第3話横須賀未整理区画

 「何にも手がかりないっすねー。」慎が伸びをしながら言う。ここは統合本部の三条班のオフィス。聖たちはここ3日、品川の事件のことを調べている。監視カメラは破壊されていたが、映像を警備会社と情報リンクさせていたので、破壊される直前までの映像は全て入手できた。北ウィングのカメラには、自立式清掃用具運搬機が光る映像が最後に撮られていて、ほぼ間違いなく、この運搬機に爆弾が設置されていたはずである。南ウィングと西ウィングには覆面装甲マスクで顔を覆った濃い茶色の–それこそ蝉の色のような–戦闘服を着たテロリストが銃を乱射しながら入ってくるのが映っていた。そして大きな自立式運搬機が入ってくるところも。おそらくこの中にチェーンガンが入っていたのだろう。テロリストに撃たれて倒れる人が映っている。相手は全員カラシニコフアサルトライフルで武装していた。分かったのはそこまで。映像はそこで途切れている。

  次に聖たちは回収したテロリストの遺体を確認してみた。大半の遺体は特殊部隊が殺していたので、とても調べられるような状態ではなかったが、聖が斃した方には数個ではあるがほぼ原形をとどめた物があった。テロリストが着ていた戦闘服は、ジュラルミン装甲板をベースに複合金属を散りばめた、第三次大戦中に量産されたタイプの物だ。現在は、日本連邦やアメリカ、ヨーロッパ国、東南アジア連合など先進国を中心に機動装甲スーツや高機能装甲スーツが一般的だが、敗戦国やゲリラ、テロリストを中心に未だにジュラルミン装甲戦闘服を用いている組織もある。遺体のDNAを検査したところ全員日本連邦防災局の生態記録に乗っておらず、外見的判断も重なり、おそらく外国人であろうということであった。外国人だと日本国内での情報収集には限界がある。つまりここも手詰まりになってしまった。

聖たちは、品川のホワイトウィングスも調査したのだが、結局、それまで手にしていた以上のことは得られなかった。

「これ以上の情報は、今のところはもう得られないかと。」深月も言う。

「だよな〜。不謹慎だけど、またテロが起きてくんないとこれ以上進まない。」聖は言う。それを佳奈江が

「そこまで聖が言うなんて珍しいね。」と言った。

「だって実際手持ちの情報が全然ないしな。」

「そういえば外交相の出入国審査局のデータベースは見ましたっけ?」憲渡が聞く。

「それだ!」聖は大声を上げる。

「そういえばやってなかったね。」佳奈江も言う。

「すぐに申請書を出そう。」聖はそう言うとパソコンを立ち上げ、申請書を書き始める。この時代になるとパソコンの演算量は、第三次大戦前のスパコンと呼ばれてたのと同等レベルほどに達している。聖は10分ほどで書類を書き上げ、

「大臣に提出してくる。」と言って、部屋を出た。

「聖さん、ああいう事務仕事早いっすよね〜。」と慎は言う。

「昔からレポート書くのとかめちゃ早かったよ。」佳奈江が答える。


  「三条四等司法統監補です。入ってもよろしいでしょうか?」聖は大臣執務室の前でノックをして言う。

「ああ。入りたまえ。」と瑞野の声。

「失礼します。」と言って、聖は中に入る。

「どうかね。進展はあったか?」瑞野は尋ねる。

「いえ。ですが、手がかりになるかもしれないものがあります。」

「言ってみたまえ。」

「外交省の出入国審査局の外国人入国審査データです。」と聖は言いながら申請書類タブレットを渡す。

「なるほど。確かに外国人が入国する際にはDNAの提出が義務になっている。もしかしたら遺体と一致するものがあるかも知れない。よし、わかった。すぐに外交省のほうに司法大臣名義で協力要請書を書こう。国内安全保障を名目にすれば、原則拒否できない。」瑞野はそう言うとパソコンを打ち始めた。

「ありがとうございます。」と聖は言った。

「うん。要請は私に任せて君は捜査に戻りたまえ。入国経路は正規なものだけじゃないだろう。」瑞野はパソコンを打ち続けながら言う。

「密入国であるということですか?」

「ああ。現実的でないと思うかね。」

「はい。」聖は答える。日本連邦の国境警備能力は異常なレベルである。領海海底には電磁レーダーが張り巡らされているし、巡回活動にあたっている潜水艦、駆逐艦、航空機は、全て完全にコースを決められて、一寸の隙のない警戒を行っている。日本は島国なので、海を見はっておけば不法侵入はできないのだ。空から空挺なんかやったら目立つから現実的でない。つまり入りようがないはずだ。

「三条君、ひとつ治安維持局の先輩としていいことを教えてあげよう。」瑞野はパソコンを打つのをやめ、聖をまっすぐ見つめる。

「現実的にありえないと思うことは、案外現実では簡単にできたりするものだよ。」瑞野はそう言うと少し笑った。


 「現実的にありえないと思うことは簡単にできる、ねえ。」聖は班のオフィスで万年筆をクルクルとまわしながら考える。この時代において万年筆は貴重だ。買おうと思ったら数十万はくだらない。この万年筆もインクが切れてしまっている。

「何を考えているんですか?」翔輝が書類を聖に渡しながら聞いてきた。

「瑞野大臣にさ、現実的にありえないと思うことは、簡単にできたりするものだって言われたんだねー。」カービングライフルの弾薬補充申請か。聖は書類を読むと、タッチペンで申請書類タブレットに名前を書き指紋をを認証させた。

「それは特殊部隊の戦闘指揮でも似たようなことを言われました。」翔輝が言う。

「というと?」

「最初の指揮盤上での作戦展開通りにはいかないということです。」

「まあ、あんたにもわかりやすく言うと、オフィスで考えてるには限界がある。現場に行ってみたらなんか得られるかもよってことね。」と佳奈江が言いながらコーヒーを持ってきてくれた。

「ありがとう。つまり、テロリストが入ってこれそうな港をピックアップして見に行けってことか。」

「そうかもね。」

そこで聖のイヤホンタイプの携帯端末がなった。発信者は瑞野。

「外交省が許可をくれた。省庁内一括管理データベースで外国人入国管理情報を選択して、ログイン画面で2821678を入力すれば見れるらしい。」

「了解しました。早速確認を始めます。」聖はそう言うと、そっくり同じことを深月に伝え、遺体と一致するDNAデータがあるかを調べさせ始めた。30分後、出た結果は、


「一致するものがない?」聖は言った。


「はい。これまで登録された全てのDNA型を調べましたが一つもマッチングしませんでした。」報告をしているのはもちろん深月だ。

「そうか、、、。御苦労さま。」聖は言う。

「じゃあいよいよ、密入国者っすかねぇ。」慎が言ってきた。

「そういうことだな。明日ここに0800に集合。今日中に俺が瑞野大臣に今度は国土運輸省の監視カメラデータの共有を申請しておくから、明日早めに集まってテロリストの移動ルートを割り出して、そこから上陸先になりそうな港を探す。港をひとつに絞り込めたらそこに向かう。いいな。明日は忙しいぞ。」聖は言った。

「了解。」と全員の返事。

「それから、憲渡。お前もし明日なんか見つけることができたら、そのまま尾行を命じるかもしれない。それは覚えていておいてくれ。」聖は言う。

「了解です。そういうことなら準備もありますので、僕はこれで失礼します。」そういうと憲渡は荷物をまとめ始めた。

「ああ。ほかのみんなも今日は早く上がってくれて構わないぞ。」聖が言うと、みんな荷物をまとめ始める。

「古峯さん、これから少し地下の射撃練習場に行きませんか?」翔輝が佳奈江に話しかけている。

「いいねえ。行こう。」佳奈江と翔輝荷物を掴むと

「お疲れ様です。」と言って部屋を後にする。

「三条班長はまだ残られるんですか?」深月が聞いてきた。

「いや、国土運輸省の協力要請の申請書を作成してそれを大臣のメールに送ったらすぐ帰るよ。気にしないでいいよ。」

「ではお先に失礼します。」深月は言うと部屋を出た。そこに

「あ、深月さんちょっと待ってよ。一緒にこれからご飯行きません?」と慎が追っかけて行った。

「それじゃあ僕もお先に。」憲渡も出ていった。


  聖は10分ほどで書きあげ、大臣に送信して退庁した。時刻は18時少し過ぎ。治安維持局職員の退庁時間は18時30分なので、聖の退庁もいつもよりは早い。聖は霞ヶ関駅から新東京地下鉄多摩川線に乗り込む。この多摩川線は、神奈川県の武蔵小杉から二子玉川、渋谷、六本木、霞が関、台場を通り千葉県の舞浜までを結ぶ、東京の中でも有数の大きな街を通る路線だ。そのためいつでも混んでいる。聖は家の最寄り駅である浜松町で電車を降りると、駅と併設されているショッピングセンターに入り、スーパーマーケットに入店した。食料や医薬品などはで通販というのが基本であり、店に赴いて買うということは珍しい。ただ聖は、食料品は実際に見ないといいもの悪いものが見分けられない(通販だと店側が見分ける)という考えの持ち主で、食料が足りなくなるたびに買いに行っている。今日は何を作ろうかと考えながら店の中を歩く。昨日はそこまでお腹がすいていなかったのでパスタで済ましてしまった。が、「お客さん」からは不満の声が上がっていた。流石に今日はしっかりしたものにするかと思いながら精肉コーナーを歩いていると牛肉のフィレが安かったのでステーキに決めた。ガーリックにトウモロコシ、ナス、ポテトなどの付け合わせも選んでいく。最後に赤ワインを一本選んで会計へ。

聖の家は職員用の寮ではなく普通のマンションだ。ここは聖と聖の両親が住んでいた家だ。聖の両親が死んで以降、聖が一人で暮らしていた。地上30階建てで聖の部屋は23階の角部屋。買ったときは相当な値段だったと思う。

 聖が電子ロックを暗証番号と登録生体認証で開けて、

「ただいま。」と言いながら部屋に入っていくと奥から

「おかえりー。」と声がした。結衣奈だ。結衣奈はテレビを見ながら

「今日の夜ごはんは何?」と聞いてくる

「シェフの気まぐれ。」聖は適当に答える。

「聖の場合はほんとに気まぐれだから困るんだよねー。」

「今日学校に事件後初めて行って来たんだろ?どうだったよ?」聖は黒いエプロンを着て手を洗いながら尋ねる。結衣奈は私立桐蘭学園高校の1年生だ。桐蘭学園は、多くの政治家や起業家、官僚を輩出する名門校である。入学試験も難しい。

「楽しかったよ。みんなからいろんなこと聞かれて。あ、そうそう、聖のサインと写真がほしいって言ってた女子が何人もいたよ。良かったじゃん、モテモテで。」結衣奈は笑いながら言う。

「公務員が高校生に知れ渡ってるって状況が異常だろ。」聖は言いながら料理を始める。まずは買ってきた野菜を適当な大きさに切る。ご飯は昨日真空保存しておいたやつでいいだろう。味噌汁は赤味噌で豆腐を入れる。

「事件のほうはなんか新しくわかったことあるの?」

「国家対内治安最重要案件のため関係者以外に情報を教えられません。」

「それ、ただし事件に巻き込まれた被害者からの要求であれば応じてもよいって続きあるでしょ?」

「被害者が情報を漏えいする恐れがない限りな。」

「いいじゃん、誰にも言わないからちょっと教えてよ。」

「明日捜査のため帰宅が遅くなる恐れがあります。」

「なにそれ。」

「捜査の情報。」

「なんだ、まだ見当もついてないんだ。」

「露骨に言うなよ。へこむわ。」聖は言った。肉と野菜を加熱プレートの上において焼き始める。肉は表面を塩コショウをかけ、軽く焼いたらさっき買った赤ワインを少しかけてふたをする。焼いている間に味噌汁を作り上げる。頃合いだと思ったらふたを開けて肉を見る。ミディアムレアくらい。また少し表面を焼いて皿に移す。付け合わせの野菜もいい具合に焼けた。ご飯も真空パックを開け、レンジで温める。レタスとトマト、キュウリを適当に切ってサラダも作った。

「よし出来たぞ。飯もってけ。」聖が結衣奈に言うと

「料理を持ってくるまでが料理人の仕事でしょ~。」と言って、椅子に座った。しょうがないから聖が持っていく。

「飲みものは何にする?」聖は尋ねる。

「サイダー。」

聖はさっき使ったワインを掴み、冷蔵庫からサイダーを取り出して席に向かう。

「いただきます。」聖と結衣奈は食べ始める。

「どうだ、美味いか?」聖は聞く。

「おいしい。」結衣奈は答えた。



―翌朝8時―

 全員がそろっている。聖はそれを確認すると話し始めた。

「ちょっと厄介なことになった。国土運輸省が協力要請を断ってきたらしい。」

「え?嘘ですよね?」と深月が驚く。

「本当だ。大臣から昨日メールがあった。」

「省庁間の対立なんて未だにあるんすねぇ。」

「海上保安庁の一件以来仲悪いからな。」聖は言う。海上保安庁は国土運輸省の前の国土交通省の管轄下に置かれていたが、省庁改変の際に警察業務を行うものとして司法省の管轄下に変更された。この一件以来、事あるごとに司法省と国土運輸省は揉めている。

「でもどうするのさ?ここでこうしててもしょうがないし。」佳奈江が言う。

「そうだよなー。なんか他に方法はないかな?」聖は考える。すると

「あの、ちょっとすいません。」深月が言ってきた。

「何どうした?」聖は答える。

「クラッキングしましょうか?」

「え?」

「いや、だから国土運輸省の管理データをクラッキングして情報とっちゃいましょうか?」

「いやいやいやいや、それはやっちゃだめでしょ。」

「ですよね、、、。すいません。」深月は言った。

聖は他の手を考える。何かないだろうか。、、、ない。

「ごめん深月。前言撤回。それやってくれる?」

「いいんですか?」

「ああ。ただバレないように頼む。始末書は書きたくない。」

「了解しました。10分で破ってみせます。」深月はそう言うと自分のパソコンに向かう。

「実際、国土運輸省のデータ10分でクラッキングできたら化け物よね?」と佳奈江は言う。

「そうっすよねー。国家のデータは24時間監視されてて、複雑になってますからね。」と慎が答えた。

そしてわずか5分後

「あの、できました。」

「は?嘘でしょ?」慎の口が開きっぱなしになっている。

「班長にも共有します。」深月がそういうと聖のパソコンの画面に映像が現れた。深月以外全員が聖の画面に集まる。

「まず今から、顔が割れているテロリストと類似する人を調べます。」深月が言う。

「お願いします。」と聖は言った。画面の左側にファイルを選択と言うのが開かれ、『品川 犯人』というのが選択される。そして画面に検索中という言葉が出てから10秒ほど後、検索完了という文字が現れ、日ごとに分類されたたくさんの映像データが現れた。

「まさかこれを全部見ろとは言わないですよね?」憲渡が聞く。

「ええ、そんなわけなですよ。次にこの映像データと国土運輸省の監視カメラの位置のデータをリンクさせます。」深月がそういうと、別のウィンドウを開き国土運輸省監視カメラ位置データを開く。そしてそのデータに先ほどの監視カメラの映像のデータを加える。すると、画面上に現われている監視カメラの場所に映像データが重なっていく。

「こうすればどこで映像が撮られたかわかりますよね?そしてこれを時間が古い順に並び変えて、場所の点と点を線で結べば、よし、できた、行動ルートが一目でわかりますよね?」深月が言うと全員から

「お~。」と感嘆の声があがった。

「すごいっすね深月姉さん。」慎が言う。

「深月、、、姉さん?」佳奈江が聞く。

「昨日、一緒に夜ごはん食べに行っていろいろ話してたら、司法訓練学校時代の担任が一緒だったんですよ。そしたら慎君が、深月さんは兄弟子だから俺の姉さんだって。」深月が言う。

「慎、あんまり迷惑かけんなよ。」聖がそう言うと、

「いや、その、迷惑なんかじゃありません。他の人にそうやってコミュニケーションとってもらえるの初めてだったから逆に嬉しいです。」と深月が言う。

「な~んかいい感じじゃない。」佳奈江が言ったので

「そうやって茶化すなって。」聖がたしなめる。

「すいません。このカメラに映っている場所ですが、横須賀周辺が多くないですか?」翔輝の発言が全員をもとの議題に戻させる。

「確かにそうだな。深月、最初に発見されたのは?」聖は尋ねる。

「はい、ええと、横須賀港のほど近くですね。そこから横須賀未整理区画に入って行きました。」深月が答える。

「じゃあもうその先は特定できないな。そこから再び出てきたのは?」

「翌日の0630。そして1730には再び戻ってきています。」

「そのほかの日も結局は未整理区画に入って行ってるのか?」

「はい。品川に向かった日以外全てです。」

「そうか、、、。行くしかないよな。よしみんなこれから俺たちは横須賀未整理区画において捜査を行いにいく。突入ではないので武装は拳銃と電子手錠、電機警棒。ただ、車内には全装備を積んでいく。車両は機動装甲指揮車とパトカー2台。あと憲渡は尾行用の装備は絶対に持ってけよ。よしじゃあ準備して。」聖がそう言うと全員が自分が必要なものをバックパックやカバンに詰め、拳銃の弾薬数などを確認する。それが済むと全員で武器庫まで行って、装備を自立式収納運搬機に詰め、車まで向かった。聖と慎、佳奈江と翔輝がパトカーに乗り、憲渡と深月が指揮車に乗った。


霞が関から横須賀までは新首都高速道路があるので30分ほどあれば着く。時間を無駄にしたくはなかったので、聖たちはサイレンを鳴らして時速120キロほどのスピードで高速を駆け抜けた。横須賀で高速を降りるとサイレンを鳴らすのをやめ、ホログラムで車を一般車両に化けさせて進んでいく。

 横須賀は現在2極化されている。連邦海軍の一大基地である横須賀海軍基地周辺は、ショッピングモールや新築マンション、プロ野球球団横須賀ネイビースのメインスタジアムであるマリンシールドスタジアムなどがあり栄えているが、久里浜は大戦中に入ってきた不法移民や、大戦中に日本の敵国民管理所への入所を拒み逃走した中国人、ロシア人などが入り、もちろん日本人もいて、国際色豊かではあるが犯罪の多発する地域ができ上がっている。ここには司法省を含め政府機関が全体的に不干渉であり、大戦後に全国で行われた区画整理および再開発は行われていない。電気、ガス、水道は辛うじて通っているものの、点検には管理管轄する国民生活省が動こうとはしないため、住民の中で知識を持っているものが行っている。建物はレンガでできていたり、ネオン灯が使われていたりなど、前時代的な雰囲気の残る建物が多くあり、風景には何とも言えない古さが出す味のようなものが出ている。

 聖たちは未整理区画との境である新大津に車を止め、指揮車に後方支援と情報解析のために深月を残して、他の全員は歩いて未整理区画に入った。着ているスーツにはホログラムを施し、周囲の人と違和感がないようにしている。ここにいるのは基本的には浮浪者か犯罪者(多くはマフィア)なので高価なスーツを着ていたら目立つのだ。

「じゃあここからは別々に動くぞ。慎、ついてこい。佳奈江と翔輝はこの周辺で聞き込みを、憲渡はここで待機。いいな。よし始めよう。」聖が指示を出すと

「了解。」と返事がした。

―3時間後・廃棄区画内飲食店―

「やっぱり、そんなに情報が集まんなかったですね。」慎が言う。

「そうだよなあ。そもそもで外国人が多いし、ここの住民は他人に対してあまり興味を持たないからなあ。」聖も言う。この3時間、聖や慎、佳奈江や翔輝は聞き込みを行っていたのだが、誰ひとりとしてテロリストを知っている者はいなかった。もちろん、マフィアに接触するのは危険なので、聞いたのはここで商売を行っているものなどが中心だ。

「もしかしたら密入国を生業としている奴らに聞いた方が早いかもしれませんよね。」そう言ったのは翔輝だ。

「それはマフィアが絡んでくるのでNG。やるにしろ人数が足りん。」聖は言った。

「でもどうしようか。ここでただご飯食べてても埒が明かないでしょ。」佳奈江が聞いてくる。

「港のほうに出てみるか。何か見つかるかもしれない。」聖が言った。

―それを盗み聞くジャージを着た男。彼は前時代的なスマートフォンを取り出すと、ショートメッセージに

「司法省の猟犬どもを発見。港に向かう模様。」と打ちこみ送信した。


 聖たちは昼食を取った後、再び2人ずつのペアに分かれ、憲渡を港近くの喫茶店に待機させて聞き込みを始めた。

「ここら辺はヤバい奴らも多い。注意しろよ。」聖は携帯型ヘッドセットを使って全員に伝えた。

聖と慎は海岸沿いの倉庫街で聞き込みを行う。適当によさげな人を見かけては話を聞いているのだが、なかなか手がかりになりそうな答えは返ってこない。

「Do you know the men that was taken this picture?」と尋ねるが、たいていの答えはやはり

「sorry,but I don't know.」。

「やっぱりそう簡単には知ってる人がいませんね。」慎がいいってくる。

「そうだな。ここまで来ると、奴らを知ってるのは、真夜中の蝉の構成員か密入国を手伝ったやつぐらいだろうな。」聖も答える。そこに車が接近してくる音がする。前時代的なガソリン車。聖が音のした方を見ると、その方向から黒いワンボックスカーとピックアップトラックが近づいてきている。そしてワンボックスカーの窓からはマスクをかぶり拳銃を持った男が身を出している。

それを見た瞬間、聖と慎は路地裏に飛び込んだ。

パンパンパン!と乾いた発砲音がして、さっきまで聖と慎がいたところに土煙が上がる。ワンボックスが止まると4人ほど降り、拳銃を撃ってくる。聖と慎も自分の拳銃を引き抜いて応戦する。聖の隼が火を噴く。一人撃ち倒した。慎の愛銃H&KvP280も火を噴く。この銃は、慎が初ボーナスと貯金を全て使って買った銃だ。ヨーロッパ国の警察特殊部隊が使用しているのと同タイプ。慎の銃を探すのに聖もつきあってあげて、丸1週間使って見つけた銃だった。

するとそこにピックアップトラックが止まる。そして後ろの荷台部分には多目的ガドリングが。

「まずい!テクニカルだ!」聖は慎を立たせると、全力で走って次の角を目指す。

ウィーンとガドリングが回り始める音がした直後、ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドーンとすさまじい発射音がした。建物の壁に当たって破片が飛び散る。聖と慎の足元近くに土煙が跳ねる。なんとか角までたどり着くと、聖たちは右に曲がって海沿いから離れようとする。聖は話しながら佳奈江を呼び出す。

「佳奈江!大変なことになった!」

「こっちも大変なことになってる!」佳奈江がそう怒鳴り返してくる。確かに佳奈江の声に混じって銃声が聞こえる。

「場所は?お前ら今どこにいる?」聖は尋ねる。

「わからない。突然、建物の上から銃撃されてダッシュで逃げてきた。今は翔輝応戦してる。」

「了解。すぐに深月と連絡を取って、現在地を確認してドローンで装備を届けさせる。」

「頼んだ!」佳奈江がそう答えると通信は切れた。

次に聖はすぐに深月を呼ぶ。

「深月、状況はわかるか?」

「はい。ドローンの上空映像でライブ受信しています。」

「全員の場所は把握できているか?」

「はい。敵の場所もわかります。あと、東橋さんは攻撃対象になっていないようです。」

「あいつは気づかれなかったか。ならいい。深月、すぐにドローンを使って装備を運搬させろ。まず佳奈江と翔輝に。その次に俺らに渡せ。」

「了解。すぐに準備します。」

「あと、ナビゲートを頼む。」

「了解。」深月がそう答えたとき、憲渡から呼び出しが来た。

「東橋です。お取り込み中すいません。」

「ああ、ほんとにお取り込み中だよ。で、どうした。」

「実は僕のいる店の前に黒塗りのリムジンが止まって、そこからヤバい組織のお偉いさんみたいな人が下りてったんですけど。」

「間違いないか?」

「はい。公務員がこんなところにリムジンで来るとは思いませんし。」

「わかった。写真を撮れ。ただ、それ以上はするな。俺らが攻撃対象にされてる今、潜入とかはできる状況じゃない。」

「了解しました。しれっと写真だけとって、指揮車に戻ります。」憲渡がそう言うと通信が切れる。

「この攻撃、どこのどいつがやってるんですかね?」慎が聞いてくる。

「わからん。ただ、真夜中の蝉じゃない。奴らはもっと手ぬかりなくやるし、だいいち武器が拳銃じゃなくてアサルトライフルとかだろう。テクニカルを持ってて、拳銃で襲ってくるレベルだということを考えると恐らくマフィアとかだろ。俺たちを組対―組織犯罪対策課―と勘違いしてんじゃねーの?」と聖は答える。すると、

「次の角を左に。前方から敵4接近。」と深月の指示が来る。聖と慎は角を左に曲がる。

「次の角は右に。そのまま4ブロック前進。・・・は・・・み・・・人。」深月の指示がところどころかすれている。

「おい深月、聞こえるか?深月?クソッ、ダメだ。ジャミングが発生してる。奴ら意外と手ごわいぞ。」聖は言う。

「とりあえず、深月姉さんの指示が聞こえたところまではそれに従いましょう。」慎はそう言うと、走るスピードを速める。

角を右に曲がり4ブロック進んだところまで来た。

「左に行くぞ。」聖はそう言うと細い路地を駆け抜けていく。前方に拳銃を持った男が3人。聖は迷わず額を撃ち抜き突破する。そのようにして、なんとか海側から離れていくと、気づいたら薄暗い狭い路地の奥深くまで来ていた。そこで聖は止まる。慎も止まって聞いてくる。

「ここどこすか?」

「わからない。ただ海岸からは遠いはずだ。」聖は答える。ジャミングはまだ発生してるらしい。通信ができない。

「佳奈江さんや翔輝は大丈夫ですかねえ?」

「大丈夫に決まってるだろ。ついこの間まで特殊部隊の隊員だぞ。そう簡単に死なないよ。」

「そうすよね。」

「しっかし、ここはどこだ?」聖がそう言って上を見上げたとき、後ろから

「おい。」と声をかけられた。聖が後ろを振り返るとそこには

白髪の老人が立っていた。

「お前ら困っているんじゃないのか?俺の家に来い。助けてやろう。」彼はそう言うと聖の目と視線を合わせた。

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 また歯車が回る。中心の歯車が回り、他の歯車もつられて動く。カチ、カチ。少しずつゆっくりと動いて行く。決して反対側には戻らない。決して動きが止まることもない。ゆっくり静かに一定のペースで進んでいく。

 運命の歯車はまだ回り始めたばかりだ。

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