第2話

 あれから、狐との共同生活が始まった。

 怪我の様子もすこぶる良く、あっという間に治ったのでホッと胸を撫で下ろす。

 そうして一週間、二週間と過ごしていくうちに情が湧いてしまいすっかり飼い主を探す事をどこかに置いてきてしまった。

 この狐、よくふらっとどこかへ行ったと思えば夜には帰ってきている。

 本当に時間に正確で、賢い子だった。

 夜の餌は肉を食べさせているが、雑食で基本よく食べる。

 本当に手がかからず、大人しい子なのだ。


「お前が来てからトラブルもなく平和だ! 何ていうか。幸運の狐だなぁ。すっかり俺も元気なった。でも、そろそろ本腰入れて飼い主を探さないとな」

「こん!」


 俺は狐を抱き上げて、膝に乗せ頭を撫でた。

 まだ小さい子狐はそんな俺を見上げて、何やら悟ったように小さな手で顔を掻いた。

 狐に名を付ける事は止めておいて正解だった。

 きっと、もっともっと辛くなっただろうから。

 撫でる手を遮るかのように、狐は部屋の大窓へと移動する。

 ここは二階で、空の様子が良く見える。

 ああ、今日は月が綺麗だ。


「何だ? 月が見たいのか?」

「こんこんッ!」


 力強く鳴く狐を抱きかかえて、俺はベランダへと移動した。


「どうだ、お前は満月を見た事無いよな。綺麗だろう?」


 狐は月が気に入ったのか、じっと何かを待つかのように空を見上げる。

 ゴウッと風が吹く、思ったよりも強風で思わず目を閉じた。

 手から離れた狐を捕まえようと手を伸ばす。

 風が更に強く、吹いた。


「ようやったのう。ちょこっと力が戻ったわ」

「え?」


 眼前に居るのは今は狐では無い。

 それは最早、人でも無い。

 俺はすぐにそれが、先ほどまで抱いていた狐だと気が付いた。

 脳がショートを起こしたのか、うまく思考がまとまらない。

 何が起きている。


「クカカッ! なんじゃ変な顔をしとるのう。そんな不思議か?」

「狐なんだよな?!」


 その髪は黒く、月の光を反射するはさながら夜空。

 あるはずの尾は無く、美しい着物を着こなして優美に佇む。

 鋭い瞳を煌めかせ、豪快に笑っていた。

 俺は神か何かと出くわしたのか、目をしかめ、目頭を揉み、開閉する。

 頭が痛い、月のように光を放つ瞳は見るだけでクラクラする。


「良い、良いな。我を見てすぐ引っくり返らぬ人間なぞ久方ぶりに見たわ。荒神静太、うむ決めた!」

「な、何をだ!」

「ぬしを我が代理として認めよう。この空狐の代理としてな」


 今、空狐、空狐って言ったか?

 まさか、何千年と生きた伝説の狐……。

 いやいや、それよりも代理って何だ、この状況って何なんだ!!

 ふらりと視界が狭くなる、気を抜いた瞬間に俺は電気を消したかのように意識を失った。


「まぁ少し気を抜けばこうなるか、うむそれもまた未完で良い良い」


 次の日眼が覚めると、どうやら俺は昨日気付かぬうちに眠ってしまっていたらしい。

 夢などは寝ているうちに忘れてしまうものだが、今日の夢は一段とリアルだった。

 狐が人の姿に? ははっ、まさか漫画の読みすぎかもしれない。

 アホらしい妄想をぶんと頭を振って、忘れた。


「おお、ぬし起きたか。いつも早いが、今日は一層早いではないか」


 だらだらと滲む汗、夢は現実で現実が夢?

 遂に俺も頭が変になったのか、ラジオ体操の構えを取り無理矢理に運動を行う。

 夢なら醒めろ! 夢なら起きろ!


「ぬしすまぬ、飯くれ」

「いやまず、あんた誰だよ! 夢が現実になるとか意味が分からないんだけど!」


 夢と違うのはその服装、だらしのない俺のスウェットをどこからか引っ張り出して来たのか着ており、長い髪は一つに束ねている。

 文句無しで今から寝ると言われれば信じてしまいそうな具合である。

 せめて、せめて昨日の威厳ある姿でお願いしたい。


「心の声か、聞こえとるぞ」

「ひいっ!」

「いくら力を失ったと言えども、これくらい容易いな。存外わしもまだイケる!」


 狐の偉いお方、人間世界に馴染みありすぎだろ!

 ずぶずぶと、世俗にまみれすぎだろ!


「まぁ、お前の事はしばらくずっと監視していた。その上での我の決定じゃ。安心しろ、少しお願いがあるだけじゃ」

「な、なんですか……」

「ぬし、神の代理戦争に出てくれんか」


 それはまるで拒否する権利すらないような威圧だった。

 気圧される、とでも言うべきか。

 頷かなければ末代まで祟られてしまいそうだ。

 とにかく、話を聞かなければ始まらない。

 俺は空狐にお茶を出し、話を聞く事にした。

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狐神の代理戦争 夏色 海 @ntiroumi

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