊した。

 これで、追跡は理論上不可能なはずだ。

 コンタクトを破壊した場所からさらに500メートルほど移動して、シモーヌは廃ビルの前で止まった。

・・・ここにしよう・・・

 もしもの時、そのことはずっと考えていた。

 死のパターンは色々ある。

 モデラーズ兵の場合、複数の生体ゾンビに襲われ引き裂かれるパターンがほとんどだった。

 また、単独での作戦行動が滅多にないため、今回のような場合でも負傷したモデラーズ兵の処置に対応するのは、姉であるビアンカたちの役目であった。

 幸か不幸か、シモーヌの上官であるセシリアは、まだ渋谷方面軍本部付近にいるはずだ。変わり果てた姿を彼女にだけは見られたくなかった。

 手にしたハンドガンに視線を落とす。セシリアの優しい笑顔が浮かんだ。

 この口径の小さなハンドガンは、ビアンカ専用に造られた特別な拳銃であった。シモーヌがモデラーズ指揮兵に昇格した時、直々に手渡されたセシリア愛用の銃なのだ。

 このハンドガンで自決することに、シモーヌは少なからず抵抗があった。セシリアの銃を自分の血で汚してしまうようで辛かった。

・・・仕方ないな・・・

 小さく息を吐き、シモーヌはハンドガンを握りしめ廃ビル非常口に踏み込もうと歩を進めた。と、その時、背後に気配を感じ振り返った。

「あっ!」

 とっさに拳銃を向けた先に、彼が立っていた。

 ガンアイを外していなければ、目の前が真っ赤なアラートで点滅していたはずだが、今、シモーヌの目に5人のビアンカと古代アキトが映されていた。

「こんなところで何してるの? シモーヌ?」

 古代アキトが両手を肩まで上げ、小首を傾げながら尋ねた。

 彼はまっすぐシモーヌを見ている。

 シモーヌは慌てて銃を下ろし、とっさに敬礼しようと右手を挙げたのだが・・・

「どうしたの? その手」

「ゾンビに噛まれて、それで日本刀で切り落とされました」

「はぁ?」

 少しあきれ顔で彼は眉間にシワを寄せた。5人のビアンカ、マリーたちは周囲を警戒し、シモーヌに視線を向けてこなかった。

 そもそもガンサイトシステムによりリンクされているのだから、彼女の躰に何が起こったのか彼はつぶさに把握している。

「そういうことで・・・・」

「シモーヌ・・君・・・目の下にクマができてる・・・・」

 少し悲しげな顔で彼は言った。

「感染したんですね・・・」

「セシリーが悲しむ・・・」

「す、すみません・・・」

「君をセシリーの直衛から解任する」

 アキトは冷静な顔で当然のように言った。

「そ、そうですよね・・・・」

 今さら、といった感じの命令にシモーヌは少しガッカリした。肩を落とし、急に悲しみがあふれ出てきた。

「どうしたの?」

「だ、ダメですか? セシリー姉様の部下のまま死んじゃ・・・ダメですか?」

 突然、感情が抑えられなくなり、涙があふれ出した。

 これもゾンビウイルスによる症状なのだと思った。

「君はモデラーズなのに泣いてるの?」

 アキトが一歩ずつゆっくりと迫ってくる。

 必死に涙をぬぐうそのすぐ前まで彼が来て、シモーヌは涙で濡れた瞳で彼の瞳をのぞき込んだ。

「モデラーズは、そんなに強くありません。みんな寝袋の中やシャワーの時に泣いてます・・・みんなっ・・・」

 涙があふれてきて止まらなくなった。不思議な感覚だ。涙を彼に見せてしまうなど、想像もしていなかった。

「そ、そうか・・・・そうだね。君たちは、僕より子供だったよね・・・・」

 そう言いながらアキトはシモーヌの左手に手を添えてきた。

「ごめんなさいっ・・・」

 シモーヌは前屈みになって、アキトの顔を抱いた。モデラーズ兵らしからぬ行動だったが、そうせずにはいられなかった。

「どうして謝るの?」

 そう言ったアキトは、シモーヌが手にしていたハンドガンに手を重ねてきた。

 彼の手で逝くのも悪くない。そう思って拳銃を手渡した。

「おい、アキト。あたしが殺るし」

 そう言って、マリーが突撃銃を構えた。

 マリーだけではなかった。他に2人のビアンカがシモーヌに銃口を向けている。

「そ、そうですよね・・・」

 撃ちやすいように、アキトから離れようとしたシモーヌの手を彼は離さなかった。

「シモーヌを僕の直衛にするから」

 そのアキトの言葉に、マリーたちが小首をかしげた。

「は、はぁ?」

「なに言ってんの?」

「なんだそれ?」

 3人のビアンカが、銃を構えたまま「バカだろお前」といった顔で彼を見ている。

「実験したいんだ・・・・」

「シモーヌを使ってか?」

 険しい顔でマリーが近づいてくる。

「う、うん・・・・」

 アキトは視線を落としうなずいた。

「また、馬鹿なことを・・・つーか、バカだろ、お前?」

 あきれ顔のマリーをスルーし、彼は顔を伏せたまま言った。

「ご、ごめんっ、シモーヌ・・・でも、君はスペシャルだから・・・」

 この時折見せる人としての弱さがシモーヌは好きだった。

「いえ。最後に役に立てるだけ幸せかも・・・・」

「僕は、とても、ろくでもないことを考えてるんだ」

 言葉に詰まったアキトの頭に手を当て、シモーヌは彼の髮をクシャクシャと撫でた。

 ただ、命じればいいのだ。

 モデラーズチャイルドもデザイナーズチャイルドも、所詮人ではない。そのあたりの区別が曖昧なため、アキトは無駄な葛藤に捕らわれてしまう。

 シモーヌに髪をグチャグチャにされ、アキトは小さく息を吐いて顔をあげた。

「モデラーズ小隊指揮兵シモーヌは、本ひとろくひとよんをもってその所属を解任し、新たにビアンカ第一小隊への配属を命令する」

 そう言った彼は、少し罰が悪そうに視線をそらして続けた。

「め、目をつむって、前屈みになってくれるかな・・・・」

・・・えっ!・・・あれやるの?・・・

「あ、あのっ・・・ゾンビになりかけですけど・・・」

 アキトが少し顔を赤らめている。毎度のことだが、ちょっと引いてしまう。

 帰還時のウイルス感染チェックと配属時の儀式として、ハグ&キスは通常作業であった。

「少しは冗談も言えるようになったんだ・・・」

「いえ、冗談ではなくて、チューして確認する根拠が根底から崩れてるようなのですが?」

 シモーヌが小首を傾げると、アキトは真顔で驚いた。

「な、なに? まさか、帰隊後のチューを本気でゾンビチェックと思ってたの?」

「えっ! 違うのですか?」

「そ、そりゃ、そうだよ・・・全く違うっていう訳でもないけど、要は自分で噛まれたという認識があればキスを拒むだろうという前提で、チューしてる訳だし」

「えっ! マジ?」

「うっ、うそっ・・・」

「なにーっ!」

「あら・・・ら・・・」

 そう声を上げたのは、アキトの後ろにいるビアンカたちだ。

「えーっ! き、君たちも、そう思ってたの?」 

 ブロンドツインテールのリサ以外の四人が、かなり驚いた表情を見せていた。

「だ、騙してチューしてたのか?」

 赤毛のマリーが目を細めてにらんでいる。

「い、いや・・・そんなことは・・・・ないし・・・た、ただの、スキンシップだけど・・・」

「あっ、怪しいっ・・・・」

 そう言ったマリーの口元に笑みが浮かんでいる。

「アキトは、そんなにあたしとチューしたいの?」

 ルーが、女の表情で微笑んでいる。

「えっ・・・ま、まぁ・・・否定はしないけどぉ・・・」

 そうアキトが言うと、ビアンカたちはまんざらでもないといった表情を浮かべた。

「ふーん・・・」

「ほー・・・」

「へー・・・」

「はぁーん」

「そ、そうですか」

 マリーたちの反応に、少年は少し顔を赤らめ視線をシモーヌに戻した。

「ほら、シモーヌ」

「は、はぃ・・・」

 シモーヌは目のやり場に困った。

 これまで、シモーヌにこのチェックをしてくれるのはセシリーの役目だった。

 彼の身長に合わせて前屈みになる。

「何も、そんなに歯を食いしばらなくてもいいのに」

 アキトは少し視線を外してそう言うと、シモーヌの唇の端にキスをした。

・・・ああ、やっぱ、そこなんだ・・・

 少し緊張した自分が恥ずかしくなった。

 最後のキスが、アキトだというのも悪くないと思いつつ貌をあげた。

「あ、ありがとうございます」

 何か貌が赤くなっているような気がして、シモーヌは視線をそらして姉たちの方を見た。マリーとリサが満足そうに笑みを浮かべていた。

「じゃあ、ルイーズとリサでシモーヌを美里さんのところに連れて行ってくれるかな」

「美里? 戦車整備要員にでもすんのか?」

 黒髪のリサが、不機嫌そうな視線をアキトに向けた。

「まさか・・・」

「やっ、やっぱり、シモーヌ使ってっ・・・妖しい実験をするということなんだ」

 銀髪に特殊ヘルメットを装着したルイーズが、ぼんやりした貌のままシモーヌに並んだ。

 ルイーズのつぶやきに、アキトは応えない。

「・・・・・」

「否定しないし・・・・」

 マリーが少し肩を落としてつぶやくと、アキトは顔を伏せたまま歩き出した。

「美里さんには、僕から連絡をしておくから・・・」

「中尉はどちらに? かなり、損害が出ているのですか?」

「うーん、そうでもないけど、今回のゾンビたちは何か変だったんで確認かな?」

「そ、そうですか・・・」

 確かに前線に寄せてきていたゾンビは弱すぎた。

 本部に押し寄せた巧妙さに比べると、何かおかしいと思ったのも無理はない。

 難攻不落を誇った渋谷方面軍本部を、簡単に制圧した軍団とは思えないもろさだった。

 主力を渋谷本部に残していたというのなら分かるが、既に奪還した渋谷本部の掃討作戦もほぼ終わったということは、いくら何でも弱すぎるということだ。

「じゃぁ、僕ら渋谷方面軍本部に顔出してくるから」

 アキトは片手をあげ、そのまま振り向きもせず歩きだした。その後をマリーたちが追っていく。

 少しも別れを惜しんでくれないところを見ると、もう一度会えるのだろうか? ただし、その時、シモーヌに意識があるかどうかが問題なのだが。

 アキトの後ろ姿は、いつものことではあるが、それこそ敗残兵といった感じがピッタリだった。

「誰か、亡くなったのですか?」

「いや、いつもの見回りだ。まぁ、あと・・・」

 毒を吐きまくるリサには珍しく歯切れが悪い。

「あと?」

「あ、ああ・・・まあ、分かってたことだけど、渋谷方面軍司令官の亡骸が本部地下第七層で見つかってな・・・あのオッサンはアキト可愛がってくれてたから」

「そ、そうだったのですか・・・・すみません、私なんかのために一緒に行けなくなってしまいましたね・・・」

「ん? まあ、あたしらはそんなに絡んでないし、それにアキトの凹む姿を見るのもな・・・つーか、本気で凹んでるかどうかも微妙だけど、あいつ」

「ところで、お前、どうなるんだろうな?」

 歩き始めてすぐ、リサが意地悪な笑みを浮かべて言った。

「何か、嬉しそうな顔で言わないでください」

「いや、楽しいことでも考えないと、気が滅入るだろう?」

「それは、楽しい話題なのですか?」

「何だって、楽しくクッチャベレば楽しくなるさ」

 リサがシモーヌ越しにルイーズに同意を求めた。

「そ、そうよね。ビアンカは明るく楽しく元気に笑って突撃が、基本だよねっ」

「は、はぁ・・・・」

「シモーヌ。お前はもう、ビアンカ第一小隊の下っ端1号だ。だから笑ってろ」

「はい。リサ姉様」

 リサにバンと背中を叩かれ、失った右手に痛みが走る。少しぼんやりとしていた意識が覚醒し、同時に悲しい現実を思い出して足が止まった。

 もう、セシリーの直衛ではないのだ・・・

「うっ・・・ごめんなさいっ・・・・」

 突然、涙があふれてきた。

「どうした?」

「最後にっ・・・最後に、セシリー姉様にっ・・・お目に掛かりたかったですっ・・・・」

「そんな、泣くな・・・そのうち、会えるさ」

 リサにしては、ありえないほど優しい言葉だ。

「あっ、また、そんな、適当なこと言ってるぅ」

 ルイーズは、いつもと変わらずゆるーく話している。

「でも、何かあるから美里のところに連れて行くんじゃね?」

「ええ、それは、そうよねぇ・・・」

 瓦礫とゾンビの残骸を踏みながら、普通に歩いていることが少し不思議だった。

 どう考えても、このままでは、数時間後にシモーヌはゾンビになっているだろう。

「わたし、どうなるんでしょうね?」

 涙を指でぬぐいながらシモーヌが尋ねると、リサが大きな口を開けて立ち止まった。

「あっ!」

「なっ、なによぉ?」

「そういえば、この間の戦闘で何か変なの捕獲してたよな・・・」

「あっ・・・ああっ・あっ、あいつ・・・ねっ・・・」

 ほんのり、ゆったりのルイーズも顔をしかめ、シモーヌを見つめた。

「試しに誰かを噛ませてみようとか何とか、美里とアキトとどっかのオヤジが話してた」

「そ、そうねぇ・・・じゃ、じゃあ、シモーヌで試してみるってことかなぁ? あははっ・・・」

「な、何のお話しですか?」

「ははは・・・識らない方が幸せかも・・・・」

「そ、そこまで話しておいて・・・・」

 シモーヌが視線を二人に向けると、二人して目をそらした。ビアンカにしては珍しい反応だ。

「ま、まあ・・・もしかしたら、ゾンビにならなくても・・いいかも、だし・・・」

「そ、そっ・・・そうよねぇっ・・・・」

「そ、それって、前回渋谷でリナ姉様が吹っ飛ばしそこねたレベル3バンパイアのことですか?」

「さ、さぁ? どうだろう?」

 頬を指先でかきながら、リサは顔を背けた。

「わ、わたし、バンパイアのシモベになるの・・・ですか・・・?」

「ま、まぁ、レベル3のシモベだし、レベル2になるから・・・・ゾンビよりいいんじゃね?」

「ら、ラッキーねっ・・・・あははは・・はは・・」

 リサとルイーズが変な顔で笑っている。

「・・・・・・」

 自分の未来に少し想像がついてしまって、シモーヌは大きくため息をついた。

 あまり楽しそうな未来ではなかったが、多少は彼の役に立つことは間違いなさそうだ。

 バンパイアになってしまったら、セシリーやアキトに対する今の気持ちはどうなってしまうのだろう?

 ふと、そんな気持ちがよぎり、シモーヌは空を見上げた。


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