第5話

 



 あの夢のような一夜から数日後、わたしは屋上の扉の前にいた。夏休みに入っているから部活に参加している人くらいしか学校にはいない。部活にも入っていないわたしがここにいるのは、もしかしたら会えるんじゃないかって、そんな不純な動機だ。


 がちゃっとドアノブを捻る。開いた扉の向こう、結奈翔大はいなかった。


「……当たり前だよね」


 何も用がないのに学校に来るわけない。手持ち無沙汰になってフェンス越しから外を見下ろすと想像していたよりも高くて驚いた。屋上なんてあんまり来たことなかったな。結構気持ちいいかも。すうっと大きく息を吸う。暖かい夏の匂いがした。



「やっぱりいた」


 突然聞こえた声に振り返ると扉の先に結奈くんが立っていた。いないと諦めていただけに衝撃が大きくてフリーズしてしまう。


「! え、なっ、なんで……」


 ど、どうしよう、心の準備が!


「委員長がいるような気がして」

「へ?! わ、わたし?」

「委員長は? なんでいんの」

「それは……えっと」


 結奈くんに会いたかったから。答えはちゃんとあるのに口に出すのは勇気がいる。だってよくよく考えれば怖いよね? わたし別にか、彼女じゃないし、仲が良いわけでもないし、夏休みに学校まで会いに来るなんて軽くストーカーっぽいし。あれ? でも今結奈くん委員長がいる気がしたからって言ったよね? もしかして何か用でもあるのかな。湧き出た疑問を口にすると結奈くんは「いーや」と首を振られた。


「それじゃあなんで……」

「会いたかったから」

「え、」

「委員長に会いたかったからだよ」


 言葉を呑み込んでボッと顔に熱が集まった。

 違う違う! 結奈くんは別に深い意味で言ったんじゃないよ絶対! 無意識に期待してしまう頭をぶんぶんと振る。


「委員長?」


 でも、わたしも同じ。そこにある意味は違うものでも会いたかったっていう気持ちは同じだから、伝えたい。自己満足かもしれないけど、この気持ちだけは知っていてほしい。わたしは再びすうっと息を吸った。さっきよりもずっと深く、緊張で震えそうになるのを堪えるように。


「わ、わたしもだよ。わたしも、結奈くんに会いたかったから」


 後悔したくなくて屋上に来た数日前のわたし。ここで引いたら絶対絶対後悔する。


「わたしね、結奈くんのことが好きだよ」


 恥ずかしさも怖さも緊張も全てがじわりと涙に変わった。こんなに会いたくなって、こんなに心を揺さぶられるのは結奈くんだけ。結奈くんを好きになって、わたしの世界は変わったの。臆病で自分を偽ることだけに精一杯だったわたしが初めて欲しいと思った人だから、後悔だけはしたくない。


「いいの? 委員長、俺で」


 口端をあげて試すような視線にわたしも口角をあげた。


「わたしが告白してるんだからいいに決まってるよ。——わっ」


 結奈くんは目の前まで来ると満足そうな表情でわたしを引っ張った。トンっといつかのように額に結奈くんの胸が当たる。一気に頬が上気してドクンドクンと心臓が煩い。絶対聞こえるっ!


「ゆっ、ゆゆゆ結奈くん?!」

「凛」

「……わ、わたしの名前、知ってたの?」

「言ったろ、ずっと見てたって」

「……っ」

「俺も好きだよ、凛」


 堪えていた涙が頬を伝う。ぎゅうっと胸が締め付けられて息をするのも苦しい。


「ゆうな、くん……っ!」


 ずっと好きだった。叶わないって諦めてた。だけど諦めきれなくて最後に仕掛けた悪あがき。


「大好きだよ」


 抱きしめた体は大きくて、見上げた顔は真っ赤に染まっていた。


「俺も」


 十七歳、高校生最後の夏休み。


 わたしの初恋は叶った。








          ◇◇◇



(なあ、翔大と一緒にいるの委員長だよな? いつの間にあんな仲良くなったんだよ)

(さあ? けどあの二人祭りで一緒にいるのみたよ)

(ええ?!)

(手繋いでたし)

(マジで?)

(そんじゃあやっと実ったんだなー。翔大の初恋)



END.





 



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初恋を屋上で(仮) 姫野 藍 @himenoai

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