狐神の代理戦争

夏色 海

第1話

 なんだ、この髪の毛は。

 おそらく、いや絶対にこの長さは俺じゃない。

 夜も更けて寝ようと思えばこれだ。

 黒くて長い髪が、俺の枕の上に綺麗に並べられていた。


「なんなんだよ、もう嫌だ! 助けてお巡りさん!」


 俺、荒神静太あらかみせいたはストーカーに怯えていた。

 夢にまで姿が分からない謎の影に浸食され始めたし、もはや安息の地は無い。

 幽霊なのか、人なのか。

 今の所は全くと言って良い程に手掛かりは無い。

 いや一つ手掛かりがあるな、長い黒髪。

 ただそれだけだ。


「明日こそ俺の安息の為に捕まえる」


 無論、警察にも伝えたし助けてくれと懇願もしている。

 だが取り掛かろうにも、何も無い。

 警察も今では気を付けて下さいねー、くらいしか言ってくれない。


「明日は、明日こそは捕まえてやる! 俺の安らぎを返せ!」


 朝目が覚めて学校へ向かう用意をする。

 父も母も仕事が忙しく、それぞれ殆ど家には居ない。

 家事はおかげで困る事も今後無いだろうが、たまに寂しくなる事もある。

 カチャカチャと朝飯の洗い物を済ませ、アイロンをかけたシャツに腕を通す。

 まだ少し眠い目をこすりながら、1人誰も居ない家に挨拶をする。


「行ってきます」


 学校に着くと喧騒で、不安も無くなる。

 さすがにストーカーも校内まで現れたりしない。

 いや、現れるなら逆にラッキーかもしれないけど。

 ぼんやりと窓際の席から校庭を眺める。

 今日もいい天気で何よりだ。


「ごらぁ! 荒神外見てぼけーっとすんな!」

「女子の体育見てんじゃねーよ!」

「あ、すいません」


 ぼーっとしてるか、よく言われる。

 昔好きだった女の子に振られた時にも言われた。

 あんたってぼーっとしてるし、何考えてるのか分かんない、って。

 いや、傷付くわ! そら誰だって考えてることが分かんなくて当たり前だろうが!

 あれだよな、何となく断るみたいな。

 とりあえずみんな指摘する所を言って無難に振るみたいなやつだよな、知ってた。


「あー疲れた」

「静太、帰りどっか寄ってかない?」


 クラスメイトの白椿亮太しろつばき りょうたが声を掛けてきた。

 というより白椿って何だよ! それに苗字もカッコよければ、性格までイケメンである。

 完璧過ぎて、意味わかんない。

 俺が女の子なら3秒で落ちるね、だって何か髪の毛の外ハネが既にイケメンだもん。

 俺が外ハネさせてたら、ただの寝癖になってしまうだろう。


「いや、今日は帰るわ。ごめんな」

「そっか、また誘うよ。無理言ってこちらこそごめんな」


 手を振り1人で校門を出る。

 白椿の誘いを断ったのは勿論、ストーカー探し。

 こればっかりは手伝ってもらう訳にもいかない。

 相手は変態だし、見つけたら何をするか分からない。

 それに手伝って貰って怪我でもされると嫌だからな。

 放課後の町をゆっくりと歩く、町の商店街は何であんないい匂いがするんだろう。

 思わず肉屋のコロッケを買ってしまった、サクサクして、熱くて美味い。


「ふぅ、ここからだな」

「くーん……くん」


 何か聞こえた気がする。

 鳴き声みたいな、すすり泣くような音だった。

 商店街を抜け、人はすっかり居ない。

 別に大きな町でも無いので、あっという間に田舎道に入った。


「くーん」

「そこか!」


 子供すらいない、遊具は滑り台だけの小さい公園からその音は聞こえた。

 幸い、公園の横道を歩いていたので聞こえたのだがいったい何だろう。

 もしかしたら……捨て犬かもしれない。

 植木を折らないように、辺りをゆっくりと探す。


「き、狐?」

「キュッ」


 俺が見つけたのは、狐だった。

 そして、毛の色は茶というより黒に近く、初めて見た色の狐だった。

 触ってもいいのか、それよりエキノコックスとか大丈夫だだろうか。

 でも以前はペットだったのか、首に輪が付けられており、俺も安心してゆっくりと狐に手を伸ばす。

 狐は恐る事もなく、まるで人に慣れているかのように頭を差し出して来た。

 何これ、やばい、超可愛い。

 ただ、この子をどうしようか。

 よく見ると、何かで切ったのか足に怪我をしてる。


「よし、もう怖くないぞ! こっちおいで」


 とりあえず、放っておく事も出来ないので引き寄せて、その狐を連れて帰る事にした。

 容態が悪そうなら、すぐに獣医に連れて行こう。

 俺は狐に夢中になっており、すっかりストーカーを忘れていたのだった。

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