第2話新班設立

 「おはようございます。」聖はそう言いながら、東京治安維持局本部の52階にある自分の所属する部署のオフィスに入った。久しぶりの出勤だ。聖は品川の事件後、3日間の休養をもらっていた。

 東京治安維持局本部は六本木にある。昔はここに六本木ヒルズというビルが建っていたそうだが六本木地区再開発の際に取り壊され、今では地上80階地下20階の東京本部が建っている。北には司法省公判局東京部のビルと新東京地方裁判所があり、東には防災省東京中央司令センター、西には国防省駐屯局首都圏防衛司令本部と駐屯第一師団本部が置かれていて、西には複合商業施設カーリーズビルディング東京がある。

 「おはよう。品川の英雄さん。」聖がオフィスに入ると、聖が所属する第一捜査部第六班の班長常野託-じょうの たくし―が声をかけてきた。

「やめてくださいよ班長。マスコミだけじゃなく身内にも英雄扱いされると気味が悪い。」聖は言う。そう聖は英雄扱いされているのだ。品川のあの事件はやはり「真夜中の蝉」が犯行声明を出した。死者は315人、行方不明が22人、負傷者は502人に上り、警官の殉職者も32人、負傷者は51人に上るなどここ1年で最悪の被害を出す事件となった。そんな中で注目を集めたのは特殊部隊ではない職員が南ウィングを制圧したという事実だ。しかもその非特殊部隊職員を率いた人物が北ウィングの倒壊した瓦礫の中から少女を救出したというなら注目を浴びないはずがない。司法省としても、今回の事件でかなりの損害を出したためバッシングを避けるための英雄が必要だったので、渡りに船とばかりに聖や慎を持ち上げたのだった。

「事件から3日経過しても1面にお前や慎が載っているよ。」そう言って聖の先輩である高川夢乃―たかかわ ゆめの―が新聞タブレットを投げてきた。

「迷惑なんすよ。あいつら俺の家の前まで押し掛けて来てて。誰が俺の住所を漏らしたんだか。」

「まああんたみたいなルックスのある奴が活躍したらメディアが食いつくに決まってるでしょ。」

聖は新聞を見る。一面の見出し「品川の英雄・三条聖捜査官の勲章式典が全国放送決定」。これは聞いてない。

「班長、式典が全国放送ってどういうことですか?」聖は聞く。

「あれ、言ってなかったっけ?お前の式典、国営放送が全国中継すんだってよ。どうやら司法大臣の肝いりらしい。」常野が答える。

「式典って今日ですよね。」聖は言う。

「それは伝えたろ。」常野が答える。

「全国放送でスピーチするんですか?」

「だろうな。」

「そんなの聞いてないっすよ!」聖は慌てる。それを見て高川は

「おー、治安維持局きっての天才三条聖があせってる。」などと言って笑っている。

「三条、覚悟を決めろ。」常野が一瞬真面目な顔して言った後に爆笑している。そこに慎が

「おっはよーございまーす。」といいながら入ってきた。

「おっ、品川の英雄その2じゃないか。」常野が言う。

「遅刻だぞ、慎。」聖は指摘する。

「いいじゃないすか、聖さん。俺ら英雄っすよ?社長出勤ってやつっすよ。それより班長、俺めっちゃ有名人になってるじゃないすか。いやー、この仕事にもいいことってあるんすねー。」慎はハイテンションだ。

「昨日、俺の住んでる職員用庁舎の前にめっちゃカメラマンが来てて、すっげー楽しかったす。」慎がそう言うのを聞いて、聖は

「もしかして、お前、マスコミに俺の住所教えたか?」と聞いた。

「はい。何か不都合でも?」慎は普通に答える。

「不都合しかねえよ!」そんな聖と慎のやり取りを見て、常野と高川は笑っている。そこに電話がかかってきた。常野が電話に出る。

「はい、こちら第1司法捜査部第6班。はい了解しました。すぐに行かせます。」常野が電話を切ると、聖と慎を向いて

「お迎えが来たぞ。着替えて一階まで降りろ。」と言った。


 聖と慎が制服に着替え一階のロビーまで降りるとたくさんの職員と報道陣が待ち構えていた。ご丁寧にレッドカーペットまで敷かれている。

 普段、聖ら非一般職員(エリート職員と言ったりする)は制服を着ず、スーツやスポーツウェアを着ている。なので制服を着る機会なんていうのは滅多にないから、サイズが合わなくなっていることに気づきにくい。実際、慎の制服は少し小さく感じる。

 出入り口に運転手が待っている。運転手に先導され黒塗りのリムジンまで移動した。そこで記念撮影。報道陣から

「今のご気分は?」などと聞かれたから適当に

「誇らしいです。」と聖は言った。

 リムジンに乗り込むとすぐに動きだした。公道に出ると前後をSFPLの装甲車が挟んだ。そのまま霞が関にある日本連邦司法省統合本部へ向かう。六本木と霞が関は近いのでものの10分で統合本部についた。統合本部は警視庁本部があった場所に建てられた、地上50階地下20階建ての建物で東京本部よりは小さい。この本部内には大臣の執務室もある。いわばここは司法省の心臓部分なのだ。リムジンが正面入り口前で止まる。いつのまにかSFPLの装甲車はいなくなっていた。聖と慎がリムジンから下りて式典会場に向かう。地上30階にある大講堂で行われるらしい。2人がエレベーターを待っていると

「三条と弓野か?」と奥から声がしてきた。二人が声の方向を向くと村嶋が歩いてこっちに来た。彼も制服を着ている。

「村嶋一等司法統監補も今日の式典で表彰を?」聖は尋ねる。

「ああ。ただ現場にいただけで何もできていなかったがな。」村嶋は笑って言う。

「今日の主役は君たち二人だ。俺はおまけにすぎん。」

「そんなことはないです。村嶋一司統補はしっかりと全部隊の指揮をとっていらっしゃったじゃないですか。」と聖は言った。

「じゃあなおさら俺がもらう資格がないな。私のせいで大勢の職員が職に殉じた。」

「村嶋一司統補、、、私は」

「なに冗談だ。少しいじめすぎたな。忘れてくれ。俺は君たちと同じ現場で働けたことに誇りを感じてるよ。」村嶋がそう言ったとき、エレベーターが到着した。

「いこう。お偉いさんが待ってる。」村嶋はそう言うと表情を引き締めエレベーターに乗り込んだ。」


 「先日のテロでは、多くの被害者、そして多くの殉職者が出ました。その彼らのことを思うと悲しみが止まりません。しかし我々は戦い続けねばなりません。凶悪なテロとの戦いはまだ終わっていないのです。」連邦総理大臣のスピーチが続いている。聖たちの勲章授与、そして突然知らされた階級特進の発表は驚くほど早く終わったのだが、司法大臣、さして総理大臣のスピーチがかなり長い。そもそもこの式典自体が政府や司法省のプロパガンダだから簡単に終わるはずもないのだが。慎は壇上に座っているのに、うなずいているふりをして寝てしまっている。聖は慎を起こしたいのだが、全国放送されているということを思い出し、なかなか起こせない。全国放送に隣の同僚をたたき起す姿が写ったら何枚始末書を書かないといけなくなるかわからない。

「これを私の祝辞とさせていただきます。長々と失礼いたしました。」と言い総理大臣のスピーチが終わった。聖は拍手が始まったのを見計らって慎の耳の近くで大きく拍手した。慌てて慎が起きて、拍手をする。そして、記念撮影に移行した。写真が何枚も撮られている。バシャバシャとカメラの音。いつまで続くのだろうか。聖がそう思っていると、司法大臣が聖の耳元で小さく

「三条君、弓野君とともに式典終了後、私の執務室に来たまえ。」と言った。聖は返事代わりにうなずいた。

 

 写真撮影の後、インタビューが始まった。聖は適当に答えていたが、慎はハイテンションで答えていた。村嶋は気づいた時にはもういなくなっていた。聖は大臣執務室に来いと言われていたことが頭を離れず、5分ほどすると、この後任務がありますのでと言って慎を引っ張って報道陣から離れていった。慎は少し抵抗の意思を見せたが、大臣が呼んでいることを耳打ちすると素直についてきた。

 「三条です。失礼します。」聖はノックをして言った。

「入りたまえ。」ドアの向こうから大臣の声がした。

「失礼します。」聖と慎は中に入った。

「式典は退屈だったろう。」司法大臣瑞野琴和―みずの ことかず―は尋ねてきた。司法省治安維持局からのたたき上げで、ことしで62歳を迎えるはずだ。細い顔に白髪がところどころ混ざった灰色のオールバックにされた髪、細く釣り上った眼、フレームのない四角い眼鏡。どのパーツも彼がキレ者であることの証明であるように思える。彼の書いた「テロリズムとアナーキズムの融合による国家転覆の危険性」というレポートは不朽の名作レポートであり、このレポートを読んだことのない官僚はいないとさえいわれている。

「いえ。そのようなことは。」聖は言う。

「ははは。私に隠す必要はない。現に弓野君は寝ていたじゃないか。」瑞野は楽しそうに笑った。慎を照れ笑いをしている。

「まあ私自身もつまらない話をしているなという自覚はあった。そう言えば君たちに謝らないとな。君たちを英雄に仕立て上げて、司法省へのバッシングに対する盾にしてしまってすまない。」瑞野は頭を下げる。「どうか頭をあげてください。あれは大臣として司法省を守るための正しい判断であると私は認識しております。」聖は言った。

「君の家に報道陣が押し掛けてもか?」

「それは大臣の責任ではなく、この弓野の責任です。」

「そうか。ははは。おもしろい。君は大臣の器がありそうだな。」

「滅相もございません。」

「まあ立ち話もなんだ。そこに座りたまえ。」瑞野はそう言ってテーブルと対になった椅子に座る。

「失礼いたします。」聖と慎はそう言って、瑞野とテーブルを挟み正面から向き合う形で座った。すぐに執務用ロボがお茶と菓子を運んできた。3人はそれぞれ茶を一口飲んだ後、瑞野が話を切り出した。

「さて、三条一等司法捜査官と弓野三等司法捜査官、、、じゃなかったな。三条四等司法統監補と弓野一等司法捜査官。君たちを呼んだのは2つ聞きたいことがあるからだ。」

「はい。」聖は答えた。

「まず最初に聞きたいのは、君たちSIT隊員になる気はないか?」

「へ?」慎が気の抜けた返事をしたので聖は慎をひじ打ちした。だが慎がそういう判断をするのも無理はない。

「失礼いたしました。でもどうして私たちを特殊部隊であるSITに入るかお聞きになるのですか?」聖は尋ねる。

「実はだな、品川の事件の後、司法省の全特殊部隊が君たちをほしいと言ってきたんだ。ただ6つの特殊部隊から好きなの選べっていうことはできないから、より捜査を行うSITに私の独断で絞り込ませてもらった。」

「それに関しては私は辞退させていただきます。私には特殊部隊に所属する自分の姿が想像できません。」聖は即答した。

「なるほど。わかった。私から伝えておこう。弓野君はどうかね?」瑞野は慎に尋ねる。

「えーと、俺じゃないや私も辞退させてもら、、、いただきます。」慎もなんとか答えた。

「ほう、なぜかね。」

「たしかに銃をぶっ放すのは好きです。でもそれ以上に尊敬する先輩と長く同じ現場で働けることのほうが俺は好きです。あっ、汚い言葉使ってすいません。」

「いや、謝るようなことじゃない。逆に君の素の思いが聞けて良かった。」瑞野はそう言うと

「よし、じゃあSITの件は私が伝えておこう。次に聞きたいのは、三条君を班長にして『真夜中の蝉特別捜査班』を作りたいと思っているのだが、どうだね、引き受けてくれるか?」と尋ねた。

かなり長いこと考えた末、聖は


「お引き受けいたします。」


と答えた。

「そうかそうか。それはよかった。」瑞野は言う。

「班員の選定は君に任せる。君を含めて5,6人にしてくれ。まあ一枠はもう埋っているだろうが。あと君の班は私の直属の班になるだろう。つまりどの捜査班、特殊部隊よりも高い指揮捜査権限をもつことになる。」

「了解いたしました。班員の要望はいつまでにお送りすればよろしいでしょうか?」

「明後日までにしておくが、なるべく早くしてくれるか?何せテロはいつどこで起こるかわからない。」

「はい。では早速3人よろしいでしょうか?」

「お、もうそんなに決まっているのか。」

「はい。」

「言ってみてくれ。」

「まず、この弓野慎一等司法捜査官。そして、、、。」


 今、聖は病院の廊下を歩いている。ここは、防災省東京国際連邦記念病院だ。その名の通り、日本が日本連邦になり、省庁が一変された際に作られた病院だ。防災省が運営する公営であり、日本一の技術と大きさを誇る病院である。なぜ聖がここにいるのかというと結衣奈に会うためだ。結衣奈には致命傷が一切なく心配する点はなかったのだが、一応念のため全身を検査するために入院している。聖は短い休暇の間毎日結衣奈のもとに行っていたので、部屋の場所は聞かなくてもわかるし、なにより結衣奈と仲良くなった。

 507号室望月結衣奈。名前を確認してノックする。

「結衣奈、入ってもいいか?」

「うん。どうぞー。」

ドアを開けて中に入る。入口付近の椅子に一人の後ろで長めの髪をまとめ、スーツを着た女性が居眠りして座っている。聖はその女性に

「おい、佳奈江起きろ。護衛の職務遂行中だろうが」と声をかけた。古峯佳奈江-こみね かなえ―一等司法捜査官。聖と同期で司法省治安維持局に入り、そもそもの司法省訓練学校の活動班も同じだった仲だ。佳奈江は現在SIT隊員で、結衣奈の護衛兼話し相手として24時間付き添っている。

「ん、、、聖か。来るの遅くて待ちくたびれて寝ちゃってたよ。」佳奈江は眠たそうにいい、ひとつ大きく伸びをした。

「俺のせいにするな。」聖はそう言いながら病室の奥に進む。佳奈江も後に続く。

「三条四等司法統監補入りたまえ。」結衣奈がニヤニヤしながら聖を見ている。

「お前は俺のことを馬鹿にしてるだろ。」聖はため息をつきながら言う。

「そんなことないよー。私の命の恩人様には感謝と尊敬の念を抱いております。でもさあ。」そこまで言うと結衣奈は笑い始める。佳奈江も笑っている。

「でもなんだよ。」聖は尋ねる。

「私は英雄ではありません。ただ職務に服しただけです。って全国放送の授賞式典で言っちゃうの?」二人はさらに爆笑している。恐らく授賞式典での聖のスピーチのことだろう。実際に聖は報道陣の前で、

「私は英雄ではありません。ただ職務に服しただけです。私以外にも職務に服し、その結果殉職した職員たちが多くいます。私はあくまで代理としてこの賞を頂くつもりです。」と言った。

「そんなにおもしろかったか?」聖は尋ねる。

「うん、すっごく。」結衣奈は答える。そして

「聖の顔に慎君のキャラがあれば芸能人にでもなれるだろうにね。」などと言う。

「ん?慎と会ったのか?」聖は尋ねる。当然だ。この休暇中あいつは一回も結衣奈の見舞いには来ていない。

「うん。今日の朝来てくれた。ほら、そこに花が置いてあるでしょ?」結衣奈が見た方向に向くと、そこには花束が花瓶にささっていた。だから今朝遅刻したのかと聖が思っていると、佳奈江が

「そういえば、結衣奈ちゃん明日で退院だって。」と言った。

「そうなのか。」聖が聞くと

「うん。」と結衣奈は答える。

「聖の家に当分泊ってもいい?」結衣奈が聞いてくる。

「なんでだよ。家族は?ってかお前の家族について聞いたことなかったな。」聖は言う。

「お父さんは戦争で死んだ。お母さんも海外で死んだ。」結衣奈は答える。

「戦争って第三次大戦か?」聖は尋ねる。

「うん。」と結衣奈。医療の発達した現在において、人工授精はかなりレベルが上がっている。遺骨があればそこから細胞の遺伝子情報を割り出し、その遺体が持っていた生殖細胞を作り出すことができるのだ。つまり、結衣奈の母親は父親の遺骨から精子を作り出し、それを人工受精させたということになる。

「お母さんは海外で死んだってどういうことだ?」聖は尋ねる。

「実はね、私はヨーロッパ国で生まれ育ったの。緑の深い森に青い湖、高い山々の頂の上に積もる雪。住んでいた場所は日本に比べてずっと美しかった。でもそこでの生活は長く続かなかった。お母さんが冬に薪を山に取りに行ったの。そうしたら二度と帰ってこなかった。住んでた村の村中の人たちが探して見つかったのは血のついたお母さんがいつも履いてた靴だけ。村の人たちは狼に食べられたんだろうって。そのあとすぐに、お母さんの姉って人が私を日本に連れて行った。」と結衣奈は話した。

「つらいことを思い出させてごめん。」聖は謝る。

「いや、いいって。」

「でもそれならお前のおばさんがいるはずだよな?その人は?」

「この前品川で一緒に居た。まだ行方不明。」結衣奈は言う。ということはおそらくもう駄目だろう。

「佳奈江、お前のとこは?」聖は尋ねる。

「私の家は職員用の寮だから無理。もし上から許可が下りるとしても、審査に時間がかかるだろうから当分は無理よ。」佳奈江は答えた。聖はため息をついてから、

「しょうがない。当分俺の家で引き取る。でも明日すぐに申請出して、許可が出次第佳奈江に渡す。いいな。」と言った。

「うん。いいよ。」結衣奈はそう言った。

「じゃあ俺はそろそろ帰るぞ。明日早いんでな。」そう言って聖は動く。

「えー。もう帰っちゃうの?」結衣奈が言う。

「明日また迎えに来るから。じゃあな。」そう言って聖は部屋を後にする。すると佳奈江もついてきた。

「どうした佳奈江。なんか用か?」聖は尋ねる。

「聖聞いた?」

「何を?」

「SITに入隊しないか。」

「ああ。」

「なんて答えたの?」

「断った。」

「そう、、、そっか。そうだよね。聖が治安維持局に入った理由はSITにはないもんね。」

聖は何も言わない。聖の治安維持局に入った理由。これを知っているのは佳奈江ぐらいだ。

「でも残念だな。また聖と一緒に行動できるのかと思ったんだけど。」佳奈江は言う。

「それは案外叶ったりするかもな。」

「え?」

「明日になればわかるさ。」聖はそう言うと歩き出した。


 翌朝、聖が向かったのは東京本部ではなく、統合本部だった。入口で名前を警備の職員に告げると、しばらくそこで待っているようにいわれた。3分ほどして瑞野が現れた。

「おはようございます、大臣。」聖は瑞野に挨拶をする。

「おはよう、三条班長。さっそく君たちのオフィスに案内しよう。」瑞野はそう言うと聖を先導してエレベーターに乗った。

「君が昨夜私に送ってくれた職員メールは読ませてもらった。あそこに書いてあった、コンピュータに強い職員と潜入が得意な職員は適当に私が選んでおいた。辞令も出してメールで送っておいたから今日中に来るはずだ。」と瑞野は言う。

「お手数おかけして恐縮です。」

「なに、私が作らせた班だ。私も可能な限り支援させてもらうよ。」瑞野がそう言ったときチンとベルの音がしてエレベーターが止まった。

「さ、ついて来たまえ。」瑞野はそう言うとスタスタ歩き出した。そして南東方向の角部屋の前まで来ると、そこのドアを開けた。

「さあ入りたまえ。ここが君のオフィスだ。」

 地上42階のその部屋には、もうすでに6人全員の私物とパソコンが運び込まれていた。聖が部屋を眺めていると、

「これが君たちの武器庫の鍵。そしてこれがこの部屋の鍵。これが機動装甲車と機動装甲指揮車の鍵だ。君たちのパトカーももちろん配送してあるが、テロ事案にはほとんど出動することになるだろうから、装甲車があって邪魔だということはないだろう。」と瑞野が鍵を数個渡してきた。

「お気づかい感謝いたします。」そんなことを話していると

「おっはよーございまーす。」慎が入ってきた。そして瑞野を見つけ、

「あっ、おはようございます。」と慌てて頭を下げる。そこにすぐ

「おはようございます。」と言って二人の男女―二山翔輝と古峯佳奈江―が入ってきた。そしてさらに二人の男女が

「おはようございます。」と入ってくる。総勢6人。

「これで全員そろったな。」瑞野が言う。

「君たちは『真夜中の蝉』の鎮圧の頭脳となるためにつくられた特別班だ。君たちの能力の高さは私も三条君も知っている。これから解決まで、三条君を班長に是非とも頑張ってもらいたい。」瑞野の言葉に全員が

「はい。」と力強く答える。

「それじゃあ後は三条班長に任せる。」そう言うと瑞野は出ていった。

 「ええと、じゃあ自己紹介でもしよっか。自分のフルネームと階級、年齢、元所属のとこ、得意なことを簡潔に頼むよ。」聖は言った。

「まず俺から。班長をやらせてもらう三条聖四等司法統監補だ。28歳。東京治安維持局本部の第一捜査部第六班から来た。捜査にはそこそこの自信がある。よろしくな。」と聖は言った。すると

「顔にも自信あるって言わなくていいんすか?」と慎が言ってきたから一発蹴りを入れた。

「イッタ―!なにするんすか。えと自己紹介させてもらいます。弓野慎一等司法捜査官っす。22歳です。聖さんと同じく第一捜査部第六班から来ました。スナイパーは任せてほしいっす。」と慎は言った。

「じゃあ次自分が」というと翔輝が喋りだした。

「二山翔輝一等司法捜査官補です。20歳。司法省特殊部隊高等学校卒後EsCT東京第2中隊第1小隊第1班に所属していました。各種戦闘に自信があります。」

「次私。古峯佳奈江一等司法捜査官です。28歳。SIT東京第3中隊第1小隊第1班からきました。どんな銃でも扱える自信があります。」と佳奈江が言った。

「えと、私いいでしょうか?」と瑞野が連れてきた二人のうちの、女の方がちょっとオドオドしながら言った。

「どうぞ。」

「蘆利深月―あしかが みつき―二等司法捜査官です。25歳です。科学情報局情報捜査部第3班から来ました。コンピュータやネットを専門にやってましたが、科学捜査もできます。よろしくお願いします。」メガネをかけた小柄な彼女はそう言うと頭を下げた。

「最後は僕ですね。東橋憲渡―あずまばし のりと―三等司法捜査官です。21歳。治安諜報局対内諜報部第6班から来ました。潜入と尾行、暗殺みたいな汚れ仕事なら任せてください。」黒い髪を短く整えた彼は不敵に笑う。

 全員の自己紹介が終わった。慎に翔輝、佳奈江、深月、憲渡、そして聖。全員20代の若い班。聖は自己紹介を聞いていて、全員能力が非常に高いことを感じ取った。その分野に圧倒的な自信があるから自分の得意なことを言える。

 「自己紹介ありがとう。さて、もう聞いているかもしれないが、この班は司法大臣直轄の特別独立捜査班だ。ほかのどんな捜査班や特殊部隊にも協力を求められるし、指揮する権限もある。大臣を通せば、どんな省にだって協力要請ができるだろう。この大きな権限の意味はわかるな?『真夜中の蝉』を徹底的に調べ上げ殲滅するためだ。テロを恐れて生活する社会は異常だ。だから俺らはそれを正さないといけない。そのためにみんなの持てる力を全て出し切ってもらいたい。」聖は言った。

「はい。」全員の返事。

 聖は窓の外を見る。たくさんの高層ビルに地面を走る車、歩く人。これら全てを守るためにこの班はできた。「真夜中の蝉」全貌の見えない組織と闘うこれから先は厳しいことが待ち受けているだろう。だがこの班全員の力が合わさればできないことではない。聖はそう決意を固めた。




 運命の歯車が回る。新たに歯車が数個合わさる。少しずつゆっくりとカチ、カチと回る。果たしてどのような結末を迎えるのか。動き出した運命の歯車はもう止まらない。

 「楽しみだね。」灰色の髪の男―瑞野―は7つの合わさった歯車が回るのを見てつぶやき、笑った。


                       続く

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