第6話 母

 母が死んだ。

 それがどうした。


 一人きりだ。

 それがどうした。


 うっとおしいだけだったじゃないか。

 煩わしさが消えて、少し不便になる。

 それだけだ。


 もし、事故や病気で母が死んだなら、そう自分を慰められただろう。


 母は死んだ。

 何者かに、銃で撃たれて。


 マックスは一人、暗い自室でベッドに座っていた。

 外は明るいがカーテンは閉め切られ、照明も点いていない。


 母の死を電話で聞かされ、マックスは『移動短縮ジャンプ』を行った。

 彼が家に『移動短縮ジャンプ』で着いた時、既に家には母は居なかった。

 母は救急車で運ばれた後で、何が起こったのか警官が話してくれた。

 その話はあまりにも短く、荒唐無稽で、信じたくない内容だった。


 母はいつものように、庭を掃除していたそうだ。

 そして突然、母は倒れた。

 通行人が警察に連絡し、母は救急車で運ばれ、そこに俺が来た。


 それだけ、だ。

 警官が言うには、傷は銃創のようだが弾丸は発見されなかった。

 更に、銃声を聞いたという証言は無く、流れ弾ではないかという事だった。

 つまり遠く離れた誰かが空に向かって撃った弾が偶然当たった、という事だ。


 マックスにはにわかに信じられなかった。

 頭をよぎるのは黒い顔をした『奴ら』の事。

 もし、『奴ら』が犯人だとしたら――


 マックスが一人こぶしを固めていると、突然ドアがノックされた。

「……誰ですか?」

「私だよ。マックス」

 聞き覚えのない声だ。親戚の誰かだろうか?


「入れてもらえるかい?」

「開いてます。どうぞ」

 力無い声で促す。入ってきたのは中年の男性だった。

「ありがとう、大きくなったね。マックス」


 太い眉に大きなタレ目、髪は薄くなっており、唇は薄く長い。

 なんとも印象的な顔をした男だ。歳は四十代ぐらいだろうか。


「すみませんが、どなたですか?」

 だが、マックスにはこの男に会った記憶が無かった。

 しかし、どこかで見た気もする。不思議な感じだ。

 その男は手のひらを見せ、マックスを制する。

「その質問は無駄だよ。マックス、君は私を知っているんだ」

 どういう意味だろうか?

 知っている……子供の頃会ったという意味か?


「もし私が誰か知りたければ、友人に訊ねると良い」

「友人……?」

 一層分からない。高校の友人たちを思い浮かべる。

 一体なんの関わりがある人なんだろうか。

「ああ、友人と言っても学校のではなく、今日出来た新しい友人の事だよ」

「……何を言っているんです?」


「先ほどまで一緒にいた、リオちゃんの事さ」


 一瞬で、頭にかかった霧が吹きとんだ。

 マックスはベッドの上を後ずさり、叫ぶ。

「何だ、お前!」

 にっこりと、男は笑みを浮かべる。

 口が大きいせいか、目が大きいせいか、恐怖を抱かせる笑い顔だった。

「名乗った事は無いんだ。好きに呼んでくれていい」


 男の背後でゆらりと何かが動き、マックスの部屋に入ってくる。

 二人の『奴ら』が、男の前に出て機械弓クロスボウを構える。

。マックス」

 射られる。目を閉じかけたその時――


「マーーーーックス! いるかぁ!?」


 またも知らない声。外からだ。

 ……外?

「おや、ピーターか。彼はいつも声が大きいな」

 マックスはきつく目を閉じる。

 何を諦めてるんだ。これがあるじゃないか!


 『移動短縮ジャンプ』!


 どさっとマックスは芝生の上を転がる。

 急いで立ち上がろうとすると腕をグイと引き上げられる。

「マックス! マックスだな?」

「そうだ、お前は?」

 腕を振り払う。

 刈り上げた黒髪に群青のスーツ、長身のハンサムが自己紹介する。

ぼかぁピーターだ。何で『移動短縮ジャンプ』で出てきた? むやみに使うもんじゃない」

「『奴ら』が家に――」

 その言葉を待っていたかのように、玄関が開きボウガンの『奴ら』が出てくる。


「車に乗ってくれ、マックス。逃げるぞ」

 ピーターの眼が鋭くなり、マックスをかばうように前に出、腕を広げる。

 その腕を掴み、マックスはピーターの横に体を乗りだした。

「大丈夫だ。俺も戦う」

「戦う? 武器は何だ? 銃? 火炎瓶? 家が壊れちまうぜ」


 ピーターはスーツの袖を整え、袖口を手首にきっちりと合わせ、右腕を降ろす。

「はっ!」

 掛け声と共に腕は鞭のように振り上げられる。

 瞬間、『奴ら』の一人が糸を切られたように倒れた。

 銃声も一切無く、マックスは驚いてピーターを見やった。


「はっ!」

 今度は上げた腕を振り下ろす。

 何が起こったのか、今度はマックスにも理解する事ができた。

 ナイフを投げたのだ。

 もう一人の『奴ら』は額にナイフを受け、たたらを踏んで倒れる。

 振り上げた右手に再び、ナイフが出現する。『取り出しインベントリ』。

 彼――ピーターも能力者だ。

 だが能力で出来るのはナイフを出す所までのはず、ナイフ投げの腕は彼の実力だ。


 そんな事を考えているとピーターが振り返る。

「早く乗れよ! ぼかぁ『移動短縮ジャンプ』で運転席まで跳べるんだぜ!」

 玄関からさらに『奴ら』が現れる、慌ててマックスは車に向かい走り出した。

 後部座席に乗り込んだ瞬間、エンジンがかかる。

 マックスが座るのを待たずに、ピーターはアクセルを踏み込んだ。

 車は大きく揺れ、飛び出すと同時に一気に加速した。


 二人の乗った車は住宅街を駆け抜けてゆく。

 どんどん『奴ら』と自分の家が遠くなる。

 窓から後ろを覗いたマックスは、家の窓にあの奇妙な男の影を見た気がした。

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