第13話 少女の願い

『ごめんね音子オトネ


 最後に聞こえたのは、彼の声だった。


『音子の願い、ボクには叶えられなかった』


 悲痛な声に、思わず音子は涙を流した。いつも笑顔を絶やさなかった彼から、そんな口調で言われるとは思ってもみなかった。


『だけど、ボクには音子の願い、ちゃんと届いていた』


 掠れ行く意識の中で、ハッキリと彼の声が心に届く。それは音子の心に響き、質量を持って実感へと変わる。


『だから、安心して。音子の願いは、必ず届くから』


 それを聞いて、音子は静かに微笑み、目を閉じた――








 そして、長く続いた戦争が終わりを迎えた。生物が住まう場所など一つもない程に、大陸は焼け爛れ荒廃した。


 僅かに生き残った人々は、同じ人類が犯した過ちを受け入れ、表舞台に立つことを退き地下へと住居を移した。


 今度は、音子の願いを叶える。


 その日を迎えるまでは、少年も地下へと姿を消した。


 ――そこで、記憶は終わった。


■□■□


「少女の願いはただ一つ。平和さ」


 フユメ達が記憶を見終えたのを確認して、少年は静かに呟いた。そこには、先程までの笑顔や人懐っこさは無く、ただ無機質に諦観めいた表情が浮かんでいた。


「なるほどな……。こりゃあ、俺達の推理が一応合ってたって訳だが……」

「想像を遥かに越えてましたね。少し、理解が追いつかない」

「無理も無かったね。少し、いきなり過ぎたかな? でも、これが真実なんだよ」


 ソラノとヒカゲは真実の重さからか、頭を掻きながら耐え切れなくなったかのように座り込んだ。それを見た少年は、少し心配そうな表情を浮かべて二人を覗き込んでいる。


「僕は……知っていた。少女の願いが何なのか。それで、あの時からずっと考えていた」

「……やっぱり。嘘ついてたのね」

「う、嘘じゃないよ! ただ、確信が無かっただけというか……」


 フユメの言葉に、少し残念そうにツキミは呟いた。彼は慌てて否定するが、そっぽを向いてしまった彼女が振り返ってくれることは無かった。いつも通りと言えば、いつも通りの反応だったが、少し心に来るものがある。


「それで、どうやって少女の願いを叶えるつもりなの?」

「そうだね……」

 

 少年はそう言うと、フユメ達を順々に眺めていった。その意図がわからず、フユメは首を傾げる。


「今までは、一人で音子の願いを叶えようと躍起になっていた。だから、悲劇を回避出来なかったかもしれない。でも、今度は違う。人々に話し掛け、一緒にその願いを達成する」

「……なるほど。人の願いは人が叶える。そういう事を言いたいんだね?」

「その通り。さっきも言ったけど、ボクは人間じゃないから、その行動自体間違っていたのかもね」


 ヒカゲの指摘に、少年は笑顔で答える。


 少年は、かつての過ちを反省し、今度は人と一緒になって少女の願いを達成しようとした。そのためにはまず、少女の願いを見て理解を示してくれる人たちの協力が不可欠だと考えていた。


「じゃあ、具体的にはどうやるの?」

「『キューバー』さ。これには、まだボクも知らない秘密が隠されている」

「え? どんな秘密が隠されているの?」

「それがわからないから、こうして旅をしているのさ」


 少年は笑顔を浮かべて『キューバー』を取り出し、フユメはそれを見つめた。

 

 フユメは、少女の願いを叶えるのは生半可なことでは到底無理だろうと思っていた。一度人類が滅んでいる訳だから、相当な何かがなければ叶う事が出来ない。まさか、『キューバー』が、その糸口だとは思ってなかった。

 

「兄さん達は、何か知らないの?」

「俺は知らねぇな。記憶が入ってるって事しかわからねぇ」

「……僕にもわからないや。見当もつかないよ」


 座り込む二人に話を振るが、知らないように首を振った。


「それで、ボクはこれからも『キューバー』を探しに、旅を続けようと思うんだけど、君達もどうかな?」

「……悪くねぇ話だ」

「そうですね。気になって、夜も眠れない。二人はどうするんだい?」


 少年の提案に、ソラノとヒカゲは賛成の様だった。しかし、フユメは今までの事や、ツキミの事を考えて、答えるのを渋った。


「僕は……」

「ほら、少女の願い、叶えるんでしょ? だったら、答えは一つしかないじゃない」


 しかし、その心配も杞憂に終わる。


「……うん。そうだね。ありがとう、ツキミ!」

「ふふふ。そう言ってくれると思ったよ。音子の願いを知ろうと、ここまでやって来ただけはあるね」

「そりゃそうだよ。あの記憶を見せられたら、少女の願いも知りたいと思うよ」

「……あの記憶?」

 

 少年はポカンとして、フユメを見つめた。その反応が意外だったので、すぐに反応をすることが出来なかった。


「あれ? ボクは知らないの? ええっと……」


 フユメは、あの時見た音子の記憶について説明した。彼は、興味深そうに聞き、時には嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「全く知らなかった。音子は、そんなものを残していたんだね」

「まったく、不思議だよなぁ。結局なんだったんだろうな?」

「それも、これからわかる事なんじゃないですか?」

「それもそっか」


 そういうとソラノは豪快に笑った。それがおかしかったのか、少年も笑い声を上げた。それに連鎖されるようにツキミも笑い、見守っていたヒカゲも笑い声を上げる。そして、フユメも。

 

 楽しそうな笑い声は、山中を響き渡る。心は一つになり、一つの目的のために動き出す。


 あの時願った少女の思いが、叶う日を目指して――

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Cuber 3日歩けばえびる神官 @EeBiI

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