第5話 夜
「やあ、待たせちゃったかな、って、あれ……」
愛想のいい顔を作りながら部屋のドアを開けると、そこにリリアの姿はなかった。
薄暗い部屋の中に、備え付けのランプだけが煌々と光を放っている。
「おい、リリア?どこに……」
俺はにわかに焦りだした。様々な思案が頭の中を巡ってゆく。
まさか売られることに気付いて逃げ出したのか?宿の主人が通報した?……くそっ、わからない。どうすればいいんだ。
こんな大物逃がしてたまるかよ!
俺はともかくリリアを探しに行こうと、乱暴に部屋のドア開け放った。
すると、ドアの外ににはびっくりした顔のリリアが立っていた。
「あっ!おい、何だよ……一体どこに行ってたんだ……」
張り詰めた緊張が解き放たれ、どっと安堵の波が押し寄せてくる。顔の筋肉がほぐれていくのを感じる。
「ごめんなさい、お兄ちゃんなかなか帰ってこないから心配だったの。何かあったんじゃないかな~って思って」
余程気がかりだったのだろう。涙でウルウルしている。
「バカ!奴らに気付かれたらどうするつもりだったんだ!人間はお前をエルフだと知って見逃してくれるほど甘くないんだぞ!」
直訳するならば 「他の奴らにとられたらどーすんだ!利益も今までの苦労も全部台無しじゃねーか!」 といったところだろう。
だが、心配していたのは確かだし、それはリリアにも伝わっていると思う。
「う、お兄ちゃんだって! なんでリリアのことそんなに心配してくれるの? リリアはエルフでお兄ちゃんは人間なんだよ? リリアと一緒にいたらお兄ちゃんまで危険な目にあっちゃうかもしれないんだよ!?」
つい声を荒げた俺に呼応してしまったのか、リリアも負けじと感情に声を乗せる。
「それは、俺がリリアちゃんを守ってあげたいと思うから……(商品価値的に)」
くそ、恥ずかしいこと言わせやがって。しかもなんだよその沈黙は! 顔赤らめてうつむいてんじゃねーよ。
「……そ、それでだな、偵察の報告をしよう。
収容所は見立て通り、明け方には警戒が弱まるようだ。そこをついて連れ出そう」
とりあえず俺は、この変な気まずさを紛らわすとともに、明日への口実を作ることにした。
「うん……」
そう言ってリリアは小さく首を縦に振った。
「……今日はもう寝よう。明日も早いし」
俺は上着を棚のハンガーに掛け、勢いよくベッドに倒れ込んだ。
「おやすみ」
その言葉と共にランプを消し、ベッドの中にもぐり込む。
長い一日が終わった。俺はたったの一日でエルフの一家を壊滅させ、大金を得たのだ。言いようのない達成感が俺を包む。
俺はそんな感慨にふけりながら、ごろりと寝返りを打った。
するとふいに、背中に温かいものが触れた。
リリアが俺のベッドに入りこんできているようだ。
「な、おい、どうしたんだよ」
俺は動揺を抑えきれずに言う。
わざわざ気を利かせてツインベッドにしてあげたというのに何で?
「あのね……リリアこわいの。一人はいやなの……だから、おねがい……」
背中に柔らかい胸が当たる。リリアの吐く息が首筋を撫でる。
というか、なんていい匂いがするんだ……。
「な、なぁ、俺は人間だぞ?怖くないのか?」
これはキャラ作りとしてではなく本当に疑問だった。
「ん~ん、こわくないよ。だってね……お兄ちゃんの背中……あったかい」
なんだよそれ……。俺はお前の親の仇だぞ? お前をこれから売るんだぞ? わかってんのかよ? …………。
こういう無邪気な言葉こそ、俺の良心を痛めつける。俺はリリアに悟られないよう、小さく溜め息をついた。
やがて寝付いたのか、後ろからすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえ始めた。
その可愛らしい寝息からは、人間味さえ感じさせられる。
いやむしろ、ここまで人間味のある動物などいないだろう。
姿形はもちろんそっくりだ。言語を有し、二本足で歩き、文明を持つ。特徴的な個所を何個か外せば、人間と呼べなくもないかもしれない。
だが獣だ。いかに人間に似せようと、所詮はまがい物に過ぎない。猿やチンパンジーと同じで、人間とは似て非なるものだ。
だから人間はエルフに欲情しないし(まれにそういう変態的趣向の持ち主がいることはいなめないが)、つがいになることもない。
もし、猿やエルフと結婚したなんて輩がいたら、一生笑いものにされ、後ろ指を指されながらみじめに生活することになるだろう。
エルフなど、所詮単なる食材に過ぎないのだ。
だが、そう思ってはいても可愛いものは可愛い。
リリアを見ていると、なんだろう、こう、保護欲? のようなものがにじみ出てくるのだ。
俺は動物に弱いな、と改めて痛感した。
連れの彼女は高級食材 今井舞馬 @imaimaima
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