雨
子黒蓮
掌編なので完結します。
太郎の部屋の西向きの窓ガラスに小さな水滴がぶつかる。朝の天気予報は憂鬱な前線の活発化を冷たく告げた。
太郎の白くがらんとしたワンルームには壁にかけられた時計の針の音と窓を叩きはじめた風と雨の音が聞こえている。
--雨の日は嫌いだという人の気が知れないよ。髪の毛はまとまらないし、外に出ると濡れるし、寒いし、暗い。でも、部屋の中から窓を叩く雨を見るのは最高の趣味だと思うんだけど。
ミチは、雨の日になるとそんなことを言いながら窓の雨粒を眺めていた。
雨粒が今日も窓にぶつかる。ひとつ、またひとつ。
ひとつの雨粒はほかの雨粒に吸収されて流れ落ちる。流れ落ちるときに小さな粒を更に吸収するからその重みで加速度が増す。
いろいろと重くならないほうが窓の下まで届くのが遅い。
--人みたいだ
と太郎が言うとミチは怒ったような表情になって太郎の首にしがみついた。
--わかりきったことを言うものじゃないよ。冷めるじゃないか。
ミチは訳知り顔になって自分の頬を太郎の首筋にこすりつける。太郎も少し反省したように口をへの字に曲げるとミチの背中を抱く力を強めた。
若い二人にはあまりに重過ぎる時間が流れていた。それが激しく絡み合って窓枠へと追突するだろうことはおそらく二人に予測できた。
しかし、そこに至る前にふたりは終わった。
太郎は自分の部屋のCDボックスから、一枚のCDを探し出す。
黄色いジャケット、昔の漫画みたいな女の子の絵、黒い文字でRICKIE LEE JONES、赤い文字でPOP POPと書かれている。
太郎はそのCDをパソコンへ入れると再生ボタンをクリックした。
リッキー・リーの少女のような声ががさつな音質のスピーカーから流れ始める。
「今日は六月四日か。もうじきミチの好きな季節だな」
太郎は机の上の小さな写真立てに向かって話しかけた。
雨は更に強さを増し、強風に煽られて窓はまるでシャワーを浴びせたようだ。窓枠のパッキンに黒く濁った水が溜まっている。その水もいずれはどこかへ流れ落ちて吸い込まれてしまうだろう。
雨 子黒蓮 @negro_len
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます