第3話ひとつの騒動のおわり

 我々は一度、事件現場から離れた。

 いったん遠くへ退いてから、また現場近くに戻ってくるのが我々のパターンだ。


 我々は空き地を挟んで現場を見渡せる、住宅地の路上にいた。

 こちら側は街灯のない暗がりで、道路は空き地より低い位置にあった。

 まず見つけられることはないだろう。

 みな経験を積んだ者たちなので、特に打ち合わせなどしてなくても、だいたい同じ場所に集まってくる。

 私はすでにマスクを取っていたが、郁子はまだ半人半鳥のままで、片足に自分の脱いだ衣服をつかんでいた。


 息を潜めて見守っていると、すぐにサイレンの音が聞こえてきた。

 パトカー、救急車、そして次元接続体対策班の乗ったワゴン車が到着する。

 警官が現場の整理を始め、救急隊員は担架を降ろし、対策班の者が倒れている次元接続体の検分に当たる。

 実は、作業している彼らの中に、我々と内通している者が複数いる。

 そのツテを利用して、高価なチタン製の手錠は私の手元に戻るのだった。


 これで安心だ。


 なんといっても彼らは、特製の拘束具を持っているのだ。

 私の能力を器具にしたような物で、次元接続体の特殊能力を無効化する。

 やはり発明家タイプの次元接続体のお手製であり、種類の違うものが一つずつ、計二つある。

 言い方を換えれば、今までのところこの世に二つきりしかないのだが。


 倒れている二人はこの後、身元を照会され、次元接続体のリストに載り、ケイオスウェーブと次元接続体について、分かっていることのレクチャーを受ける。

 そして特殊な力を活かせるよう、任意で協力を求められるだろう。

 特に若者には、道しるべが必要となるはずだ。


 現場の様子を横目で見ながら郁子が言った。

「今日も今日とてチンピラ退治……」

 私は低く笑った。

「我々が居合わせなかったら、果たしてチンピラのいざこざで済んだかな?」

「そうそ、騒ぎになって若い連中が駆けつけたら、辺りは火の海、瓦礫の山ヨ? 

 俺らときたらケンカさえさせない手際の良さ!」

 顔に血糊を付けた安原が得意そうに言った。

「安原さんは家に帰る前に、顔を洗ったほうがいいですよ」

「こんなん、なんでもねえよ!」

 安原が破れた袖で顔をこすると、傷のない皮膚が現れた。

 肉体の頑強さと異常なまでの治癒力は、次元接続体にありふれた力であったが、安原のは特に強い。


 田淵平蔵が眼鏡を押し上げ、難しい顔をして言った。

「しかし増えたな。三ヶ月に一度は起こってるぞ、こんなことが……」

「去年は半年に一度あるかないかでしたわねぇ、確かに」

 郁子が羽で顔をこすりながら相槌を打つ。

 私は言った。

「混沌の波がどこまでの混乱をもたらすかは分かりません。しかし生きてさえいれば、人間は適応していきますよ。我々みたいな年寄りでもね」

「フン」

 田淵平蔵に鼻を鳴らされてしまった。

 彼の前で自分を年寄りと呼ぶのは、確かにおこがましかったかもしれない。


 安原があくびをしながら言った。

「そろそろ帰ろうや。食って暴れたら、眠くなっちまったワ」

「じゃ、みなさん車に乗ってください。今日はお疲れ様でした」

「わたくし、服を着るのが大変なので、このままお空を飛んで帰りますわ」

「サキさん、今日はワシに運転させてくれんか? 家では年を理由に運転させてもらえんのだよ」

「分かりました。お願いします」

 私は田淵平蔵に鍵を渡し、我々は車に乗り込んだ。

「では、ごめんあそばせ」

 郁子が黒い翼をはためかせ、暗い夜空に溶け込んでいった。

 それと同時に車が動き始める。

 我々は緊張の解けた、ゆったりした雰囲気を味わった。


 飛び去った加藤郁子は、安いイラストの書き手として、三匹の猫と質素な暮らしを送っている。


 鼻歌をうたいながらハンドルを握っている田淵平蔵は、メンバーのうちで最強の男だが、家では盆栽の手入れに余念のないご隠居さんだ。


 後部座席でいびきをかき始めた安原勝利は、建設機械のカスタマイズを請け負う立派な技師であり、私、咲河健太郎はしがない地方公務員でしかない。


 我々には家庭があり、つつましい生活がある。

 普通の人間として暮らしてきた時間のほうがはるかに長いのだ。

 我々はただの市民でしかない。

 ただ、素知らぬふりができないだけの。

 ただ、心に正しい燠火が燃えているだけの。

 それだけの者でいようと、我々は努めている。

 いつか、あらゆる事に限界がくるかもしれない。

 だが我々は、いや人間は、それを超えてさらに先へ進めるものと、私は固く信じている。

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次元接続体の夜 進常椀富 @wamp

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