第7話 四人目

「危なかったな、マックス」

 後部座席を振りかえってピーターは言う。


「……あんた何者だ?」

「リオの仲間で、お前の仲間さ。ほいこれ」

 そう言って何やら紙片を『取り出し』、差し出してくる。

 それは「超能力者 ピーター=コバヤシ」と筆記体で書かれた名刺だった。

「そういう事でよろしく」


 冗談なのか大真面目なのか判別つかず黙って名刺を眺めていると、その困惑を読みとったのかピーターが更に口を開く。

「あー、リオが怒ってたぞ、急に消えたーって」

 それを聞き、マックスはぽつりと返す。

「母が、殺された」


 子供のような泣きごとは言うまい、と思っていたがつい口を衝いて出た。

 その手の中で名刺がグシャリと潰れる。

「撃たれたんだ。母が……母さんが、なぜ……!」

「知ってるとも、だからぼかぁ君を迎えに来たんだぜ」


 その言葉に顔を上げる。

「知ってる、ってどういう――」

「マックス、来な。リオの話はまだ半分も済んでなかったんだ」

 車が停まったのは、街中にある小さなお店。

 家具屋『ドイル』それが店の名前だった。


 ピーターに促され入ると、店の中央に大きな机がある。

 周囲には木製の家具がずらりと並び、オレンジの照明がつやを出していた。

 人影は無く、静かだが柔らかい雰囲気だ。


「座ってくれ、飲み物は? 何でも出せるぞ?」

 コースターとストローを『取り出し』ながらピーターが言う。

「……紅茶で」

「よーし、俺が今まで飲んだ一番うまい紅茶を出してやる」

 ほんにゃらほんにゃら、と不思議な呪文を唱え手をこすり始める。


「はっ!」

 その叫びと共に、マックスの目の前に大きなチョコパフェが出現する。

「ふー、おまたせ!」

 笑顔のピーター、対してマックスの表情は暗い。

「えっと……」

「……そういう雰囲気じゃなかったな、すまん」

 そっとパフェをどかすピーター、パフェがあった場所に紅茶が『取り出さ』れる。


 席に着き、静かに紅茶を飲むマックス、黙々とパフェを食うピーター。

 カップを置き、マックスが口火を切る。

「あの――」

「何食ってんのピーター?」


 遮る声、売り場にある大きな安楽椅子に金髪の少女、リオが座っていた。

「来たか、リオ」

「ここ、パフェ食べられる空気?」

「すみません……」

 しゅんとするピーター。


「まあそれは置いといて……マックス」

 みどりの眼がぎろりとマックスを睨む。


「なんで何も言わずにどっか行くの?」

「よせよ、母親が死んだんだぞ。そりゃ駆けつけるだろ」

 ピーターが諌める。だがリオは続けた。


「ひとこと言ってからでも良かったでしょ? 何でそうしなかったの?」

「おい、リオ」

「自分の命が危ないかもしれないのに、何で勝手な事を――」

「何でお前に気を使わなくちゃならない? お前は一体、何様のつもりだ?」

 吐き捨て、マックスはリオを睨み返す。


「お前は母親が死んだって聞かされて、ちんらた他人に許可取って向かうのか?」

「ワタシはあなた自身が――」

「パフェ食える空気かって言ったよな? その通りだ!」


 机を叩いてマックスが立ちあがる。

空気じゃなかったんだよ! お前にちんたら話してる場合じゃなかった!」


 リオは黙り、二人は無言で睨み合った。空気が張り詰める。

 長い沈黙ののち、マックスが先に目をそらす。

 ピーターは居心地悪そうにパフェのグラスを床に下ろした。


「駆けつけたわよ、……」

 リオの呟きは誰にも聞かれず、オレンジの灯りの中に溶けた。


「やあ、悪い、遅れた」

 家具屋の二階から一人、白いのが混じった金髪の男が降りてくる。

「マックスだな? 私はバートン。よろしく頼む」

 がっしりとしたその男――バートンはマックスに近づき、肩を抱き手を握る。

 ごつい手だ。筋肉だけじゃなく、骨まで大きい気がする。

「上にまで聞こえたぞ。言いすぎだ、リオ」

「……そうかもね」

「気にすんなマックス、リオも最初はそれぐらい突っ張ってたからよ。いてっ」

 バートンが『取り出した』新聞でピーターを叩いた。


「さて、マックス。私は、君の知りたがっている事をいくつか教えられると思う」

 マックスの視線を真っ直ぐ受け止めながら言う。


「君の母親を殺したのは『奴ら』で間違い無い」

「バートンさん!?」ピーターが焦った声を出す。

「隠し事はしたくない。だが『ジャンプ』するなよ、マックス。まだ続きがある」

「……何ですか」

 腹の底から如何ともしがたい衝動が起こるのをマックスは感じた。

 今すぐここを飛び出したい。飛び出して、『奴ら』を見つけて……


「我々は仲間だ。同じ能力を持ち、同じ場所にいる」

「かも、しれませんね」

「仲間さ、同じ戦う理由を持っているからな」

「……理由?」


 深呼吸し、バートンが口を開く。

「我々四人、皆家族を『奴ら』に殺されたんだ」

「な……」


 声が出ない。ここにいる全員?

「ピーターは父親と兄、リオは両親と妹二人、私は……」

 バートンの顔に深いしわが現れる。


「私は、妻と子供たちを失った」

「そんな、なぜ……」

「それが『奴ら』のやり方」

 ピーターが口を挟む。

「能力者が目覚めるとまず、その家族を皆殺しにする」

「私は今、『奴ら』を根絶やしにするために仲間を集めている」


 バートンのこぶしに力が入り、骨が浮かぶ。

「一人では無理だ。だが四人なら……きっと戦える」

 マックスは目を閉じ、うつむいた。

「バートンさんが能力者になったのは、いつですか?」

「12年前だ」


 目の前の男は、おおよそ50代前半といった印象だ。

 となれば、妻と子供を失ったのが40歳前後。

 子供たちも、中学生か高校生か……

 鼻がツンと痛くなる。理不尽すぎる。

 12年、どんな気持ちで生きてきたのだろうか。


「私の12年間を想像しているのか?」

 驚いて顔を上げるとバートンは笑っていた。

「無駄な事に頭使うなよ。お前はそうはならない、私で最後だ」

「ワタシも、人生全部『奴ら』狩り、ってのは勘弁」

 リオが椅子から立ち上がり、マックスに歩み寄る。


「さっきはゴメン、やっと見つけた四人目に、居なくなられると困るの」

 手を出し、謝罪を口にする。

 黙って、マックスはその小さな手を握る。

「ひどい事言って悪かった。それから、助けてくれてありがとう。リオ」

 リオはその碧の目を細め、明るく笑った。歳相応の、優しい表情だった。


「よし、マックス。改めて、バートン=リドルだ。よろしく」

「ああ、よろしく」

 再び、バートンの骨ばった力強い手を握る。


「あー、ピーター=コバヤシだ。よろしく」

「よろしく」

 指の長い、しっかりした手がマックスの手を握る。


 こそっとピーターが顔を近づけ囁く。

「パフェ、ごめんな? 悪気は無かったんだ、ホントに」

「ああ、全然気にしてないよ。ありがとう」

 そう笑顔で握手する二人。

 だが、ピーターはマックスの目の奥を見て言った。

「完全に怒ってるよね?」

「怒ってない」

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レッド・ドリーム -赤い夢は覚めず- 赤間 @akama

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