第5話 能力者

「何でバット持ってきたの?」

 オレンジジュースをテーブルに置いてリオが責めるように言う。

「お前が渡したんだろ」

 言いながら、マックスは確かにバットを持て余していた。

 人の多いフードコートで、バットを抜き身で持っている男。

 警備員の目にとまれば、即、引き止められるだろう。

 リオの言った通り、ここに来ると『奴ら』の姿は無くなっていた。


「今日は警備員が少なくて助かるな」

 普段なら三人ほどは見回っているはずの警備員が、今日は一人もいない。

「火事騒ぎの方に行ったんだと思う」

「火事?」

「そう、映画館で起きた、ね」

 映画館、火事……

「それってまさか――」

「あなたが起こした火」


 あの赤い夢が再びマックスの脳裏をよぎった。

 背中に汗が流れるのを感じる。

「全部、説明してもらえるか?」

 努めて平静を保とうと、小さな声でリオに問う。

「じゃあまずあなたが見た赤い夢の説明から」


 スマホをテーブルに取りだすリオ。

「あれはそのまま『レッド・ドリーム』って呼ばれてる。能力が目覚めるときに起こって、能力者は無軌道に暴れる」

「能力者……あれは現実なのか?」

「間違い無く現実。証拠にあの映画館は半分焼けたし、動画も残ってる」


 マックスのコップが間抜けな音を立てる。

 ジンジャエールはほとんど飲み切られ、氷をズルズル鳴らす。

「飲み物、おかわりしてくる」

「必要無い」

 リオは、立とうとするマックスを呼びとめ、持ったコーラのカップを差し出す。


「それ――」

「これが能力の一つ目、『取り出しインベントリ』」

 触れると冷たい、水滴も付き始めている。間違いなく本物だ。

「好きな物を好きなだけ、手に取る事ができる」

「何でも、か?」

「恐らく何でも。完全な想像の産物は形にならないけど」

 自分の手の平を見、マックスは指先の震えを感じた。

「俺も出来るのか?」

「もう使ってる。火炎瓶と銃を出したでしょ」


 唾を飲み込んで自分の右手を見る。その手にはいつの間にか黒光りする――

「うわっ!?」

 素早くを上着の内側に隠す。

「え、どうすりゃいい? どうしたらいい?」

 その右手には大きな回転式拳銃リボルバーが握られていた。

「何やってんのよ馬鹿!」

「勝手に出てきたんだよ! どうやったら消える?」

 小声で言い合う二人。リオはさらに小さい声で続ける。

「『取り出し』した物は破壊されないと消えないの」

「嘘だろ?」

「しょうが無いから次を教えるわ。二つ目、『移動短縮ジャンプ』」

「何ができる?」

 テーブルに伏せるように猫背になり、腹に銃を隠してマックスは言う。


「瞬間移動、ただし行ったことがある場所だけ」

 リオは言いながら指差す。

「そこのトイレ、使った事ある?」

「ああ、何度も」

「じゃあ、あのトイレの個室をひとつ思い浮かべて……まだよ!」

 びく、と体を震わせる。

「何だよ」

「思い浮かべて集中すると、あなたはそこに移動する。銃を置いて、出てくるの」

「ああ、一から十まで、ご丁寧にありがとう」

 目を閉じ、トイレの個室をイメージする。


 ふ、とフードコートの騒音が遠くなり、目を開くとマックスはトイレに居た。

「すごいな……」

 扉を閉め、鍵をかける。銃を持った手を取り出し、そして眺める。

 とんでもない力だ。金を取り出したらどうなる? 紙幣を取り出したら?

 銀行の金庫……は行ったことが無いからダメか。

 銃を水槽の中に入れようとして、ハッと気付く。

 指紋を拭いておかないとまずくないか?


 左手でポケットをまさぐる。スマホを取りだし、便器のふたに置く。

 スマホにつぶされていたハンカチを取り出し、銃の持ち手を拭う。

「これで大丈夫なのか……?」

 不安だが、リオは指紋を拭くことも指示しなかった。

 確認すべきだろうか、と考えていると……


 ガガガガガ!

「うお!?」

 突然の騒音に銃を取り落とし、それはがちりと音を立てて床にヒビを入れた。

 騒音の正体はスマホだ。便器のふたで、バイブレーションでダンスをしている。

 急いで取り上げ、画面を見る。

「母さん……?」

 電話は母からだった。珍しい。

 深く考えずに電話を取ると、そこから聞こえたのは男性の声だった。


「もしもし、マックス=リムさんですね? 警察の者です」

「え、何で……」


 ざわ、と嫌な予感に心が波打った。

「落ちついて聞いて下さい――」


* * *


「遅い」

 リオは苛立っていた。

 もう5分は経つというのにまだマックスは出てこない。

「まさか失敗した?」

 『移動短縮ジャンプ』で壁に埋まったという事例は知らないが、そこのトイレを思い浮かべたはずが、別なフロアのトイレに移動したという可能性は無くはない。

「また男子トイレか……」

 リオは席を立ち、トイレに近づく。

 自然に「清掃中」の札を『取り出し』、入口に設置し中に入った。


「マックス、生きてる?」

 返事は無し。

 個室をひとつずつ見ていくと、一番奥の個室だけ鍵がかかっている。

「マックス?」

 ノックしてみるが返事も、人の気配もしない。

 バールを取りだし、扉にひっかける。

 てこの原理で鍵をひっぺがし、扉を開く。誰も居ない。

「マックス……?」

 床にはさっきの銃と、恐らく彼の物であろうハンカチが落ちている。

 間違いなくここにマックスは

 これは、マズい。


 スマホを取り出しコールする。

「もしもし? ピーター?」

 電話口からは若い男の声。

「『四人目』が逃げたの。バートンにも伝えて」

 リオはバールを個室に投げ込む。


「何としても捕まえて」

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