第2話多次元接続

 私は意識を集中した。

 己の能力を開放するために。


 あたふたと動く装甲服に対して神経を研ぎ澄ませると、緑に輝く何十本ものワイヤーが目に入る。

 ワイヤーは装甲服から生え、何もない中空に伸びている。


 これが多次元接続だ。


 次元接続体に超人的な能力を与えている源。

 私はそのワイヤーを一本ずつ、しかし素早く切っていく。


 ケイオスウェーブから与えられた私の力は、事件予報だけではない。

 次元接続体のパワーソースである、多次元からの力の流入を断ち切ること。

 それも私の武器なのだ。

 私は比較的非力な存在だが、私の能力は次元接続体にとって致命的なものといえよう。


 接続を半分も切ってやると、装甲服の動きはかなり鈍くなった。

 携帯できる高出力レーザー、目だったタンクもない火炎放射器、普段着にできるほど動力のもつ賦力装甲服。

 そんなもの、現代の科学力では作れない。

 製作した本人は新しい法則を発見した天才だと思い込んでいるだろうが、そうではない。

 他人が同じ構造を複製したとしてもガラクタができあがる。

 けっきょくは我々の身体能力と同じ、次元接続が動力源であり作動原理なのだ。


 接続を断てば、動力も落ちる。


 もう動くことすらままならない装甲服の背後に、田淵平蔵は回りこんだ。

 おぶさるように組み付き、ヘルメットを剥ぎ取る。

 若い男の頭部が露出した。

 ひどく怯えて、声もだせないでいる。

 大して悪いこともしてないのに、我々のことがさぞかし怖ろしいことだろう。

 我々だろうと政府だろうと、突如出現しはじめた強力すぎる個人の力に対して、決定的な対策を持っていないのが現状だ。


 だが、我々には愛がある。甘くはないものだが。


 私は意識の集中を断たないようにしながら、仕事道具を持って装甲服へ近づいていった。

 田淵平蔵は装甲服の男の首に腕をまわし、ぎゅっと絞めあげて彼を落とす。

 質量保存の法則も、エネルギー保存の法則も無視する我々次元接続体だが、人間の生物学的弱点は大抵の場合通用する。


 目の前まで行ったとき、男は動力の切れた装甲服に支えられて、立ったまま気絶していた。

 少し離れたところでは、安原と郁子が巨大な獣人の注意をそらしてくれている。

 私はひざまずいてブリーフケースを開けた。

 中には注射器が四本と手錠が四つ入っている。

 注射器の薬液は鎮静剤のサイレース、手錠はダイヤル式のロックが付いたチタン製だ。


 私は装甲服の男の手袋を取って、手錠をはめた。

 開錠のナンバーは警察の次元接続体対策班の者なら、すでに知っている。

 本当は足首にもはめたいのだが、今回は装甲服が邪魔で無理だった。

 私が目で合図を送ると、田淵平蔵は男の頬をはたいて目を覚まさせる。

 そこへ間髪を入れずに私は注射してやった。


 男が正気を取り戻し、口をぱくぱくさせる。

「あわわわ、ひわっ、ひわっ?!」

 私はゴリラのマスクを彼の顔にくっつくほど近づけ、彼の目を見ながら言った。

「悪夢から覚めたとき、君が力の使い方を学んでいることを、強く望む」

 サイレースが効き始め、男の目がとろんとしてきた。

 すでに動力の戻っている装甲服を軋ませながら、彼はおとなしく、力の抜けた様子で道路に座り込んだ。


 一人済んだ。


 そう思ったとき、左方にあった車の屋根が突然つぶれ、激しい音とともに窓ガラスが飛び散った。

 身をすくませた私のもとに、車の屋根の上から安原の声が届く。

「ちくしょう、あのヤロウ! 痛い目あわせてやっからな!」

 どうも獣人に投げ飛ばされたらしい。

 透明な、足音だけの存在が車の上を走っていく。


「サキさん! 逃げられますわ!」

 郁子が羽ばたきながら警告してきた。


 道路上にはすでに四~五台の車が渋滞し、車から降りてきた者、焼肉屋から出てきた者、十数人が遠巻きに様子を見ている。

 獣人は車の渋滞している方向に向かって、身を翻したところだった。


 賢い判断だ。

 しかし、私は君のような存在を野放しにはできない。

 君には最低限のレクチャーを受けてもらう義務がある。

 私は筋肉の盛り上がる巨体に意識を集中した。


 視覚化された多次元接続である、緑のワイヤーが体中に生えているのが見えた。

 しかし接続を切る数秒を稼がなければならない。

 田淵平蔵が弾丸のような速さで突っ込み、巨体の膝裏に体当たりをかました。

 バランスを崩したところへ、頭上から郁子が鳥の足で襲いかかる。

 私は接続を切り続けた。


 獣人の巨体は見る間に縮んでいき、筋肉の隆起が萎んでいく。

 腕を振り回しつつ縮みゆく獣人は、透明な何かに腕をひっぱられて引きずり倒された。

 そこへ田淵平蔵が取り付き、首に腕を回して絞め落とす。

 田淵平蔵が離れると、路上には裸の男が仰向けになって気絶していた。


「ワシの役目は終わった。あとはヘマをせんでくれよ」

 田淵平蔵はそう言い残すと、腕で顔を隠して稲妻のように走り去った。


 私はポケットから車の鍵を取り出し、どこを見るでもなく小声で言った。

「安原さん、車を頼みます」

「あいよ」

 返事とともに鍵が受け取られ、不可視のフィールドに包まれて見えなくなる。


 郁子は頭上の高いところで羽ばたき、闇の中のカラスといった体でゆっくり旋回していた。


 私は気絶した男のそばまでブリーフケースを持っていくと、彼の手首と足首にチタンの手錠をかけた。

 それから右手で注射器を取り出し、左手で男の頬を強く叩いて目を覚ませた。

 正気づく前に素早く、サイレースを注射する。


 男はがばっと上半身を起こすと、私にすがりついて大声で哀願した。

「やめてくれ! 殺さないでくれ!」

 私は涙ぐむ男の顔にゴリラのマスクをくっつけて、先ほどと同じ台詞を言った。

「悪夢から覚めたとき、君が力の使い方を学んでいることを、強く望む」

 サイレースが効き、彼は眠りに落ちた。


 これでボランティアは終わりだ。


 私はブリーフケースを持って、ゆっくりと立ち上がった。

 時間にして5分程度だが、軽い渋滞が発生し、十人以上の人々が遠く取り巻いて私のことを注視している。

 私は田淵平蔵ほど敏捷に走れないし、透明にもなれない。

 だが。

 私が右腕を上げると郁子が急降下してきて、足で私の肩をがっちりとつかんだ。

 黒い翼が数回羽ばたいたとき、私の身体は空中を運ばれていた。

 肩がかなり痛むのだが、空を飛べるのはやはり格別の気分だ。


 クラクションの音に振り向くと、呆然と私を見送る人々のあいだに車を通そうとしている安原の姿が見えた。

 ちょっと驚いたことに、服の袖口が破れ、顔に血が付いていた。

 周囲の人々が事件と関連付けた印象を残さなければいいが。

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