第4話  ロメリ

 街にはすでに街灯がともり、夕闇に映えて幻想的な雰囲気を醸していた。

「そら、このコートを被って。耳を隠さないとすぐにエルフだってバレてしまうから」

 そう言って俺は雨天用に控えていた茶色のコートをリリアに放った。

「うぅ……なんか変なにおいする……」

「ぐっ。……まぁ、死にたいというなら俺は止めないよ。丁度酒場も盛り上がるころだ。酒の肴にしてもらいな」

 いや、自分でも薄々気が付いてはいたのだが、いざ指摘されると傷つく。だが、着てもらわないと困る。俺が困る。

「……んぅぅ、ぐすん」

リリアは鼻をつまみながらしぶしぶコートを羽織った。泣くことはないと思う。泣きたいのはこっちだ。

「……フゥ。まぁいいや、とりあえず宿に行こう。親を探すのは明日にして」

 反対されるかと思ったが、意外にもリリアは承諾してくれた。

まあ、流石にこんなに人間が多い中を歩き回るのは、エルフからすれば怖いのだろう。

レンガ造りの大通りを進みながら宿街を目指す。

大通りは様々な屋台や屋外レストランなどで彩られ、夜の喧騒も相まって非常ににぎやかだ。香ばしい焼き飯の匂いが食欲をそそる。

が、今はともかく、このエルフを隠すことが先決だ。とりあえず宿の部屋に入れておけばバレる心配はないだろう。

リリアの頭のフードが脱げたりしないかと内心ビクビクしながら足早に先を急いでいると、ふいに俺の服が後ろに引っ張られた。

憲兵か!?いやもしくは他の誰かにバレた? 鼓動が早くなるのを感じる。

恐る恐る後ろを振り向くと、リリアが俺の服をつまんでいた。そして、なぜだか恥ずかしそうにうつむいている。

「なんだ……リリアちゃんか。びっくりさせないでくれ」

 俺は、安堵とともに胸をなでおろす。

「で、何だ、どうかしたの?」

「……何でも……ない」

「そうか?じゃあ早く宿に……」

 言いながら俺が再び前を向こうとすると、

リリアもまた、くいっと服を引っ張ってくる。

「……ん」

 リリアの視線の先には揚げパンの屋台があった。

「……揚げパン、食べたいの?」

 俺が呆れた口調で聞き返すと、リリアは小さくコクリと頷いた。

 買ってきた揚げパンをリリアに与えながら、俺はその様子を微笑ましく眺める。

「んむ。もいひい」

 口いっぱいにパンを詰めながら、リリアは幸せそうな笑顔を浮かべる。

 全く……、本当に両親を取り戻すという目的を覚えているのだろうかこの少女は。

 いや、程良く発育した見た目であっても、中身はまだ4歳の少女なのだ。むしろこれが普通なのかもしれない。

 こんな無邪気な笑顔を見せつけられ続けると、情が移ってしまいそうになる。俺だって、こんな少女を騙して売ることに罪悪感が無い訳ではない。手遅れになる前に売らないといけないということを俺は改めて実感した。

 さて、いくらか道草を食ったものの、どうにか寂れた宿を見定めて、チェックインを済ませた。

二階の個室に入り、ランプを灯す。

「よし、じゃあ俺は収容所を偵察してくるからリリアちゃんはここで待っていてくれ。もし人が来ても、部屋に入れてはダメだ。わかったね?」

 俺はリリアにそう釘を刺すと、入ったばかりの部屋を後にした。

 宿を出て、ふと二階の部屋を見上げると、何とリリアが窓から身を乗り出して手を振っていた。

「いってらっしゃ~い」

……あのバカ。それがどれだけ危険な行為か理解しているのだろうか?全くこれだからエルフは……

 まあいい。この場合、諭すよりも視界からとっとと消えた方が手っ取り早くあいつを引っ込ませることができるだろう。

そう思い、俺は足早に宿街を通り抜けた。

南地区を過ぎると、街と草原の狭間に位置する草原に出る。

 こここそが、例のエルフ養殖場でもあり、闇取引の場でもある牧場だ。

 広大なこの牧場に放たれた牛の数はゆうに二千を超え、この街の乳製品や牛肉の需要を一手に担っている。

 暗闇に響く不気味な牛たちの鳴き声に出迎えられながら、俺は取引所へと向かう。


 取引所で待っていたのはえらくガタイのいい男だった。

「あの……こんばんわー。肉を売りに来ました~」

 俺は恐る恐る話しかける。

 すると大男はカウンターから身を乗り出すと、キスするんじゃないかと思うほど顔を近づけてメンチを切ってきた。

「なんだテメェ、牧場に肉を売りに来るたぁいい度胸してんじゃねーか」

 男はカウンターの机をドン、と叩く。その衝撃で、大型の秤がグワングワンと揺れる。

「いや……あの……」

 俺がたじろぐと、すかさず追い打ちをかけてくる。

「おおん?何だったらテメェが肉になるか?それだったら買ってやるぜ」

 そう言って男意地悪そうな笑みを浮かべる。

「違うんですよ、肉になるのは俺のツレでして」

 男は少し意外そうな顔になった。

「……テメェ、まさか」

「まさか、ですよ」

 俺も負けじと悪どい笑みを浮かべて見せた。

「あ~ちょっと待ってろ、今ロメリを呼んでくる」

 そう言って大男は店の中に入って行った。

「おいロメリィ、客だ!起きろオルァ」

 ゴッ、と、鈍い音が聞こえる。あれは絶対痛いだろうな……。

 殴られてもまだ眠たげな目をこすりながら、ロメリと呼ばれた女が、のれんをくぐって姿を現した。

「んん……、誰よこんな時間に。私の貴重な睡眠を妨げておいて、しょうもない用事だったらタダじゃおかないんだから」

 女は眠そうな表情のままこっちを睨んできた。

「おい待てロメリ、俺だ俺。レイだよ、お前のお得意様だぞ!」

 俺はあわてて金髪紅眼のこの少女に自己紹介をする。

「……見りゃわかるわよ」

 ロメリはぶすっとした表情でそっぽを向いた。寝ぼけているかの判別が難しい。

「まあ、とりあえずその枕置けよ。お前何歳だ?」

 パジャマ姿に枕を携えて交渉に臨むこの闇商人に俺は呆れつつ、エルフ肉の詰まったリュックをカウンターに置く。

「う、うるさいわね!これは、その……あれよ、カドにぶつかったりしたら危ないからクッション代わりに……って、そんなことより何の荷物よこれ!」

 先程まではあれだけ眠そうだった目をカッと見開いて、俺に枕の正当性を訴えるロメリ。

「うん、とりあえずこれは鮮度マックス、とまではいかないが、今朝獲ったばかりの新鮮エルフ肉だ」

 そう言って俺はリュックを開いて見せる。

「へぇ、今回は割と多いじゃない、アンタにしてはやるわね」

 ロメリの表情が綻ぶ。上機嫌そうで何よりだ。

「まとめて金貨30枚でどうだ?」

出来るだけロメリの機嫌がいい内に交渉を済ませたい。

 下手に機嫌を損ねると、銅貨3枚とか言い出しかねん。

「う~ん、まあいいわ、今回はその量に免じてその値で買ってあげる。で、そのおツレさんとやらはどこにいる訳?」

ロメリは思い出したように辺りをキョロキョロと見渡す。

「ああ、そいつはもう少し待ってくれ。今日持ち込むのは流石に危険だと思ったんだ。明日の早朝、まだ人目の少ない時間帯に連れて来るよ」 

 リリアは、このリュックの中のエルフと違って腐敗することが無いので、鮮度を気にする必要もない。そう思っての判断だった。

「ふぅん、そう。ま、見つからないようにせいぜい注意しなさいよ」

「ああ、わかってる」

 ロメリは俺に金貨を渡すと、のれんの中に消えていった。

 消えて行って5秒もたたないうちに聞こえ始めた寝息を背に、俺は宿に向けての帰路についた。

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