食人鬼伝説
星成和貴
食人鬼
十年前、つまりは小学校の頃に転校してきて、隣の席になった可愛い女の子。それが悠莉ちゃん。高校最後の夏休みに二人で旅行に行こう、と誘った。
悠莉ちゃんは両親がいなくて(細かいことは話してくれない)伯父さん夫婦の家で暮らしてる。そのせいか、最初は嫌がってたんだけど、行き先がこの地元から遠く離れた田舎の村だって言ったら、急に乗り気になった。
この村に何か惹かれるものでもあるのかな、と思ってネットで調べてみたら、夏にぴったりの話を見つけた。でも、悠莉ちゃんがこの話目的できたかどうかは分からないし、もしかしたら、知らないかもしれない。
だから、わたしは夜を待った。
そして、夜。布団に入って、電気を消したあと、わたしは話し始めた。
「ねぇ、悠莉ちゃん、知ってる?」
「何を?」
「この村にはねぇ、人を殺して、食べちゃう殺人鬼、その名も食人鬼がいたんだって!」
もっと静かに、怖い話をするみたいに言えばよかった、と思った。でも、ずっと話そうと思ってたから、ついいつものノリで話してしまった。
「……それで?」
「え?」
「それで、その食人鬼が何?続きは?」
「……ごめん。それだけしか知らない……。で、でも、ほら、なんか怖くない?」
「別に、そうでもない。だって、その話、知ってたから」
「あ、知ってたってことは、それ目的で来たりしたの?」
「もっと詳しい話、聞かせてあげようか?」
わたしの質問には答えず、逆に悠莉ちゃんは聞いてきた。少し怖かったけど、好奇心に負けて、お願いした。
「その話は実話。実際に今から十年前にあった事件。その食人鬼は奥さんと一人娘と幸せに暮らしていたの。でも、ある日、見てしまった。奥さんが知らない男と仲良さそうに歩いているところを。彼は浮気だと思った。だから、問い詰めたんだけど、奥さんは否定し続けた」
「ねぇ、それって、実際はどうだったの?本当に浮気?それとも、食人鬼の勘違い?」
「それは分からない」
「何で?」
「順番に話すから、静かにしてて」
「……ごめん」
「それで、二人は激しい口喧嘩をした。それで、彼はつい奥さんを殴り飛ばしてしまった。その時、頭を机の角にぶつけた奥さんは死んでしまった。つまり、彼の最初の殺人。厳密に言えば、傷害致死。彼は恐れた。喧嘩の声は近所に聞こえてたかもしれない。そんな状況で奥さんの死体が見つかったら……。ねぇ、誰が最初に疑われると思う?」
「それはもちろん、食人鬼」
「そう。だから、彼は死体を隠そうと思った。どこに?こんな狭い村じゃ隠してもすぐに見つかってしまう。でも、屠殺の知識があった。つまり、彼は自分の奥さんを家畜と同じように解体をした」
一瞬、その姿を想像してしまい、わたしは吐きそうになった。悠莉ちゃんは何ともないのか、淡々と話し続けた。
「その翌日から食卓には大量の肉料理が並べられた。もちろん、それは奥さんの肉。でも、それを知らない娘は美味しいと言って食べた。そして、奥さんを食べ終わる頃になると、牛や豚、鶏といった一般的な肉が並ぶようになった。でも、それぞれで味が異なるように、人肉も全く違っていて、娘はその人肉を欲しがった。すると、彼は奥さんと一緒にいた男を殺し、解体した」
あ、だから、浮気かどうか分からない、って言ったんだ。でも、ちょっと……。
「でもね、『美味しいけど、この前のとなんか違うよ?』なんて無邪気に娘が言ったから、それ以降、彼は女性ばかりを狙うようになった。それで、ねぇ、一番美味しかったのってどの年代の女性だと思う?」
突然聞かれてもわたしはまったく分からない。想像できない、と言うよりしたくもない。こんな話を淡々と話す悠莉ちゃんが少し気味悪く思えた。
わたしが無言でいても気にしないのか、まったく同じように続きを話した。
「一番美味しかったのはね、私たちと同じ、高校生くらい。だから、彼は女子高生ばかりを狙った。一人を食べ終わる頃に次の人を、そうして次々と殺しては食べていったの。娘のため、って誤魔化しながらね。でも、そんなことは長いこと続かない。彼は警察に捕まり、娘は親戚の家に預けられた、これが真相」
「悠莉ちゃん、詳しいね。そんなことまでネットには書いてなかったと思うけど、どこで知ったの?」
「ここね、私の故郷なの」
つまり、悠莉ちゃんは被害者の娘……?だったら、わたし、すごい無神経なこと……。
「悠莉ちゃん、ごめんね」
「え?何が?」
本当に何でもないことのように聞いてきた。
「だって、悠莉ちゃんのお母さんって……」
「ん?別に謝ることなんてないよ。ところで、真理ちゃん」
いつもの、学校にいるときと同じ感じでわたしの名前を呼んだ。
きっと、悠莉ちゃんの中ではもう整理がついてることなのかな?
「何?」
「あの頃は私、何もできなかったけど、今なら一人でもできると思うんだ」
「え……?何、が……?」
「私、もう我慢できないよ……」
隣で動く気配がする。わたしは、なぜか金縛りにあったかのように動けなくなっていた。
「それじゃ、いただきます」
食人鬼伝説 星成和貴 @Hoshinari
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