真夜中の蝉

@theAugustSound

「真夜中の蝉」特別捜査班設立

第1話瓦礫の中の少女

 あなたは真夜中に鳴く蝉の声を聞いたことはありますか?一寸泣いてはまたすぐ鳴きやんで、だいぶ間を開けてからまた一寸鳴く。それは、自分の短い命を知っている蝉がその運命を悲しんで泣いているのか。 はたまた自分の生きた証を真夜中にも刻みこみたいのか。あなたはどのように感じますか?


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真夜中の蝉

              

 「統合本部から警戒活動中の全車に告ぐ。東京都品川区品川駅前の複合商業施設ホワイトウィングスにおいて大規模爆発が発生した模様。銃撃が発生しているという情報もあり。付近の車両は直ちに現場に急行せよ。なおEsCTとSATも現場に向かっている。現場に着いた職員は情報収集及び可能な限りの制圧を行え。銃撃が発生しているという情報もある。くれぐれも警戒せよ。繰り返す―」

まただ。と、この無線連絡を聞いて三条聖は思った。最近テロが多すぎる。戦争直後のの混乱期にはテロは多発してそうだが、俺が生まれてからはまともにテロなんか起きたことはなかった。だがあの日を境にして急に大量発生している。

 あの日というのを西暦で表すと2175年8月22日になる。中国とフィリピンの領土問題が2030年戦争に発展。フィリピンは周辺の東南アジア諸国と同盟を結び東南アジア共同体として中国に対抗。その戦争にアメリカ、イギリス、EU、インド、オーストラリア日本が東南アジア共同体側として参戦。中東諸国、ロシアが中国側として参戦し全世界規模の第三次世界大戦に発展し、これが100年間続いた。結局東南アジア共同体側が勝利したのだが、その長期間の混乱期を乗り越えるために地域規模で大国になる事が増え、東南アジア共同体が東南アジア連合に、EUがヨーロッパ国に、オーストラリアやニュージーランドが集まってミクロネシア統合国家に変化していった。また、敗戦した中国は高麗民主共和国、華南帝国、華北共和国、新疆自治国に分裂。ロシアはカムチャッカ付近をアメリカに、ヨーロッパ側の大半をヨーロッパ国に占領され、かつての広大な領土の名残は無くなっている。中東は核攻撃によってほぼ人が住める土地が無くなった。石油の枯れた現代において中東の価値はないに等しい。戦勝国になった日本は台湾を吸収、南洋諸島の一部も委任統治領となり日本連邦へ国名を変更。世界有数の海洋大国になった。そうして世界地図が変化していった中、中国北東部と朝鮮半島全域を有する高麗民主共和国の首相李伯文が国交の正常化の締結のために日本に訪れた。が、その李伯文が羽田空港において飛行機ごと爆殺されたのだ。それがあの日のことだ。犯行声明を出したのは「真夜中の蝉」と名乗る組織。詳しい構成も理念も、何もかもわからない組織だ。

ただ、犯行声明に目を惹く一言があった。それは「儚い命の運命に抗うことなかれ」という言葉だ。医療技術の発展によって、現在人間の平均寿命は120歳前後まで伸びている。医療技術によって天命というものが無くなったことへの宗教的な反発なのかとも考えられたが、神社や寺院、教会、そして寿命を人工的に延ばすことに反対する新興宗教である天知教の教会にも「真夜中の蝉」が犯行声明を出すテロが発生したためにその可能性もほぼないとみられている。ちなみに蝉という昆虫は全世界で2120年頃には絶滅してしまっている。

 三条聖―さんじょう ひじり―は第三次世界大戦後の生まれ、つまり戦後世代と呼ばれる部類に入る28歳の青年だ。あの日を25歳で迎えているので、2150年の生まれということになる。彼は司法省治安維持局刑事課の職員、簡単に言ってしまえば刑事だ。高い背丈と甘いマスク、そして入局試験を過去最高点で突破するなどわざわざ公務員―特に危険が伴う刑事なんかに―ならなくても一般企業から引く手あまたであったろうに、なぜ司法省に入ったのかがわからないと治安維持局の職員に言われている。もちろん彼なりの理由はあるのだが。

 「聖さん、俺ら現場に近いっすけどどうしますか?」と言ったのは弓野慎―ゆみの まこと―だ。22歳の新人職員。刑事にしては珍しく髪を茶髪に染めている。少年のときはだいぶやんちゃしていたらしく、彼曰く「公務員にでもなって世間様にかけた迷惑の分だけ働け」と両親に言われたそうだ。公務員の中でなぜ刑事を選んだかというと、「刑事になれば合法的に銃もてるじゃないですか〜」といつか言っていた。

「どうしますも何も行くに決まってるだろ。お前無線聞いてたか?付近の全車向かわねえといけないだろ。」と聖は答えながら乗っているパトカーのホログラムサイレンを点灯させた。

「でも俺ら今事件捜査行ってきたばっかりすよ?」

「お前さあ、自分の仕事何かわかってる?」聖はため息をつきながら慎に聞いた。

「市民の安心安全を守るために奉仕する優しいお巡りさん?」

「わかってんじゃねえか。じゃあ市民の皆様の安心安全のために働け。」

「は~い。ったく特別事案手当出るだろうな?」慎がぶつぶつ文句を言っている横で聖はハンドルを現場に向け、

「本部へ。こちら東京治安維持局本部の三条聖一等司法捜査官です。現在識別番号2280のパトカーに乗って現場に急行中。詳しい現場の状況の共有化を申請します。」

「三条一司捜、こちら本部。状況を通達する。といっても先ほど以上の詳しい情報はあまりない。品川駅前のショッピングモールホワイトウィングスの北ウィングにおいて本日3月21日17時00分大規模な爆発が発生、と同時に南ウィング西ウィングにおいて銃撃が発生、現在も継続している模様。客が東ウィングに集中しパニック状況に陥っている。ウィングスの中心にある品川駅は封鎖。乗客は隣の駅に移送中だ。」

ホワイトウィングスは品川近辺の大規模区画整理に合わせて作られたショッピングモールだ。建物は東西南北の4つのビルに分けられておりそれぞれから対角線上に延びた通路の交点に品川駅がある。

「こちら本部。一司捜、新たな情報が入った。現場に到着した品川署の職員によると北ウィングは倒壊。南ウィングと西ウィングをつなぐ通路上には重武装をしたテロリストがいる模様だ。こちら側は品川駅署の職員を品川駅と東ウィングを結ぶ通路上と南ウィングと東ウィングを結ぶ通路上に配置。また付近から集合した職員を東ウィングと南ウィングの中間点に集結させている。君たちもそちらに向かってくれ。」

「本部、こちら三条。EsCTとSATの到着予想時刻を教えてください。」EsCTは初期対応部隊、SATは特殊急襲部隊のことだ。このほかにもSIT特殊事件捜査班やAOT対テロ作戦部隊、SPT特殊警備隊と3つ特殊部隊が治安維持局には存在し、また司法省にもSFPL司法維持特殊部隊という特殊部隊が存在し、現在日本の警察機構には6つの特殊部隊が存在している。

「本部より三条一司捜へ。EsCTは17時30分に、SATは17時45分に到着予定。特殊部隊到着までに君たちには彼らがが東ウィング方面から南ウィングに突入できるように、東ウィング側のテロリストを排除してくれ。現在拳銃および車内に搭載されてある全装備に自由使用許可が、そして犯人に対しては強制制圧許可が司法長官権限で出されている。」

「本部、こちら三条。了解しました。終結地点に到着後、現場指揮官と合流。南ウィングの東ウィング側にいるテロリストの制圧を行います。」

聖が交信を終えるとすぐに慎が

「聖さん、俺らって武器は何積んでましたっけ?」と聞いてきた。治安維持局のパトカー1台1台使用する職員が決められている。例えば識別番号2280のパトカーは三条、弓野の専用車だ。テロが多発するようになったあの日以来原則としてパトカーにはサブマシンガンが二挺と機動装甲スーツが二着、そしてスナイパーライフル、アサルトライフル、ショットガンの中から一つ好きな武器を職員が選び積むことができる。慎が聞いてきたのは自由に選択できる武器のことだ。

「たしかスナイパーライフル。てかそれお前が選んだろ。俺はでかい銃のほうが好きなんすよ~、とか言って。」

「そうでしたっけ?」

「そうだよ。だからお前はスナイパーやれ。」

「えー!せっかくテロリストと殺し合いができると思ったのに~。」慎は大げさに手を挙げて抗議する。

「お前があんなでかいの選んだんだろ。自分で責任とれ。しかもお前みたいなバカを最前線に出せるかっての。」

「聖さんみたいながり勉さんには危ないっすよ。」

「お前、先任権限でパトカーに閉じ込められたいか?」

「うわ~、パワハラだ。いけないんだ~。」

「知ったことか。」

「はいはい、わかりましたわかりました。スナイパーやりますよ。後ろから弾当ててやろうかな。」

「ん?なんかいったか?」

「なんでもないでーす。」


 そうこうしているうちに、聖たちはホワイトウィングスの東ウィングの下、臨時現場本部に到着した。聖たちはすぐに機動装甲スーツを着、それぞれ武器を持ち現場指揮官を探した。

本部には機動装甲指揮車があり、その指揮車の前で初老の男性が装甲スーツを着て地図を見ていた。聖はその男性の前に立つと

「東京治安維持局本部の三条聖一等司法捜査官と弓野慎三等司法捜査官です。現場指揮官殿でいらっしゃいますか?」と言った。すると初老の男性が

「そうだ。私は品川駅署署長村嶋宗嗣―むらしま そうじ―一等司法統監補だ。三条一司捜、弓野三司捜よく来てくれた。現場の状況はもう聞いているか?」と言った。

 司法省の職員には全員階級がある。司法大臣には司法長官、統合本部長には司法副長官、各局長には一等司法統監、各署長には一等司法統監補、特殊部隊長には二等司法統監などと定められており、司法長官、司法副長官、一〜五等司法統監、一〜五司法統監補、一〜三司法捜査官、一〜三司法捜査官補、一〜九司法官の全27階の階級がある。司法官は一般階級なので司法捜査官補以上にになることはできない。


 「はい。車内で統合本部から聞きました。」と聖は答えた。

「なら話は早い。一応言われてなさそうなことを言うと、南ウィングと西ウィングを結ぶ通路上の敵は軽機関銃とRPGを携行している。数は10人以下。南ウィングと西ウィングにもそれぞれ10人ほどいるとみられている。恐らく武器はアサルトライフルかサブマシンガンだろう。こちらにはもう15人ほど負傷者が出ている。相手は相当な軍事訓練を受けているな。」

「そんなんもう小規模な軍隊じゃねーか。」慎がぼそっと呟くと村嶋は

「そうだ。だからEsCTとSATだけでなくAOTにまで出動命令がでた。ただどれも到着まで時間がかかる。周辺の道路が一般車でごった返してる。到着時刻も15分ほど遅れるだろう。だからなるべく南ウィングの敵を排除したい。あそこを簡単に抑えられれば、南ウィングと西ウィングを結ぶ通路上の敵も簡単に倒せるだろう。」

「了解しました。ならば東ウィング側の敵を制圧後、できれば内部に突入してみます。」と聖は言った。

「いいだろう。ただし突入の際は他の職員と5名以上でやること。弓野三司捜はどうやらスナイパーのようだから東ウィングの3階のバルコニーに行くといい。格好のスポットだ。すでに3人ほどその場所にいる。あと、絶対に重武装した相手のいる場所に近づくな。」村嶋はここまで言い切ると、一呼吸置いてから

「特殊部隊が到着するまで君たちが頼りだ。できる限りあのクソ野郎を制圧してきてくれ。ただし殉職だけは許さんぞ。これは上級職員命令だ。」と言った。

「了解!」2人はできるだけ大きな声で言った。その声の大きさは周囲の人ほとんどを振り返らすほどだった。


 「そっちは準備できたか?」聖は尋ねた。

「とっくのとうに済んでますよ。いつでもどうぞ。」答えたのはもちろん慎だ。

 聖は近くの4人の職員と臨時でチームを組んだ。その中で聖が最も階級が高かったので指揮を執ることになった。

「よし、じゃあ始めるぞ。カウント5,4,3,2,1、ゴー」聖がそう言うと、付近の職員4名が立ち上がりサブマシンガンを手に東ウィングと南ウィングを結ぶ通路を駆け始めた。と、同時に慎が南ウィングの3階のバルコニーにいた敵の額を撃ち抜いた。

 この時代においても銃は火薬の暴発で金属の塊を発射する兵器だ。たしかに第三次大戦中にレールガンであったり電磁収束光線を発射するレーザー兵器は作られたが、高すぎる作成費、維持費、そして何よりも途方もない電力を必要とすることから小型化は断念され、そういった類のものは海上艦や要塞の砲台などにしか使われていない。

 聖たちは敵からの銃撃が開始されるとすぐさま近くにあった花壇などの遮蔽物の裏へ隠れた。そして、少し相手からの銃撃がやむとパパパン、パパパンと短連射を相手に向けて繰り返した。ときより後方からドンと音がするのは慎のスナイパーライフルの発射音。一人クリアと言う慎の声が発射のたびにヘッドセットから聞こえてくる。

「慎、連続で3発敵がいる場所に撃ちこめ。相手が頭下げた隙に俺らは前進する。」聖が指示を出す。

「了解。」慎が答えると聖は近くの職員に手で知らせた。

「カウント3,2,1,ゴー」聖が言うと、ドンドンドンと発砲音がした、と同時に聖たちは全力ダッシュで次の遮蔽物のある場所まで進む。これでようやく南ウィングまで半分の距離だ。チューンチューンと身を隠している遮蔽物に敵の弾丸が当たる音がさっきよりも増えた。敵の銃撃が減るのを見計らって負けじと聖たちもパパパンとサブマシンガンを撃つ。聖がマガジンを変えていると

「聖さん、敵が通路上から引き揚げて3階のバルコニーに集まってきてます。数はおよそ7。」と慎から連絡が入った。

「他の階に敵は?」聖は聞き返す。

「4階に1人、5階に2人。それ以外にはいません。」

「そうか。じゃあ5階の2人始末してくれるか?それが済み次第俺らはまた前進する。」

「了解。1分で終わらせます。」慎が答える。こういうときだけ真面目だなと聖は苦笑しながら待っていた。するとすぐにドン、そしてまたすぐにドンと発砲音。クリアと慎の声。

「よし、じゃあさっきと同じ手でいくぞ。カウント3,2,1,ゴー。」

聖たちは走り始めた。ドンドンと援護射撃の音。タッ、タッ、タッと自分の走る音が聞こえる。よし次の遮蔽物のあるところで当分銃撃戦を行おうと思った刹那、


 「聖さん、危ない!」と慎の声、そして


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ

 同時に後方で上がった悲鳴。


 聖はすぐに近くにあった像の陰に飛びのいた。

 そして後方を振り向くと、さっきまで行動をともにしていた職員が2人―いや、正確には1人と肉片が―転がっていた。1人は右足を吹き飛ばされたようで悲鳴をあげて転がっている。だがもう手遅れだろう。急速に彼の周りに血の海が広がっていく。もう1人の残骸はどこの肉かもわからないミンチと四肢、そして頭部が転がっていた。聖が茫然としていると

「聖さん無事ですか!?」と慎が叫んできた。聖は自分の体を全体的に確認してから

「大丈夫だ。今何が起きたんだ?」と慎に尋ねた。

「4階に実はもう1人敵がいたんです。そいつが聖さんたちが前進し始めたときに奥から出てきてチェーンガンをぶっ放しやがったんです。そうしたら3番目と4番目を走ってた人が被弾して。3番目の人はもうもろに弾丸を受け続けてました。」

「そうか。だいたいのことはわかった。」聖がそう言うと、村嶋の声がヘッドセットから聞こえてきた。

「三条一司捜、無事か?」

「はい、なんとか」

「そうか。よかった。なにが起きたかはわかるか?」

「今、弓野から報告を受けました。」

「すまない。こちらが早くに気づいておけばよかった。」

「いえ。私たちも全然気づかなかったほどです。見つけられないのも無理はありません。逆に現場で気付けなかった自分のミスです。」

「死亡した職員の名前はわかるか?」

「松信七等司法官と滝野六等司法官かと。」

「君たちはどうする?と言っても選択肢はそこにとどまって特殊部隊が来るまで待つぐらいしかないと思うが。」

聖は考えた。これからどうするべきか。2人の職員が死に、3人は無傷。退却するか?いや、チェーンガンを持った敵に背を向けるのは死につながる。ここで特殊部隊を待つか?いや、今3人が身を預けている遮蔽物がチェーンガン相手にどれだけ持つかわからない。しかも特殊部隊の到着も遅れている。ここで待っていても死ぬ可能性が高い。ならば、、、

「南ウィングに突っ込みます。」聖はマイクに言いきった。

「正気か?今わざわざ南ウィングに近づくのは自殺行為だぞ」

「わかっています。でもこれしかありません。チェーンガンは我々が中に入ってしまえば使えません。そして何よりもチェーンガンを潰さないと我々は生き残れません。」

長い沈黙の後、村嶋は

「わかった。君の判断に任せる。ただしこれ以上の殉職者は出すな。」と言った。

「了解しました。」

「それでは交信を切る。」村嶋の声は聞こえなくなった。

 「慎、今の話聞いてたか?」

「はい。こちらからも可能な限り援護します。」

「よし、じゃあそこからあのクソチェーンガン野郎は殺れるか?」

「残念ながら無理です。位置の特定ならできます。」

聖は考える。どうしたらこの状況から挽回できるか。そして、

「慎、お前は野郎の正確な位置を俺に教えろ。そして近くの他のスナイパーに3階の敵を頼め。」

「了解しました。でもそんなんでどうにかできるんすか?」

「ああ。お前が正確な位置を知らせてくれればな。」

「どうするつもりなんすか?」

「装甲スーツには降下用のフックロープがあるだろ。そして手りゅう弾もついてる。3人分のロープをつなげて手りゅう弾をロープにくくりつける。それをサブマシンガンのフック発射口に突っ込んで野郎の場所に撃ちこむ。フックが野郎の近くに刺さったらピン抜いて自動巻き取りでサブマシンガンごと送り届ける。」

「無茶ですよ。第一成功したとしても聖さんの武器が」

「大丈夫だ。まだ拳銃がある。しかもこれ以外俺らが生き残る方法はない。」

慎は無言だ。

「これは一回しか挑戦できない。だからお前の協力が不可欠だ。頼む。」

「、、、わかりました。今から測定します。」慎がそう言い終えるとチェーンガンがそれぞれの隠れた場所に向けて撃ち始められた。バチンバチンと大きな音をだしてコンクリートの像が欠けていく。なんとかマガジン交換までこらえると聖はすぐにフックロープを2人から発射してもらい、3人分のロープを一本の異常に長いロープにした。そして手りゅう弾をくくりつけた。聖がその作業を終えたとき慎から

「測定終了聖さんの場所からは正面に対して右に12.26°、上に39.72°で奴がチェーンガンを撃つときにいる場所に届きます。」

「了解。」

「ただこの位置はさっき言った通り奴が銃撃してる時の位置です。つまり聖さんはフックが届くまで5秒ほど身をさらしていないといけない。」

「わかっている。」

「、、、どうかご無事で。」

「珍しくまともになるなよ。死亡フラグみたいじゃねえか。」

「また呑みにつれてってください。」

「だからやめろって。」

「ははは。そろそろ銃撃が来ます。俺もなるべく聖さんのほうに撃ちづらいように援護するんで。」

「頼んだ。」


すると


バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ


始まった。あらかじめ銃は向けていたので後は発射してフックが届くのを待つだけ。ポーン。気の抜けたそれでいて大きな発射音。ロープを発射したのだ。カラカラとロープを巻きつけていた棒が回転していく音がする。自分の体を銃弾を掠める。右の肩あてが飛んでいく。ドンドンという大きな発射音。慎が速射している。あとちょっとの辛抱。カシャ。ロープが止まった。ピンと張っている。すぐに聖は物陰に隠れなおすと手りゅう弾のピンを抜き、自動巻き取りボタンを押しサブマシンガンを手から離した。ギューンという巻き取り音を残してサブマシンガンが空中を走っていく。


そして


ドーンと大きな爆発音が聞こえた。チェーンガンの発射音も消えた。

聖は慎に聞いたたった4文字。

「やったか?」

一瞬の沈黙。「はい。やりました。やりました!」

「よかった。でもまだ終わってないぞ。ていうかこれからだ。」

「はい。」

「よし、前進する。カウント3,2,1,ゴー。」聖は拳銃を引き抜いて前進する。後に2人続く。ドンドンと発射音。3階にいる敵が倒れていくのが見える。

「このまま突っ込むぞ。」聖は慎に言うと南ウィングに入っていく。 

 南ウィング内に入ると聖は走るのをやめ、ゆっくりと歩く。目の前の階段から敵が駆け降りてきたが慌てずに額を撃ち抜く。聖の拳銃はMR186隼という国産の大型軍用拳銃だ。司法省の職員が持つのは珍しい高価な拳銃である。3人でデルタの形をとりながらゆっくりと進む。すると慎が

「3階はオールクリアです。」と言ってきた。聖は階段を上り3階へ入りバルコニーに向かった。そしてそこで外の様子を見た。黒塗りの大型装甲車が3台、小型が5台、指揮車が1台南ウィングの一階に止まった。すると村嶋から

「一司捜、よくやってくれた。EsCTが到着した。SAT、AOTも後5分ほどで到着する。君たちはそこで待機、EsCTがその場所に来たら下に降りてきて北ウィングに向かってくれ。」

「了解しました。」

2,3分待っていると全身黒の機動装甲スーツにEsCTと書かれた白いワッペンを右肩に付けた隊員たちが10人ほどやってきた。

「EsCT東京第二中隊隊長紫香楽雄馬―しがらき ゆうま―二等司法統監だ。君たちの勇気ある行動に敬意を表す。さあここはもう我々に任せてくれ。隊員2名を護衛に付けよう。」

「ありがとうございます。では我々は北ウィングに向かいます。護衛に付けていただく隊員をお借りして北ウィングに連れて行ってもよろしいでしょうか。」

「もちろん構わない。北ウィングの生存者の発見と西ウィングの牽制に全力をそそいでくれ。」

「了解。」


 聖は東ウィングから北ウィングに向かう途中の通路上で慎と再会した。

「いや~、無事でよかった。やっぱりあれっすかね。スナイパーが優秀だったんすかね?」

「多少は感謝してるよ、慎。」

「じゃあ今日は聖さんのおごりで一杯頼みます。」

「なんでそうなんだよ。」軽口をたたきながら歩いていると北ウィングに到着した。といっても瓦礫しかないのだが。遠くでは様々な銃の発射音が聞こえる。時折爆発音も起こっている。EsCTが南ウィングから、SATが西ウィングから、AOTが真正面から一番の難敵である南ウィングと西ウィングを結ぶ通路上の重武装したテロリストと戦っている。西ウィングにもチェーンガンがあったのだが、SATは攻撃前に機銃武装ヘリを使ってほとんどの面に向けて掃射を行いテロリストの大半を撃ち倒してから突入し損害をゼロに抑えたらしい。ヘッドセットをエリア無線に設定してみると特殊部隊の戦闘の様子がわかる。RPGでAOTにかなりの被害が出ているらしい。ただ、両脇からEsCTとSATが突入を開始したらしく鎮圧までは時間の問題のようだ。

 北ウィングでは辛うじて形をとどめている場所を中心に生存者の捜索が行われている。聖たちは崩れた場所の捜索を行うように命じられ、爆発の中心であったろう場所を中心に捜索を行っていた。

「何にもでてきませんねー。」慎がだるそうに言う。

「出てくる方が珍しいと思うぞ。こんなでかい建物をほとんど瓦礫に変えるほどの爆発だぞ。」聖は答えながら瓦礫をどかしていく。

「ん?」慎が声をあげた。

「なんか見つけたか?」

「はい。なんだこれ、、、ぬいぐるみみたいっすね。」そう言いながら慎は聖に見つけたものを投げ渡した。

「おいおい、大切に扱えよ。黒こげでなんもわかんないな。発見物に入れておくか。」聖はそのぬいぐるみを発見物用の真空パッケージに入れた。

「ここら辺探しとけば何か見つかるかも知れないっすね。」と慎が言う。

「そうだな。もしかしたら小さい仏さんが見つかるかも知れない。」

「死体、見たくはないっすけど見つけてあげたいっすよね~。」

「確かに。」聖が答えながら装甲スーツの筋力補助を使って大きな瓦礫をどかすと人が入れそうなくらいの隙間がある瓦礫の積み重なりがあった。聖は慎とその瓦礫に近づいた。

「もちろん全部どかしてみるよな。」と聖が聞くと

「はい。」と慎が答えた。

その瓦礫の積み重なりを構成する瓦礫一個一個はとてつもなく大きく、筋力補助をフルパワーにして2人がかりでやっても簡単にはどかなかった。なんとか3枚ほどどかしたとき、瓦礫の中から黒いハイヒールが出てきた。

「おい、これって。」聖は息を飲んだ。

「早くどかしてきましょう。」慎も顔つきが変わっている。

なんとか大きな瓦礫が残り2枚になったとき、透き通りそうなほど真っ白な足が見えた。

「他にも人呼びましょうか?」慎が聞く

「いや、まだいい。仏さんの周囲をいたづらにうるさくすることもないだろ。」

「そうすけど、、、いいんすか?後で上から怒られるの聖さんすよ?」

「なあに、あと2枚どけるぐらいの時間差じゃ大差ないよ。」聖はそう答えると

「慎、もう片っぽ持てよ。そうじゃないと俺がどかしたときに仏さんがぺしゃんこになっちまうぞ。」と言った。

 そして最後の2枚をそれぞれがどかすと、そこには一人の色白い少女が横たわっていた。15,6歳だろうか。黒髪のボブヘアーに整った顔、か細い四肢。はっきりいって美人だ。

「俺、人呼んできます。」慎はそういうと北ウィングの捜索本部のほうに駆けていった。着ているのは黒いワンピースと白いセーターだろうか。身体に損傷はない。服も破れていない。今動き出しても違和感がないほどの状態だ。

「身元の特定しないといけないよな。」聖は少女のセーターのポケットの中に手を入れるため少女の身体を少し動かした。


すると


「まだ身体が温かい。まさか、」聖は慌てて少女の胸に耳を当てる。


ドク、ドクと命の鼓動が聞こえる。彼女はまだ生きている。聖はすぐに少女の身体を回復体位にさせ、無線で慎に

「医療班を呼べ!」と言った。

「え?」

「いいから医療班を呼んで来い!」

「わ、わかりました。」

少女の呼吸を確認してみても問題ない。もちろん脈も安定している。よくこんな大爆発のあった、特に爆発の中心に近い場所で無傷で生き残っていたなと思っていると、んんとうめき声が聞こえた。聖が少女の身体を自分の膝に寄りかからせると、ゆっくりと少女の目が開かれた。

「大丈夫か?意識はしっかりしているか?」聖の問いかける声は心なしか震えている。

「あなたは、、、誰?」少女はその大きな眼で聖を見つめている。

「俺は三条聖。刑事だ。」聖は小さな声で、でもしっかりと答えた。

「そう。、、、三条さんありがとう。」

「すぐに医療班が来る。そのまま動かないで待ってろ。」聖がそう言ったあとすぐに慎が現れた。

「聖さん、医療班連れてきましたよ。ってえ、え、えー!」慎が大声をあげる。

「うるさいぞ、慎。少し静かにしてろ。」聖は慎を注意する。

その横で医療班が少女の身体をスキャナーでくまなく調べている。医療班が使っているのはHL3200という簡易スキャナーだ。致命的な傷や内出血を見つけトリアージを行い適切な応急処置を調べてくれる。

「驚いたな。致命傷が一つもない。トリアージもオールグリーンだ。」医療班の職員がまるで奇跡を目撃したかのような顔で言っている。確かにこれは奇跡だ。なぜ無傷でいるのか全くわからない。そう聖が思っていると、

「あ、あの、私もう立っても大丈夫ですか?」と控えめな声が膝の上からする。

「あ、ああ。もちろん。ですよね?」聖は慌てて医療班の職員に聞く。

「え、ええ。大丈夫です。たぶん。」医療班の職員もこの状況がよく理解できないらしい。そして少女が聖と慎の手を借りて立ち上がったそのとき、ヘッドセットから

「緊急事態だ。南ウィングと西ウィングを結ぶ通路上にいた敵の残党がこっちに向かってきているようだ。ただちにその場を離れろ。」という村嶋の声が聞こえた。

「了解。」聖は答えると少女に

「走れるか?」と聞いた。

「わからない。でもいづれにしても足手まといになる。」少女は答える。

「それじゃあ俺の背中に乗れ。」聖がそう言うと、少女は素直に従った。そして聖は医療班からストレッチャーに患者を固定するための帯を借り、それで少女を自分の身体に固定した。

「慎、お前は医療班を護衛して北ウィングの捜索本部まで戻れ。あそこにはAOTが1個小隊いるはずだ。」

「聖さんはどうするんすか?」

「俺はさっき乗ってきたパトカーまで戻る。それでお前をピックアップしに行く。いいな。」

「了解。」慎はそう答えると医療班とともに捜索本部へ駆けて行った。聖も筋力補助と走力補助をフルパワーにして駆け始める。

「しっかりつかまってろよ。」少女に声をかける。

「う、うん。」少女は不安そうに答える。

 聖は瓦礫の中を駆けていく。ガシャ、ガシャと踏んだ瓦礫が割れる音がする。と、突然前方で何か光ったような気がした。聖はとっさに左に大きくジャンプする。タタタタタタターン。アサルトライフルだ。

「クソッ、こっちに敵がいるのかよ。」聖は舌打ちしながらも拳銃を取り出す。パーンと乾いた音。が、敵には当たらない。敵もタタタタターンと撃ち返してくる。すさまじいスピードで距離を詰めながらの銃撃戦。どちらも当たらない。そしてついに距離が近くなり相手は電熱ナイフを抜いた。聖は警棒を抜く暇がない。

「クソがー!」聖は筋力補助フルパワーの右腕を繰り出した。その力とすさまじい移動スピードの合わさったパンチは、敵の突き出したナイフを粉々に粉砕し、そのまま敵の顔面にめり込み一瞬で顔をハンバーグのようにしてしまうほどの威力だった。

 しかし前方にもう一人、ショットガンを持った敵がいた。完全に狙いをつけられている。

                ―避けられない―

 聖が覚悟した刹那、


 パパパパパパパン!


 前の敵が崩れ落ちていく。なにが起きたのか理解できず聖が立ち止り後ろを見ると真っ黒な装甲スーツにEsCTと書かれた白いワッペンをつけた1人の職員が聖の後を追いかけてきている。手に握られているのはEsCTの制式装備であるMR48改カービングライフルだ。

「自分が借りた特殊部隊員を放置していかないでもらえますか?」その職員が言った。

「助かった。君は?」

「EsCT東京第二中隊第1小隊第1班隊員二山翔輝-にやま しょうき―一等捜査官補です。以後お見知りおきを。」

「二山一等捜査官補、ありがとう。でもどうして俺の居場所ががわかったんだ?」

「私ともう一人は、あなたの護衛を命じられました。その職務を遂行したまでです。」と翔輝は言った。つまりは、護衛という任務を果たすために俺のことをずっと監視していたということだろう。

「もう一人の隊員は?」

「弓野三等司法捜査官の護衛に付けました。無事本部に着いたと先ほど連絡が。」

「敵の残党は?」

「総勢7名。重武装した5名が本部へ、残り2名がこちらにいたようです。現在AOTが重武装した敵と交戦中。2人負傷。敵は我々が倒したのを含めて4人制圧。」

「ちなみにどうやってそこまで詳細な情報を?」

「特殊部隊専用の秘匿通信です。三条一等司法捜査官、これからどうなさるおつもりですか?」

「大体予想がついているんじゃないの?」

「はい。」翔輝と話していると聖の背中から控えめな声で

「あの~、ちょっとこの帯きついんで敵がもういないなら外してもらっていいですか?」と少女は言う。

「あ、ああ。」聖は帯を外し、少女を背中から下した。

 そして改めて彼女を見る。綺麗だ、と聖は思った。彼女の白い肌とその肌に付いているさっき聖が殴り倒した敵の血の赤さに黒い服の色、そして背後に広がる灰色の瓦礫の山。全てが完璧に調和された一つの美術作品のようだ。

「これって君の靴かな?さっき君が埋ってたところの近くに落ちてたんだけど。」聖は捜索中に見つけた黒いハイヒールを差し出す。

「あっ、そうです。ありがとうございます。」彼女はうれしそうに受け取り、履いた。

「それでひとつ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」聖は尋ねる。

「なんですか?」

「君の名前を教えてくれるかな。」


 「望月結衣奈―もちづき ゆいな―です。」彼女―結衣奈―は微笑みながら答える。3月の早く顔を出す月が雲の間から現れる。月光に照らされた結衣奈の姿と周りの世界はこの世のものとは思えないほど美しかった。


 三条聖は今日この日から運命の歯車が回り始め、それがどのような結末を迎えるのかまだ知る由もなかった。



                       続く

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